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VR作品『攻殻機動隊 新劇場版 VIRTUAL REALITY DIVER』(VFX制作:WOW、stoicsenseほか)

VR作品『攻殻機動隊 新劇場版 VIRTUAL REALITY DIVER』(VFX制作:WOW、stoicsenseほか)

<4>ショットワーク

全フレーム全アングルで成り立たせる

VRならではの苦労が多くなったのがやはり、ショットワークだ。本作は冒頭の擬態構築、ミッション解説シーンを経て、長尺のメカバトルシーン、クーロン城でのハッキング・内面描写、桜の島でのクライマックスといったシーンから構成されているが、全てのシーンを別会社・別チームで制作している。それぞれのシーンで共通した問題は、VRならではの映像体験の連続性によるところが大きい。カットが分割されず完全に連続し、360度全方位でアクションが続くため、シーンデータの複雑度や、モーションの尺といったものが予想外に大きなものになるのだ。例えばモーションキャプチャならびにモーション制作を担当したMOZOOの棟方さくら氏は、長い距離で連続するアクションを1発ではキャプチャできないため、複数の動きを連続させるため"つなぎのモーション"を非常に多数、手付けで作成する必要があったという。必要なモーション量も純粋に増える。例えば、バトルシーンでは目立たない位置にいるバトーも途切れることなく連続して動いているし、他のキャラクターも同様だ。クーロン城等のシーンでも、視聴者が正面を向いていれば見えない位置にキャラクターがいる場合でも、常にボディとフェイシャルの演技は続いている。

バトルシーンの構築を担当したN-DESIGNの阪上和也氏も、キャラクターの決めのポーズや、メカと絡むシーンでは手付けでモーションを修正する必要があったことを語っている。阪上氏は他の苦労点としてシーンデータの増大を挙げている。バトルシーンではメカのアクションによって地割れが発生する表現があるが、これだけでシミュレーション要素を含めて2GBという大きなデータになった。しかし複数カットに分割して適当に省略することができず、シーン全体を通じてフルにデータを残すこととなり、Mayaのレスポンス低下が顕著で効率面での苦労が絶えなかったとしている。

UNITの柴田実久氏および 仲本政光氏が担当したクーロン城のシーンは特に尺が長く、背景要素も広大なため、3K解像度立体視でのレンダリング時間を当初から懸念していたという。地道にモデリングすることで最適化を図ったものの、通常のHDコンテンツのように「見えない部分を省略」することがほとんどできないため、ざっくりとした印象としては、2.5~3倍の手間暇がかかったとしている。またこのシーンでは素子が長い距離を移動しつつ、数分のシーンを通じてずっと演技をしているため、モーションの調整にも大変な苦労があったようだ。

そういった"省略できなさ"が制作コストに直撃したのが冒頭の擬態構築シーンだ(担当:SANTY/中澤正浩氏)。6本のアームが複雑に連動し、100を超える部品点数を組み上げて素子のボディを作り出していく。ノンVRコンテンツであればカメラに収まる部分だけを作ればいいが、VRでは360度全方位でごまかしが許されない。結果として6本のアームの動きを全て正確につくり込む必要があった。アーム同士や各パーツ、ケーブル類が衝突しないよう完璧に調整していく作業の難度・物量は想像を絶する。常に複雑に動き続ける背景要素も頭痛の種で、レンダリング時間を短縮するため、レンダリング結果をテクスチャ化するFlatironプラグインを利用。なお、このシーンの最後で描かれる素子の裸体は、スーツありきのプロポーションで男女問わず美しく見えるように調整された1点ものとなっている。このようにVR作品では、1つのシーンに含まれる情報量が従来型の映像コンテンツに比べて数倍となるのが常となる。これまでとはちがった見積りの立て方や、シーン構築上のテクニックなど、まだまだ研究の余地が大きい分野だ。とは言え、これらの制作を監督した東監督は「VRの本命はリアルタイム」と考えており、その挑戦はまだ始まったばかりだ。

【セットアップ】



バトル演出として、素子が左腕に仕込んだギミックガンを撃つという芝居があるのだが、そのメカ構造(パーツ)の作成も帆足氏のチームが担当し



  • ATTICのリチャード・ハウ氏が開発したリギングシステム。[Studio Attic Mocap Connector]と名付けられたツールを使い、MOCAPデータをリグに流し込む



