「虫」をモチーフとしたCG作品づくりをライフワークとしている、"蟲の人"こと長谷川拓海氏に、これまでの経歴や作品づくりにかける想いを聞く本インタビュー。後編は、作品をつくる上で意識していることや、入社1年目にして公開した動画チュートリアル「昆虫をモチーフにしたオリジナルアートの思考法&テクニック」について熱く語ってもらった。

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TEXT_室井美優 / Miyu Muroi(Playce)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、浅井時計 / Tokei Asai、山田桃子 / Momoko Yamada

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「とことん調べ尽くす」昆虫愛から生まれた「虫」作品の数々

CGWORLD(以下、CGW):まずは、大学卒業後もコンスタントに続けているという、自主制作についてお伺いできればと思います。オリジナル作品をつくる上で重要となるモチーフは、どのように決めているのでしょうか。

長谷川拓海氏(以下、長谷川):そのときの季節や、流行っているデザイン、SNSでバズっているものなどから着想を得て、まずはそれらが「虫につなげられないか」を考えます。例えば、季節の虫とか。6月は梅雨......厳密に言えば虫ではないのですが、梅雨の虫として印象的なカタツムリをモチーフにした作品を何かつくってみるのはどうか、という考え方をしています。

  • 長谷川拓海/Takumi Hasegawa
    2019年京都造形芸術大学キャラクターデザイン学科を卒業後、KLab株式会社に新卒入社。蟲をモチーフにした連作をライフワークにしている。植物含め生き物全般守備範囲。通称「蟲の人」
    hase_insectart.artstation.com/
    twitter.com/t_hasegawa5173

CGW:ちなみに「虫」って、とても複雑な造形をしていて、構造色や光沢感なども独特なので、表現するのが難しそうだなと感じています。長谷川さんは、「虫」をつくる上でどのようなところを意識されているのでしょうか。

長谷川:僕は虫が大好きで知識もそれなりにあるのですが、だからといって油断せず、「とことん虫について調べ尽くす」ということは意識しています。図鑑やネットを見ることはもちろんですが、博物館や美術館で虫の企画展がやっていれば見に行ったり、身近な虫は実際に捕まえて観察してみたり。くわしく調べてみると、「この虫の脚の先、意外と丸いんだな」とか「ここは、思ったよりとがってるんだな など、新たな発見もあって面白いんですよね。

もうひとつ、これはCGの技術的な面で意識していることなのですが、作品のなかに「自分が技術的に挑戦したいテーマ」を組み込むことができれば良いのかなと思っています。

僕の作品で、タマムシをモチーフにした『大和玉蟲』という作品があるのですが、この作品では、角度によって色が変わるタマムシの構造色をどうCGで表現していくかというテーマを設定しました。構造色っぽく見せるテクスチャを貼るだけではなく、実際にアニメーションで動かしたときに、色の移り変わりを美しく表現するにはどうつくれば良いのか考え、構造色でV-Ray用のシェーダを書いてみるなど、色々と試行錯誤した作品です。

タマムシをモチーフにした作品『大和玉蟲』

長谷川:『水神宝蟲』というゲンゴロウをモチーフにした作品は、ゲンゴロウをブローチのように見せたくて、レリーフのようなディテールを付けたんです。でも、ただレリーフデザインをするのではなく、Substance Designerを使ってプロシージャルにつくってみようと、制作方法を工夫しています。そういった、技術的な研究課題が1つでも作品に入っていれば、やる気も上がりますし勉強にもなります。「この作品をつくって、自分はどう成長できるんだろう」という意識は常にもっています。

ゲンゴロウをモチーフにした作品『水神宝蟲』

長谷川:でも、何より大切にしているのは「僕の作品を見た人が、その虫に興味をもってくれるようなCGをつくる」ということです。「こんな虫本当にいるの?」とか「意外とかわいいな」とか......僕の作品を通して虫の魅力を感じてもらえたら本当に嬉しいですね!

CGW:虫について知識はあっても、常に情報を追いかけているんですね。

長谷川:そうですね。図鑑はたくさんもっていますし、今でも良く読んでいます。あとは、SNSですね。フォローしている中には、CG関係の人だけじゃなく、虫の写真家や研究者、昆虫食志向の人も多いんです。とある昆虫食の人は、「蟲の人」という名称で勘違いしたのか、僕をCGデザイナーではなく昆虫を食べる人だと思っていたようです(笑)。そういった虫にまつわる様々な人たちから、日常的に「虫」についての情報を得て、作品のインスピレーションを受けていると思います。

CGW:ちなみに最近は、どのような「虫」をつくっているのでしょうか。

長谷川:最近は、同時にいろいろな虫の作成を進めています。例えばこれからの季節、家でよく見かけるあの虫とか......。

自主制作では、虫だけでなく本当に色々とつくっていて、ゲーム感覚で楽しくやっています。家ではBlenderをメインツールとして使用しているのですが、「Blenderって良いゲームだなぁ」みたいな感覚です。

CGW:空き時間ができたら、ゲームをするのではなくCGをつくろう、みたいな感じですね。

長谷川:そうですね! 現在は在宅勤務のおかげもあって、業務からシームレスに自主制作に移行できるので、いつもよりも作品づくりがはかどっています。また、毎週金曜日には、大学時代の同期を集めてオンラインでCG制作の勉強会を開いたりもしています。僕が講師役になってBlenderの使い方を教えて、一緒にCG作品をつくってみたりして。本当に、ずっとCGに関わっている感じです。

