ボーンデジタル主催の特別展「コンセプトアーティスト&マットペインターの仕事展-映像制作 Then and Now-」が10月12日から15日まで4日間にわたり、ターナーギャラリー(東京都豊島区)で開催された。会場にはふだん、なかなか目にする機会のないコンセプトアートやマットペイントの作例が多数展示され、学生からプロまで多くの来場者でにぎわった。本稿では会場の模様や、15日に開催されたセミナーの概要を中心にレポートする。

コンセプトアートは企画や制作の初期段階で、作品やサービスのビジュアルコンセプトを提示する資料のこと。マットペイントは現実にあり得ない風景や物理的に制作できないセットを絵で表現したものだ。参加アーティストは林 隆之氏、木村俊幸氏、富安健一郎氏、江場左知子氏、東城直枝氏で、他に鈴木松根氏、谷 雅彦氏、原島 順氏、田島光二氏の作品も掲示された。いずれも映画やCM、ゲームなどの現場の第一線で活躍するクリエイターばかりで、非常に豪華な顔ぶれとなった。

TEXT_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota、西原紀雅 / Norimasa Nishihara(CGWORLD)

貴重な作品が多数展示された圧巻の展示エリア

会場は3フロアに分かれ、1Fではコンセプトアーティストの富安氏とマットペインターの江場氏が、各々の仕事の解説と共に代表作を展示した。富安氏は映画関連の仕事に加えて、東京オリンピックが開催される2020年の東京の街をイメージしたオリジナル作品も展示。江場氏は映画『シン・ゴジラ』で使用された、ゴジラの移動で蹂躙された首都圏の被害を示す上空からのマットペイントの制作過程を一挙展示。いずれもプロの仕事ぶりを示す貴重な展示となった。


3Fではデジタルとアナログでの業務内容の対比をふまえつつ、東城氏、林氏、木村氏の代表作が紹介された。デジタル世代のマットペインターである東城氏は、アニメ『スター・ウォーズ/クローン大戦』など、参加作品をプロジェクターで紹介。アナログ時代から活躍する林氏は、「生合成」と呼ばれるマットペイント手法を紹介した。木村氏の代名詞でもある、段ボールを素材に用いた宇宙船も展示された。このほかミニチュアを用いたプロジェクションマッピングの解説展示もみられた。

4Fはゲストアーティストの展示、セミナースペース、PCとツールの体験コーナーなど盛りだくさんだった。展示には各アーティストのQ&Aが掲示され、メモをとる来場者も多くみられた。セミナースペースでは会期中に9本のセミナーやポートフォリオレビューを実施。15日には富安氏と江場氏で「絵心の正体」、林氏と東城氏で「Back to the SFX =Save the Princess=」、原島氏も交えて6名でのギャラリートークが開催され、多くの立ち見客もみられるほどだった。

セミナーレポート1:
「絵心の正体」/富安健一郎氏、江場左知子氏

ゲーム会社やフリーランスのアーティストなどを経て、2011年にコンセプトアートのスペシャリスト集団であるINEIを設立した富安氏。東京芸術大学で油絵を専攻するかたわら、在学中から映像制作にたずさわり、現在は総合映像プロダクションfudeでデジタルマットペインターとして活躍する江場氏。日本を代表するクリエイター二人が「絵心」について語るとあって、大きな注目を集めるセッションとなった。

ふだん「絵心を感じる」、「絵心がない」など、当たり前のように使用している「絵心」の正体について、ざっくばらんに語り合ってみようという本セッション。はじめに富安氏は「美少女の萌え系キャラクターイラスト」、「中年男性の裸体が描かれた油絵」、「男性の裸体デッサン」、「女性の裸体クロッキー」とテイストの異なる絵を4点あげ、それぞれの絵でどんなところに絵心を感じるか、江場氏とディスカッションしていった。

