Interview

クリエイターの本音に迫る

Digital Hollywood × DELL
ものづくりニッポンを支えるクリエイター育成、そしてコンピュータ環境とは?

デル、マイクロソフト、Windows7 Professionalロゴ デジタルハリウッド教室風景

1994年の開校以来、独自の教育カリキュラムで、45,000人以上のクリエイターを育成してきたデジタルハリウッド株式会社(以下DHW)。1993年から日本において精力的な活動により、シェアを伸ばしているデル株式会社(以下デル)。両社はほぼ同時期に業務を始め、デジタルコンテンツ業界、そして日本のクリエイター教育をリードし続けている。今回DHW東日本事業部事業部長の齊藤知也氏と、デル公共事業マーケティング本部シニアマネージャーの中島章氏に、日本のクリエイター教育について語って貰った。

デジタルハリウッド/齊藤知也氏

齊藤 知也(さいとう ともや)
デジタルハリウッド株式会社
東日本事業部 事業部長

デル/中島章氏

中島 章(なかじま あきら)
デル株式会社
北アジア地域 公共事業マーケティング本部
WSビジネスデベロップメント シニアマネージャー

90年代から現在に至るクリエイター教育の変遷

ーー日本での黎明期のCG教育とはどういったものだったのでしょうか?

齊藤 知也氏(以下、齊藤)ーー3DCGクリエイターの教育がまだ本格的な時代ではなかった1994年にDHWは設立されましたが、当初は制作で使用するアプリケーションは3DCGからオーサリング、2Dグラフィックまで、ありとあらゆるパッケージを導入していました。

中島 章氏(以下、中島)ーー当時は、3DCGなど専門性の高いツールの場合、1本100万円を下らないソフトウェアも珍しくなく、またハードウェアも相応に高価でしたよね。

齊藤ーー最新のデジタル環境を使って「自分の表現を変えたい」「自分の新しい可能性を広げたい」と思っても個人で揃えるのは難しかったので、DHWとして、クリエイティブ環境を提供することから始めたのです。この時はツールが使えれば就職できる状況でしたが、97〜99年ぐらいからWebやゲームなどクリエイティブ分野の細分化が始まり、特定のメディアに向けたカリキュラムを構築し対応していきました。99年には、SIGGRAPH(シーグラフ)の"エレクトロリックシアター"でDHW生徒の作品が上映されるなど、日本においてもデジタル・コンテンツのクオリティが高まってきた時期でした。

中島ーーその頃に私もSIGGRAPHに行き、エレクトロリックシアターで数多くのCGアニメーションを拝見しました。日本人の受賞を嬉しく思ったのを覚えています。

齊藤ーー2003年頃、日本のコンテンツ業界が少し元気がなくなった時期からは、業界全体で人材育成の重要性が改めて語られるようになりました。それ以降、制作ツールの使い方、メディア別の制作テクニックだけではなく、自分の表現したいことに合わせて、様々な3DCGツールやプラグインを使いこなせるクリエイターが、求められるようになってきたと感じています。

中島ーーハード面からお話しますと、90年代は、3DCGもCADもUNIX全盛で各社が独自のハード/OSなどを開発して、ディファクト・スタンダードを目指していた時代でもあったので、全般的に値段が高かった時代ですね。しかし2000年辺りから、Windows OSの機能向上、また、インテルCPUのパフォーマンスの成長から、UNIXよりもリーズナブルで、3DCGなどのデジタル制作環境で使えるPCワークステーションが登場しました。最近では、最新のWindows7 Professionalを搭載したマシンも出揃ってきましたね。

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