ピクサー・アニメーション・スタジオ(以下、ピクサー)の長編アニメーション 20周年記念作品『インサイド・ヘッド』が"第88回アカデミー賞長編アニメーション賞"を受賞。アカデミー賞受賞記念としてCGWORLD vol.204にて掲載した内容を一部掲載。

記念すべき15作品目の長編アニメーションとなる本作について、実際の現場スタッフの方々から伺った話を中心に紹介したい。

※本記事は、月刊「CGWORLD + digital video」vol.204(2015年8月号)からの一部転載記事になります。

少女の5種類の感情を主人公として描く

映画『トイ・ストーリー』から始まったピクサーの長編アニメーションは、これまでに多くの作品が産み出されてきた。今年、長編アニメーション20周年記念作品として公開される映画『インサイド・ヘッド』で15作品目となる。

本作は、父親の仕事の事情でサンフランシスコに引っ越してきた11歳の少女ライリーが、新しい環境での不安やいらだちから徐々に明るい感情を失っていく様子とそこから感情を取り戻す過程を、彼女の頭の中の感情を表した5人の主人公たちを通して現実世界と頭の中のストーリーを上手くシンクロさせながら描いていくという、とても野心的な作品だ。

企画が起ち上がったのが2009年の8月。そこから5年の歳月をかけて完成された本作では、少女の頭の中という非常に抽象的な舞台で、様々な感情のモジュールをそれぞれ主人公としてデザインし、ヨロコビやカナシミといった感情ごとの個性付けがわかりやすく行われている。また、主人公たちが活躍する舞台である、長期記憶や短期記憶の保存場所、夢のしくみをテーマパークのような施設として描くことで、頭の中のしくみをファンシーにわかりやすく表現している。

制作を通してチャレンジだったというのが、感情たちをどう特徴付けながら演技させていくかということだったという。さらに、ヨロコビの身体がシャンパンの泡のように輝くルックや、ライリーの記憶の断片である「思い出ボール」の光など、ステージ中に数多く存在する光源的な要素を調和させて表現することにも多くの時間が割かれた。

例えば、ライリーが生活する現実世界とヨロコビたちが住む頭の中とで彩度やコントラストといった色調をはっきりと区別させることによって、視点の変換を非常にスムーズにわかりやすく表現することに成功している。

レイアウター、照明、アニメーター、TDといった役割それぞれにチャレンジする課題が多かったそうだが、見事に20周年を記念する作品としてふさわしい品質に仕上がった。

ストーリー構成に重きを置くピクサー流パイプライン

本作のアイデアの源泉は、ピート・ドクター監督の娘が成長と共に物静かになり、素っ気ないそぶりを見せるようになったという実体験から得た、「私たちの頭の中はどのようなしくみで感情や記憶をコントロールしているのか」という疑問に端を発する。

ジョン・ラセター氏がこのアイデアの映画化にゴーサインを出したのが、2009年10月。まずドクター監督を中心にストーリーのながれを考え、2011年にはテクニカルディレクターのマイケル・ソーン氏らが参加、スタッフは14人に増えた。

この頃からストーリーリールが制作され始め、中心スタッフが集まってストーリー構成が検討された。2012年の段階でスタッフは49名に増員されたが、登場キャラクターや世界観はまだ粗い設定が多く、スケッチのようなものしかなかったという。そこで、アート部門がアサインされ、作品に必要な要素をデザインしていったが、「感情」がどんな形をしているのかは誰にもわからないため、ほとんどの要素をイチから作り上げなければならず、難しい仕事であったという。

キャラクターはまずイラスト化され、一度クレイモデル(マケット)を作成して立体になったときの見え方を検討した後、3DCGモデルが作成されていく。また、ヘッドクォータースと呼ばれる心の指令所のデザインは、ドクター監督が描いたスケッチを基に試行錯誤しながら、最終的なデザインにたどり着いている。

一方、ライリーが暮らす現実世界のサンフランシスコでは丁寧なロケハンが行われたが、現実の街を忠実に再現するのではなく、ライリーが受けた街の印象を鑑みながら風刺的なデザインに仕上げられていった。