二人とも萌え系イラストは「まったく描けない」としつつ、提示されたイラストは「絵心を感じる」と評価。「線に自信が感じられ、色使いも綺麗。眉毛の角度や鼻の輪郭といった、非常に微細な部分が魅力の源泉になっていて、とても僕には無理」(富安氏)。「みんなが記号として共有している世界で極めた感じ。盆栽の世界にも近いものを感じる」(江場氏)などと解説され、あらためて「絵心」が絵のジャンルとは無関係であることが示された。

続いて「油絵」、「デッサン」、「クロッキー」という伝統的なアートとされるジャンルで、二人はそれぞれの視点で絵心が感じられる部分をあげていった。富安氏はクロッキーについて、「自分は対象物を光の面でしか捉えられず、輪郭を線で捉えることができない。縁遠いだけに非常に憧れる世界」だと明かした。


ここで話題はアマチュア時代に憧れた作品に移った。「風景の具象画が死ぬほど好き」という江場氏は日本画家の東山魁夷のファンで、中学2年生で長野県信濃美術館の東山魁夷館に足を運んだこともあるという。「代表作の『緑響く』などの幻想的な作品も、実は霧がかかった湖畔の風景に感動し、リアルに描いただけではないかと思い立ち、のめり込む契機になった。ただ、学生時代は恥ずかしくて、まわりに明かすことができなかった」(江場氏)。

富安氏は影響を受けた人物にシド・ミード氏をあげた。富安氏自身、工業デザイナーを経てコンセプトアーティストになったのも、シド・ミード氏の経歴に影響を受けたからだという。また幼少期に小田急電鉄の8000形車両に夢中になり、車両の絵を描き続けていたというエピソードもあかした。「車体の明るい部分よりも、足回りなど影の部分の色使いに注意すると絵が良くなると気づいた。後でセザンヌも同じことを言っていると知った」(富安氏)。

もっとも、二人とも「周りからは絵心があると思われているかもしれないが、自分自身でそう自覚したことはない」のだという。江場氏は「スゴい人に周りを囲まれているから、自覚する機会がないのではないか。樋口真司監督の絵コンテは綺麗で早くて、特撮ならではのトリッキーな構図もあり、とてもマネできない。仕事も同じで1Fに展示したとおり、修正の連続で今もなお勉強の毎日」だと語った。富安氏も「絵を描いていて楽しいのは一瞬で、実際には辛いことの方が多い」のだという。

このように「自分では自覚できない絵心」を、どうやったら習得できるのか。江場氏は「フォトリアルな絵をめざすのであれば、どれだけ対象物を真摯に観察できるかが重要で、観察が絵心を育てる」と分析。富安氏は「自分より絵がうまい人はたくさんいる。どれだけ諦めずに、自ら駄目出しして、改善し続けられるかが勝負」だと語った。これに対して江場氏は「改善点を思いつく力が絵心につながるのでは」と指摘。富安氏も「そうかもしれない」と同意していた。

セミナーレポート2:
「Back to the SFX =Save the Princess=」/林 隆之氏、東城直枝氏

1986年に専門学校を卒業し、マットペインティングの世界に飛び込んだ林氏と、広告代理店、放送局勤務を経て、1990年代にマットペインターになった東城氏。林氏はぎりぎりアナログ時代の経験があり、東城氏はデジタルネイティブのマットペインターながら、原体験は映画『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』など、ミニチュアセットのSFX映画にさかのぼる。本セッションではそうした、両名のアナログ時代の思い出や体験などを踏まえつつ進行した。

絵の具を溶くときの臭いや感覚が好きだという林氏。映画『ALWAYS 三丁目の夕日』などで有名な山崎 貴監督と専門学校のクラスメートだったことが、業界で働くきっかけになった。一足早く白組に出入りしていた山崎氏にアルバイトに誘われたのだ。セットで使用するミニチュアのペイントなどに夢中になった一方で、マットペインターに対する憧れもあった。そんな林氏に対して同社が「白組で修行するといい」と門戸を開いてくれたことが、現在のキャリアにつながったという。

