記事の目次

    「キャラクターをつくりたい」という動機から、3DCGやイラストレーションの制作に挑戦し、「これを仕事にしたい」と考えるようになる人は数多くいる。そんな人たちの自己分析と業界研究の足がかりにしてもらうため、本連載では様々なゲーム会社やCGプロダクションを訪問し、キャラクター制作に従事しているアーティストたちの仕事内容やキャリアパスを伺っていく。

    第14回は、スマホ向けRPG『Fate/Grand Order』の開発・運営などを行うディライトワークスが登場。同社が発表した新規ゲームプロジェクトのコンセプトアートの制作記録を事例に、同社アート部の「ディライトアートワークス」という組織に所属するアーティストたちの仕事を前後編に分けて紹介する。9月5日公開の前編(約12,500文字)に続き、後編も約13,000文字におよぶ長文記事だが、「ドラマのあるアート」をつくるための葛藤と試行錯誤を、実際の制作記録を使って徹底解説していくので、ぜひ最後までお付き合いいただきたい。

    TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

    最悪、最後は自分が引き取れるようにしておく

    ▲左から、直良有祐氏(クリエイティブオフィサー/ジェネラルマネージャー/アートディレクター)、神尾晶平氏(アーティスト)、角 崇康氏(マネージャー/アートディレクター)


    CGWORLD(以下、C):「アイデア出し その4」では土星の輪のようなモノが追加されましたね。

    神尾晶平氏(以下、神尾):......何で描いたんだろう? 細かいことは、もう覚えてないですね。まだ葛藤していたんだと思います。

    直良有祐氏(以下、直良):葛藤と焦りが見えますね。まだ、コンセプトとディテールの間で行ったり来たりしている(笑)。

    卵だけ塗りたくてブラシのお試しもかねて塗ってしまいましたが、本日分の進捗をアップします。
    
    ・土星の輪のようなモノはお試しで入れてみました。
    ・卵の中ありバージョンになっています。
    ・背景には惑星を2つ置いてみました。
    ・飛行機は、クジラ型の飛行船っぽいモノと、ドラゴンの2つで、異世界感を出していければと。
    ・卵の上の方の建物はアタリ線を残し、鉛筆の斜線による影で、落書き風味を出すイメージです。
    
    下に落ちていったアイデア(建物というか瓦礫)には、レゴブロックのような結合部をつけたら、「アイデア」=「おもちゃ」→「楽しい」になるかなぁと思ったのですが、窓枠があるので、映るかどうか確認しながら進めます。
    

    ▲【上】神尾氏による「アイデア出し その4」/【下】神尾氏が記した進捗報告


    ぱっと見で気になった点をあげます。
    
    ・ファンシーになるので、土星の輪は止めた方がいい。
    ・卵の割れ方、中のモノも含め、元々そういうカタチをした建築物に見えます。あふれ出る、生まれるからは遠いです。
    ・下の建物が近すぎで、奥行きを殺しています。
    ・距離感とスケール感がない。
    
    最悪、描ききれてなくてもメッセージとして成立するので、卵の中は何でもいい。
    まずはしっかりとレイアウトを固める。巨大な卵に見えないのが致命的ですので、そこをしっかりやってください。
    

    ▲神尾氏の「アイデア出し その4」に対する、直良氏のフィードバック


    C:ここでの直良さんによる「巨大な卵に見えないのが致命的」という指摘は、読むだけで胃が痛くなります。そして、この指摘が角さんと神尾さんを終盤まで悩ませることになりますね。

    角 崇康氏(以下、角):はい。卵の中のアイデア出しもさることながら、レイアウトでも、着彩でも、ポリッシングでも「卵の距離感とスケール感」が大きな課題になりました。どのくらいのサイズの卵が、どのくらい遠くにあるのか、どのくらいの高さに浮かんでいるのか......、それが伝わる絵づくりが本当に難しかったです。

    神尾:この頃の記憶はほとんど残ってないです(苦笑)。たぶん「俺、才能ねえ」としか思っていなかったです。

    • 「絵を描く資格がないんじゃないか」と思うくらいまで、自分で自分を追い詰めていた記憶がうっすらあります。でも、もう1人の自分が「いや、やれ、ばか」って言うから「はい」って、踏ん張っていましたね。


    :私は結構鮮明に覚えていて、「病んできたな」というのが雰囲気だけで見てとれるくらい、神尾は追い込まれていました。

    C:ちなみにこの頃、お2人はほかの仕事も抱えていたのでしょうか?

