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    2016年5月19日(木)、ソニー株式会社(以下、ソニー)は、極めて微細なLEDを用いた独自開発の高画質ディスプレイ技術CLEDIS™を採用したディスプレイシステムの発売をアナウンスした(※1)。このプレスリリース文では、「CLEDISディスプレイシステム」(以下、CLEDIS)により、既存のディスプレイで表現しきれなかった映像体験やよりリアルな映像再現が可能になることが示唆されていた。今回は、このCLEDISの登場により、今までのディスプレイに比べ視覚体験がどのように拡張されるのか見ていきたい。

    ※1:www.sony.co.jp/SonyInfo/News/Press/201605/16-053/

    <1>LEDによるディスプレイ技術

    ソニー独自開発のLEDを用いた高画質ディスプレイ技術CLEDIS(クレディス)では、極めて微細なR(赤)/G(緑)/B(青)のLED素子を自発光させるディスプレイ方式を用いている。そのRGBを1画素とするLED光源のサイズは、0.003 mm2と極小だが、最大1,000cd/m2もの高輝度出力を行うことができる。CLEDISの1ユニットは403x453mmの大きさを有し、前述のLED素子が1ユニット辺り320x360個並べられている。このような構成では、LED素子以外の発光しない部分面積の割合は99%以上となる。このように微細な発光部では、反射率が低い黒色の素地の割合が大きくなるため、環境光やLEDが発光した光の反射光の影響を受けにくくなる。そのため、公称100万対1以上のコントラストの表示が実現可能となっている。

    • 連載"Virtual Experiences in Reality"第4回:ソニー「CLEDIS」ディスプレイシステム
    • 光源サイズ 約0.003mm2、黒色が占める面積は99%以上と公表されている(※画像はイメージ)


    一方で、映画で用いられてきたプリントフィルムのコントラストはどのようなものだったのだろうか。KODAK Vision 2383のプリントフィルムを例にとると、フィルムのD-レンジが3.2、約1,600:1のシーケンシャルコントラストを有す(※2)。これは現在劇場で用いられているデジタルシネマプロジェクターと同等のコントラストだ。KODAKが1977年に発表した Vision Premier は、D-レンジ3.6、4,000:1に迫るコントラストを有していた。しかし、ハイライト、ミッドトーン、シャドウなどを様々な明るさを含んだ画像をプロジェクションした場合、レンズなどの光学系で起きるベイリンググレアや、劇場の客席や壁から反射する迷光のスクリーン面への影響などにより、シャドウ部が持ち上げられてしまうため、見かけ上のコントラストはシーケンシャルコントラストより大きく下がってしまう(※3)。また、映画のスクリーンは100%に近い反射率を有すため、CLEDISの黒素地に比べ、反射光の影響が強くなるはずだ。もし、劇場にデジタルシネマで規定される48cd/m2のピーク輝度に設定されたCLEDISを持ち込めば、迷光の影響が減ることにより暗部がより締まり、フィルム上映に比べ、より高いコントラストでの映像体験となるだろう。

    連載"Virtual Experiences in Reality"第4回:ソニー「CLEDIS」ディスプレイシステム

    Color and Mastering for Digital Cinema, Glenn, Kennel, p.25

    ※2:Color and Mastering for Digital Cinema, Glenn, Kennel, p.23
    ※3:How Black is Black in a High Dynamic Range (HDR) Cinema?, Pete Rude, NAB Show's Technology Summit on Cinema 2015


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    <2>スケーラブルなディスプレイシステム

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    <2>スケーラブルなディスプレイシステム

    CLEDISは、403x453mmの大きさを1ユニットとして、縦横にシームレスに連結可能なシステムとなっている。2016年6月8日(水)~10日(金)にわたって開催された 「InfoComm 2016」 にて行われたデモンストレーションでは、144枚のユニットをつないで9.7x2.7mのディスプレイサイズで約8Kx2Kとなる高解像度ディスプレイシステムとして映像展示を行なっていた(※4)。仮にユニットを横24枚、縦6枚用いた9.67x2.72m (7,680x2,160)のCLEDISに対して、視力1.0の人がピクセルを弁別できない視聴距離(視角1度に対して60ピクセル)である2.36mの位置から鑑賞すると、水平方向の視野角が128度になり、高い臨場感を得ることが可能である。さらに、NHK技研が奥行き感を得ると提唱する視聴距離(視角1度に対して120ピクセル)である7.76mまで下がると、視野角64度と狭まる。しかし、本システムは縦横にシームレスにスケーラブルであるがゆえに、見かけの解像度を保ったまま、上下左右にその視野角をパノラマ的に増幅させることができる。CLEDISは高精細さを保ちつつ物理的に巨大なサイズを実現でき、かつ自由なアスペクト比を可能にする、スケーラブルなディスプレイシステムなのである。

