2016年7月24日(日)から7月28日(木)までの5日間にわたり、アナハイムで「SIGGRAPH 2016」が開催された。SIGGRAPHの数ある講演の中でも、VFX制作者にとって非常に興味深いのがProduction Sessionだろう。ここではハリウッド映画の最先端VFXメイキングが、VFXスーパーバイザーをはじめとする中核スタッフたちによって惜しげもなく披露される。本稿では、7月27日(水)に行われたUnder the Sea -- The Making of "Finding Dory"をふりかえる。

TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
Special thanks to 手島孝人/ Takahito Tejima & ヴィルマン龍介/Ryusuke Villeman
Pixar Animation Studios



<1>RenderManのメジャーデートと「USD」の公開

Production Session「Under the Sea -- The Making of "Finding Dory"」では、ピクサーの最新作『ファインディング・ドリー』にてプロダクション・デザイナーを務めたスティーブ・ピルシェア/Steve Pilcher氏やスーパーバイジング・テクニカルディレクターのジョン・ハルステッド/John Halstead氏ら6名が登壇。本作の画づくりについて、アートとテクノロジーの両面から幅広く紹介した。

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本作の技術面における目標は下記の4点だったという。

1.より良いストーリーの作品を生み出すためのツール開発
2.RenderManによる、さらに一歩進んだ反射&屈折の表現
3.USD(Universal Scene Description)の実用化
4.KATANA向けUSDプラグインによる、シェーディングならびにライティング作業の効率化


これらの目標を実現させるにあたっては、RenderMan KATANA、USDの3つを主軸とした新たなパイプラインが構築されたそうだ。なお、「USD」とは、SIGGRAPH 2016にて、ピクサーが新たに公開したオープンソースによるシーングラフのライブラリである。手島孝人氏がQiitaにて日本語による紹介記事を公開しているので、詳しくはそちらを参照してもらいたい。

SIGGRAPH 2016|Under the Sea -- The Making of "Finding Dory"

© 2016 DISNEY / PIXAR. All rights reserved.

<2>プリプロ、そしてライティングにおける挑戦

プロジェクトが始まったのは2014年7月頃のこと(制作期間は約22ヶ月)。今回は様々な要素が含まれるショットが登場するが、大別すると「1:サンゴ礁」「2:海」「3:海藻の森」「4:人間の住む空間」の4種類。これらの世界に、それぞれレインボー、ブルー、グリーン、グレーという異なるカラー・パレットを持たせたという。
まずプリプロダクションでは、水中に降り注ぐ光線をはじめとする、水中のリアリスティックな表現を追求すべく、まずは水族館へ行ってリサーチ。水族館の機械室、事務室、大水槽、閉園後に種別に分けられる水槽など、写真を沢山撮影してリファレンスにしたそうだ。そして、コンセプトアートも数多く描かれた。特に劇中に登場する水族館の外観デザインは、ストーリー的にも重要になるため、ひときわ多くのコンセプトアートを描き起こし、監督からOKが出るまで、3DCGモデリングに着手しなかったそうだ。また、子供たちが水中生物に触って体感できる「タッチプール」のシークエンスでは、カメラが動き回ることもあり、全景が入った見取り図を作成し、誰が見ても演出上の展開が理解しやすいようにしたとのこと。このように、リサーチやプリプロにはひときわ時間を費やしたという。そのため、リサーチに3ヶ月を費やしたものの、実際に劇中に登場するのはたったの1秒という建物もあったそうだ。また本作には魚、人間、鳥、オットセイなどなど、多種多様なキャラクターが登場する。つまり相応のキャラクターモデルを作成する必要に迫られたわけだが、先述した新たなパイプラインを導入したことで、MARI上でのデータ&アセット管理の効率性が大幅に向上したとのこと。

SIGGRAPH 2016|Under the Sea -- The Making of "Finding Dory"

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キャラクターのライティングについて。「『ファインディング・ドリー』のライティングは、「RIS(Rix Integration Subsystem)」を導入したRenderMan v19を使用している。水中で各キャラクターを視覚的に引き立たせるためには、スキャタリングの向上が不可欠だった。そこでディフュージョン・スキャタリングを使用した。アルゴリズムの改良により、クオリティを向上させるのはもちろん、問題点の解決も行われた。 例えば、以前シングル・スキャタリングを使用していた時は、魚のヒレなど平坦な形状で不具合が生じたが、ディフュージョン・スキャタリングにより、より自然な結果を得る事が可能となった。

SIGGRAPH 2016|Under the Sea -- The Making of "Finding Dory"

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続いて、背景セットのライティングだが、そのチャレンジのひとつにサンゴ礁のクオリティ改善があった。これまでのシェーダは、サンゴ礁の輪郭部分に改善の余地が見られた。今回、サブサーフェス・ディフュージョン・スキャタリングを採用したことにより、PBRによる自然なライティングを実現。また、前述のKATANAのUSDプラグインは大変強力なツールで、作業の効率化にひと役買ったそうだ。

<参考> Towards Bi-directional Path Tracing at Pixar

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<2>アニメーション&エフェクト

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<2>アニメーション&エフェクト

タコのキャラクター「ハンク」のアニメーションについて紹介する。8本の足を有するタコの動きは大変複雑であり、吸盤を使って自由に移動する。この動きを実現するためには、従来のジョイント・ベースのコントロールでは制約が生じる事が容易に予測出来た。そこで、スプライン・ベースでコントロールできるシステムを開発した。 これは、ピクサーの自社開発アニメーション・ツール「プレスト」で、球のコントロール・ハンドルを動かすことでアニメートできるという優れもので、かなり自由度の高いコントロールが可能だ。

