CMや映画、ゲーム、PVなど幅広いジャンルで活躍し、CGWORLDでは20年にわたり連載を続ける早野海兵氏。2021年1月からCGWORLD.jpにて新連載『+画』がスタートし、作品を通して日々新たな試みに挑んでいる。ゼネラリストとして30年。最前線を走り続ける早野氏が、クリエイターとして幸せに生きていく術を語ってくれた。


構成_石井勇夫 / Isao Ishii(ねぎぞうデザイン)
INTERVIEW / EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE



大切なのは、好きなものをつくって楽をすること。
〜早野流「自分ノート」のススメ〜

CGWORLD(以下、CGW):早野さんはCGWORLDで『画龍点睛』など連載を20年以上も続けられ、多くのCG作品を発表してこられましたが、制作を続けるモチベーションはどこから湧いてくるのですか?

早野海兵氏(以下、早野):まず、自分をアーティストだと思っていなくて、デザイナーというか「職人」だと思っています。若い頃に自分を冷静に分析したことがあって、そのときにすでに「アーティストとしての才能はない」と理解していましたからね。そんな自分がCGの世界で生き残っていくにはどうすれば良いかを考えた末、「今、自分にできること」を地道にアップデートすることを心がけて今日までやってきました。『画龍点睛』や新連載の『+画』で掲載している作例は、自分の成長過程における実験の結果といった感じです。

CGW:連載に掲載されている作品はアーティスティックなものが多いので、「アーティストではない」とおっしゃるのは少し意外です。

早野:そうですよね。連載をしているので普段からオリジナル作品ばかりつくっているように誤解されがちですが、CGデザイナーとしてはクライアントワークが大半を占めています。それに、学生の頃に恩師から「君は(スペシャルな)才能がないから手を止めるな」と言われたんですよね。昔の先生はキツイことを平気で言ってきますが(笑)、今でもそれを忠実に守っています。ということで、アウトプットし続けることはとても大切だと思っています。手を止めるのは引退するときかな。

  • 早野海兵/Kaihei Hayano

    画龍 / Garyu
    ソニー・ミュージックエンタテインメント、ソニー・コンピュータエンタテインメントを経て創作活動の世界へ。現在、CGWORLD.jpにて「+画」連載中。アートディレクターを務めながら講師や執筆等、幅広くCG業界に貢献している。

    <代表作>
    ゲーム『鬼武者』シリーズ
    『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズ
    『EXILE LIVE TOUR 2018-2019 "STAR OF WISH"』
    著書『テクスチャイリュージョン』シリーズ
    連載「+画」、「画龍点睛」

    早野海兵公式サイト:kaihei.net
    画龍公式サイト:garyu.mystrikingly.com
    Twitter:@Kai_ryu_Kai

CGW:メカやクリーチャーなど、CG業界でも様々なブームがありますが、そういったトレンドについていかがお考えですか。

早野:変形ブームとかありましたね(笑)。映画『トランスフォーマー』(2007)の影響か、僕もクライアントの依頼でずいぶんつくりましたよ(笑)。でも、デザインは歴史だと思っているので、流行に乗ることは別に悪いことではありません。世の中の流れを意識しておくことは大切ですからね。デザイナーだったら、その時代に合ったものをつくらないとならないし、逆に時代に乗り遅れていてもダメですよね。

ただ気をつけておきたいのが、流行に乗るだけではなく、流行に「+α(プラスアルファ)」を付け加えていかなければならないということですね。

CGW:流行に敏感になって、ブームに乗るだけではないということですね。

早野:そうそう。これも昔、上司に言われたことなのですが、「自分のやりたいことを作品に押し付けるのが仕事じゃない。かといって相手が望んでいるものだけをやるのも仕事じゃない」と。クライアントの要望を十分クリアして、そこにさらに「+α」を付け加えていくものだということですね。この「+α」を加えることができてこそデザイナーです。

それに、人間は過去に見たことがあるものしかつくれないものですよ。でも、そういったものから影響を受けたとしても、そこに自分なりのアレンジを加えることができたなら、劣化版ではなくむしろ新しいものが生まれてくる。良いと思うもの全てを吸収して自分の中で咀嚼し、自分なりの価値を付け加えてそれ以上のものをつくれば良いんじゃないかな。

