今回は、雰囲気的に"海外作品?"と感じるような特徴的な知育コンテンツをつくるスモールディベロッパーを紹介する。3Dによるデフォルメされた造形と色彩のセンスが光る『きょうりゅうがかり』、そしてApp StoreでBest of 2015 今年のベストAppを受賞した『おてつだいプリンセス!』といった作品群を見ていくと、技術的には最先端ではないかもしれないが、手触り感もビジュアルづくりにも独特の工夫とセンスを必要とする"知育コンテンツ"の奥深さに触れることができる。

知育・教育コンテンツの
プロフェッショナル

App Storeの"子ども向け"カテゴリでフィーチャーされていたアプリ、『きょうりゅうがかり』を見つけたとき、まず思ったのが「どこの海外ベンダーの新作だろう?」ということだった。3Dを用いつつ、高品質なビジュアルで小さな子ども向けにうまく落とし込めているアプリというのは、星の数ほどリリースされているスマホアプリの世界においても、実はかなり少ない。そして、そのほとんどは知育カテゴリに特化して開発している海外アプリベンダーの作品だ。

そんななか、シンプルでありながら、特徴的にデザインされた造形と鮮やかな色彩センスが目を引くこの『きょうりゅうがかり』は、調べてみると日本でつくられていた。商用として見てもしっかりとしたつくりと、幼児向けとしては充分なボリュームをもつこのアプリ、実際にプレイした手触り感からしても、明らかにプロの仕事であると感じ取れる。

▲『きょうりゅうがかり』のゲーム画面

▲「きょうりゅうがかり」お腹を空かせた恐竜たちのお世話をしよう!
URL:http://spoke.co.jp/apps/dinosaur

「そう言われると、長年、教育コンテンツという領域で培ってきた感覚がそのまま活きているんだと思いますね。自分たちではあまり実感はないんですけど(笑)」

▲株式会社スポーク 代表取締役 滑川 朋夫氏

そう語るのは、このアプリを開発したスポークの代表を務める滑川朋夫氏。

オリジナルコンテンツを作り始めてまだ間もなくその規模も大きくはないが、こと知育系のデジタルコンテンツ開発というカテゴリにおいては、ほぼ10年来の実績を持つ、プロフェッショナルなディベロッパーだった。

「FLASHや、その前はDirectorとかですね。オーサリングツールを使って、教育向けに提供するCD-ROMなんかのインタラクティブなデジタルコンテンツをつくってきた。完全なエンターテインメント領域とは少し違う世界ですね。だからこうしてメディアに取り上げられたりするのは珍しいことなんですよ(笑)」(滑川氏)

大手通信教育パブリッシャーの教材コンテンツの受託、美術館や博物館などで使われるインタラクティブアニメなど、さまざまな教育関連分野のデジタルコンテンツを、企画やキャラクター開発からまとめて請け負い、上記のような開発環境で手掛けつづけてきたスポーク。しかし徐々に、ユーザーが接触するメディアの変化(スマートフォンシフト)の波にさらされていく。デジタルコンテンツへの接触も、パソコンではなくスマホへ。世の中的なコンテンツアウトプットの中心が"アプリ"というかたちへと置き換わっていくなかで、クライアントの要望も変わっていく。開発環境を刷新するとともに、自分たちの"つくる力"をアピールする必要性を感じたという。

「だったら、技術調査やマーケット調査っていうことでいいから、まずはオリジナルアプリをつくって出してしまえ! と。ユーザー向けに流通させるにも、アプリストアのおかげで自分たちだけで世の中に出すことができ、自社開発なら大きなコストがかかるわけではない。どのみち開発環境を変えるのだから、何かつくりながら覚えるしかない。つくった実績もないまま新しい開発環境で仕事を請けるのもリスキーですしね」

▲株式会社スポーク ディレクター 鹿島 英史氏

『きょうりゅうがかり』でディレクターを務めた鹿島英史氏は、そうして自分たちの得意領域、知育カテゴリにおいて、新しい開発環境のテストをかねたオリジナルコンテンツ開発をスタートさせた、と語る。その移行環境として選ばれたのは、やはりというか、"Unity"だった。





