映像制作における設計図ともいえるプリビズでもカメラは綿密に関わってくる。ここでは、プリビズにおいてそのカメラ情報がどのように関わってくるのか紹介する。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 212(2016年4月号)からの転載となります

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実写カメラの基礎知識はCG制作にも必須の知識! ーカメラ知識をプリビズで活かそう!ー 事例:映画『進撃の巨人』&日産自動車TVCM

TEXT_山口 聡(ACW-DEEP代表取締役・PREVIS SOCIETY ASIA代表理事)
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada



リアルな画づくりを支えるプリビズ

2015年には『スターウォーズ』シリーズ最新作『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』が公開となり、国内の興行収入は100億円を超える大ヒットになっています。ほかにも昨年は『ジュラシック・ワールド』『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』などVFX満載の作品が話題になりました。

  • 山口 聡氏(ACW-DEEP代表取締役・PREVIS SOCIETY ASIA代表理事)
    1966年生まれ。千葉工業大学電子工学科(電気電子情報工学科)卒業。1990年、日立系会社において航空会社向けフライトシミュレータ開発に従事しながら基本的なCG技術を習得。1997年よりIMAGICAに移り、特撮業務に就く。そこでモーションコントロールカメラシステムMILOによる実写合成に従事し、撮影技術のノウハウを習得。様々な経験を経て2007年よりプリビズ業務をスタート。映画やCMの制作現場でリアルタイムプリビズを開発し、ヴァーチャルカメラをプリビズ業務に採り入れる。2013年に独立し、アジア初のプリビズ専門会社 株式会社ACW-DEEPを設立。代表作は映画『のぼうの城』(2012)、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(2012)、『進撃の巨人』(2015)など

これらの作品のVFXは本物にしか見えません。ミレニアム・ファルコンは砂漠を飛び、恐竜が人を襲い、ハルクバスターも街中で大暴れしています。どうしてこのような画づくりができるのでしょうか? それはCGを制作する際のカメラの設定からライティングまで、実写とまったく同じ状態にしているからなのです。これはハリウッドの超大作だけではなく、日本の映画やドラマ、CMなどでも同じように行われています。VFXスタッフは撮影現場でカメラの設定や環境を記録し、それを制作に活用することで、CGが使われていることさえ気がつかないような映像を生み出しているわけです。

リアルな映画の映像


映画『ジュラシック・ワールド』の1シーン。少年たちとジャイロスフィアという球形の乗り物の一部は実写素材、ジャイロスフィアのガラス外装と後方から走ってくる恐竜たちはCG素材、背景の草原は実写素材にCG素材を追加した構成になっている

  • 『ジュラシック・ワールド』
    Blu-ray&DVD発売、レンタル中
    ブルーレイ&DVDセット:3,990円+税
    発売・販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
    TM & © 2014 Universal Studios & Amblin Entertainment, Inc. All Rights Reserved.

最近の映像制作ではプリビズという作業が行われることが多くなってきました。VFX技術を駆使すればつくれない映像はありませんが、限られた時間や予算の中で実現するためには、最も効果的な方法を見出すことが必要です。プリビズはその方法を見つける手段として活用される技術なのです。

それではまず、簡単にプリビズの説明をしておきましょう。プリビズはプリビジュアライゼーションの略語です。CGを使って台本や絵コンテの内容をシミュレーションし、どうすれば意図した映像を作り上げることができるか、その方法を探し出すというのが最も一般的な目的です。日本語で言えば、最近よく耳にする「見える化」ですね。文章や絵で描かれているものをCGで具現化し、そこに隠れている問題点や解決方法を誰もが見えるようにするわけです。

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プリビズとカメラの関係

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プリビズとカメラの関係

さて、プリビズ作業において、カメラの知識はなぜ必要なのでしょうか? 『ジュラシック・ワールド』の1シーンでは、少年たちと球形の乗り物の一部は実写素材、球形の乗り物のガラス外装と後方から走ってくる恐竜たちはCG素材、背景の草原は実写素材にCG素材を追加したもの、という構成になっています。各パートは別々に撮影する、もしくは制作するので、プリビズにより最終的にどういう映像になるのか、それぞれの素材をどうやって撮影するのかを先に決めておきます。そうすれば、後になって合成できないというようなトラブルが発生する確率は大幅に減るでしょう。つまり、この「ショットのプリビズ」ではカメラ設定を仮定することがスタートとなり、そのためにはカメラの知識が必要不可欠であるということです。