CGW:「見たことのないものをつくる」と意気込んで、オリジナリティを追求しすぎて先に進めなくなる、というのはとてももったいないことですよね。

早野:そう。悩んでも良いけど、手を止めないことが大切ですね。あまり深く考えず、好きなことからやっていく。僕も最初はCGで魚ばかりつくっていましたからね(笑)。

▲早野氏が学生時代に描いていたスケッチ

CGW:手を動かすことや作品をつくり続けることは大切ですが、モチベーションを維持するのは大変ですよね。調子が悪いときもありますし。ずっとつくり続けるコツはあるのでしょうか。

早野:かわいい女の子のキャラクターでもメカでも、何でも良いんだけど、とにかく自分が好きなものをつくってCGを好きになることかな。「苦手を克服しないと!」とか考えるのが一番ダメで、今の自分でできそうなものをやっていくこと。それが毎日続けていくコツだと思います。

CGW:つくりたいものが思いつかない......、ってときありませんか?

早野:つくりたいものがなかったら、好きなものを探すところから始めれば良い。学生時代に「自分ノート」をつくっていたことがあったのですが、当時は今みたいに便利にPCが使えなかったので、雑誌などで格好良いなと思ったものを切り抜いてスクラップブックにまとめていたんですよ。次第にものすごい量になっていったのですが、そういったものを通して自分のスタイルが確立されていった気がします。好きなものをひとつにまとめて客観視しているうちに、自分の中で色々とつながっていくんですよね。

そういうことは、今だったらスマホでできますよね。実際、Pinterestで気に入った画像をまとめています。常にアップデートしていかないと、自分が「何を格好良いと思っているのか」を見失ってしまうんですよ。

▲早野氏のPinterest

CGW:いまだに「自分ノート(デジタル版)」を続けているのですね! 向上心がすごい。

早野:向上心と言うほどでもなくて、単に好きなことをやっているだけですよ。好きな漫画を読んだり美味しい料理を食べたり、ゲームで遊んでつい徹夜してしまったり。それと同じ感覚です。ずっと続けていると、いずれそれが「日常」になっていくんですよ。そうなると、意識しなくても勝手に情報が集まってくるようになります。そこで気になる情報があったら詳しく調査するし、世の中に何があるのかを常に意識するようになる。それがデザイナーなんじゃないですかね。

CGW:早野さんがCG制作をするときに、特に意識していることはありますか?

早野:僕には「サボり癖」があるので、いつも楽になることを考えています(笑)。ちょっと大きな話になりますが、文明の発達って「楽をしたい」という人間の欲求に依るものだと思うんですよ。スマホやPCにしても、なくても生活はできるけどあったら便利ですよね。生活を楽にするための道具として進化してきたわけですよね。

CGW:スケールの大きな話になってきました(笑)。

早野:(笑)。楽をするというのは、毎日ゴロゴロするといった「怠ける」という意味の「楽」ではないですよ。どうしたら向上するか、幸せになるか、楽しめるかを考えるということです。僕もかつてやっていたことですが、徹夜とか過酷なことをして苦しみながらCGをつくるのは、まちがってるとハッキリ言えます。

CG制作は楽しみながら前向きに取り組むべきですよね。実際、徹夜なんかしなくてもつくれるし。以前からそのような話をしていたのですが、業界自体がブラックでなかなかみんなに聞いてもらえませんでした。ちょうど働き方改革やコロナもきっかけになって時代が追い付いてきました。身体を壊す前にこのことに気がつかないといけません。

CGW:「楽にする」、「便利にする」という考え方は、今後世界のいたるところで焦点のあたる考え方だと思います。一般の人が使う、いわゆる「楽」の定義とは少し異なりますよね。

早野:「楽をする」ということについて僕の連載作品を例に話すと、見えないところはちゃんとつくっていないし、手数もメチャクチャ少ないんですよ。一見、細かくて時間をかけてつくり込んでいるように見えるかもしれませんが、どれも「いかに楽につくるか」を考えて制作しています。そのために、新機能をすぐに試したり制作の効率を考えたりしています。

そこで注意したいのは、楽をして仕上がりが汚かったら本末転倒だという点です。楽して見映えが悪いと、それはただの手抜きですよね。手抜きをすると、そのときは楽かもしれないけど結局は後で苦労しますから、それは単なる「苦労の先送り」です。「将来の楽」のために、今ちょっとがんばるんですよ。