    :私は別の新規タイトルのプロジェクトにも併行して関わっていましたが、神尾には「今はこれだけに集中してください」と伝えていました。

    窓枠付近にアーチや建物を配置すれば、ディズニーランドの入り口みたいに、抜けた先が広く見える効果が出るんじゃないかと思って描きました。フェスティバル感で楽しい雰囲気を出そうと思って、風船と紙吹雪を少し。空に浮遊島を置くと、空いた空間を埋めつつ、遠近感を出せて卵に目線が行くのでは、と。
    

    ▲【上】神尾氏による「アイデア出し その5」/【下】神尾氏が記した進捗報告。これに対する直良氏のフィードバックは口頭でなされたため、記録は残っていない。窓枠付近のアーチや建物、フェスティバル感、手前の浮遊塔などのアイデアは「ファンシーになる」「距離感とスケール感を出しきれない」などの理由で却下された


    目安ではありますが、進行イメージを共有します。
    
    ・8月21日(19:00)ラフレイアウト見極め→共有・確認
    ・8月23日 線画完成
    ・8月24日 着彩
    ・8月25日(19:00)完成
    ・8月28日(〜10:00)直良予備
    

    ▲8月21日に直良氏が提示したスケジュール


    C:ここで直良さんの提示したスケジュールが、緊張感に満ちていますね。そして、最後の「8月28日(〜10:00)直良予備」というのが意味深です。

    直良:2人とも焦りが大きかったと思うので「こういうテンポでどうですか?」と、投げかけてみました。同時に「最悪、最後は自分が引き取れるようにしなきゃならんかな」と思い始めていましたね。「直良予備」というのは、引き取るためのセーフティーゾーンです。

    C:やはり、そこまで視野に入っているんですね。客観的に見ると、素晴らしいチームワークだと思います。生半可な覚悟では参加できないとも思いますが。

    神尾:覚悟というか、「負けてはならぬ」みたいな意地がありましたね。ここで折れてダメになったら、自分の実力がその程度ということだから、悔しいよなと思っていました。

    「一緒につくりましょう」というメッセージが伝わらない

    C:で、「アイデア出し その6」では羽根が生えましたね。

    ▲神尾氏による「アイデア出し その6」


    塩川とは、羽根で通すにはもうひと捻り必要かも......と話してます。なのでそこのネタを考えつつ、昨日話したように手前から線画を進めてください。
    

    ▲神尾氏の「アイデア出し その6」に対する、直良氏のフィードバック


    ・8月22日 キャラクターの線画と、シルエットがわかるようにベタ塗り
    ・8月23日 卵を除く背景の線画(カラースクリプトっぽく色を置いてみる)
    ・8月24日〜25日 線画が決まったら、着彩開始、卵の部分の最終決め
    

    ▲8月22日に神尾氏が提示したスケジュール


    直良:羽根は、2人のアイデアですね。「この先は、神尾の相談にのるだけでなく、ゴールまで一緒に並走してほしい」と角に依頼しました。

    :神尾が卵の中にこだわっていたので、いったん原点に立ち返り「そもそも、この絵のコンセプトは何だったのか?」を2人で再確認しました。

    • 「『新しいモノが生まれる』『育てよう』というメッセージを伝えることが重要なのであって、『卵の中に何があるか?』はそんなに重要ではないですよね」という話をして、「生まれる」という言葉から「羽根が生える」というビジュアルをイメージしました。


    C:そのアイデアに対し、直良さんは「ひと捻り必要かも......」と返していますね。

    直良「窓の外がとにかく魅力的!」「未完成感を出す!」というのが、塩川と私の提示した方針でした。そこに羽根を描いてしまうと、余白感が消えて、わかりやすくなりすぎると思ったんです。「新規ゲームプロジェクトが生まれます」というメッセージにしかならず、開発者に向けた「まだ見ぬ作品を、一緒につくりましょう」というメッセージが伝わらないと感じたので、それを伝えるための「ひと捻り」が必要だろうという話をしました。

    C:この段階になっても、先行するディテールに対して「メタファーとしての機能を考えましょう」という引き戻しが発生しているところに、揺るぎない信念を感じます。

    直良:そこは、多分ギリギリまでやってしまうものだと私は考えます。もちろん、スケジュールを完全に壊してまでやったり、誰かがぶっ倒れるまでやったりする必要はないですが、できる限り突き詰めるべきところだと思います。

    次ページ:
    一連の動作が「見える」絵の方が
    ドラマチックになる

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    一連の動作が「見える」絵の方が、ドラマチックになる

    ・8月23日 卵以外の線画を進める。カラースクリプトもつくりつつ、背景中心で進めています。キャラクターもベタ塗りで色を置けたらいいなぁ
    ・8月24日 着彩と微調整
    ・8月25日 卵に集中しながら、調整。完成予定
    

    ▲【上】神尾氏による「線画」/【下】8月23日に神尾氏が更新したスケジュール


    C:さて、卵の中が確定しないものの、いよいよ線画に着手しましたね。女の子のポージングが変わっていますが、どういう意図があったのか、教えていただけますか?

