『SOUND & FURY』は、前作でグラミー賞を受賞したスタージル・シンプソン氏の最新作だ。本作発売後、同氏はBANDSINTOWN+BILLBOARD GLOBAL TOP ARTIST INDEX 1位となった。収録作の全10曲に合わせたMVも制作され、Netflixで全世界配信されている。本特集では、多彩なアーティストによるMV制作の舞台裏を全4回に分けて紹介していく。No.3では、森本晃司監督が手がけたMV『Mercury In Retrograde』にスポットを当てる。

MV『SOUND & FURY』No.1 /20代ディレクターとベテランの競演で神風動画カラーを大放出
MV『SOUND & FURY』No.2/バラエティ豊かなカラーを引き出す神風動画の制作体制
MV『SOUND & FURY』No.4 /松本 勝監督が旧知のスタッフと共にディストピア世界を表現

※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol. 258(2020年2月号)掲載の「スタージル・シンプソンの世界観を日本のアニメーション監督が表現 MV『SOUND & FURY』(後篇)」に加筆したものです。

TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

▲2019年8月に公開された、MV『SOUND & FURY』のトレーラー第2段


▲左から、プロデューサー・坂本雅司(グリオグルーヴ)、ディレクター/アートディレクター・森本晃司、VFXアーティスト・高橋良幸(NEWPOT PICTURES)、プロダクションマネージャー・濱本七緒(グリオグルーヴ)、コスチュームデザイナー・西村英哲、VFXスーパーバイザー・藤原源人(NEWPOT PICTURES)、コンポジター・平林真央(グリオグルーヴ)、コンポジター・戸田貴之(グリオグルーヴ)

「セル調のアニメではなく、実写素材を使った映像制作に挑戦したい」

企画段階から、シンプソン氏は全10曲のMVを『アニマトリックス』(2003)のようなオムニバス作品にしたいと構想しており、MVのプロダクション・エグゼクティブを務めた竹内宏彰氏を介して、森本監督に制作が打診された。『アニマトリックス』の『Beyond』を手がけた森本監督へのオファーはシンプソン氏のたっての希望だったが、森本監督は「手慣れたセル調のアニメーションではなく、実写素材を使った映像制作に挑戦したい」と提案した。「森本監督と一緒に、実写素材をベースにしたCGアニメーションをつくりたいという企画は、10年以上前から温めていたんです。なかなか機会に恵まれませんでしたが、ようやく念願が叶いました」と、森本監督と共にMVを制作したプロデューサーの坂本雅司氏(グリオグルーヴ)は語った。

「出来上がりを観ないとわからないからまかせます」

「I got a haircut in Norway(ノルウェーで髪を切った)」という歌詞で始まる『Mercury In Retrograde』のMVでは、髪をモチーフにした多彩な表現が展開される。その発想の起点となったのが、ヘアアーティストの西村英哲氏と、同氏が生み出す人の髪の毛や化繊(化学繊維)の髪の毛を使った編み込み作品だ。「西村さんの作品を初めて観たときから、この素晴らしい作家を世に広めたいと思っていました。彼の技術をもってすれば、服だってつくれてしまう。面倒なしがらみを脱いで、裸一貫になり、髪の毛だけをまとい、それを翼にして飛び立っていく。そんな映像をつくれたら面白いなと思ってシンプソン氏に提案したら『出来上がりを観ないとわからないからまかせます』と言われました。心の広い人で、ラッキーと思いましたね」(森本監督)。

森本監督のファンでもあったシンプソン氏は、前述の提案を受け、全面的にまかせることを決めたようだと坂本氏は補足した。「実のところ、その時点では、われわれはもちろん森本監督もどんな作品になるのかわかっていなかったんですよ(笑)。監督が描いたイメージボードはありましたが、撮影してみないとわからないことが多かった。撮影したものの、使わなかった素材が大量にあったし、作画素材やVFXを合わせる過程でも、どんどん変化していきました」(坂本氏)。撮影は2日間におよび、実写素材の総尺は初日だけでも6時間を超えたというから、使った素材は10%前後だと推測される。一般的なアニメーション制作の場合は、絵コンテの段階で完成形を明示する。しかし「そうじゃないやり方に挑戦したいと、常々思っていました」と森本監督は語った。

▲【左】打ち合わせ風景。机の上には西村氏の編み込み作品が置かれている/【右】撮影現場で最終確認をする西村氏(写真内左)と森本監督(写真内右)


