まだまだ苦手な人も多い、虫の世界。しかし、言葉では言い表せないような奇妙なフォルムや、神秘的で美しい模様や色彩......そんな虫たちの魅力に心を奪われた人も少なくない。KLab株式会社で3Dアーティストとして活躍する、長谷川拓海氏もそのひとりだ。

虫をモチーフとしたオリジナルCG制作を数多く手がけ、ついたあだ名は"蟲の人"。「CGWORLD Online Tutorials」では、入社1年目にして「昆虫をモチーフにしたオリジナルアートの思考法&テクニック」というチュートリアルを公開するなど、作品づくりのヒントと共に、虫の魅力を発信し続けている。

今回は、今まで歩んできた道のりと、CG制作や「虫」へかける想い、今後の展望などについて話を長谷川氏に聞いた。ますます活躍が期待される"蟲の人"を、前編・後編を通して深く掘り下げていく。

TEXT_室井美優 / Miyu Muroi(Playce)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、浅井時計 / Tokei Asai、山田桃子 / Momoko Yamada

●関連記事
上達への近道は、自分の「好き」の追求 ~"蟲の人"長谷川拓海が語る、CGを通して伝えたい虫の魅力(後編)~

「昆虫をモチーフにしたオリジナルアートの思考法&テクニック」詳細・ご購入はこちら

進学校に通う普通の高校生が虫のCGをつくろうと思ったきっかけとは

CGWORLD(以下、CGW):長谷川さんは、「虫」をモチーフとした魅力あふれるCG作品を多く手がけているのがとても印象的です。まずは、長谷川さんがCGに興味をもったきっかけを教えてください。

長谷川拓海氏(以下、長谷川):大学の授業がきっかけですね。僕は、京都造形芸術大学のキャラクターデザイン学科に入学したのですが、そこにCGの授業がありまして。「CGって何だろう」と興味本位で受講してみたところ、実際にカメラで撮影したかのような画像が自分の手でつくり出せるCGの世界に、めちゃくちゃハマってしまいました(笑)。でも、本当にそれまでCGという分野を詳しく知りませんでしたし、まったく触れてこなかったんです。

  • 長谷川拓海/Takumi Hasegawa
    2019年京都造形芸術大学キャラクターデザイン学科を卒業後、KLab株式会社に新卒入社。蟲をモチーフにした連作をライフワークにしている。植物含め生き物全般守備範囲。通称「蟲の人」
    hase_insectart.artstation.com/
    twitter.com/t_hasegawa5173

CGW:では、芸術大学へ進学しようと思った理由は他にあったのでしょうか。

長谷川:それが、受験直前までは「芸術大学へ進学する」という感じでもなかったんです。通っていた高校もいわゆる進学校で、僕自身も模試で良い点を取って、それなりに良い大学に入れれば......と思って過ごしていました。つまり、自分が将来何をしたいかを深く考えこなかったんです。

じゃあ何がしたいんだろうと考えたときに、とにかく「自分の好きなことがしたい」と思いました。当時、自分が好きだったのは絵を描いたり、漫画を模写したりすること。そこから漠然と「芸術系大学へ行ってモノをつくりたい」という想いが込み上げてきたんです。

京都造形芸術大学への進学を決めたのも、本当にギリギリでした。デッサンなど、実技を伴う試験も終わってしまっていたので、センター試験の得点で合否を判定する入試を利用して受験。その結果、ご縁があって合格することができました。両親は僕が一般大学へ進学すると思っていたので、すごく反対されたんですけど、それを押し切って入学を決めました。

CGW:CGだけでなく、本格的に芸術という分野に触れたのも、大学に入ってからということでしょうか。

長谷川:そうですね。絵を描くのは好きで、クラスで上手い方という自覚はあったのですが、芸術について詳しく学び始めたのは大学に入ってからです。デッサンの授業やCGもそうですが、はじめて触れるものに新鮮さを覚えながら、楽しく学べたかな、と思っています。でも、本格的にCGを学び始めたのは、大学3年生からなんですよ(笑)。

CGW:そうなんですか!?

