記事の目次

    今回は、北米のTVアニメーション業界で活躍している日本人クリエイターをご紹介。アメリカで知らない人はいない「ニコロデオン」。ニコロデオンは、キッズ番組で有名なケーブルテレビチャンネル。そのアニメーション・スタジオでディレクターとして活躍中の古賀理恵氏に、これまでのキャリアを聞いた。

    TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe

    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
    著書に「海外で働く日本人クリエイター」(ボーンデジタル刊)、「ハリウッドVFX業界就職の手引き」等がある。

    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」



    Artist's Profile

    古賀理恵/Rie Koga(Nickelodeon Animation Studio)
    福岡県出身。1999年に東京芸術学園専門学校(※現在は閉校)を卒業後、フリーランスのデザイナーとしてキャリアをスタート。サンライズのTVシリーズに関わった後、2004年にカナダへ留学。2006年に帰国後、サイバーコネクトツーの映像部門で絵コンテと演出を担当。2011年に渡米しLAのNickelodeon Animation StudioでストーリーボードアーティストとしてTVシリーズ『ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ』に参加、現在は同作品のディレクター(演出)を務める。



    <1>海外を目指したきっかけ

    ーー日本での学生時代のお話をお聞かせください。

    古賀理恵氏(以下、古賀):昔から日本アニメはもとより海外の短編アニメやストップモーション、パペット劇など様々な手法でつくられた映像作品にも非常に興味がありました。さらに90年代はCGが一気に台頭してきた時代で、私も専門学校でPhotoshopとAfter Effectsに触れ、映像制作にのめり込んでいきました。学校外では2年に1度開かれる「広島国際アニメーションフェスティバル」という世界中のアートアニメが集結するイベントに行くのが毎回楽しみでしたね。同時に、来日している数々のアーティストと交流したくても自分の英語がダメすぎてほとんど話せない悔しさも味わい、英語の重要性も改めて感じるようになりました。

    ーー専門学校を卒業後はどうされたのでしょう?

    古賀:まずはフリーランスとして、ストップモーション番組の人形制作アシスタントやCM向け絵コンテの補佐、トイコンセプトデザインなどの仕事に関わりました。2001年に自主制作の短編アニメを「文化庁メディア芸術祭」の企画展に応募したところ準グランプリを獲得、それが縁でサンライズのTVシリーズ『OVERMAN キングゲイナー』(2002〜2003)に関わることになりました。ここでの経験はそのまま今の自分に生きていますね。

    ーー海外で働くことを考え始めたきっかけは?

    古賀:日本のアニメーション業界で仕事をする中、海外のプロダクションでは一体どのようなワークフローで制作が行われているのか、実際に目の当たりにしたいと思うようになりました。それで、2004年にいったん仕事を辞め、カナダのトロントに留学したんです。最初の1年はESL(語学学校)に通いつつ、シェリダン大学の短期講習で手描きアニメーションコースを受講、残りの1年はトロント・フィルム・スクールで3DCGアニメーションを学びました。2年間はあっという間に過ぎ、貯金も底を尽いたので仕方なく帰国。今思うと何もかも中途半端なままでしたが「それじゃあ、次はこうしよう」という再挑戦への足がかりにはなりました。帰国後はサイバーコネクトツーでCGアニメーター、絵コンテ、演出としてゲーム内のシネマティックやオリジナルアニメーション映画に関わりました。

    ーー海外の映像業界における就職活動についてお聞かせください。

    古賀:この頃、書籍「ハリウッドVFX業界就職の手引き」を購入、非常に参考にさせてもらいました! 私は2011年に渡米したのですが、このときはすぐに就職活動をしようとは考えていなかったんです。今回は貯金も余裕があったので、当初の予定ではバケーションも兼ねてアメリカ、カナダ、フランスその他ヨーロッパ圏を回って各地のアニメーションスタジオを見学したり、映画祭などのイベントへ赴いたりしてゆっくり就活の準備を始めるつもりでした。英語力もだいぶ落ちてましたし、なにより日本での絵コンテと演出の経験がそのまますぐ海外の現場で通用するとは思えなかったので、まずは現地に行って直にリサーチしようと。加えてアメリカは労働ビザを取るのが極めて難しいことは承知していたので、就活はカナダで行う予定でした。最初の滞在国であるアメリカでは3ヶ月間を使って何か有意義なことをしようと思い、LA郊外にあるConcept Design Academyというアートスクールに通うことにしました。この学校は、パートタイム制で講師陣が全て現役のプロというのが大きな特色です。コース内容もバラエティに富んでいて、例えばEnvironment Design、Visual Development、Concept Design 、Storyboard、Character Design など様々な分野のアートを自由に選択して学ぶことができます。ただし学校法人ではないので、単位や学位を取得できる教育機関ではありません。

    新・海外で働く日本人アーティスト 第4回:古賀理恵

    ディレクションを行う古賀氏

    ーーConcept Design Academyでは、どのようなことを学ばれたのですか?