▲Unityで組み上げられたスポークのアプリたち。それぞれ上から『きょうりゅうがかり』のマップ、『だんごむしコロコロ』の箱庭、『おてつだいプリンセス!』のケーキセレクト画面

デザイナーとプログラマーがチームを組んでコンテンツ開発に携わるスポークだが、従来よりFLASHによる開発がメインだったこともあり、そのスキルセットをできるだけ活かして移行できる環境を探し、ネイティブ開発等ではなくUnityというゲームエンジンの採用に舵を切る。

「できるだけ、ワークフローは以前と同じにしたいのですが、2Dアニメーションに関してはなかなか同じように、とはまだいきづらいですね。それまでデザイナーがすべての動きをコントロールしていたのですが、Unityだとプログラマー側でも動きを指定しなければならなかったりとか。Sprite StudioやAnimation Studioを使ってみるなど、まだ模索しています。ですが、3D的なものに関してはモデルの取り回しもアニメも付けやすくて、表現の幅は広がりましたね」(鹿島氏)

▶︎次ページ:
技術的テーマを回収しつつ、作りたいものをとことん作る︎
[[SplitPage]]

技術的テーマを回収しつつ、
作りたいものをとことん作る

スポークで開発されたオリジナルのアプリコンテンツは、『きょうりゅうがかり』を含めて現在3作品。調査という名目が与えられているため、それぞれにある程度技術的なテーマは設定しているものの、ディレクターの鹿島氏曰く、企画に関してはかなり自由な発想でつくられているという。

注目したいのが、特に2作目から顕著に現れているビジュアルへのこだわりだ。冒頭でも語ったように、日本でつくられるアプリでデザインや色彩設計において、大人が見てもその品質の高さを感じさせながら、かつ子ども向けに最適化されたコンテンツ(特に3Dビジュアル)は少ない。これは代表の滑川氏をはじめスポークのスタッフ間でもほぼ共通認識として共有されていて、そこでどうせやるからには、海外製コンテンツと勝負できるレベルのものを作り上げたい、という想いは強かったという。

▲『きょうりゅうがかり』のキャラクターデザイン等 3作目となる本作は、本格的に3Dを用いながらも楽しげな雰囲気を持つ高品質なビジュアルの構築と、有料アプリのテストといったところ。滑川氏が自分の子どもに遊ばせるイメージで、定番の教育テーマであり子どもが好きな「恐竜」というお題だけ設定、あとは現場で自由につくられた



▲『おてつだいプリンセス!』のゲーム画面とコンセプトアート
2作目はわかりやすく女の子向けのアプリだった。アートディレクター広瀬氏が是非つくりたい! と1枚のイラストを描いて企画。App Storeにおいて、2015年のベストアプリにも選出された。技術的には、子ども向けインタラクティブコンテンツに必須と言える、図形の手描き認識機能のテストといった側面も

▲おてつだいプリンセス!~おうちのお手伝いをして素敵なドレスを集めよう!
URL:http://spoke.co.jp/apps/princess



▲『だんごむしコロコロ』のゲーム画面とコンセプトアート
最初の作品で、ターゲットとしては男の子向けをイメージ。だんごむしも教育分野では定番コンテンツだ。3Dの箱庭づくり、物理エンジンの挙動の把握といったテーマがある。当時3歳だった滑川氏の子どもがちょうどだんごむしにハマっていたこと、定番テーマの割に アプリコンテンツとしてほとんど存在していなかったこと等が企画のきっかけ

▲1/30「だんごむしコロコロ」もうすぐ新マップ追加!!~今度のダンゴムシ迷路はここがすごい! URL:http://spoke.co.jp/apps/dangomushi

