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    語弊を承知で書くが、これまで日本において、フル CG アニメーションはビジネス的に難しいジャンルだったと思う。しかし、昨年末に公開された 映画『friends もののけの島のナキ』 が興収14億円を(Box Office Mojo によると、2012年1月最終週末の時点で約14億3,700万円)を突破したのをはじめ、近ごろフルCGアニメーションへの関心が今一度高まりつつあるように感じる。そこで、3DCG を用いたデジタル・コンテンツ業界向けの専門媒体としてこうした機運を盛り上げたいという思いから、日本のフル CG アニメーション表現ならびに制作手法について識者の話を聞いていくシリーズ企画を始めることにした。記念すべき第 1 回として、アニメ並びに特撮作品の評論家として精力的に活動を続ける氷川竜介氏に話をお伺いした。

    【聞き手:野口光一(東映アニメーション)】
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    Ryusuke Hikawa
    1958年、兵庫県姫路市生まれ。東京工業大学卒。IT 系のエンジニア経験を活かし、アニメ・特撮の映像に関して技術的側面から論評する。文化庁メディア芸術祭アニメーション部門審査委員。
    氷川竜介ブログ

    アニメにとっての CG とは

    東映アニメーション/野口光一氏(以下、野口):よろしくお願いします。うちの会社におけるフルCGアニメーションの例として、『プリキュア』 シリーズ のエンディングをフル CG で制作するということをここ数年続けています。少しずつノウハウを蓄積できてきたこともあり、今年からスタートした 『スマイルプリキュア!』 の ED アニメーションは大変好評頂いてます。

    氷川竜介氏(以下、氷川):映像の好みは、どんな映像に接してきたかという体験と記憶に大きく支配されますから、子ども向け作品から CG アニメーションを増やして慣れていってもらうという作戦は理にかなっていると思います。

    野口:そもそもの質問になりますが、氷川さんは CG アニメーションについてどのようにお考えですか?

    氷川:まず、アニメーションとは観察した動きのイメージを再現するという点で身体性の強い、生身の感覚をともなうものだと考えています。生身に機械的で正確すぎる要素が入りこんできたとき、人間本来のアイデンティティは阻害されてしまうのか、それとも過去ありえなかったエリアへと拡張していくのか、そんなテーマは 『攻殻機動隊』 シリーズ などサイボーグを扱った作品で描かれてきましたが、同じことが 3DCG 以後の映像表現にも起きているのだと、とらえています。そして、これまで手描き中心だったアニメに、CG という機械的な要素が加わることによってどう変化するか、それを見据えることで、逆に 「これがアニメだ」 みたいな本質も浮かびあがるのではないか。自分に関心があるのは、むしろそういう部分なんですね。

    野口:なるほど。日本でアニメーション制作に 3DCG が利用され始めたのは1990年代後半、今から約15、6 年前からだと思うのですが、それまで人が手で描くことが当たり前だったアニメに CG という毛色の異なる要素が加わることになったと。

    氷川:アニメ制作に CG を採り入れ、ハイブリッドになり始めた黎明期の代表作としては、OVA 『青の 6 号』(1998〜2000)がありますが、その制作現場では、「このプロジェクトは、『恐竜探検隊ボーンフリー』(1976) のデジタル版だ」 と話していたというエピソードを聞きました。『ボーンフリー』 は、人間などセルアニメのキャラクターに、ミニチュア特撮の恐竜やメカを合成したユニークな作品ですが、『青6』 でも最初から CG を同化させようとはせず、異物としてとらえた上で、新しい融合的なアニメ表現を生み出すことを目指していたことが分かります。

    野口:そんなエピソードがあったとは!

    氷川:アニメーションの本質は、人間の目と脳でしか把握できない自然界の動きを再現する、そこに宿る"芸術性" ということになると思います。そんなアニメ表現の中の快楽(観て気持ちが良いと思う要素)の "核" はどこにあるのか? 特に日本では、アメリカのカートゥーンのようにボディが伸び縮みする面白さとは別のアニメーションの良さが追求され、受けいれられてきたと思います。その良さが、CG などのデジタル要素が加わることで本質が浮き彫りになり、歴史をふまえた上で今一度、日本なりの高みをめざすことができるのではないかと考えています。サンジゲン さんが取り組んでいるリミテッドアニメ的な CG の方向性は、この課題と相通じるものがあると思って注目しています。

