グリオグルーヴ LiNDAのHoudiniBros.チームは、その名が示す通りHoudiniに特化した10人のスーパーバイザーやアーティストで構成されている。そんな彼らが総力戦で挑んだ映画『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』のヘビーな荒海ショットを通して、HoudiniBros.のパイプラインと、海エフェクトの制作ノウハウをお伝えする。なお、本記事はパイプライン篇、海エフェクト篇の全2回に分けてお届けする。

※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol. 255(2019年11月号)掲載の「LiNDAのHoudiniBros.チームが総力戦で挑んだ荒海ショット」に加筆したものです。

TEXT_今宮和宏、北村祐也(グリオグルーヴ LiNDA HoudiniBros.チーム)、
尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

  • 映画『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』

    2019年7月12日(金)公開
    原案:田尻 智/監督:湯山邦彦・榊原幹典/脚本:首藤剛志/エグゼクティブプロデューサー:岡本順哉・片上秀長/プロデューサー:下平聡士・關口彩香・長渕陽介/アニメーションプロデューサー:小林雅士/CGIスーパーバイザー:那須基仁/音響監督:三間雅文/音楽:宮崎慎二/アニメーション制作:OLM Digital/製作:ピカチュウプロジェクト/配給:東宝
    www.pokemon-movie.jp

    ©Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・JR Kikaku ©Pokémon
    ©2019 ピカチュウプロジェクト

ピーク時の作業データは150テラ。結成以来、最大規模の案件

▲左から、VFXプロデューサー・熊谷英夫氏、FXアーティスト・荻島 隼氏、FXアーティスト・酒見直宏氏、FXリード・今宮和宏氏、FXリード・北村祐也氏、FXスーパーバイザー・パベル スミルノフ氏、FXアーティスト・北川茂臣氏、FXアーティスト・芳賀強太氏、プロデューサー・桑原大介氏、FXアーティスト・労 暁俊氏、FXアーティスト・蕪木 徹氏(写真なし)。以上、グリオグルーヴ LiNDA HoudiniBros.チーム(スミルノフ氏は、9月よりポリゴン・ピクチュアズ所属)
www.studiolinda.com/houdini-bros


2014年頃にパベル スミルノフ氏が中心となって結成されたHoudiniBros.は、主にCMなどの短尺、短納期の案件を手がけてきた。しかし2017年に榊原幹典監督がOLM Digitalのスタッフと共にHoudiniBros.を見学したことがきっかけとなり、映画『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』の荒海ショットの受注が決定した。

▲映画『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』の荒海ショット


▲LiNDAのHoudiniBros.チームが制作した、Houdiniによる荒海のデモムービー


「見学時には、スミルノフが当時の制作体制を説明し、過去に手がけた作品をご覧いただきました。本作の海エフェクトがヘビーになることは当初から明白だったので、Houdiniを得意とするチームを探していたそうです」とプロデューサーの桑原大介氏はふり返る。

▲【左】FXスーパーバイザー・パベル スミルノフ氏/【右】プロデューサー・桑原大介氏


受注が決まったとき、スミルノフ氏は「これまでのキャリアの中で最大規模の案件になるので、FXスーパーバイザーとしてプロジェクトのディレクションをしたい」と希望したという。「HoudiniBros.にとっても最大規模の案件だったので、総力戦で挑みました。このような機会をくださったOLM Digitalに感謝しています」とVFXプロデューサーの熊谷英夫氏は語る。今回は大量のヘビーなショットを効率的に制作する必要があったため、従来であれば1〜2人で完結していたショット制作を、チームで分担することになった。「社内外を問わず、誰にとっても扱いやすい綺麗な納品データを作成する必要があったので、スミルノフが中心となり、そのためのパイプラインを新たに整備しました」とFXリードの北村祐也氏は続ける。

▲【左】VFXプロデューサー・熊谷英夫氏/【右】FXリード・北村祐也氏



  • ▲FXリード・今宮和宏氏
  • 計算量を減らす工夫も随所で行われたが、最もヘビーな荒波ショットは1フレームのデータ量が7ギガ、ピーク時にはプロジェクト全体の作業データが150テラまで膨らんだ。「計算負荷が高すぎてサーバが落ちることもありましたが、過去最高にスケールの大きいエフェクト制作を経験できました」とFXリードの今宮和宏氏は笑顔で語ってくれた。


▲特に計算負荷が高かったシーンの【上】作業画面と【下】完成画像。カメラ位置が高く、遠くの海面まで映っているため、広い範囲でNarrowBandによるシミュレーションが必要だったが、分散シミュレーションで問題が起きたため、ブロックごとに分けて別々にシミュレーションを行い、それぞれをマージさせている。海の全要素の計算には最大で2日近くかかり、レンダリング時に読み込むキャッシュも膨大だったため、サーバが落ちてしまった。シミュレーションの詳細は、海エフェクト篇で解説する