一方、東城氏は高校時代に見た『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』に衝撃を受けたと語った。続編の夢を毎晩のように見るほど夢中になり、洋書を漁った結果、マットペインターついて知った東城氏。もっとも当時、日本でマットペインターのめざし方について、誰も教えてくれなかった。その後、長い回り道を経てフリーランスとなり、この道に飛び込んだ東城氏。もっとも当時はすでにアナログからデジタルにマットペイントの制作環境が移行していた。


ここで林氏はアナログ・マットペインティングについて、実演をふまえて解説した。マットペイントには大きく「撮影現場にガラス板を持ち込み、その場で背景を描いてレンズの前に設置し、役者と共に撮影する技法」と、「レンズの前にマットボックスを設置し、絵にしたい部分を黒く覆って撮影。その後スタジオで背景画を描き、未露光の部分に絵を合成して現像する方法(=生合成)」があり、林氏はCM撮影などで、後者の現場に参加していたという。

生合成で重要なのは、合成範囲にあわせてレンズを正確に覆うことと、絵と実写で雰囲気をしっかりとあわせること。実写と絵のなじみを近づけるために、何度も修正を繰り返したという。スタジオの雰囲気もピリピリしていたが、実際にタレントに会ったり、「同じ釜の飯を食べる」ことで生まれる連帯感もあった。しかし、ようやく一人前になった頃にデジタル・マットペインティングが一般化。もっともPhotoshopを触って、その便利さに驚愕し、すぐに乗り換えたという。

東城氏はデジタル化のメリットとして、カメラが自由に動かせるようになったこともあげた。先駆けになったのが映画『フック』で、ピーターパンがネバーランドに向けてはじめ飛び立つショットだ。「モデリングしたオブジェクトの島に絵を投影させ、それを撮影して合成する」、すなわちプロジェクションマッピングを活用した手法が使われ、立体的にカメラを動かして見せられるようになったという。これ以後、このアイデアは多くのCGツールに組み込まれ、一般化していった。

その後、『20世紀少年』、『利休に尋ねよ』、『魔女の宅急便』、『at Home アットホーム』など、東城氏の参加した作品のメイキング紹介を行いつつ、会話はさまざまに展開した。紹介された作品はいずれも実写映画で、『利休に尋ねよ』では神社仏閣における四季折々の風景が、マットペイントで再現されている。『at Home アットホーム』では劇中で10年が経過した家の雰囲気を出すために、外装がマットペイントで表現されている。

林氏は「マットペインターはロケチームの一員という意識がある。『ALWAYS 三丁目の夕日』でも、観客から、どこでロケしたのか、と尋ねられるのが嬉しい。ただ、そろそろ現実に即したものだけでなく、SFのような派手な作品にも参加したい」とコメント。東城氏も「『スター・ウォーズ/クローン大戦』で、高校生のころから憧れたスター・ウォーズの仕事ができた。コンセプトが保たれていれば、いろいろなアイデアを自由に出すことができ、採用もしてもらえた」と醍醐味を語った。

セミナーレポート3:
全員参加のギャラリートーク/木村俊幸氏、東城直枝氏、富安健一郎氏、林 隆之氏、江場左知子氏、原島 順氏

展覧会の最後に6名のアーティストが登壇してギャラリートークが行われた。司会はボーンデジタルの西原紀雅氏つとめ、会場からよせられた質問に対して、回答やディスカッションが行われた。ギャラリーはアマチュアとプロが半々で、業界志望の高校生からの質問もみられた。60分間の時間はすべて質疑応答にあてられ、多種多様な質問や回答が飛び交うなど、文字通り会場が一体となって進行。登壇者の熱意もさることながら、参加者の関心度の高さが強く感じられた。


