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第3回:There's no map to human behaviour 〜『Björk Digital-音楽のVR・18日間の実験』〜

第3回:There's no map to human behaviour 〜『Björk Digital-音楽のVR・18日間の実験』〜

<4>"Your spirit entered me"

Warren du PreesとNick Thornton Jonesの共同監督による"Not Get VR"は、親密さの度合いの進化において、最も高いレベルに達している。展覧会の3つ目の部屋では、鑑賞者は2人ずつブースの中に立つ。この"Not Get VR"でビョークはIntelさらにREWINDとコラボレーションした。つまり、HTC Vive VR体験を生み出すために、描画されたビョークの姿は、光の存在へと進化したのだ。HMDに接続されたコンピューターの強力なグラフィックス処理によって、より高いリフレッシュレートでの素晴らしいVR体験を可能にした。完全に没入感があり、息を飲むようなビョークのデジタルフォームを開発するために、モーションキャプチャ、高解像度3Dスキャン、ビデオグラメトリ技術が使用されている。残念ながら、まだ描画されたビョークとインタラクティブに関わる方法はない。プロデューサーのPaul Clay氏によると、彼は現行の"Not Get VR"は完成しているととらえているが、ビョークは未完成であると考えているそうだ。

連載"Virtual Experiences in Reality"第3回:Björk Digital

© REWIND VR

アルバムのブックレットでは"11months after"というサブタイトルをもつ"Not Get"は、ビョークの傷がどのように癒え、彼女が失った愛する人の魂がどのように彼女の中に入ってくるかを表現する。私はビョークのパーソナルなパフォーマンスを目撃する。彼女は自身の姿を絶え間なく進化させ、変化を続ける。彼女はほとんど私たちの内部で踊り続け、私たちは何が起きているのかを完全に把握するのは難しい。一見するとビョークと2人きりでいるようだ。様々な色の光の粒子が輝き、赤―黄―橙の周囲の空間を神経質に放射する。全ての痛みと傷を経て、色彩は暖かさを感じさせ、希望を与え、楽観的な雰囲気を生み出す。
今回のマルチメディア体験において、色彩の驚くべき役割が明らかになった。『Vulnicura』のカバーアートでは、ビョークはタイトな黒の衣装を身にまとい、そこから青と黄の火花が放射状に広がっている。傷ついた心と共にある黒の闇、極限の哀しみと孤独が、たまにしか起きないが、たしかに生じる明白に幸福な瞬間とコントラストをなす。全ての痛みと哀しみを経験したのち、私たちはつつましやかであろうと求め、学ぼうとするのだ。傷つきやすくない者など存在しない。"Björk Digital"はこうした経験を通して、彼女とともにいることを可能にする。私たちは音楽と一体となったVRテクノロジーが完璧にもたらすこの旅路において、ビョークと2人きりになるのだ。

<5>"Initiate a touch"

正直で隠すことない感情表現を果たしたアルバム『Vulnicura』のVR展示のあとは、『Vulnicura』の前作『Biophilia』の展示へと進む。当時のビョークの関心と試みは、音楽、自然、テクノロジーをひとつのアートへと結合させる点にあった。そのためには、単にアルバム『Biophilia』だけでは十分でない。ドキュメンタリー、ワークショップ、2年間のツアーに加えて、ビョークは10のパーツからなるモバイルアプリケーションを開発した。
ビョークは彼女自身にとって、このアプリケーションは非常に重要な意味を持つと言う。彼女は子どもたちのための音楽教育が充分になされていないと考えており、それを改善するために、科学と音楽の結合を利用したいと望んでいる。事実、ビョークの開発したアプリケーションは、北欧の学校の授業で活用されている。高度かつ野心的なこのソフトフェアのために、ビョークは新たな楽器と記譜法も開発した。ワークショップでは、子どもたちはこのアプリケーションを使って、どのように直感的に作曲するかを学べるのだ。