    氷川竜介ポートレイト1

     

    野口:私は CG・VFX 制作者としてキャリアを重ねて来たのですが、CG の現場は技術発、つまり発展途上の 3DCG などのデジタル技術を改良させて、それによって新たにどんな表現ができるようになったのかという流れで成長してきました。

    氷川:CG で表現が未熟な場合、それは技術の問題か、それとも CG を扱う人間のセンスに起因するものなのかという議論も、よく聞きます。自分は技術者時代にソフトウェアの開発にも関与したのでよく分かるのですが、3DCG のような複雑なテクノロジーが組み合わさって一体化する分野では、土木建築のように "上位仕様" をブレイクダウンして上流下流の工程を厳守するワークフローにしたがわないと、納期も守れないし全体像が瓦解しかねません。結果的にある表現を極めたいというクリエイティブ的な要素が発生しても、これはやってはいけないのではないか、という問題が容易に発生しているのではないでしょうか。CG では最新ツールにキャッチアップして使いこなす技術習得の面だけでも大変なので,オペレーターになるのがやっとで、それ以上のクリエイションは難しい現実もあると思います。

    野口:おっしゃる通りです。CG アニメーションをつくりたい、クリエイティブ面で制作に携わりたいと思い業界に入ったけれども、いつまでもオペレーターの立場に失望するという話は残念ながらあります。

    氷川:そもそも CG かどうかは本質ではない んです。人間の知覚を刺激する上では、アニメーションの表現として成立していることが上位にあって、必ずしも手で描く必要はありません。クレイアニメーションなど様々なストップモーション技法も、その好例ですよね。ただ、日本のアニメ表現が特殊なのは、とにかく漫画が根底にあること に尽きると思います。ここまで漫画的なフラットな絵柄が定着しているのは、毎週ものすごい量の紙の漫画が消費されている日本だけではないでしょうか。冒頭で、「表現の好みは過去の記憶との比較」 と言いましたが、仮にすべての雑誌に載っている漫画が、ある日を境にフォトリアルな 3DCG に置き換わったとしたら、何年かして日本人の映像感覚が根底から変わってくる可能性はありますよね(笑)」。

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    3DCG に適した表現とは

    野口:日本のアニメ表現の根底には漫画がある、転じてフラットな絵柄が好まれる傾向にあるというお話ですが、分かる気がします。アメリカには、カートゥーンとアメコミがあるわけですが、アメコミを映画化する際は実写化が基本になっているのは国民性の違いの典型かもしれません。

    氷川"ガラパゴス化" という用語がすっかり定着しましたが、ゲームの場合でも、欧米では FPS(プレイヤー主観)が主流になっていますが、日本ではレーシングゲームなど一部を除いて、アドベンチャーゲームのように、プレイヤーの 見た目がパッシブ(受動的)な形式が多い ですよね。ギャルゲーが "女の子回転寿司" とも揶揄される「受け身」なのも、その典型だなと。国民性を掘りさげると、欧米は自分が出ていく狩猟民族がルーツ、一方の我が国は待っていれば作物が生える農耕民族だから......みたいに、怪しい仮説はいくらでも言えてしまいますが(笑)。

    野口:ビジネス的には、海外マーケットへも売っていこうという考えがどうしても出てきます。映画産業の場合、たとえば韓国は最初から海外マーケットを視野に製作しているわけですが。

    氷川:そうした議論もよく聞かれます。ですが、映像に限らずコンテンツ産業において、自国のマーケットだけでリクープ可能なことが大事で、それができたのはアメリカと日本だけだと言います。そもそも、自国マーケットで受けないものが海外マーケットで採算がとれるわけもないので、海外を強く意識しすぎると、かえって優位性が崩れると思います。たとえば、『千と千尋の神隠し』(2001)第75回アカデミー長編アニメ映画賞 を獲得したのも、日本固有のものが諸外国からはエキゾチックでユニークな表現に見えたという理由が大きく、そこにグローバルスタンダード的な関与はないわけですから。

    野口:確かに、自国に一定のマーケットがあるのは独自の表現を育む上でも有利ですね。では、そうした特性を踏まえた上で、日本の CG アニメーション制作はどのように取り組んでいけばよいとお考えでしょうか?