How Pixar created its most complex character yet for "Finding Dory"(CNET News)

また、アニメーションのベデロップ期間中には、さまざまなアプローチのアニメーションをテストした。 2Dの手書きアニメを参考に3Dアニメに置き換える手法で、 昔のワーナーアニメのようなコミカルな動きもテストされた。いろいろテストするうち、口の動きの表現が意外に難しい事もわかってきた。タコなので制御も見せ方も難しい。 ハンクが背景に化ける「カモフラージュ」のシーンがいくつか登場するが、ここでも「どうやってカモフラージュさせるか?」のアイデアをみんなで出し合い、最も面白く&演出上的確と思われる案を採用した。

SIGGRAPH 2016|Under the Sea -- The Making of "Finding Dory"

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エフェクト面でチャンレンジとなったのは、やはり水の表現である。これには複雑なインタラクションも含まれるため自ずと難易度が高くなる一方では、物量の多さから効率性の最大化も必須であった。そこで「GIN(Geom Implicit Network)」等が開発された。そのほかにも前述のUSDを使った新しい手法も採用している。
例えば、まず水面のボリュームにディスプレイスメントを施した後、特定エリアだけを球で切り取ったり、カメラ・フラスタムで切り取ってオプティマイズすることができる。それを.usd形式で書き出して他部門とやりとりするといった具合だ。水面についてはプロシージャルなアプローチと、シュミレーション主体のアプローチとを、ショットのニーズによって使い分けたという。そして本作では、「TMA(Texel-Marsen-Arsloe)」による新しい水面シュミレーションの手法も開発された。

本作ではバケツやコーヒーポットに入った水など、シュミレーションのコンテナ自体が移動するシーンも多く、それにキャラクター・アニメーションが絡む事も少なくなかった。まずローレゾで流体シュミレーションを走らせ、それをアニメーターに渡してキャラクターが水の動きに追従した動きを付けてもらう等のやり取りも行われている。
また、様々なスプラッシュへの対応も求められた。シュミレーションするエリアを極力小さくすることで計算負荷を減らす等の工夫をした。白波(white water)と気泡(bubble)の表現は、スプラッシュの内部に大量の細かい小さな球を配置して、それをレンダリング時に水のサーフェスから屈折させると良い結果が得られたそうだ。余談だが、前述した「タッチプール」のシークエンスでは、映画『プライベート・ライアン』のオマハ・ビーチ上陸作戦の映像をリファレンスにしたというエピソードが披露されたのだが、会場は爆笑の渦に巻き込まれていた。魚目線から、子供達の手が水面から突入して来て砂煙を上げる様は、おそらく戦場さながらの光景だったにちがいない。

SIGGRAPH 2016|Under the Sea -- The Making of "Finding Dory"

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<3>シネマトグラフィー(映画的な撮影術)

最後に、撮影監督の立場から「どのような画づくりを行われたか」を紹介したい。映画の中では、水中と陸のシーンが登場する。それぞれをいかに効果的に見せるか?がチャレンジとなった。例えば水の中では、「水中ルック」をどのように表現するか。これはチャレンジに次ぐチャレンジとなった。様々な方法が考えられるが、コースティックス、ボリューム・フォグ、ディフュージョンによる遠景のボカし、これらを組み合わせると効果的であることがわかったという。
加えて、本作は小さな魚からの目線のマクロ映像なので、被写界深度が重要になってくる。被写界深度を浅くすることで、それを表現している。但し、あまりリアリティを追求し過ぎるとドキュメンタリー風の絵になってしまうため、そのバランスには注意を払ったという。実写ではカメラとレンズの大きさによって焦点距離や映り具合が変わってくる。そこで、今回はCGカメラを「35mmカメラ」と「16mmカメラ」の2種類用意し、それぞれテストしてみたところ、ドリーをクローズアップするショットは「16mmカメラ」を、引きのシーンでは「35mmカメラ」を用いることにしたそうだ。

水中では、屈折がかなり強い。どのように見えるか、実際に水中カメラの映像などを観察。水槽内部から撮影すると、屈折によって、画面の特定箇所で絵柄が急に途切れたように見える「クリティカル・ポイント」と呼ばれる現象が起きることがわかった。そういった物理現象も、レンダリングの中で再現を試みている。また、屈折が入ると、レンダリング結果に予期せぬ影響が生じることがあった。レイアウトは屈折なしの状態でアプルーブされる訳だが、いざレンダリングしてみると、屈折の影響で構図が変わってしまう場合がある。実際に起こった事例として、コーヒーポットに入ったドリーをレンダリングしてみると、水の屈折の影響でドリーの見た目の大きさが変わってしまったことがあったという。そこで、ドリーのスケール値を段階的に変えたウエッジを数枚作り、その中から的確なサイズに見えるスケール値をピックしたそうだ。



SIGGRAPH 2016|Under the Sea -- The Making of "Finding Dory"

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info.

  • SIGGRAPH 2016|Under the Sea -- The Making of "Finding Dory"
  • 映画『ファインディング・ドリー』
    大ヒット上映中

    監督:アンドリュー・スタントン/Andrew Stanton
    共同監督:アンガス・マクレーン/Angus MacLane
    製作総指揮:ジョン・ラセター/John Lasseter
    製作:リンジー・コリンズ/Lindsey Collins, p.g,a.
    脚本:アンドリュー・スタントン/Andrew Stanton、ヴィクトリア・ストラウス/Victoria Strouse
    音楽:トーマス・ニューマン/Thomas Newman

    www.disney.co.jp

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