以降では、最終的に108ショットのエフェクトを納品したHoudiniBros.の挑戦を具体的に紹介していく。

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異なるパイプラインをもつ2社間でのデータの受け渡し

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異なるパイプラインをもつ2社間でのデータの受け渡し

プロジェクト開始直後のパイプライン構築と海エフェクト制作のR&Dには、特に力を入れたし、時間もかけたとスミルノフ氏は語った。「OLM DigitalはWindows環境で、メインツールはMaya、制作管理にはShotgunを使っていたのに対し、われわれはLinux環境で、メインツールはHoudini、制作管理にはftrackを使っていました。まったく異なるパイプラインをもつ2社間でのデータの受け渡しは非常に複雑だったのに加え、大きなシーンの場合はデータ変換だけで1時間以上を要しました。手作業では高確率でヒューマンエラーが起こるし、時間もかかるので、MayaからHoudiniへのデータ変換と、納品データ作成の大半を自動化しました」(スミルノフ氏)。

▲パイプラインの概要。OLM Digital(Windows環境)でつくられたMayaのアセット&ショットファイルを、リンダ(Linux環境)のHoudiniで読み込めるデータに変換してから、納品データをパブリッシュするまでの一連の作業が、Houdiniだけで完結するようになっている。アセット、ショット、尺、バージョン、ファイル従属などの情報はftrackで一元管理しており、ヒューマンエラーを防ぐため、データの登録や更新の大半が自動化されている。例えば、OLM Digitalからアニメーションやカメラデータの最新バージョンを受け取った場合には、更新ボタンを押すだけでftrackを経由してHoudiniの作業ファイルに反映される。テストレンダリングやプレビュー映像などの各種納品データも自動的に作成され、Mayaファイルを開かなくても、プレビュー映像を見れば、納品データに問題がないかどうかをチェックできるようになっている。加えて、納品データを上書きしないための権限チェックも自動的に行われる。なお、レンダリング管理にはDeadlineを使っている


▲エフェクト制作用の作業ファイルは、マルチカット設定用ノード(複数ショットで使用されるエフェクトエレメントを一元管理する内製ノード)、カメラノード、作業ノード、アセット読み込みノードの4種類で構成されている


▲Maya ROPノード。スミルノフ氏が作成した内製ノードのひとつで、MayaのファイルをHoudiniで読み込めるassやalembic形式のデータに変換する際に使用


▲Read OLM Assetノード。OLM Digitalから受け取ったアセットを、正しい形でHoudiniに読み込む際に使用


▲FX Element ROPノード。エフェクトエレメントの納品キャッシュを書き出す際に使用。ヒューマンエラーを防ぐための権限チェックなども同時に行う


▲Assemble Maya ROPノード。納品Mayaファイルを作成する際に使用


▲Arnold Maya Render ROPノード。納品Mayaファイルのテストレンダリングをする際に使用。ヒューマンエラーを防ぐための権限チェックなども同時に行う

各ショットの納品データ

▲各ショットの納品データ作成時のフローを示している。OLM Digitalより受け取ったMayaのショットファイル[shot001]は、ショット内のエフェクトエレメントごとに、異なるHoudiniの作業ファイルに分けられる。[fx_clouds]は雲、[fx_lightning]は雷、[fx_ocean]は海の作業ファイルだ。エフェクト制作が完了すると、最初に納品キャッシュが書き出される。例えば海[fx_ocean]の場合なら、納品キャッシュは海のメッシュ[mesh.ass]、飛沫や泡のパーティクル[particles.ass]、微粒子のボリューム[mist.vdb]の3つで構成されている。さらにプレビュー動画[preview.abc]も作成される。続いて、納品Mayaファイル[fx_ocean.v01.ma]が作成される。併行して、HoudiniのシェーダをMaya用に変換する。最後に納品Mayaファイルのテストレンダリングを行い、プレビュー画像[fx_ocean.v01.exr]とプレビュー映像[fx_ocean.v01.mov]を出力する。加えて、Readme[mesh_readme.jpg][particles_readme.jpg][mist_readme.jpg]の出力も行う


▲【上】とあるショットの爆発のReadme/【下】爆発による衝撃波のReadme。その名が示す通り、Readmeは納品データの概要説明だ。納品キャッシュの数だけ作成され、データの用途、フレーム数、主な設定項目などのテキスト情報が、プレビュー画像と共に記載してある


以上のパイプラインによって作成された納品データの総量は約40テラ、Mayaファイルの総数は744に上ったが、それら全てのプレビュー映像やReadmeがほぼ自動的に作成できたため、少人数での円滑なデータの管理と納品が実現した。

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©2019 ピカチュウプロジェクト



パイプライン篇は以上です。海エフェクト篇はこちらでご覧いただけます。

info.

  • 月刊CGWORLD + digital video vol.255(2019年11月号)
    第1特集:僕たちがBlenderを使う理由
    第2特集:アニメCG×ゲームエンジン
    定価:1,540 円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2019年10月10日
    cgworld.jp/magazine/cgw255.html