    古賀:私はここでストーリーボードのクラスを受講したのですが、その初日に自己紹介も兼ねて講師に自分の絵コンテを見せたところ「これだったらすぐに働けると思うよ。確か今二コロデオンがストーリーボードアーティストを募集中だから応募してみたら?」と言ってリクルーターの名刺を渡してくれたんです。まあそんなに上手くいくわけはないだろうと思いつつ、自分のレジュメと絵コンテをNickelodeon Animation Studio(以下、二コロデオン)にメールしてみたところ、その翌日に電話があり明日で良ければスタジオに来てください、と。突然の出来事に緊張しつつスタジオに行くと、当時制作が始まったばかりの『ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ』(以下、TMNT)新シリーズ総監督のオフィスにそのまま通され、軽く会話した後に「じゃあ来週あたりから仕事を始められる?」と、その場でオファーをいただきました。

    ーーすごい急展開ですね。

    古賀:渡米してまだ2週間のことで、喜びよりも驚きの方が大きかったですね。そして、その後がひと苦労でした。その時は6月で、すぐに労働ビザ「H1-B」を申請して取得できたとしても、実際に働けるのは同年10月からという規定があります。後でメールで恐る恐るその話を伝えたところ、ラインプロデューサーからそこまで待てない、と一度断られかけたんです。実はその頃、Warner Bros.からもオファーがあり、そこではビザサポートの話までもらっていたのですが、自分は『TMNT』に魅力を感じていたので、ニコロデオンに「そこを何とか待ってください。お願いします!」と懇願しました(笑)。それが通じたのか、一転OKになり移民弁護士も手配してくれて、その後はトントン拍子に申請に漕ぎつけました。運が良かったことに2011年はリーマンショックの影響が残っていて、6月の時点でH-1Bビザの発給数がまだ上限に達していなかったのです。もし、あと数ヶ月自分の渡米が遅れていたら、スムーズにビザを取れなかったと思います。それだけラッキーでした。

    ▶次ページ:
    <2>ニコロデオンのワークスタイル

    [[SplitPage]]

    <2>ニコロデオンのワークスタイル

    ーー現在お勤めのニコロデオンは、どのようなプロダクションですか?

    古賀:ニコロデオンは、同名チャンネルを所有するキッズ番組の制作スタジオです。『スポンジ・ボブ』を始めとするコメディ物やアクションファンタジー『The Legend of Korra』など、多彩なオリジナルシリーズを制作しています。最初のポジションだったストーリーボードアーティストは、スクリプトから構図や芝居、カメラワークなどを設計し、それを絵に起こす役職です。北米ではアニマティクスを作成し、そこで各ショットの動きのタイミングをほぼ全て決め込むので、必然的にかなりの枚数の絵を描くことになります。慣れないうちは大変でしたが、ストーリーから逸脱しない範囲で、自分のアイディアを盛り込むことを推奨してくれたので、やりがいがありましたね。ノッて楽しく描いていたせいか、総監督も自分のボードを気に入ってくれて、1年ほど前にディレクター(各話演出)になりました。1話につき3人のストーリーボードアーティストが共同で描いているのですが、ディレクターはいわゆる彼らの取りまとめ役です。ボードの指示を出して描き直しも行い、1本のエピソードとしてならすのが仕事です。アニマティクスのタイミング決めやその後のアニメーションチェックも担当します。『TMNT』は日本アニメ的なシネマティックなスタイルの作品なので、自分にはとても相性が良かったですね。今年のサンディエゴコミコンで発表された同作の オリジナル短編アニメ『Turtles Take Time (and Space)』 には監督として参加し、日本のデザイナーや韓国のアニメスタジオと一緒に仕事ができたのは本当に良い経験になりました。

    Teenage Mutant Ninja Turtles | 'Beyond the Known Universe' from Sketch to Screen | Nick

    ーー話は変わりますが、英語や英会話スキルの習得はどのように?

    古賀:既存のテキストの勉強ばかりだと退屈で集中力が続かないという方も多いと思います。自分もそのひとりで、楽しく英語を勉強するために好きな英語圏の映画DVDから音声だけを抜き出して、通勤中や仕事中に繰り返しずっと聞いていました。何度も観た作品なら音声だけでも展開はわかるし、リピートしてるうちによく使われる英語の言い回しや、イディオムに気づくことができるようになります。ただ、どうしても聞き取れない箇所もあるので、当時は英語字幕のある海外版のDVDを購入してそのフレーズをメモ帳に書き留め、スピーキングの練習にも使っていましたね。今ならネットフリックス等の映像ストリーミングサービスがありますし、英語字幕に対応している作品も多いはずですから、ぜひ活用してみていかがでしょうか。

    新・海外で働く日本人アーティスト 第4回:古賀理恵

    二コロデオン・アニメーション・スタジオ25周年記念パーティでのランチ風景

    ーー最後に将来、海外で働きたい人たちへのアドバイスをお願いします。

    古賀:自分の経験からですが、常に海外(自分が行きたい国)へのアンテナを張り続けてください。インターネットで普段から海外サイトをチェックするようにすれば、日本語サイトを追うだけでは知りえなかった情報がわんさか得られるはずです。世界各国で開かれているアート・映像関連のイベントはアーティスト同士の交流も盛んなので、ぜひ一度は足を運んでみてください。それが縁で仕事をオファーされることも実際にあります。もう沢山の方が言われていることだと思いますが、やっぱり大事なのは情報収集と行動力ですね。目指す業界がはっきり見えてくれば自分がやるべきことも見えてきますし、あとは行動あるのみです!

    【ビザ取得のキーワード】

    1.2004年にカナダのトロントへ2年間留学、英語とCGアニメーションを学ぶ
    2.帰国後、2006年から2011年まで日本のゲーム会社の映像部門で働く
    3.2011年に渡米。ニコロデオンのストーリーボード・アーティストとしてH-1Bを取得
    4.2015年から同社のディレクター職。現在、EB-1(グリーンカード)の申請に向け準備中



    info.

    • 新・海外で働く日本人アーティスト 第4回:古賀理恵
    • 【PDF版】海外で働く映像クリエーター 〜ハリウッドを支える日本人 CGWORLDで掲載された、海外で働くクリエイターの活躍を収めた記ことを見やすく再編集しました。「ワークス オンラインブックストア」ほかにて購入ができるので、興味のある方はぜひ!
      価格:1,296円(税込)
      総ページ数:369ページ
      発行・発売:ボーンデジタル

      www.borndigital.co.jp/book/648.html