2013年にはスタッフも75名に増えてアニメーション作業も始まり、2013年4月やっとラセター氏からストーリーに関する最初の承認が下りる。2014年にはスタッフが207名になり、セリフの録音、洋服などの動きを作成するシミュレーション、ヨロコビの粒子表現などを作成するエフェクトなどにシーンがまわり、完成形に近づいていった。そして2015年7月、本作は劇場公開を迎える。

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レイアウトの肝となる「ビジュアル言語」と「ビジュアル進行」︎
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レイアウトの肝となる「ビジュアル言語」と「ビジュアル進行」

本作は現実世界と頭の中という異なる世界でストーリーが同時並行的に進行するが、観る人に違和感なく2つの世界を行き来させるために重要となったのが、シーンのレイアウトだ。

ピクサーでは、ライティングはレンダリングに関わることから時間がかかるため、シーンのレイアウトとアニメーションを確定してからライティング作業に入るのだという。

レイアウトは「カメラ」と「ステージング」の2つの工程で制作され、「カメラ」は実写撮影と同じくレンズ口径や焦点距離、トラックやドリーなどの動きを模倣しながら設定していき、「ステージング」ではシーンにカメラとキャラクターを配し、フレーミング、コンポジション、ブロッキングを通してキャラクターの位置取りや動き、タイミングを確定していく。

レイアウト作業はまず、シーンに組まれた撮影セットにカメラを入れ、キャラクターのモデルを配置し、そこからアニメーションの原型となるポーズを付けていく。キャラクターの立ち位置が決まれば、自由にカメラを動かしつつ、キャラクターのラフな動きやエフェクトの大まかな原型を作成し、アニメーション班にシーンを渡す。この作業はシーン構築の最初の工程となるブロッキングと呼ばれるもので、この後タイミングなどが細かく詰められていく。

「カメラとキャラクターはシーン内のどこにでも置けます。私たちの仕事はストーリーテリングに合わせた最適な位置を探すことです」と撮影監督のパトリック・リン氏は語る。

リン氏によれば、レイアウトで大切なのは「ビジュアル言語」と「ビジュアル進行」だという。

レイアウトの真の仕事はストーリーを語ることであり、本作は頭の中と現実世界を巡る物語のため、この2つの世界の対比をどのように描くかが面白い部分である。この対比を表現するには「レンズの歪み」が利用された。レンズは生産の段階で歪みが発生し、メーカーによって微妙な差異がある。今回は2つのレンズを3DCG内のヴァーチャルカメラに設定し、歪みの少ないUitra Primeを頭の中の世界用に、より歪みが大きいCooke S4を現実世界用に使用して、2つの世界のちがいが表現された。

また、実写映画でフォーカスが予期せず外れてしまうような不安定な要素を本作の現実世界で採り入れ、わざとフォーカスをズレさせている。カメラの動きでも、頭の中ではドリーやクレーンを使って機械的にコントロールし、現実世界はステディカムなどのような有機的な動きが付けられた。

このように、カメラワークでストーリーテリングすることを「ビジュアル言語」と呼ぶそうだ。

一方「ビジュアル進行」はキャラクターの感情曲線を分析してカメラワークを設定していく方法で、例えばライリーの感情曲線が安定している冒頭の頭の中は機械的な撮影スタイルを採り、少し鬱屈し始めた頃の現実世界では、不完全なフォーカス処理を使って不安定なライリーの感情を表現しているという。

手描きの古典にならったアニメーションスタイル

スーパーバイジング・アニメーターのヴィクター・ナヴァーン氏は、2012年から本作の制作に参加し、18ヶ月の間プリプロダクションに携わっている。

プリプロダクションでは6名のアニメーターと共に、CGモデルの作成やアニメーションテストを行なったという。本格的な制作が始まったのは2013年7月からで、約35名のアニメーターが参加した。

「本作は、カートゥーンアニメーションでありながら自然で繊細なアニメーション表現が要求されたので、作品の全てがチャレンジでした。主人公であるヨロコビたちのような頭の中のキャラクターを表現するためのアニメーションスタイルを模索する必要があったため、『ライオン・キング』などを手がけたベテラン2Dアニメーター トニー・フーシル氏に協力を仰いだのです。