「あとは、せっかくオリジナルでつくれるのだから、自由に、自分がつくりたいものを出したい。そう思ってビジュアルを次々に描き出していった。やりたい方向性も、品質的にこのレベルだよねっていうラインも、描いたらほとんどすぐにスタッフ間で一致できたので、どんどん進められましたね」

▲株式会社スポーク アートディレクター 広瀬 親吾氏

そう語るのは、アートディレクターの広瀬親吾氏。あざやかな恐竜キャラクターたちも、恐竜という生物が持っているイメージ、生き物感、ボリューム感、ある種の凶暴性、などといった押さえるべきポイントを感じさせつつ、あざやかな色彩とコミカルな造形で子ども向けコンテンツに昇華している。「あまりハズレるとひとりよがりになる。ある程度共通認識上に置かなければならないと意識しつつも、個性を出していった」というそのビジュアルは、バランスを保ちながらもインパクトあるものに仕上がっている。

「あとは、眼ですね。ここは結構大きなこだわりで。基本的におもっちゃっぽいというか、ペーパークラフトのようなイメージでつくっているんですが、"生きている"感や爬虫類感、別の生き物感、は出したかった。それを感じさせることができるのは"眼"をおいて他にはない。なので眼だけは、気持ち悪いくらいリアルにつくっている。そこでアクセントをつくれていると思います」(広瀬氏)

▲きょうりゅうの眼のテクスチャは爬虫類らしいリアルなテクスチャが適用されている。これによっておもちゃっぽくありつつも、人とは"別の生き物感"のあるキャラクターという印象が強まる

子どもが触れるコンテンツのデザインには、単に美しいというだけではなく、視認性に優れてシンプルな造形でありつつ、直感的にわかるというか、感性的にも訴えるものが必要だ。そういったところで、眼の力を強調して、種として違う生き物であることを強調。また子どもが画面に触れてコントロールするプレイヤーキャラ(クルマ)のデザインにおいても"恐竜に餌をあげる仕事をするクルマってどんなクルマか?"といったイメージを大事にして、デザインを決めていったという。





▲クルマのデザインは、スムーズな開発が進む中でも特に試行錯誤が繰り返された。ターゲットとなる子ども(男児)が楽しそうに感じるつよそうなデザインや、ロボットっぽかったりキャラクターっぽかったりするデザインは、画面中央にあってずっと動かすプレイヤーキャラとして魅力的ではあるが、餌をあげるというよりも"ハンティング"のような別の意味合いが生まれる可能性もある。ゆえに最終的にそうした派手なデザインのクルマよりも、実務っぽい作業車的な方向に振られたデザインが採用された(上2つは初期デザイン、下が最終デザイン)

そして、その広瀬氏が描くビジュアルを3Dに落とし込んでいったのが、3D担当の鈴木梨央氏だ。

「基本的に広瀬が描くキャラクターたちは、描かれる時点で立体的というか、オモチャ的な実物として考えられているので、あとは少ないメッシュでそれをかたちにするだけ。ただそうは言っても、3Dで作って2D的というか、平面っぽく見せるというアプローチなので、あえてポリゴン数を減らしてカクカクに見せるといった工夫、さじ加減は難しかったですね」

▲株式会社スポーク デザイナー 鈴木 梨央氏

曰く、鈴木氏は元々3D方面の専属デザイナーというわけではないそうだ。しかし元々3Dは好きで学生時代から触れてきており、その経験がアプリへとコンテンツ開発のベースが移ってきたいま、活きたかたちになる。使用ツールはMaya LT。開発するスマホコンテンツのアセットづくりに用いる上では、現状このLTで問題なく行えているという。



▲『きょうりゅうがかり』のプテラノドン。それぞれデザイン画とMaya LTEでのモデル、適用されているテクスチャ



▲『きょうりゅうがかり』のバックグラウンドとエサやクルマ等のサブキャラクターモデル。ギリギリまでローポリゴン化しながらうまく特長をとらえ、デフォルメさせたモデル造形になっている