    神尾:最初のポージングは、ただ単純に「かわいい」だけで、卵を見て驚いているのかどうかすら伝わりませんでした。何気なく外を見たら、思いがけない世界が広がっていることに気付いた瞬間の、女の子の驚きが伝わるポージングにしようと思い、変更しました。

    直良「絵の中で、ちゃんと時間がながれていた方がいい」という話をしたように記憶しています。この瞬間の前後も含めた、女の子の一連の動作が「見える」絵の方が、ドラマチックになりますからね。

    C:一方で、女の子の前後に座っているクラスメートには何も見えておらず、ポージングにも動きがない。このコントラストは、最初から計算していたのでしょうか?

    直良:はい。この女の子にだけ見えていて、彼女にだけ光が当たっている絵にすることで、「すごいモノを見つけた」というメッセージを表現しています。そこは最初からブレていないのですが、窓の奥が決まらず難航しましたね。

    チームがあるのに、自分1人で背負い過ぎてつぶれる人もいる

    [8月23日の報告]
    ・背景の線画のアタリ。
    ・卵の中は、セミの羽化したての色が命の色だと感じたので、色を置きたくなって置いてみました。
    ・空の色は、雲とのバランスを見て濃くするかどうか決めつつ、下の方にはちがう色を入れて幻想的に。
    ・エイやゲートのような異物は、足したり減らしたり移動したりが予想されますが、大体これくらいの存在感だろうというひな形で配置しました。
    

    ▲【上】神尾氏による「着彩 その1」/【下】神尾氏が記した進捗報告


    昨日も念押ししたけどね、卵は手をつけない。考えるとこまでって言ったじゃない。
    周りを先にどんどん進めてください。卵はその後でじっくり。よろしくお願いします。
    

    ▲神尾氏の「着彩 その1」に対する、直良氏のフィードバック


    C:線画の次は着彩ですが、思わず卵に手をつけた神尾さんが、ピシャリと直良さんに叱られてますね......。どちらの気持ちも理解できるので、これまた胃が痛くなります。

    直良:このときは、軽くイラっとしました(笑)。卵の中を詰めてしまっているのに加え、卵の下から根っこが生えて広がっていますよね。これを引きで見ると、女の子の頭の上に、何か不思議なモノが乗っているように見えるんです。「さすがにこれはなさ過ぎるだろう」「これを見てどう感じろと?」と思って、脊髄反射しちゃったんです。

    神尾:反省点の多い絵ですね。私の心情が出ている。「命」や「育つ」といったテーマから連想して、「根っこ」というアイデアに手応えを感じてしまったんだと思います。当時は五里霧中でしたが、今ふり返って直良さんの話を聞くと、すごく面白いです。「そう見えるよね」と気付かされます。

    :この頃になると、私だけでなく、まわりのアーティストたちもアイデアを出すようになっていましたね。

    直良:神尾の必死な様子を見かねたんだと思います(笑)。そんなふうに人を頼るって、なかなかできないんです。せっかくチームがあるのに、自分1人で背負い過ぎてつぶれる人というのも、実際にいます。「人に頼りたくない」というプライドもあるでしょうし、1枚の絵を、人の力を借りて完成させるという経験をしたことのある人はそんなにいないと思うんです。最初からキャラクターと背景で分業することが決まっている場合などは別ですけどね。今回のような1枚絵のコンセプトアートを、助け船を出したり、アイデアを出したり、腹を割って相談したりしながら仕上げられる現場になってきたのは、良い傾向だと思います。

    できるだけプレーンな色で着彩し、後で調整が効きやすい状態にする

    [8月24日の報告]
    ・今日は主に街並みを描いていました。
    ・これくらいの塗りで、中央に目がいくと思いますので、街並みはいったん落ち着かせ、キャラクターの塗りに入ろうと思っておりますが、いかがでしょうか。
    