▲撮影現場でコスチュームのフィッティングをする西村氏。本作のために西村氏が作成したコスチュームは5点以上あり、全て化繊の髪の毛の編み込みによって表現されている


▲【上】撮影現場で撮られた実写素材/【下】完成画像。人物の周囲を浮遊するCGの髪の毛が合成されている


▲同じく、【上】撮影現場で撮られた実写素材と【下】完成画像。現場では人物の目元まで映っている映像も撮られたが、本作の世界観から浮いてしまうという理由で不使用となった


▲自作のコスチュームをまとい、撮影に臨む西村氏。本作のクライマックスに登場する髪の毛の翼をまとった人物だけは完全に顔が映っており、西村氏自らが演じている


©2019 High Top Mountain Films, LLC / Elektra Records.

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実写、作画、3Dの3要素を馴染ませ独自の作風を確立

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実写、作画、3Dの3要素を馴染ませ独自の作風を確立

本作のVFXスーパーバイザーを務めた藤原源人氏(NEWPOT PICTURES)は、森本監督の頭の中にあるイメージをどうやればCGで再現できるのか、その試行錯誤に一番頭を悩ませたと語った。「制作の前半は当社、後半はグリオグルーヴ内に作業場を設け、森本監督の作画机も用意しました。各々の作業を進めつつ、要所要所で監督に仕上がりを見ていただき、イメージに近づけていきました」(藤原氏)。藤原氏と共にVFXやコンポジットを手がけた高橋良幸氏は、実写、作画、3Dという3つの要素を馴染ませ、独自の作風を確立させることが今までにないチャレンジだったとふり返った。

▲森本監督が描いたイメージボード


▲実写素材


▲先の実写素材を基に森本監督が描いた作画素材


▲コンポジットの試行錯誤の過程。「実写素材の生々しい色味や質感をどこまで残すのか、さじ加減の見極めが難しかったです」(高橋氏)


▲完成画像。肌の質感を消す一方で、服の質感はある程度残している。本作の作画素材は全て森本監督が描いており、3コマ打ちをベースにしている。そのため作画素材を使うカットでは、実写素材と3D素材の情報量も3コマまで落としている

西村氏の編み込みをHoudiniで再現し、より芸術性の高い動きを提示

▲森本監督が描いたイメージボード。地面いっぱいに広がる髪の毛が中央の人物に集まり、足をつたって上昇していくシーンが描かれている


▲一連のシーンの髪の毛の動きはHoudiniで表現された。「このシーンの制作は、過去に当社で働いた経験があり、今は北米でハリウッド映画の制作に携わっているアーティストに手伝ってもらいました。西村さんが編み込みをする様子を撮影したリファレンス動画を基に、より芸術性の高い動きを提示してくれました」(坂本氏)


▲髪の毛の表現のテスト動画


▲足の素材。本カットでは足も3Dで表現されている


▲髪の毛の素材


▲完成画像


▲森本監督が描いたイメージボード。躍動する編み込みが描かれている


▲編み込みの表現のテスト動画


▲完成画像


完成した映像は、シンプソン氏だけでなく、ポスプロを担当したアメリカのスタッフにも絶賛された。「おそらく、彼らの頭の中にない新鮮なイメージを提示できたことが評価につながったのでしょう。同じ土俵ではなく、日本人らしいわびさびのセンスで勝負するという方針が功を奏したのだと思います」(坂本氏)。



MV『SOUND & FURY』No.3は以上です。No.4では、松本 勝監督が手がけたMV『Ronin』の制作の舞台裏を紹介します。ぜひお付き合いください。

MV『SOUND & FURY』No.1/20代ディレクターとベテランの競演で神風動画カラーを大放出
MV『SOUND & FURY』No.2/バラエティ豊かなカラーを引き出す神風動画の制作体制
MV『SOUND & FURY』No.4 /松本 勝監督が旧知のスタッフと共にディストピア世界を表現

©2019 High Top Mountain Films, LLC / Elektra Records.

info.

  • 『SOUND & FURY / サウンド&フューリー』

    グラミー賞(最優秀カントリー・アルバム賞)を受賞したスタージル・シンプソンがニューアルバムをリリース!
    発売:2019年10月16日
    価格:¥1,980(税抜)
    デジタル・ダウンロードおよびストリーミング配信中
    wmg.jp/sturgillsimpson
    ©2019 High Top Mountain Films, LLC / Elektra Records.



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.258(2020年2月号)
    第1特集:アニメーションNEXT LEVEL
    第2特集:拡張する建築ビジュアライゼーション
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2020年1月10日
    cgworld.jp/magazine/cgw258.html