長谷川:もちろん、ツールの使い方やバグへの対処法など、初歩的なことに関しては選択したCGの授業内で教えてもらいましたが、あくまで授業で出された課題を通して、CGに触れていただけなんです。京都造形芸術大学では、2年生に上がるとゼミを選択して、それぞれが興味のある専攻に分かれます。もちろん僕はCGゼミを第一希望にしていたのですが、なぜか落ちてしまって......。結果、ゲームゼミに行くことになりました。

CGW:CGゼミは人気だったのですね。ゲームゼミでCGをつくることはなかったのでしょうか。

長谷川:入ったゲームゼミは、「どんなゲームが面白いのか」や「ゲームがどうやってつくられていくのか」など、いわばゲームプランナーとしてのスキルを学ぶところだったので、CGやプログラミングを学ぶことはありませんでした。それでも、ゲームをつくるための知識やユーザー目線の考え方など、ゲームゼミで学んだ知識はゲーム会社で働いている今の自分の大きな糧になっていると思います。

3年生でもう一度ゼミを選び直す機会があり、そこでようやくCGゼミに入ることができました。そこから本格的にCG制作を始めました。はじめて「虫」をつくったのもその頃です。

CGW:「虫」のCG作品をつくろうと思ったきっかけを教えてください。

長谷川:虫は、小さい頃から大好きだったんです。虫を捕まえに出かけたり、図書館で虫の図鑑を読み漁っていたりと、典型的な昆虫少年だったと思います。さらに、当時『甲虫王者ムシキング(以下、ムシキング)』が流行っていまして。実際に捕まえてきた虫をスケッチするだけでなく、『ムシキング』のカードに描かれた虫のイラストを真似して描いたりもしていましたね。

虫取りして遊んでいた幼少時代【左】、図工の授業でつくったザリガニと長谷川少年【右】

しかし、大学生になった自分は「虫が大好きだった自分」のことを失念していたんです。おもむろに虫の写真を撮ったりもしていたので、忘れていたというよりは、そこまで深く意識していなかった、というのが正解かもしれませんが......。とにかく、CGを勉強し始めた当初、「虫の作品をつくろう」とまでは考えていませんでした。

CGW:では、何か「虫が好きな自分」を思い出すきっかけがあったのでしょうか。

長谷川:CGゼミに入り、「オリジナルのCG作品をつくって、その作品を通してどのようなCG技術を研究したのか発表する」という課題が与えられました。何をつくろうか迷っていたのですが、その頃に祖父が亡くなりまして......。家族の間では、昔を懐かしむような会話が増えていたんです。「おじいちゃんと、よく公園に虫を採りに行ったな」とか「おじいちゃんと虫を採っている最中に、知らないおじさんがクワガタの採り方を教えてくれたな」とか。祖父との何気ない思い出を語るうちに、「あれ、自分、虫大好きだったな」と思い出したんです。CGで虫をつくろうと思ったのは、祖父の死がきっかけだったと思います。

実際につくってみると、もともと虫が大好きだったということもあって、どんどん制作が進みました。幼い頃に楽しく覚えていた虫の構造や色などの知識を思い出し、もう一度よく観察し直してCGをつくる......。本当に楽しかったのを覚えています。

在学中に制作した作品『Ant Portrait』

次ページ:
「虫」をつくりはじめて数ヵ月で挑んだCGコンテスト

[[SplitPage]]

「虫」をつくりはじめて数ヵ月で挑んだCGコンテスト

CGW:はじめてつくった記念すべき虫は、何だったのでしょうか。

長谷川:ゴマダラカミキリ、アゲハチョウ、ウデムシの3種です。ゴマダラカミキリは、昔家の周りによく出ていたのを思い出して、懐かしい虫をつくりたいという想いから。アゲハチョウは美しい見た目から人気も高いので、定番として(笑)。残るウデムシは、世界三大奇虫と呼ばれるほど奇妙な造形をしているんですが、はじめて見たときに衝撃を受けまして、ぜひつくってみたいと思いました。

初めて制作した虫作品のひとつ「ゴマダラカミキリ」

長谷川:その「ウデムシ」ですが、はじめて挑戦したCGコンテスト、「KLab Creative Fes'17」に応募した作品でもあるんです。「虫」をつくりはじめてすぐの頃だったんですけど......。