    スケールやアスペクト比という観点においては、伝統的に絵画の状況は自由だった。様々なスケールやアスペクト比が採用されて、近代では、高さ14m以上、周囲120m(360度)の絵画まで出現した(※5)。一方で映像の上映に関しては、フィルム(1.33:1、アカデミーなど)、DCI規格(2,048x1,080、4,096x2,160)や放送規格(1,920x1,080やその整数倍である3840x2,160、7680x4320など)のフォーマットに合わせた上映機器が開発され用いられてきた。そのため、映画で用いられる2.35:1のシネマスコープや、マルチスクリーン上映(※6)などを行うためには、既存のフォーマットをマスクしたり、または組み合わせたりする必要があった。一方、CLEDISのようなシステムはもともとマルチユニットを組み合わせているため、映像作家は、解像度の不足を気にする必要なく、必要なスケールやアスペクトのフレーム、マルチフレームを得ることができる。

    ※4:[InfoComm2016]Vol.02「新時代のディスプレイ表現の世界〜CELDISの魅力」 www.pronews.jp/special/20160629180258.html
    ※5:Scheveningen, Hendrik Willem Mesdag, 1881 www.panorama-mesdag.nl
    ※6:Star Trek Beyond (Barco Escape Theatre) www.ready2escape.com


    <3>120Hz のハイフレームレート

    絵画のように自由なスケールやアスペクト比を持ち、ステンドガラスや窓からの光のように、広色域や高コンラストを達成できるCLEDISディスプレイシステムは、さらに120Hzのリフレッシュレートで駆動する。われわれは、120fpsのハイフレームレートモーションピクチャー(HFR)を、大画面かつピーク輝度1,000cd/m2という高輝度のディスプレイで見る機会は恐らくなかっただろう。映画史を遡ってみても、間欠的にフィルム送り機構によりブラックフレームが挿入されるフィルムプロジェクションシステムでは、24fps又は拡張された60fpsであっても、大画面かつ高輝度のスクリーンであればフリッカーを感じてしまい、滑らかな映像を視聴できなかっただろう(※7)。

    また、『ホビット』三部作のハイフレームレート(48fps)への挑戦を最後に、24fps以外の映画を日本の劇場で見る機会はなかなか訪れなかったが、2016年11月公開予定のアン・リー監督の新作『ビリー・リンのロングハーフタイムウォーク』(原題:Billy Lynn's Long Halftime Walk)は、4K、3D、120 fpsのHFRフォーマットで制作されているようだ(※8)。監督の意図したこのような特殊なフォーマットで上映できる館が日本に存在するのかどうかは定かではないが、このHFR映画は今後のHFR映像の起爆剤となりそうだ。

    <4>CLEDISの視聴体験

    2016年6月16日(木)、筆者はCLEDISディスプレイシステムを、日本国内の内見会にて見る機会に恵まれた(※9)。HDRのEOTF設定で上映された様々なシーンの映像の中には、鮮烈な赤色ボディのCG車体や、湖面に映る山脈が映る実写映像など様々であった。それらの中でも際立っていたのが、夜空に打ち上げられる花火を屋内から見るシーンの映像だった。ディスプレイ展示空間の薄暗い環境光も相まって、適切な鑑賞距離からCLEDIS上に映った映像を眺めると、リアルな窓の向こう側の夜空と花火を見ているような、今までの映像体験を超える臨場感をえた。一方で、視野角100度を覆い、映像と外界の境界(フレーム)のないHMDデバイスを用いたリアリティの高いVRコンテンツが話題になっている。CLEDISによるディスプレイシステムは、フレームレスでありつつ、広視野角、高輝度、高解像度、ハイフレームレートなど、高リアリティを得る要素の詰まった究極の2次元ディスプレイと呼べるのではないだろうか。"フレーム"の向こう側に究極のリアリティの世界があるCLEDISでは、今後、どのような映像体験が待ち受けているのか大変興味深い。

    ※7:Contrast Sensitivity of the Human Eye and Its Effects on Image Quality, P. G. J. Barten,p.113
    ※8:www.hollywoodreporter.com/behind-screen/nab-ang-lees-pushing-envelope-880076
    ※9:av.watch.impress.co.jp/docs/news/1005649.html


    TEXT_亀村文彦(ロゴスコープ) / Fumihiko Kamemura(Logoscope



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      株式会社ロゴスコープは、Digital Cinema映像制作における撮影・編集・VFX・上映に関するワークフロー構築およびコンサルティングを行なっている。とりわけACES規格に準拠したシーンリニアワークフロー、高リアリティを可能にする BT.2020 規格を土台とした認知に基づくワークフロー構築を進めている。最近は、360 度映像とVFXによる"Virtual Reality Cinema"のワークフローに力を入れている。また設立以来、博物館における収蔵品のデジタル化・デジタル情報の可視化にも取り組んでいる。

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