    氷川:やはり、CG はデジタル技術ですから、そのメリットの原点を見直すことでしょうか。たとえば、今の CG の方向性は生産性や効率にベクトルが向かず、際限ないクオリティアップへ傾注し過ぎていないかと。非常にハイクオリティな作品が増えてきてすごいなと感心する一方、アニメってここまで心血を注がないと成立しないのか、磨きあげることで驚きが目減りしているのではないかなど、心配になることもあります。CG サイドからも、より大胆な表現に挑むという意識をもっと前面に出すことで、硬直化を壊すブレイクスルーをもたらすことができるのではないかと。

    野口:技術が前に出過ぎていると?

    氷川:先の仕様ありきのオペレーターの話もそうですが、日本では 「技」の追求 に意識が向かいがちで、何かを磨きあげる職人気質を好むメンタリティがあると感じます。クオリティアップは必ずしもエンターテインメントには直結しませんから、なおさら危うさを感じてしまいます。質は量によって支えられるもの なので、まずは CG アニメの制作を量的に確保することで、表現幅としても今以上に多くのものが得られるのではないでしょうか。

    氷川竜介ポートレイト2 氷川竜介ポートレイト3

     

    野口:3DCG 技術も確実に進化しているのですが、制作コストの面では依然として、フル CG の方がセルアニメよりも高くついてしまうこともあるかもしれません。そのため、どうしても作画の延長で CG を考えてしまうという......。CG の特性を活かしたアニメーション制作とはどのようなものが考えられると思われますか?

    氷川:繰り返しになりますが、手描きにはないメリットをとことん追求すること でしょう。たとえば、CG ではモデルもアニメーションもアセットとして蓄積されていくので、カメラアングルを変えた使い回しも容易だと思います。

    野口:そうですね。当社でもシリーズ作品では、過去プロジェクトのアセットを有効活用しています。

    氷川:2 つめは、企画やシナリオの段階から CG ならではのメリットを織り込むこと『ドラゴンクエスト』 シリーズ(1986〜) を考えてみてください。最初、主人公はスタート周辺しか移動できないのに、レベルアップすることで瞬間移動できる地点がひとつずつ増えていく、そして次第に仲間を増やし、最終的にはすべての活動エリアを横断した、大きな物語が新たに生まれるわけですよね。このような変化と発展をふくんだ物語展開も、CG の場合はアセットを流用することで作りやすいはずです。この考え方は、特に積みかさねで大きなドラマをつむげるテレビシリーズ向きでしょう。

    野口:なるほど。そうした CG の特性を踏まえた企画を生み出すためには、CG 現場出身者が初期段階から企画に参加できるように働きかけることも大切ですね。

    氷川:3 つめは、言ってみれば "着せ替え人形" でしょうか。生身のアクターがアニメキャラクターをスーツのように着こなして 「なりきる」 ことのメリットは、もっと追求されていいと思います。アクションとドラマパートのモーションキャプチャを、それぞれの表現が得意なアクターに演じ分けてもらい、一体化するといった試行も過去ありましたが、この種の応用はもっと幅広いと思います。3 つの強みはいずれもアセット流用が根幹にありますが、この "着せ替え人形" の場合は、朝の情報番組にメインキャラクターがゲスト出演してタレントと絡むというような、リアルタイム性のあるパブリシティ面での新展開ができます。これは手描きアニメでは完全に無理な、CG のメリットですよね。

    野口:アセットを有効活用することでリードタイムを短縮できる。アニメ作品でも、より旬なテーマを企画に反映できるようになりますね。

    氷川:ここで述べたのは、2004 年ぐらいに 『これから CG の強みを全面に押し出すこんな作品が次々と出てくる』 と予想したことが多いのですが、現実はなかなかそうなってませんね(苦笑)。デジタルアニメ制作の試行錯誤も一段落し、機は熟したはずなので今後に期待しています。

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    まずは、CG アニメーションを同時多発で量産すること

    野口:最後に、日本にフル CG アニメを根付かせるためのアドバイスを頂けますか?