CGW:作品をつくりはじめてまだ日が浅いころの応募だったのですね。応募してみようと思ったきっかけは、何かあったのでしょうか。

長谷川:同じキャラクターデザイン学科に通っていた今川真史(※)という先輩が、前年度にそのコンテストで準グランプリを受賞していまして......。それを見て、単純にかっこいいなと思う反面、負けず嫌いなのでちょっと悔しかったんですよね(笑)。それが一番の原動力だったと思います。「KLab Creative Fes」(以下、KCF)のコンセプトが「君のつくってるそれ、案外凄いかも」というものだったので、じゃあ自分がつくっているものも案外すごいんじゃないかと思って、静止画部門に「ウデムシ」を応募しました。

※今川真史:注目の若手VFXコンポジターの一人。在学中にKLab Creative Fes'17でグランプリを受賞し、メディアでの露出が増加。2018年9月〜2019年12月までCGWORLD本誌でシーンメイキング連載「NEO ACT」を執筆(CGWORLD.jpで同記事のこぼれ話や雑談などを紹介するコラムも掲載)。京都造形芸術大学キャラクターデザイン学科卒。現在、Framestoreのモントリオール(カナダ)拠点でVFXコンポジターとして活躍中
CGWORLD.jpでのインタビュー記事はこちら

この作品は、現在確認されているだけでも世界に数十種存在するウデムシのそれぞれのパーツを組み合わせて新種のウデムシをつくるというコンセプトで作成したものです。世界のウデムシをとことん調べてつくりあげた自信作でもあったので、どう評価されるかとても気になりましたが、318名の応募の中から予選を通過し、静止画部門のファイナリスト4名に選ばれたときは本当に嬉しかったですね。

KCF予選で制作した作品『Amblypygi(ウデムシ)』

長谷川:本選では、KLabの社員さんからフィードバックをいただき、1ヵ月ほどかけてブラッシュアップした「ウデムシ」で挑みました。プレゼンテーションで何を話そうかとても悩んだのですが「自分は、自分の好きなものを伝えにいこう」という想いで、CGの技術的な説明はほどほどに、その生態から造形の美しさなど「ウデムシ」についてひたすら語り続けたんです(笑)。順位は3位と悔しさを覚える結果ではありましたが、多くの人が「蟲の人」として僕を覚えてくれたので、プレゼンテーションのインパクトは誰にも負けていなかったと思います!

KCF予選で制作した作品『Amblypygi(ウデムシ)』

CGW:好きなものを突き詰めていくというのは、大きなパワーだと思います。長谷川さんの虫への熱い想いが、みなさんの印象に強く残ったのではないでしょうか。

長谷川:そう思います。自分でつくっておきながら言うのもなんですが、虫ってあまり需要がないんですよ......(笑)。でも、需要がないからこそ、ブルーオーシャンだと感じています。虫の魅力を知らない人に、虫の魅力をCGで伝える。その需要は十分にあるはずだと自分に言い聞かせて、僕の作品を通して虫のファンになってもらえたらいいなと思います。

ちなみに、このコンテストでは特別賞も受賞しまして、それをきっかけにKLabに内々定をいただきました。

CGW:なるほど。コンテストでの受賞がきっかけで、KLabへの入社につながったわけですね。ちなみに、入社2年目の現在はどのようなお仕事をされているのでしょうか。

長谷川:3Dアーティストとして、人型のキャラクターから背景、こまごまとしたアセットまで、幅広くCGをつくっています。また、技術研究のようなところのお手伝いも、積極的に声をかけて手伝うようにしています。実は、業務では「虫」はつくっていないんですよね(笑)。

これは今後の目標なのですが、プロとしての経験を積みながら、いつか自分の好きなものを業務につなげていければ良いなと思っています。KLabから虫のコンテンツが出たらそのときは、僕が関わっていると思ってくれれば嬉しいです。

CGWORLD Entry「WHO'S NEXT vol.1」第2位『夢兜』

後編につづく

「昆虫をモチーフにしたオリジナルアートの思考法&テクニック」詳細・ご購入はこちら