彼のおかげで、CGキャラクターに繊細な手描きアニメーションのタッチを加えて魅力的に表現でき、キャラクターごとの演技に統一感を与えることができました。彼のアニメーションスタイルを実現させるための、新しいキャラクターのリグも開発しています」とヴィクター氏。その通り、動きを見ているだけでそのキャラクターの役割がわかる演技設計が素晴らしい。

「私たちはキャラクターの感情を表現するためにアニメーションの方向性をできるだけカートゥーン調に戻す必要があり、1940~50年代のワーナー・ブラザースやディズニーの古典的な短編アニメーションに触発されました。これらのアニメーションを今でも私たちが楽しめるのは、これらが抽象的で勢いのある動きでつくられているからです」とキャラクターを動かすコツをナヴァーン氏は語る。

ナヴァーン氏がアニメーターとして気をつけているのが、友人や家族、見知らぬ人といった自分の周りにいる人々の動きを日々観察すること。特に子どもがいる人は、子どもをよく観察して将来の作品に使える動きがないか分析しておくことが大事だという。また、実写映画の力強いアクションに触発されることも大きいそうだ。

「アニメーション部門のスタッフはお互いに切磋琢磨しています。そのような競争は健全な感覚です。同僚の偉大な仕事を目にすることで、さらに自分の仕事を改善していくことができるのです」とナヴァーン氏は語った。

異なる世界を描き分けるライティングの工夫

本作の見どころのひとつに、頭の中と現実世界を描き分ける照明表現がある。また、ヨロコビや思い出ボールは、動く光源として設定されていることもあり、作業の難易度は高い。これらの照明班を率いたのが照明監督のキム・ホワイト氏だ。

「現実世界の照明は見慣れているので、それほど難しくはありません。ただ頭の中は、アートボードを見たときにとても美しいと思ったものの、ファンタジーにあふれた世界であることに加えて、ヨロコビなどの主人公が光源であるため、どうやって照明を整理していくか、ビジュアル的に大きな挑戦になりました」とホワイト氏は語る。

制作開始当初は、現実世界と頭の中を行き来すると観客が混乱してしまうのではないかという心配があった。そこで、2つの世界で異なる照明を用い、はっきりと異なる世界であることを表している。現実世界ではローコントラストになるように、彩度を低く保ちながらもリッチな照明になっており、デリケートな美しさをもつ画づくりになっている。

一方、頭の中は現実世界にない物ばかりで構成され、ハイコントラストで彩度も高く色があふれる世界として描かれている。作品全体を通して、照明がそのシーンの感情をわかりやすく表現し、かつ2つの世界の架け橋となっているのだ。

照明部門の最大の挑戦のひとつが、自身が光源となっているヨロコビに照明を当てることだったという。普通の登場キャラクターのように照明を当ててしまうと、奥行きが生まれることで茶色がかってしまい光源であるように見えなくなってしまうからだ。そこで、色の明るさではなく、色のズレやぼかしによってヨロコビの形をつくるというアイデアが採用された。

具体的には、照明が当たる瞬間を黄色にし、それに続く光をオレンジ色に変化させていく。また、普通の人間に光を当てると光が拡散して黒に近づいていくが、ヨロコビの場合は光が拡散するとオレンジ色になっていくようにシェーダを設定することで、彼女が光源であることを上手く表現している。

TEXT_大河原浩一(ビットプランクス)

  • 発売情報:
    『インサイド・ヘッド MovieNEX』(4,000円+税)好評発売中!デジタル配信中!

    作品紹介:
    11才の女の子、ライリーの頭の中に存在する5つの感情たち---ヨロコビ、イカリ、ムカムカ、ビビリ、そしてカナシミ。
    彼らは、ライリーを幸せにするために奮闘の日々。そんなある日、見知らぬ街への引っ越しをきっかけに不安定になったライリーの心が、感情たちにも大事件を巻き起こす。

    公式サイト:
    disney.jp/head

    ©表記:
    ©2016 Disney/Pixar