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第 9 回:さとうけいいち(映画監督)

第 9 回:さとうけいいち(映画監督)

作画でも3DCGでも、つくり手はフットワークの軽さが重要

野口『TIGER & BUNNY』 のOPでも、ヒーロースーツを身に纏った 3DCG の主人公キャラクター(※4)にバックライトを当てて、眼やスーツの一部だけを光らせる印象的なカットがありましたよね。でも本作の場合は、明るい照明でキャラクターをはっきり見せるカットも多かった。方針転換の裏には、どんな考えがあったのでしょうか?

※4:3DCGの主人公キャラクター
『鴉 -KARAS-』と同じように、『TIGER & BUNNY』でも全身を覆うスーツを着用した一部のキャラクターが 3DCG で表現された。

さとう:『鴉 -KARAS-』はどちらかというとマニア向けの作品で、キッズをターゲットにした作品ではありませんでした。でも『TIGER & BUNNY』は当初よりキッズも含め、多くの層に観てほしいと考えてました。『TIGER & BUNNY』を企画していたのはリーマン・ショックが起こった後で、世の中に暗いムードが満ちていた。現実社会の暗さを反映させたような企画が増えるだろうと予想できたので、あえて華やかで芸能的な作品にしようと思ったんです。そこで 3DCG キャラクターはセル画調にせず、光るパーツを増やしてメタリックな表現にしました。昔はいかにも CG っぽいメタリックな表現は避けてきましたが、こんな時代だからこそ、視聴者にキラキラしたものを見てほしいなと。センターのキャラクターに光を当てて、影のエッジはパッキリと表現するのではなく、ぼかしてもらいました。ぼかしの幅が広すぎると気持ち悪くなるので、調度良いギリギリの幅をサンジゲンさんと一緒に探りましたね。影をパッキリ落とすと パカ(※5) が起こりやすくなるので、それを避ける効果もあったんですよ。

※5:パカ
コマごとの線の太さや色のちがいから、映像がチラついて見える現象のこと。

野口:『鴉 -KARAS-』と『TIGER & BUNNY』は 3DCG のキャラクターと作画のキャラクターを混在させるという点では共通していましたが、表現や演出の方向性はまったくちがったわけですね。

さとう:『TIGER & BUNNY』の企画を立てる際には、センターのキャラクターを3DCGで表現する意味を『鴉 -KARAS-』のとき以上に考えましたね。『鴉 -KARAS-』の時代は 3DCG でキャラクターを表現すること自体がチャレンジでした。でも『TIGER & BUNNY』で同じことをするだけでは、もはや意味がないなと。それで、キャラクターのスーツに プロダクトプレイスメント としてスポンサーロゴを貼り付けるというアイデアを思いついたんですよ。2D で貼っていくとなると難しいけど、3D ならロゴが崩れることはない。スポンサーに雇われているサラリーマンのヒーローが、スポンサーのロゴを貼り付けたスーツを着て戦うという設定を前面に押し出せば、CG を使う意味が出る。単純なデコレーション目的のロゴではなく、モータースポーツやサッカーのように実在する企業のロゴを貼り付けたヒーローが活躍するという企画であれば、周囲の納得を得やすいだろうと考えたのです。

野口:確かにロゴの表現は 3D の方が簡単でしょうが、3DCG のキャラクターに演技をさせるとなると苦労は多かったはず。『TIGER & BUNNY』の CG キャラクターは、リミテッドではなくフルモーション主体だったそうですが、どんな理由があったのでしょうか?

さとう:2コマ打ちや3コマ打ち中心にすることも可能でしたが、僕が求める動きではなかった。『TIGER & BUNNY』の場合は、クイックに動く方が気持ち良いと思ったのです。加えて派手なパーツの付いたキャラクターが多かったので、コマを抜きすぎるとパカが発生するという問題もありました。でも作画の方までフルコマにすると馬鹿みたいに枚数が必要になるから、現実的ではない。だから作画の枚数を合わせるのではなく、見栄のポーズを 3DCG と作画で共有させることに気を配りましたね。仮面ライダーの変身前と変身後のポーズが共通していれば同じキャラクターに見えるという、特撮の演出と同じ感覚ですよ。ハンサムなキャラクターは変身しても格好良いポーズだし、オジサンのキャラクターは変身しても力の抜けた前屈みのポーズでなきゃいけない(笑)。

さとうけいいちポートレイト2 さとうけいいちポートレイト3

 

野口:枚数がちがっても、止まった時のポーズが共通していれば同じキャラクターに見えるわけですね。では続いて、今秋に公開された 劇場アニメーション長編『アシュラ』 の演出についても聞かせていただけますか? この作品の場合は全てのキャラクターが 3DCG で、背景の大半は作画、しかも両方の質感を馴染ませるという完全なハイブリッドでしたよね。