では、カメラの知識とは何でしょうか? 皆さんは実際のカメラをご覧になったことがありますか? 今は携帯で写真を撮ることが当たり前の時代ですので、カメラを持ったことがない方もいらっしゃるかもしれませんね。30年ほど前は今のようにデジタルではなく、ほとんどがフィル ム撮影でした。写真にしろ映像にしろ、フィルムを使っていました。それからテープに収録するビデオが現れ、デジタル技術の真価に伴いデジタル撮影に変わっていきました。フィルムの仕様は万国共通でどこでも同じのため、カメラを扱える人であれば、どのレンズを使えばどういう映像を撮影できるかわかっていました。しかし、デジタルカメラには万国共通の仕様というものがありません。フィルムの代わりとなるセンサーが搭載され、そのセンサー上に結像された映像が収録されるわけですが、そのセンサーの仕様はカメラの種類ごとに全て異なりますし、撮影設定によって変わることもあります。RED EPIC DRAGONという機種では、設定次第で何十種類もの解像度や縦横比(アスペクト比)、画角の組み合わせを選べます。フィルムカメラのような何ミリのレンズを使用しているからこの範囲で撮影できる、というような絶対的信頼がデジタル撮影にはないのです。iPhoneとAndroid携帯とでは同じものを撮影しても全然ちがいますし、キヤノンとソニーでもちがいます。どのカメラを使うとどういうサイズになるかということは、最も重要なカメラの知識です。

レンズによる見え方のちがいも重要なカメラの知識のひとつです。最近はあまり聞きませんが、数年前はCGを制作している方がプリビズを担当されたことで発生した様々なトラブルを耳にしました。例えば、せっかくプリビズしたのに現場で撮影したらまったく見え方が異なったとか、プリビズで確認した位置にカメラを設置しようとしたら壁の向こうだったとかです。その問題の多くはレンズの選択が適当でなかったことが原因でした。MayaMotionBuilderのデフォルトのカメラ設定は実にデタラメです。それをそのまま使ったら、現場のカメラとは絶対に合致しないのです。

Mayaの設定


Maya 2015のカメラ設定画面。カメラのアトリビュートエディタを開くと「cameraShape1」という設定項目があり、「フィル ムバック」という項目を見ると「カメラのアパーチャ」の設定がある。これが撮像面の大きさを入力するところだ。ここではARRI ALEXAというカメラの設定を使用する。これを設定しておけば、「焦点距離」にレンズサイズを入力することによって的確なカメラの画角を得ることができる。また、ビューアのビューメニューの中に「カメラ設定」という項目があり、その中の「フィルムゲート」と「オーバー スキャン」にチェックを入れておこう。これにより、撮影できる範囲を確認することができる


Maya 2015のカメラ設定画面。「焦点距離」を50mmに設定している。上の設定画面は16mmに設定しているので、比べてみてほしい。ボックスの大きさや配置は同じなのに、見え方はまったく異なることがわかるだろう。また、実際のレンズはガラスな どのレンズ素材を磨き、形状を整えて配列させた構造をしているため、レンズ素材や工程のクオリティによって同じレンズサイ ズでも見え方が異なる場合がある。特に16mmのようなワイドレンズは歪みがあるので、CGでの見え方と異なってくる。その 点を考慮しつつ、プリビズでカメラ設定を決めていくことが重要だ

プリビズは絵コンテなどをベースにつくっていくわけですが、絵コンテにはほとんどカメラ情報は記されていません。プリビズ・アーティストは、監督がどういう映像をつくりたいのかを絵コンテから読みとり、描かれている絵を参考に使用するレンズを推測し、3DCGで起こしていくわけです。ここでまったく的外れなことをしていては、最も効果的な制作方法を探し出すというプリビズ本来の目的が達成できないばかりか、信頼すら失うことになってしまいます。

MotionBuilderの設定


MotionBuilder 2015のカメラ設定画面。MotionBuilderでは、「Filters」の「Cameras」の中の設定するカメラをクリックすると設定画面が現れる。ここで注意するのは、カメラの設定は「CameraSettings」ではなく「Advanced Settings」にあることだ。「Film Width」と「Film Height」という項目があるので、そこに撮像面の大きさを入力する。なおレンズを設定する場合「Aparture Mode」を「Focal length」にしておかないと、レンズサイズを直接入力することはできない