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入社1年目で動画チュートリアル制作に挑戦

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入社1年目で動画チュートリアル制作に挑戦

CGW:長谷川さんが手がけた「昆虫をモチーフにしたオリジナルアートの思考法&テクニック」という動画チュートリアルについてお伺いします。先ほど、CGのオンライン勉強会を仲間内で行なっているということでしたが、もともと教えることが得意だったのでしょうか。

長谷川:小学生のころから勉強を人に教えることが多かったような気がします。きちんと教えられていたかはわかりませんが、それでも、自分のもっている知識を人に教えるのは好きでしたね。部活動で部長を務めたこともありますし。ですので、入社1年目でこういったチャンスをいただけて、本当に励みになりました。

動画チュートリアルで作例として紹介されている『閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)』

CGW:チュートリアルでは、いきなりCG制作に入るのではなく「マインドマップのつくり方」から解説が始まるのが印象的でした。長谷川さん自身も、まずはマインドマップをつくってから制作に入るのでしょうか。

長谷川:そうですね。オリジナル作品をつくるときは、必ずマインドマップの制作から始めます。僕としては、技術的な部分よりも肝になる部分だと思っていて、ぜひ紹介したいと思い、動画チュートリアルに組み込みました。マインドマップをきちんとつくっておけば、自分の思考を後から確実に追うことができますし、チーム制作でも「自分はこう考えているんだ」、「この発想良いね」と、パっと見ただけで作品の仕上がりイメージを共有できるという点でも、重要な役割をもっていると思います。

特に、初めてオリジナル作品をつくろうとしている方にはぜひ試してほしいです。「何をつくれば良いんだろう」、「アイデアが思いつかない」ときっと悩むことがあると思います。そういった場面に直面したとき、紙でも何でも良いので自分の思考を書き出して、マインドマップをつくってみてほしいです。自分の思考も、作品で伝えたいことも整理できるので、きっとつくりたい作品像が明確になってくると思います。

CGW:今回、動画チュートリアルを制作されたのは初めての経験だったかと思います。実際につくってみていかがでしたか?

長谷川:正直、めちゃくちゃ難しかったです(笑)! 直接人に教えることは好きで、今もオンライン勉強会で講師役をやっているんですけど、不特定多数の人に教える動画となると、これまで通りの教え方では伝わらないだろうなと思ったんです。

直接人に教えるときは、コミュニケーションを取りながら、相手のレベルに合わせて内容を変えたり、その人の好きなものに例えてわかりやすく説明したりできると思います。今まではそういったところを意識して教えればよかったのですが、動画となると、特定の誰かに向かって教えるわけではないので、どうすれば良いかわからず苦戦したのを覚えています。

CGW:それでも社会人1年目で動画チュートリアルを公開するって、本当にすごいと思います! 周りからの反響はいかがでしたか?

長谷川:母校の先生や、後輩たちからは「チュートリアル見ました!」と声をかけてもらえましたね。初めてのことばかりで至らない点も多い動画だと思いますが、「社会人1年目でも、こんなことができるんだぞ!」と、後輩たちに自信をもってもらうことはできたんじゃないかな(笑)。

CGW:今後も教える立場として機会があれば、担当してみたいと思いますか?それこそセミナーの講師とか......。

長谷川:ご依頼いただけるのであればぜひ......! 僕はまだまだプロとしての経験は浅いですが、それでもマインドマップのつくり方や思考法など、作品づくりの根幹になる大事な部分について、大学で自分が学んできた知識くらいでも人に共有できたら嬉しいですね。

何より、学生に近い立場で教えることができるのは、今の僕の強みだと思います。学生に近い立場だからこそわかる、学生たちが本当に欲している知識やマインドを、上手く伝えられるのではないかと思います。機会があればぜひ挑戦してみたいです!

CGW:開催を楽しみにしています! ちなみに、5/29(金)、30日(土)に開催されたCGWORLD Entry Live Online「ライブモデリングNOW」にて、第4位に入賞されましたね。おめでとうございます。限られた時間でテーマに沿った作品をつくる、という今回のコンテストに参加した印象や手応えをお聞かせ下さい。

長谷川:限られた時間で他の方々の進捗状況が次々と投稿されるのを見ながら、という緊張感の高い状況は参加者としてとても良い刺激になりました。どこをつくり、どこをつくらないのか、最良最速をいかに冷静に判断できるかが試される素晴らしいコンテストだと思いました。

手応えとしては4位タイという結果に、とても嬉しく、同時に少し悔しくもありますが、一番印象に残ったよと何人かの方から反響いただけて、刺さる人には刺さる、ある意味で自分らしい作品にできたかなと思います。

CGW:テーマは「アマビエ」でしたが、どういったコンセプトで制作されましたか?

長谷川:病を祓う神秘的な力や威厳を意識して制作しました。

CGWORLD Entry Live Online「ライブモデリングNOW」第4位入賞作品『AMABIE』

CGW:実際の制作にはどのくらい時間がかかりましたか?

長谷川:レンダリングや調整も含めて4時間くらいです。時間配分は大まかに、構想1時間、造形に1時間、ライティングを決めるのに1.5時間、レンダリングと最終調整に0.5時間くらいでしたね。

CGW:それでは最後に、CGを学んでいる人たちにこれだけは伝えたい、ということがあれば教えてください。

長谷川:一番伝えたいのは、「とにかく楽しめ!」です。楽しくなければ何事も続かないですし、いつまでたっても上達しないと思います。そうすると、自分はできないやつだと自分自身を責めて、自信すら失ってしまう。ですので、僕にとっての「虫」のように、まずは自分が楽しく制作できるような、好きなもの、得意分野を見つけてみるのがいいのではないでしょうか。これが、上達へのなによりの近道だと思います!

CGW:ありがとうございました!

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