▲『おてつだいプリンセス!』のプリンセスモデルとテクスチャ。パッと見は手描きの水彩画のようにしか見えない主人公の女の子だが、完全な3Dモデルでつくられたものを、あえてそのようなビジュアルへと調整している

▶︎次ページ:
目的を達成してなお、オリジナルアプリ開発は続ける︎
[[SplitPage]]

目的を達成してなお、
オリジナルアプリ開発は続ける

コンセプト的にもビジュアル的にも質が高く、作り手としても満足のいくアプリのみをリリースし続けるスポーク。アプリストアでフィーチャーされることも度々で、『おてつだいプリンセス!』については、iOSアプリの"Best of 2015 今年のベストApp"にも選出された。

▲Best of 2015 今年のベストAppを受賞

それでも、現状ではビジネスとしてアプリ単体で収益が上がるといった状態ではない。また、本質的にそれを追求することもあまり考えておらず、「親子ともどもユーザーに楽しんでもらいつつ、あくまで我々としてはテスト的な意味合いで続けている」と滑川氏。 何よりこれらオリジナルコンテンツ3作をつくる過程において、デザイナー/プログラマー問わず、スタッフ全員が何がしかの役割でアプリ開発に携わることができ、「本来の目的である"FLASHからUnityへの、いま求められている開発環境への移行"が極めて順調に行えたことが最大の収穫」という。

さらには、肌感覚としてのアプリマーケットにおけるユーザーの評価や規模感、各カテゴリごとの特徴、無料アプリと有料アプリの違い、そして自社コンテンツ網での誘導による集客効果など、そこから得られるものは技術的な収穫だけではない。オリジナルコンテンツを持っているからこそ手に入るさまざまな情報は、そのまま主業務であるコンテンツの受託業務にも活かすことができる。アプリ単体でビジネスとして見るのではなく、自らがコンテンツを持つことが次の一手になる、という考え方だ。

「とはいえ、オリジナルコンテンツも収益化できるのであればそれに越したことはないとは思っていますよ(笑)。なのでもちろん次の作品も準備していますし、そこではどんな施策を取ってみよう、といったことも考えています。ただあくまで、自分たちがやりたいものを、自分たちがいいと思う品質で出す、いまはそれが一番ですね」(鹿島氏)

通常業務を抱えつつ、品質にも妥協せず開発を続けているため、現在は定期的なアプリのリリーススケジュールも組まれていないが、次回作のビジュアルはできあがりつつあるようだ。今度もまた、子どもにとって定番として楽しめるテーマから「でんしゃ」、そして「おばけ」を選んできている。

▲開発中の新作タイトル『おばけれっしゃ』(仮)。無料アプリとしてリリース予定

▲開発中:おばけれっしゃ
URL:http://spoke.co.jp/apps/train

市場規模や価格設定感、そしてそのモラル的な部分との兼ね合いなどから、子ども向けのアプリ、知育アプリなどは、ワールドワイドでの普及を目指すレベルでない限り、ビジネスとしては成立しづらいジャンルでもある。

とはいえ、「とりあえず10本は出さないとしょうがないだろう、と考えているので、まずはそれが目標」と滑川氏は今後の展開にも前向きだ。

筆者個人としても、自宅に帰れば好奇心溢れる三歳児がいる身。子ども向けに知的で楽しく、そしてビジュアル的にもセンスあふれる日本製アプリが、スポークの次回作を含め今後ますます出てくることを心待ちにしたい。

<関連記事>
Vol.0
スマホ"インディーズ"にも波及しはじめた3Dビジュアル
http://cgworld.jp/feature/1511-sp1.html

Vol.1
ストアランキング総合1位まで獲得した怪作、『俺の校長 3D』はどのように生まれたか?
http://cgworld.jp/interview/1512-sp-nakanishi.html

Vol.2
中高生の心を捉えた『おじぽっくる』シリーズ
450万ダウンロード超えの3Dカジュアルゲームが産まれた背景
http://cgworld.jp/interview/1601-appliss.html

TEXT_SADAMU TAKAGI(@zetto_san