はじめに「皆さんが今、アマチュアだったとして、最初に仕事をもらうために、どういったことをするか?」という質問がなされた。原島氏は「SNSなどを活用して作品を発表しつつ、デモリールやプレゼン用の資料を作成して、各社に送付する」と回答。これに対して富安氏は「SNSは拡散力は強いが、印象に残らないのではないか」と懸念を示し、まずは実力をつけてポートフォリオの完成度を高めることが重要だとした。

また、この質問に関連して江場氏は「カメラとレンズについて学ぶことがすごく重要で、プロでも仕事を始めてから学ぶ人が多い。余裕があれば学生時代にカメラを学ぶと良い」と補足した。東城氏は「日本では分業化の傾向があるが、ハリウッドでは逆にゼネラリストとして統合化の機運もある。学生のうち多様なツールを触り、慣れて欲しい」とコメント。林氏は「アルバイトでスタジオの手伝いをしながら、そこでアピールするのが良い」と回答した。

続いての質問は「仕事中に詰まったときの解決法や気分転換」について。原島氏は「絵を左右反転させ、気になったところを赤ペンで記入して、再び正転させて修正するとクオリティが上がる。Photoshopでレイヤーを統合させるだけで、スッキリした気分になることもある」と回答。江場氏は「油絵ではイマイチの時にペインティングナイフで絵の具を削り取ることもある。CGでもまったく違う仕事をすると気分転換になる」と語った。

林氏は「ebayでネットショッピングをしたり、別のカットをやってみたり、そのための資料を集めてみたり......。ただ、みんな絵を描くことが好きなはずだから、極端なストレスはたまらないはず。でも、常に微細なストレスを抱えつつ仕事をしていると言えるかも」と明かした。富安氏も「常にストレスを感じており、そういうものだと割り切っている。本当に大変なときは、仕事を早めに切り上げて遊びに行く」と続けた。

「人より絵が上手いとは思わないが、集中力はあると思う」という東城氏は、「集中しすぎてわからなくなった時は、たいてい夜中になっているので、切り上げて寝る。目が覚めると意外と新鮮な気持ちになり、おかしいところがわかったりする」と回答。木村氏も「これまでいろいろなストレス解消法を実践してきたが、寝るのが一番」とコメント。江場氏も「自分は逆で集中力が続かないタイプ。それだけに、一日中PCの前に籠もって作業を続ける生活は止めた方が良い」とアドバイスした。

映像業界をめざす高校生から、油絵を勉強しているが、将来に向けて何をしたらいいかわからないという質問もあった。江場氏は「絵の基本やデッサン力は絶対に役に立つ」とコメント。富安氏は「プロかアマチュアかは関係なく、絵が上手いというのは一生の宝物。そう信じて絵の勉強を続けて欲しい」とアドバイスした。林氏は「映像業界といってもいろいろある。憧れている世界が、本当に自分のやりたいことなのか、見極めることが重要」と語った。

このほか「マットペイントで実写とCGの違和感を埋める方法」や「プロが自分で技術を高めていく方法」などの質問があった。またフリーランスの映像ディレクターからよせられた「一生これで食べていけると思えるようになった時期はあるか?」という質問に対しては、登壇者全員が異口同音に「ない」、「常に不安」などと回答。質問者から「自分も同じで、安心した」と返される一幕もあった。修了後も会場内で名刺交換が続くなど、参加者が思い思いに交流を楽しんでいた。



  • 「コンセプトアーティスト&マットペインターの仕事展」

    開催期間:2016年10月12日(水)~10月15日(土)
    開催時間:11:00~19:00
    会場:ターナーギャラリー
    主催:ボーンデジタル
    参加アーティスト:林 隆之氏/木村俊幸氏/富安健一郎氏/江場左知子氏/東城直枝氏(順不同)
    ゲストアーティスト:鈴木松根氏/谷 雅彦氏/原島 順氏/田島光二氏(順不同)
    campaign.borndigital.jp/ConceptAndMatte