MotionBuilder 2015のカメラ設定画面。右上のビューアに表示されているのがカメラを通してみた画面である。ここの表示方法を設定するのが「Camera Settings」だ。「Resolution(解像度)」を入力する項目があるが、ここを正しいアスペクト比(HDであれば16:9)で入力しておかないとビューアに正しく表示できない。また「Use FrameColor」にチェックして撮影フレームを表示しておかないと、撮影できる領域を把握することができないので注意が必要だ

プリビズで重要なこと

プリビズにはいろいろなアプローチがありますが、一番やらなければいけないことは、監督やプロデューサーが求める最終的なイメージが何かを明確にすることです。予算や時間の問題からVFXでできることには制限ができてしまうため、どうしても「できる/できない」からはじまっ てしまうことが多いのですが、それでは制限ばかりが多くなって最終的なイメージを決めるところまで到達しないということが起こってしまいます。ですので、まずは何も制限を設けず、最もつくりたいイメージを起こしてから、制限事項を考慮して妥協点を探りつつ、そぎ落としていくようにします。

ここで使われるカメラの知識は、カメラを扱う知識です。カメラは手で持って撮影することもあれば、クレーンなどの機材に載せることもあります。最近はドローンによる空撮やステディと呼ばれる振動をなくす機材に載せる撮影が注目されていますね。どういう機材に載せればどういう撮影ができるかということも重要なカメラの知識です。

例えば、非常に高いところから全体を見わたしながらカメラダウンして人の目線の高さまで降りてくるというショットをつくりたいとします。監督の希望はカメラの高さが人を視認できないくらいだとしたら、カメラの高さの最高点は100m以上になるでしょう。それを実際に撮影するにはクレーンでは無理なのでドローン使おうかとか、レンズを広角にしてできる限りの高さまで撮影してその先はVFXで処理するとか、様々なアイデアが生まれますね。でも、最初からVFXは予算の都合で使えないから30mのクレーンを使って実写撮影ね、と決まっていたらどうでしょう。監督のつくりたい映像にはどうやっても達しないのです。

レイアウトとプリビズのちがい

CG制作でも「レイアウト」というオブジェクトの位置関係を決める重要な作業があります。これもプリビズの一種ですが、実写撮影のプリビズとの大きなちがいはコミュニケーションにあります。レイアウトの場合、話をするのはCGの知識をもつアーティストたちです。当然、やり方も熟知していれば、使う言葉も同じです。コミュニケーションに何の問題もありません。ですが、実写の現場の方々はやり方も使う言葉もちがいます。例えば「セットの上手(かみて)からインしてドリーで回り込もう。あそこの壁がバレちゃうなぁ。カメラを寄っておくか。テーブルは上のものが撮れるように、ちょっとヤオヤにしておこうよ」みたいなことをさらっと言っちゃうわけです。実写撮影のプリビズではこういう言葉をすぐに理解して対応していかないといけません。コミュニケーション力もカメラを扱う知識のひとつなのです。ちなみにさっきの言葉をわかりやすく書くと「セットに向かって右側から撮影を開始して移動しながら被写体のまわりをぐるっと円を描くように撮影しよう。背景に不要な壁が映り込んでしまうなぁ。カメラをもっと近づけて壁が映らないようにしよう。テーブルの上のものが撮影できるように、テーブルの上面をこちら側に向かせて少し斜めに配置しておこうよ」となります。

レンズの特性や決まりごともいろいろあるので、それを熟知しておくことはコミュニケーションを円滑に進めるための重要な要素になります。例えば、人物の顔を撮影する場合は広角レンズであまり撮影しませんし、クルマなどの商品カットの場合は最も良く見えるアングルというのがあります。
このようにカメラの知識には様々な要素があり、映画やCMの映像制作において必要不可欠なものになっています。

  • 月刊CGWORLD + digital video vol.212(2016年4月号)
    第1特集「カメラの基礎知識」
    第2特集「アニメCGブースト」ほか

    定価:1,512円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:160
    発売日:2016年3月10日
    ASIN:B01AO0ZESI