連載"Virtual Experiences in Reality"第3回:Björk Digital

© Santiago Felipe

『Biophilia』という言葉は、人間と他の生物との自然の絆を表現している。ビョークは耳に聞こえるものだけでなく、結晶成長のような自然現象さえも生み出そうとし、また、私たちに人間と音楽について教えたいと考えている。アプリケーションを起ち上げると、ユーザーはアルバム『Biophilia』に収録された曲にちなんで名付けられた10の星からなる銀河へ飛び込む。銀河を飛行している時にユーザーの耳を舞う周囲音は、彼女の音楽の断片である。それは驚くほどに没入感のある冒険をもたらす。
星のひとつに触れると、今度はより小さな宇宙へ導かれ、ミニアプリケーションが起動する。ユーザーは星の由来となっている音楽を聴くこともできるし、新たなバージョンをレコーディングし、聴くことが可能だ。ミニアプリケーションのひとつ"VIRUS"では、ウィルスが人間の細胞を攻撃する。ユーザーはウィルスが攻撃する際に、流れている音楽を停止させるか、継続させるかを決定できる。攻撃が止めば、音楽もまた休止する。つまり、細胞のウィルス感染が続くのを認める場合にのみ、ユーザーは残りの音楽を聴き続けられるのだ。アプリケーションデザイナーであるScott Snibbeはこのアプリケーションについて、「これは、細胞とウィルスの一種のラブストーリだ。もちろん、ウィルスは細胞を愛しすぎて、それを破壊してしまう」と表現している。

<6>"It's growing silently"

展覧会の最後の部屋では、ビョークがつくり出してきた偉大なる映像は、本展のためにキュレーションされた2時間にわたるミュージックビデオにまとめられている。2DからVRまで、5.1chのシネマサウンドで、ビョークの全てのミュージックビデオを今までにないクオリティで鑑賞できる。また、一連のミュージックビデオを通して、尽きることのないアイデアが、決して彼女を反復に陥らせないことを深く理解する。また、30年の長きにわたって新たに生み出された全てのアルバム、仮面、衣装は、作品に彼女自身を語らせるがゆえに、かえってビョークが本当の彼女の姿を隠そうとしているようにも感じられる。この2時間のミュージックビデオは、これまでどのように彼女の音楽とアートがジャンルの境界を超越してきたかを雄弁に物語っている。

連載"Virtual Experiences in Reality"第3回:Björk Digital

© Santiago Felipe

<7>"What probably confuses people is they know a lot about me, but it quite pleases me that there's more they don't know."

ビョークは常に彼女のパーソナリティを示すために、シュールなイメージや歌詞を使用してきたが、同時にこうした表現によって、彼女自身を保護し隠してきた。しかし、今回の展示で、私たちはかつてないほどにビョークに近づくことができる。彼女の人生における最も痛ましい出来事の後に生じる感情の深淵をめぐる旅へと向かう。ビョークは彼女と2人きりの世界へと私たちを誘い、彼女はそこで私たちに合図し、そして痛みと進化について語るのだ。
3つのVR体験を通して、私たちはますますビョークに近づき、ある時点にくると彼女と2人きりであると感じるようになる。『Vulnicura』が彼女の内面の宇宙への視点をもたらすように、『Biophilia』のアプリケーションでは、宇宙を俯瞰する視点をもたらす。まるで映画のように体験できるミュージックビデオの展示では、私は畏怖の念をもって、これらのビデオが彼女の集大成であるように感じていた。しかし、彼女に終わりはない。さる2016年6月28日(水)にここ未来館で行われたビョークのスペシャルライブ撮影は、真のアーティストとは何たるか、という問いに対する私たちの期待をさらに拡充しつづけてくれるにちがいない。

[注記]
本稿のタイトル、各パラグラフの見出しは、最初と最後を除き全てビョークの歌詞を引用している。本稿タイトルは"Human Behaviour"(アルバム"Debut"に所収)、パラグラフ<2>は"Stonemilker"、<3>は"Mouth Mantra"、<4>は"Not Get"(いずれもアルバム『Vulnicura』に所収)、パラグラフ<5>は"Sacrifice"(アルバム『Biophilia』に所収)、パラグラフ<6>は"Hit"(ビョークのかつてのバンドThe Sugarcubesのアルバム『Stick Around For Joy』に所収)より引用した。そして<7>のみ、下記のIMDbインタビューより引用した。
imdb.com/name/nm0001951


TEXT_ターク・ベンヤミン( 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科博士課程)
翻訳・編集:橋本まゆ(ロゴスコープ)

Written by Benjamin Tag, PhD Student, KEIO University, Graduate School of Media Design
Translated by Mayu Hashimoto(logoscope)



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    株式会社ロゴスコープは、Digital Cinema映像制作における撮影・編集・VFX・上映に関するワークフロー構築およびコンサルティングを行なっている。とりわけACES規格に準拠したシーンリニアワークフロー、高リアリティを可能にする BT.2020 規格を土台とした認知に基づくワークフロー構築を進めている。最近は、360 度映像とVFXによる"Virtual Reality Cinema"のワークフローに力を入れている。また設立以来、博物館における収蔵品のデジタル化・デジタル情報の可視化にも取り組んでいる。

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