社内に映像と原型の2つの制作チームをもち、幅広い案件を手がける株式会社イクリエ。本稿では映像/原型両方のノウハウをもつ同社ならではと言える、1体の3DCGモデルデータを映像用・原型用の双方に展開する手法を、同社制作の新製品「DESKTOP ARMY」を例に紹介する。

※本記事は、月刊「CGWORLD + digital video」vol.209(2016年1月号)からの転載記事になります。

製品、映像、2Dプリントを考慮した多様な製品づくり

CGWORLD読者の皆様、はじめまして。株式会社イクリエと申します。

今回は、映像制作とデジタル原型のフィギュア制作を中心に活動している私たちが制作に関わったPVC製塗装済み可動フィギュア「DESKTOP ARMY」(以下、DA)を軸に、デジタル造形だからこそできる製品づくり、製品展開について解説していきます。

今回取り上げるDAはユーザーがパーツを組み換え、気軽に改造ができる、手のひらサイズの集めやすい「可動フィギュア」として販売される玩具です。DAは素体に組み立てた武装パーツを取り付けることにより、商品を自分で完成させる楽しさがあります。さらに素体3Dデータの無料配布等も予定しているので、市販の3Dプリンタや出力サービスが身近なものになるかと思います。

平成22年12月に創立した当社は、これまで映像制作においてはゲームのOPムービーやプロモーションムービー等、クライアントの広報活動のポイントでお手伝いすることが多く、映像でのアプローチに加えてデジタル原型やグッズの企画提案等、ものづくりからもコンテンツをPRできる体制を構築して、日々業務に励んできました。そんな当社だからこそDAの展開に合わせたデータを作成できたのだと自負しています。今後も当社の強みを活かしてさらにこの商品を盛り上げていく予定です。

今回、当社が関わりましたDAを本誌で紹介できる機会を得ましたので、次ページからDAに合わせたモデリングソフトの選定をはじめ各種制作工程を踏まえつつ、デジタル原型データの様々な活用法や仕様変更に対応しやすいデータづくり、デジタルでの各種メリット等を紹介していきたいと思います。

各ソフトウェアの様々な便利機能を活かしたデジタル原型ならではの制作手法の紹介を通して、みなさんの映像制作や原型制作のヒントとなるようなことをお伝えできれば幸いです。

Topic1:設定資料から考えるDAのモデリング

デザイナーの表現を考慮したツール選定

まずはBLADE氏の描き下ろしによるDA素体の設定資料を下敷きとしてモデリングを進めていきます。モデリングにはFreeformというソフトを使用します。Freeformは映像制作の現場ではほとんど名前を聞く機会はないのですが、原型制作の現場ではわりとメジャーなツールです。喩えるなら、ペンタブの3D版でしょうか。3Dデータの形状をペン型デバイスを駆使して編集することで、あたかもそこに物体があるかのような直感的な作業が行えることが一番の特徴です。

直感的だからこそ、他のソフトとはちがいリアルタイムで形状データを把握しつつ効率的に作業が進められます。機能的な特徴としては、可動軸の設定、パーツ管理、分割、嵌合部分の作成(主にブーリアン)、厚みの管理、モールドの深さ幅の設定、オープンエッジの修復等々のしやすさが挙げられます。このように、ものづくりに特化したツールがわかりやすいインターフェイスでまとまっていることが、今回Freeformを選択した理由です。

▲BLADE氏によるDAのデザイン稿

▲当社のFreeform作業用PC。右側にあるのがデータを直接触れるペン型デバイスです



▲Freeformでモデリングに特化した各種機能を使ってDAを制作していきます

▲設定資料に合わせて制作されたDAの素体

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Topic2:映像用データ作成
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Topic2:映像用データ作成1

製造用データを映像用データへ変換

ここでアナログではなくデジタルで原型を作っているメリットを活かし、今回は原型データを映像用データとして作り直してみます。ここで「なぜ、映像用として作り直すのか?」、「原型データをそのまま映像用データとして使うことはできないのか?」と疑問に思う方も多いと思います。

それは、原型データに単純にセルシェーディングを施しただけでは影が綺麗に表示されなかったり、モールド部分や立ち上がり部位等のエッジとして表示させたい部位にラインが表示されなかったりするからです。ひと手間ではありますが、ここでリトポロジーをして作り直すことによって、映像でも無駄の少なく、扱いやすい、映えるモデルとなるのです。

▲Freeformのデータをインポートしただけの状態では全て三角ポリゴンとなってしまっていて、このままレンダリングしても良い結果が得られません。このデータを基に3D-Coatを使いリトポしていきます。画像はリトポ前後の比較画像です

▲リトポを効率良く行うため、各パーツごとに別レイヤーで参照オブジェクトとしてボクセルツリーに読み込んでいきます。画像は読み込み終えた状態

▲最終的には3ds Maxで反転コピーや微調整を行うため、おおまかにリトポしていきます。レンダリング結果を見越しながら、ラインを引きたい箇所に分けてまずはリトポしていきます

▲体全体のリトポがおおよそ完了した状態です

Topic3:映像用データ作成2

映像用データとしてのつくり込み

イクリエでは正しく質感設定を行なっていくために、Freeformで制作したデータを3D-Coatでリトポロジーします。リトポロジー機能については、現在様々なソフトに備えられていると思います。当社では、日本語で扱いやすいインターフェイス、編集のしやすさ等から3D-Coatを選択しました。