  • 続けて[CharacterSetup Creator]というツールを使い、①Pole Vecto(r 極ベクトル)を配置、②ジョイントの作成、③セットアップのファイナライズという3段階で手早くリギングできる




素子のボディリグ

左腕に仕込んだ開閉アトリビュートでギミックガンを開いた状態

【モーションキャプチャ】


MOZOOのスタジオにおける収録の様子。2日にわたって行われたが、カット点(フレームイン/アウト)の概念が存在しないため、アニメーション工程に進んでからもMOZOOによる自主的な追加キャプチャが適宜行われたそうだ。なおATTICのリグシステムはキャプチャのデータ変換も優れているため、MOZOOとしては通常と同じ要領で収録が行えたとのこと


(左)Kinectによるフェイシャルキャプチャの様子。(右)精度の高いフェイシャルがマーカーレスで手早く収録できるということで今回はfaceshiftが用いられたが、faceshiftのターゲットモデルと本作のキャラクターモデルではトポロジーが異なるため、ShrinkWrapによる調整や、小薬氏が作成したモーフターゲット(図中・右)を併用するなど、手付けによる修正が多く求められたそうだ

【Scene:義体構築】


素子の義体が組み上がっていく様を描いた本シーンは、表現としてはもちろん、求められる作業も他のシーンとは大きく異なるため、SANTYの中澤氏によって胸、腰など体のプロポーションが調整された


素子のモデルとメカモデルを組み合わせて加工・調整した義体のパーツ素材。かなり細かくパーツ分けされているため、ロボットアームにはブロック単位でパーツを運ばせることでアニメーションとの整合性がとられた



(左)カメラの背後でパーツを掴むアームの動き(カメラビュー)。(右)同じフレームのパースビュー。3ds Maxのシーン内でパーツやアームが交差(衝突)しないように動きを設計する必要に迫られたことが窺える

【Scene:港湾でのバトル】



N-DESIGNがショットワークを担当したバトルシーンでは、ケレン味あるアクションに仕上げる上で動きのストレッチが随所に凝らされた。「ストレッチ処理をかける際は、Maya標準のシーンタイムワープ機能を活用しています。キャッシュは約10倍に増えてしまうのですが、エフェクトなどダイナミクスとの破綻を回避することができました」(阪上氏)


爆炎エフェクトの作成例

【Scene:クーロンシーン(防壁迷路)】

織部が電脳空間内に作成した防壁迷路のビジュアルとして、香港の九龍城を彷彿とさせる高密度で狭い空間が描かれた。旧劇場版を連想させるシーンだが、背景セットの作成からショットワークまでUNITが一手に担当した


クーロンシーンにはショーウインドウに壊れた素子の義体が5体並んでいるという表現が登場する。「素子のモデルは1体でも非常に高密度なのですが、それが複数体。デッドラインとレンダリングコストの兼ね合いを考えると辛かったですね(苦笑)」(柴田氏)

【VRにおけるモニターグラフィックス】


360度、そしてS3Dへの対応という意味ではモニターグラフィックスも一筋縄ではいかなかった。冒頭のミッション解説や桜の島シーンに登場するモニターグラフィックスは、digidelicの小嶋裕士氏が担当した。余談だが、このシーンでは舞い散る桜の花びらとキャラクターアニメーションの整合性をとる のにも苦労したそうだ

「通常はAfterEffectsで仕上げるのですが、どのアングルからも破綻なく、なおかつ常にアニメーションさせ続ける必要があったので今回は全ての素材を3ds Maxに読み込んで完成させました。そのためレンダリング負荷にも悩まされました」(小嶋氏)

攻殻シリーズと言えば、電脳空間の表現もお馴染みである。本作でも庄野晴彦氏(Will)によって、しっかりとVRで再現された

info.

  • 『攻殻機動隊 新劇場版 VIRTUAL REALITY DIVER』
    全国の「VR THEATER」導入ネットカフェにて上映中(詳しくは公式サイトを参照)

    原作:士郎正宗/クリエイティブディレクター:浅井宣通/構成:藤咲淳一/キャラクターデザイン:黄瀬和哉/企画:プロダクションI.G/監督:東 弘明
    © 士郎正宗・Production I.G/講談社・「攻殻機動隊 新劇場版」制作委員会
    www.sign.site/koukaku_vr


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