    氷川:まず「量」です。とにかくフル CG アニメ作品を同時多発的に制作していくことでしょう。良いものができれば、観客は必ずついてきますから、それには様々な現場で量産されることが大前提でしょう。「選択と集中」も大事 ですから、先ほどの "CG の強み" を活用し、浮いたリソースを企画や演出などクリエイションの集中に回してほしいです。それが CG クリエイター発になれば、ベストですよね。

    野口:お話を聞いていて、演出さんや作画アニメーターさん側と、CG 制作側の相互理解をより深めていくことも重要だと思いました。CG のジレンマとして、"動かさないと人形みたいで気持ち悪い" というものがありますが、2D レタッチの効率を上げていく、作画ライクな CG アニメーションのノウハウを積み重ねる、その他にも CG に合った演出や動きがあるはずなので。

    氷川:CG 時代を前提とした演出の開発は、重要な課題でしょう。観客の意識をどこに集中して向けさせるかという 視線誘導 ひとつとっても、作業効率と仕上がりを大きく左右するので。CG では手描きでは容易に調整できる格好悪いアングルが出てしまうとも聞きますので、そんな部位を見えなくする魔法のフィルタや、不自然なディテールを自動補正してくれるプラグインなどの開発も良いかもしれません(笑)。

    野口:あはは(笑)。

    氷川:もうひとつは、定評のある演出さんやアニメーターさんに 「CG のどこが気に入らないか」を徹底的にリサーチして分析する ことも有効でしょう。いわゆる "不気味の谷" が存在するのか、それがどこに起因するのか、そうしたことを把握した上で、大胆なカメラワークなど、手描きでは困難な CG ならではの強みを強調することで、気持ちの悪いところに視線や意識を向けさせなくする......。こうした演出技法の研磨の果てに、日本独自の CG アニメ表現が芽生え、やがて大きく育っていくはずだと思います。

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    野口:その積み重ねを、様々な制作現場で続けていくことで、CG アニメーションに "見慣れる" ようになると。

    氷川:また、日本のアニメーション表現の根底には、"タメとツメ" 、すなわち静と動のコンビネーションがあります。動いて、止めて(止まって)、また動くといったリズムを付ける際、3 コマ打ちの動きと 2 コマ打ち、1 コマ打ちをどう入れるかで、時間の連続と断続が音楽的なリズムに昇華するのです。こうしたタメとツメ、さらに "トメ" も交えた妙技は、音楽や舞踊などに通じる快楽をもたらすものですし、文楽や歌舞伎など日本の古典芸能にも通じるものです。その表現は CG でも変わらないので、日本なりのツボというか、極め方もあると思うのです。現場の方々が、そうしたことに興味をもち、アニメーションに共通性をもつ "時間芸術の粋" を習得されることも、大切なことだと思います。

    野口:なるほど。確かに、作画のアニメーターさんは タイムシート を通じて、そうしたタメツメのリズムを会得されていますよね。CG ソフトのアニメーション UI では、情報が多すぎるので、かえって "動きの肝" が把握しづらいのかもしれません。

    氷川:映像表現は時間軸の表現なので、"動き" という時間をともなった情報を、タイムシートという二次元情報に集約することで、そのエッセンスを見出すことも可能になると思います。音楽に譜面があるように "鉄則となるリズム" を踏まえた上で、それをシートとして視覚化し、設計することが、良い表現を描く上で欠かせないと思うのです。カット割りや尺、さらにはレイアウトなど、アニメを構成するあらゆる要素にも、同じことが言えると思います。CG の場合、これまでデザインがなくてもセットアップできてしまうので、譜面のない音楽になることもあったのではないでしょうか。そうなると、フリージャズのように個人の才能に依存しすぎる部分が増えてしまうと思います。

    野口:まったくその通りですね。

    氷川:素人考えもあると思いますが、やはりこういう分析で 「アニメの楽しさの本質」 が浮き彫りになってくると思います。CG は技術習得が大変ですが、表現者へと進めた先にはアニメーションならではの面白さや驚き、楽しさが必ず待っています。その楽しさをもっと伝えていく必要もあるでしょう。若い方には、CG アニメの分野には今までスターがいなかったならば、自分がなれる可能性が非常に大きい、そのための勉強や努力も楽しいですよということを、申しあげたいので、ぜひこれを励みにしていただければと。

    野口:本日は、いろいろと貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。

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    INTERVIEWER_野口光一(東映アニメーション
    EDIT_沼倉有人(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充
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    シリーズ企画「日本にフル CG アニメは根付くのか?」は、 "日本におけるフル CG アニメーションの振興を目指す" というコンセプトで東映アニメーションがプロデュースする Enhanced Endorphin(通称:EE) との共同企画である。EE では、フル CG アニメーションの制作工程などを分かりやすく紹介するオリジナルコンテンツなども用意されているので、ぜひアクセスしてもらいたい。