実際のリトポロジー作業については、ポリゴンの交差による部位、マテリアルの境界箇所にラインを出すように考慮しながら作業を進めます。そして、リトポロジーができたら、レンダリング時にBLADE氏の描く線に近いアウトラインを得られるよう3ds Maxにインポートし、Pencil+ 3にて質感設定を吟味していきます。Pencil+の機能を活かし、ラインのストロークの強弱などの設定により元のイラストテイストに近づけています。

また、元の商品がパーツごとに物理的に可動するため、現物と同じ可動ポイントで各オブジェクトパーツを親子付けし、簡単なアニメーションができるよう設定しています。アニメーション時に線のひとつひとつがどう処理されるのが良いのか、という点も考慮しながら設定することが重要です。

▲顔のリトポ作業の様子。元の形状を見ながらリトポを行いたい場合、ツールバー右上の不透明度を0%にするとワイヤーフレームのみの表示となるため、切り替えながら行うとやりやすいです

▲同じように他のパーツも必要な部分のみリトポしていきます

▲(左)リトポしたポリゴンメッシュを3ds Maxでインポートして微調整を行なった状態のワイヤーフレーム
▲(中)リトポ・質感設定前
▲(右)リトポ・質感設定を行なったもの

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Topic4:可動用データ作成︎
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Topic4:可動用データ作成

様々な要素を考慮して関節を追加する

DAはもともと肘・膝の可動はしない前提で制作が進んでおり、その仕様でイベント展示もしていました。しかし、様々なイベントで多数のユーザーにDAを手に取ってもらったところ、「肘・膝の可動」や「ペタンコ座り」を可能にしてほしいという要望が多かったため、最終的に仕様に盛り込むことになりました。

この関節の追加というのが少々難題で、単純に関節を入れ込めばOKというものではなく、量産コスト、強度、保持力、可動範囲といった様々な要因を考慮して最大の効果を得られるように設計していかねばなりません。特にコストのことを考えると関節は共通で使い回せるようにしたいので、両部位でしっかりと使えるよう調整しています。8cmという小さなサイズの中でできる限りのことを詰め込みました。

▲可動させる必要が出てきたため、関節パーツを配置できる部位をまずデザイン画上で検討します

▲コストのことも考えつつ、簡素なパーツ構成で最大の可動を確保できる関節形状と位置を模索しながら関節を配置していきます

▲小スケール、簡素な構成の中でも試行錯誤の末、バランスを崩すことなく要望通りのポージングが可能になりました

Topic5:共通規格による武装と素体の設計

武装の自由自在なカスタマイズ

ここまで素体部分について説明してきましたが、DAはこれに武装が取り付けることで、ひとつの商品として仕上がります。この武装は、共通規格のジョイントによって素体に取り付けられるよう設計しています。ジョイントを共通とすることによって、様々な武装の組み合わせが可能になり、想像以上の自由なカスタマイズが行えるようになります。

つまり、「自分だけのDA」をつくることができるという大きな強みが生まれました。まずは難しいことを考えず、格好良い感じ、かわいらしい感じと自由にパーツを組み替えてみて、自分だけの小隊を作って楽しんでもらえればと思っています。

▲DAは素体各部に、武装を組み付けるための穴が共通規格にてデザインされています

▲穴の形状を各パーツ共通にしていることで様々な組み換えが可能となります

▲実際にイベントにて展示された組み換えの一例。パーツの取り付け方によってこのような「自分だけのDA」をつくることができます

Topic6:業界初!可動フィギュアの無料配布への挑戦

素体3Dデータ配布による可能性の提示

DAはフィギュアの販売に留まらず、業界では初めての試みとなる素体3Dデータの無料配布も計画しています。無料配布版は肘・膝の関節をオミットした状態での提供ですが、これはまず第一に出力時のデータの取り回しやすさを考えてのものです。続いて、近年個人向けの3Dプリンタが普及拡大しているとは言え全てのユーザーが3Dプリンタを所持しているとは限らないため、出力代行サービスを利用した際の造形費も考慮しています。 

しかし、肘・膝の関節以外の仕様は商品版と同等であり、DAの製品としての発売時期はこの記事の執筆現在未定となっていますが、無料配布版は2015年12月の配布開始を目標として鋭意準備中です。設計したわれわれとしては、商品版に先駆けて無料配布版をどんどん立体出力してもらって、オープンソースならではの自由なアイデア、モデリングを楽しんでいただきたいと考えています。

▲ダウンロード版におけるDAのパーツ構成。肘・膝の可動はオミットされていますが、もともとの製品における仕様ですのでご安心ください!

▲無料ダウンロード版のメリットを簡潔にまとめてみました。バンバン出力して遊び倒してください

▲ダウンロードした素体を使ったオリジナルカスタマイズの一例。DAはこのようなユーザー発信のカスタマイズを奨励しています

  • <staff>

    映像制作をメインに秋葉原で活動中。デジタル原型やグッズの企画提案等、映像以外のものづくりにも積極的に取り組みながら業務の幅を広げております。若い社員が多いので、これからも様々なことに挑戦したいと考えております。また、今年の9月より3Dプリンタを社内に導入したので今まで以上に原型業務にも積極的に取り組んでいく予定です!

    www.icrea.co.jp

  • <information>

    PVC製塗装済み可動フィギュア
    「DESKTOP ARMY」
    全高:約8cm
    発売元:株式会社メガハウス dt-a.jp

TEXT_ 市川寛大(株式会社イクリエ)