▲一見、細部までつくり込まれているように見えるけれど、実際はシンプルで効率的につくられているという(『画龍点睛』:Vol.117 紫陽花より

CGW:将来の楽のために、今ちょっとがんばる。その積み重ねですね。

早野:楽になることに上限はありませんからね。今ちょっとがんばって追求することで、今後ワンクリックで簡単にきれいにつくれるようになる、みたいな方法が見つけられるとしたら、やっぱり今がんばりますよね(笑)。作業が10倍速くなることは給料が10倍になるのと同じことですから。



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CGは人生を幸せにしてくれる

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CGは人生を幸せにしてくれる

CGW:現在CGWORLD.jpで連載中の『+画』や、以前の連載『画龍点睛』の記事冒頭にあるリード文でも、早野さんは「世界が元気になるように」といったメッセージを添えられることが多いですね。

早野:そうですね。文章や音楽と同様に、映像や絵などのビジュアルが人間に与える影響は大きいですからね。それを見ただけで元気になったり、気分が明るくなったり。映像に影響されて残念な事件が起こることさえあるので、映像が与える威力は特に大きいですよ。映像制作に携わる人間として、人々に与える影響力を自覚しながらつくらなければと常に考えて制作しています。



▲新型コロナウイルス感染症の影響により海外旅行ができない昨今。イーペン祭り(タイ)の「コムローイ」を見てみたいと思い立って制作したという(連載『+画』:vol.002:ランタン / 大量配置とバランスより)

CGW:連載で紹介している作品は、社会的な話題に沿っているモチーフだなと感じることが多いのですが、テーマはどのように決めているのですか?

早野:そうですね。連載作品のテーマに関しては、そのときに集めている情報から自然に導き出されていることが多いですね。情報を集めているうちに、「今はこういうものが人々に求められているのではないか」というのが見えてきて、これをつくればみんな元気になるのではないか、気分が良くなるのではないかと。そういったことを意識しつつ、微力ながらみなさんに力を与えられたらと思っています。

  • ◀「こちらの作品は、灼熱の真夏の季節に祈りを込めてつくりました。飾っておくと涼しくなったり、運気が良くなったりと私のお守りにしています」(早野氏)

CGW:早野さんがゼネラリストとして活躍されているのはなぜですか?

早野:僕がCGを始めたのは、モデリングからアニメーション、コンポジットまで全部ひとりでできるからなんです。それに、CGでの制作工程って全て繋がっているから、ひと通りやってみてその良さがわかる。例えばモデラーをしていても、レンダリングやリギングを知っておいた方が、良いモデラーになれるんですよね。

ひと通り平均的にこなせてその中の1つが突出して上手い、というのが理想的かなと思います。1つの領域でパーフェクトで、その他の知識や技術は0というのでも良いかもしれないけど、上手く立ち回れなくなるんじゃないかな。それに、1つのことに頼りきっていると、技術の進歩で必要なくなる、ということがあるかもしれない。

CGW:CG制作の工程を全て網羅している早野さんですが、最も時間をかけるのはどの工程ですか?

早野:そう考えると、CG制作にはそもそも時間をかけないかもしれません(笑)。連載で紹介している作品の場合は、作業に1日程度しかかけていなくて、あとの29日は「何をつくろうか」と考えています。

CGW:1日ですか! 作業が速いですね!

早野:そう。制作にはあまり時間をかけない。CGの作業って「完成から逆回し」で考えると手早くつくれるんですよね。つまり、ゴールまでの道のりがわかっていると、たどり着くのが速いということです。制作の過程ではパラメータをいじっている時間がとにかく多いから、数値などでいちいち迷う必要がなくなると自然と作業時間が短くなる。コツは「迷わないこと」ですね。

CGW:『+画』の連載を担当させていただいている関係上、編集前の動画チュートリアルを拝見する機会があるのですが、すでに編集しているのかなと思うほど手速いですよね!

