11月3日に開催された「CGWORLD 2019 クリエイティブカンファレンス」。ここでは、日本放送協会(以下、NHK)のVFXスーパーバイザー石原 渉氏のセッション「『いだてん』4K/HDRでのVFX制作」の模様を紹介する。

TEXT_石坂アツシ / Atsushi Ishizaka
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

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<1>4K/HDRでのワークフロー

NHKとして初めての4K/HDR(ハイダイナミックレンジ)での大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺~』(以後『いだてん』)は、1912年のストックホルム・オリンピックから1940年の東京オリンピックまでを舞台にしたドラマ、というだけで映画『三丁目の夕日』を例に出すまでもなく街並みや競技場などあらゆるシーンにVFXが必要であることが容易に想像できる。本セッションでは『いだてん』のVFX制作に関する課題とその解決方法が説明された。

石原 渉氏(日本放送協会、VFXスーパーバイザー)
『坂の上の雲』、『負けて、勝つ』、『東京が戦場になった日』、『精霊の守り人』など、主にドラマ番組のVFX制作を担当。大河ドラマ『いだてん』では、尾上克郎氏と共にVFXスーパーバイザーを務めている。

前述の通り『いだてん』はNHK初の4K/HDR大河ドラマである。その中のVFXの課題といえば普通は高解像度によりCGやコンポジットの粗が見えてしまう、といったことだと考える。確かにそれもあるだろう。しかし課題は別のところにもあった。『いだてん』は、午前9時にBS4Kで4K/HDRで放送され、午後6時と8時にBSプレミアムとNHK総合でHD/SDRで放送されるのだ。

ダイナミックレンジのちがいは解像度とちがい単純な変換が行えない。HDのSDRが最大100nitの明るさに対し、HDRは約1000nitと10倍の光の表現ができるので、そのまま変換しては暗すぎたり白飛びした映像になってしまう。また、単にホワイトレベルを上下させただけでは綺麗な映像にならず、自然な映像にするためのガンマが必要だ。毎週放送という限られた時間の中で適切な変換を行うために石原氏らはHDRからSDRへの変換時に使うLUTを用意した。これにより、撮影、合成、編集、テロップ入れまでをHDRで行い、最後にそのLUTを使ってSDRに一括変換するというながれに落ち着いた。

本編の中には実際の過去映像を使うこともあり、その映像をSDRからHDRへ変換する必要もあった。SDRのホワイトレベル100nitを単純にHDRの1000nitにあげるとまぶしすぎるので、何パターンかのレベルを試して最終的には300nitに上げることで策定した。

また、HDRのモニタリングの問題もあった。全ての作業にHDRモニタを用意できないので、SDRとHDRモニタの混在する作業環境となった。HDRの映像方式はBT.2100で、再生ガンマは、SDRとの互換性を重視したHLG(ハイブリッドログガンマ)を使用した。VFXに関しては、プレートはHLG、CGはLinear、コンポジットはHLG、と言った具合に作業に応じたカラー環境のルールを設けた。

こうしたHDRとSDRを混在、両立させた環境の中で4K/HDRドラマ『いだてん』は制作されている。今後の課題として、画面の平均輝度などを参照して適切なLUTが複数のテンプレートの中から自動選択される手法を検討する必要があるだろう、と石原氏は述べた。

<2>VFX制作の進捗・データ管理

これまでのカットの進捗管理はExcelを使って行なっていたが、撮影、オフライン編集、VFX、本編集などの部署でシートをカスタマイズするため、複数のファイルが乱立し、情報の引き継ぎと共有ができない状態だった。そこで『いだてん』ではプロジェクト管理ツールのShotgunを導入した。

ただし、導入にあたって、セキュリティ、ソフトの習熟、ネットワーク上の操作、Excelスクリプトの移行、などを検討する必要があった。これらをひとつずつつぶして導入に至り、全データを一括管理できるようになった。常にデータベースにアクセスしているので情報の共有化と引き継ぎが容易であり、話数を超えた情報管理をすることもできる。例えば、リフレインカットが登場しても検索して過去のどの回のどのカットで使用していたのかをすぐに探し出すことができるのだ。動作に関しても、全47話で36,131ショットあるが、ストレスなく使用できているという。

Shotgunの長所としては、自由にカスタマイズできる、情報をすぐに共有できる、CSVやPDFで書き出しができる、といった点が挙げられ、課題としては、内容が重複するフィールドへの対処、スクリプトを有効活用した効率化、などを検討したいと述べた。



<3>オリンピックをVFXで再現

はじめに11話から13話に登場するストックホルム・オリンピック会場の制作経緯が説明された。実際の競技場がまだ残っているので、ドローン撮影してフォトグラメトリーで競技場を作成。それに国内で撮影した走者とCGモデルの観客をテスト合成し、サーバにかかる負荷やコンポジットのクオリティを検討した。

その後プリビスを行ないカット割りを決めた。『いだてん』は監督の意向でなるべくライブ感を出す撮影にすることになっていたが、ストックホルムのシーンに関してはプリビズで決めたカットを重視してもらったという。競技場内の観客に関してはプリビズを元に指定の場所に70人ほどのエキストラを置いて撮影を行ない、同時にCGモデルの作成も進めた。CGモデルの表情は3Dスキャンデータを有効活用し、衣装はMarvelous Designer、群衆シミュレーションにはGolaemを用いているとのこと。



実際の撮影カットと完成カットを見比べながら解説は進み、その後のロサンゼルス、ベルリン・オリンピックのプール制作経緯も紹介された。

セッションは現在制作中の47話に触れて幕を閉じた。ドラマのクライマックスである東京オリンピックの47話は200以上のVFXカットがあり、選手と観客含めて7万人以上の群衆が競技場を埋め尽くすという。NHK大河ドラマ『いだてん』は、VFXカットの多さだけに止まらず4K/HDRとHD/SDRの両立という課題にも挑んだ意欲的な作品と言えよう。