さとう:『アシュラ』の場合は私に監督の打診がきた時点で、映像の一部は完成していました。企画段階から自分でつくってきた、それ以前の作品とはスタート地点が大きくちがいました。既に別の人の手で具材が用意されていて、それを使って調理をしてくださいとお願いされたわけですから。とは言え相手が予想しているテイストの、さらに先を表現してみせないとダメだという思いはありましたね。

野口:確かに他の人では、あのテイストは出せなかったでしょう。今の時代に取り組むべきテーマであり、それを表現できるテイストだったと思います。

さとう:『アシュラ』のキャストの方々から「東映アニメがつくって良かったね」と言われたのは光栄でした。アニメ業界を長年リードしてきた東映アニメが、このテーマを選び、興業までやってのけた。流石は東映アニメだと褒めていただけた。その評価はしっかり受け止めるべきだと思いましたね。海外の映画祭でも人種の壁を越えて共感してくれる方々がいましたし、万人ではないけれど、様々な人たちに球を投げ込めたと感じています。

野口:『アシュラ』では光の使い方が非常に上手いと感じました。カメラのレンズに干渉する光や、キャラクターの眼の光など、作画だと難しい表現を成し得ていた。さとうさんには 3DCG が合っているんじゃないかと思いました。実写の特撮なら表現できたけど、作画のアニメではやりたくても成し得なかったジレンマが 3DCG を使うことで解消できたのではないでしょうか?

さとう:作画のアニメであっても立体的に見える表現を選択するのが僕の芸風なので、そういう側面はあったと思います。私が監督を引き受けた時点では、「作画に見えるように」というのが『アシュラ』のコンセプトでした。でも 3DCG を作画であるかのように見せるのは辛いと思ったのです。そうではなく、カメラとキャラクター、キャラクターと背景の間に距離があるかのように見せた方が良いだろうと提案しました。例えば横長の背景を撮影する場合、ほとんどのアニメでは横から光を入れるだけですが、あえてカメラのレンズに干渉しているような光を表現したりね。馬がカメラの前を走るなら、跳ね上がった泥をレンズに付けてほしい。フェイクなんだけどドキュメンタリー感を出したかったから、生っぽく泥臭い演出をしましたね。

野口:そうやってさとうさん流の演出をしていくうちに、画のコンセプトが変化していったわけですね。

さとう:そういった演出スタイルを嫌がる人もいますが、僕は実写と同じ感覚でカメラ割りをしていきます。セリフを使わず、カメラを縦移動させてぐぅ〜っとキャラクターに寄せて感情を表現するとかね。現場の若い 3DCG スタッフは「横移動用の素材しかないから無理です」って戸惑うのだけど、カメラマップにして、カメラをギリギリまでキャラクターに寄せつつ、段階的に背景をぼかしていけば違和感はないんですよ。そういう画づくりができたのは実写の経験があったからでしょうね。『アシュラ』のスタッフは若い人が多かったので、「どんな結果になるか想像できないけど、監督が言うならやってみましょう」と、どんどん実践してくれたのでやりやすかったです。なまじ経験があると専門用語で戦ってこようとしますから(笑)。

野口:素直さは美徳だと(笑)。

さとう:そう、重要だと思います。まずは私の言っていることを紐解いて理解してもらって、どうやったら実現できるかを考えてほしい。キャラクターの感情をあぶり出すためには、カメラをどう動かすのが効果的かという考えが先にくるべきで、技術的に可能かどうかを考えるのは二の次なんですよ。作画でも CG でも、つくり手はフットワークの軽さが重要だと思います。修正が発生したときに、どうやってのりきるか。若い CG のスタッフは、のりきれない人が多いんですよ。レンダリングしてみて、ようやく気付く問題点だってあるんです。なのに「後戻りできません」ってサクッと答えちゃう。「おいおい、映画を観に来るお客さんは1,800円も払って観てくれるんだぞ。戻るべきだろう?」 って思うときもありますよ。ごめんなさいね、やんちゃすぎて(笑)。

野口:3DCG なんだから、作画よりもやり直せる可能性は高いはず。「できません」と即答する前に、改善策を考えてほしいと(笑)。

さとう:どうしても、CG のスタッフは正面突破を考えがちなんですよ。3D だけでつくりきることに捕らわれて、まったくその領域から出てくれないことがある。例えば今つくっている『星矢』の場合、エフェクトの量が凄く多い。全てのエフェクト表現を 3D ありきで考えるのではなく、平面の素材を組み合わせることで立体的に見せる方法を私の方から提案していますね。そういう経験を通して「あの監督は、あのとき、上手く見せて逃げきったな」ってことを学んでくれれば良いなと思っています。どうやってつくったかなんて視聴者は気にしないので、全てを 3D でつくることに一生懸命になる必要はないんですよ。

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