早野:そうそう(笑)、だいたいあのスピード感でつくります。迷っているときがあるとすれば、初めて何かに挑戦するときや新しい機能を触るときです。あと、突発的に思いついてしまったりとか。数をこなしていけば、誰でもあの速さで作業できるようになりますよ。例えば、CGでは簡単なキューブ(立方体)をつくるにしても数十通りほど手法がありますが、ロボットやクリーチャーになるとそれこそ数えきれないほどあるわけです。制作するモチーフやその時々で「最適なつくり方」をいかにチョイスできるかがポイントですね。

CGW:やはり、経験を積むしかないのでしょうか。

早野:もちろん経験は必要だけど、そのための情報収集も必要なんですよ。ただ長い年月CGをやっていれば良いというわけではなく、たとえ若くても意識して制作していれば短期間で成長します。それに、機能にやたらと詳しい人っていると思いますが、大切なのは「機能を画づくりにどう活かすか」の実践的なところじゃないでしょうか。僕は学校やオンラインでCGを教えているのですが、まず作品づくりから始めます。テクニックからではないんですね。

「技術があるからつくる」のではなく「つくりたいものがあるから技術を身に付ける」というベクトルですね。テクニックから入ると、自分の技術の範囲内でしかつくれなくなりますから。ハリウッド映画の制作現場なんかを見ていると、つくりたい映像があるから新しい技術を開発していますよね。つくりたいものがあるから技術が進歩するのであって、その逆はないんです。

▲早野氏が手早く制作する様子はCGWORLD Online Tutorialsで見られる

CGW:ハリウッドという単語が出てきましたが、海外進出を考えたことはありますか?

早野:ありますよ。何度かオファーをいただいて、現地のスタジオを見学させてもらったこともありました。「こんなところで働けたら天国だな」とも思いましたが、現地の食事が合わなくて辞退しました(笑)。海外でがんばるとなると、健康維持が難しいですね。日本なら安くてそれなりに美味しく、かつ安全なものを食べることができますが、海外で同じことをしようとすると、とてもお金がかかるんですよね。仕事だけではなく生活全体を考える必要がありますから、海外でずっとがんばっている人たちって本当に凄いと思う。

CGW:心と身体の安全・安心って大切ですよね。

早野:そもそも、僕がCGをやっているのは人生を幸せにするためなんですよ。だから、健康を壊したら元も子もないわけです。CGをやっているからこそ、友達も増えて楽しく豊かに暮らしていけるという姿が理想です。こういった姿勢は、エンターテインメントをつくり出す側として大切なんじゃないですかね。まずは自分が幸せじゃないと、他人を喜ばせたり幸せにするものはつくれませんから。

CGW:現在、就職活動や転職活動をされている方もたくさんいらっしゃるかと思いますが、早野さんが考える理想的なキャリアプランはどのようなものですか?

早野:CGクリエイターとして腕を上げたいなら、凄いと思える人に貼り付いて仕事をしてみると良いと思います。好きな作品の制作に加わりたいという動機もわかりますが、実際は思っているほどつくっていなかったりするので、がっかりするかもしれませんね。ということで、「会社よりも人」で選ぶと良いのではないでしょうか。

リスペクトできる人を見つけて真似をしまくる。がんばって追いついて追い越して、周りからの信頼も次第に厚くなり、気がついたら一人前になっている。クリエイターとして成長する近道のような気がします。もちろん、初めから「1人でも大丈夫」という人もいますけどね(笑)。

CGW:尊敬する人と一緒に仕事をする、と言ってもなかなか難しいですよね。まず、そこにたどり着くにはどうしたら良いのでしょうか。

早野:「その人と仕事したい」ということを目標に、日々努力するしかないですよね。目標が絞られることは良いことです。目標の人が見つからない場合は、大きな会社に入ると良いと思いますよ。大きな組織には当然色んな人がいます。仕事がたくさんあるから、目標とするものが見つかる確率も上がるでしょう。ウチ(画龍)みたいな小さい会社より大きな会社の方が若手を育てる余裕があるし、採用枠も多いから入りやすい。もしかしたら、そこで気の合う仲間が見つかるかもしれないし、結婚相手が見つかるかもしれない(笑)。迷ったときは、大きな会社に入ると良いんじゃないかな。

そもそもCG業界には、新卒で業界に入って定年を迎えた人がまだいませんからね。まだまだ成熟しきっていない業界なんですよ。CG業界を定年退職した人がどうなっていくか、まだ誰も知らない謎の業界です(笑)。だからこそいろんなことに挑戦できるし、していかないといけないですよね。

CGW:なんだか少し勇気が出てきました(笑)。早野さん、ありがとうございました!