    ▲【上】神尾氏による「着彩 その2」/【下】神尾氏が記した進捗報告


    ・根っこが恣意的なレイアウトなので外す
    ・室内はもうちょっと明るく、寒色系でさわやかに
    ・ガラスの描写をもうちょっと追加
    ・制服の上着も寒色系で
    
    室内が陰鬱に見えるので、さわやかさがでるように心がけてください。
    確かに視線誘導はできてきているので、描き込みつつ調整していってください。
    

    ▲神尾氏の「着彩 その2」に対する、直良氏のフィードバック


    C:で、さらに着彩が進んだものの、教室の色味に対し、直良さんが全面的なリテイクを出していますね。

    直良:今回は、できるだけプレーンな色で着彩して、ポリッシングに入ってから、ポスプロ(ポストプロダクション)で光を調整したり、エフェクトを加えたりする絵づくりを経験してほしかったんです。だから「着彩ではいったん足踏みしてください」という話をしました。

    :時間がない中で「足踏みしてください」と言われ、当時は「ひどい......」と思いました(笑)。

    直良:そうなんですけどね(笑)。でも、後で調整が効きやすい状態にしてほしかったんです。奥の卵がどうなるか決まっていない段階で、手前の色を確定させてしまうと、後の絵づくりは「だまし絵」になってしまいます。それは危険だなと思い、一段階手前に戻ってもらいました。

    ▲神尾氏による「着彩 その3」。「このあたりで、ペイントツールをSAIからCLIP STUDIO PAINTに移行しています。パース定規が使えること、ブラシの種類が多いことが、移行の理由でした。あまりなじみのないツールだったので、ブラシの作成方法や、使い方などをまわりのアーティストに教えてもらいながら進めました」(神尾氏)


    グッと良くなりましたね。壁が空より青いので、カラーピックの精度を上げてみてください。これなら制服はこの色でいけそうですね。
    

    ▲神尾氏の「着彩 その3」に対する、直良氏のフィードバック


    ・8月26日 角の方で、いったんポスプロ。エフェクト処理を乗せて、最終イメージへ近づけて確認する。神尾さんの方で、空と背景の描き込み、全体の調整を進める。卵の部分のアイデア、レイアウトも同時に進める
    ・8月27日 卵の部分の作成と、全体調整を進める
    
    迷ったとき、ご相談させてください。
    

    ▲8月25日に角氏が更新したスケジュール


    C:ひとつ前の直良さんのフィードバックには、「制服の上着も寒色系で」とありましたが、それは反映されませんでしたね。

    直良:はい。ただ、制服の色を青みがかったピンクにしたことで、机や壁の色とかぶらない配色になったので、これならOKだと思いました。

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    時間がないと、白く飛ばして誤魔化してしまう

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    時間がないと、白く飛ばして誤魔化してしまう

    [8月26日の報告]
    いったんポスプロをして、エフェクト類を乗せて、ほぼ完成イメージに近づけました。
    卵の中はモチーフを限定することを避け、あえて中を見せず、あふれ出る、生まれる瞬間にフォーカスし、光と空気でそこを演出する方向にしました。
    明日は以下の作業を予定しています。
    
    ・まだ少し、背景の中央下部がぐちゃっとしているので、その部分を整える。
    ・エフェクトはまだ仮素材のモノがあるので、素材を作成して差し替え。
    ・教室の中にながれ込んで来る風のようなモノを表現するため、パーティクルエフェクトっぽいモノをもっと足して調整(画面が汚れない程度に)。
    
    また、卵の巨大感を出すために、卵の下部にうっすらとしたモヤや、大気のような表現を入れようかと悩んでいます。
    卵のカケアミ表現は、小さくすると汚れっぽくも見みえるので、ここはもう少し綺麗な方がいいかもしれないです。
    

    ▲【上】神尾氏と角氏による「ポリッシング その1」(8月26日作成)。「いろんな人に何度も感想をもらいながら描いていました。あまり記憶が残っていない時期ですね。教科書に文字を入れるのを忘れていて、指摘してもらって慌てたりと、細かい作業を見失うことが続いていました」(神尾氏)/【下】神尾氏と角氏が記した進捗報告


    ・ポスプロの方向性は良いと思います。
    ・後に座っている女の子の前髪が重過ぎて、引きだと外を向いているような誤解を与えるかも(目を隠すならメガネがいい)。
    ・遠景が空気遠近を越えて白く光っているし、シルエットがまったく見えない。
    ・絵の下の左右は周辺減光を入れて落ち着けた方がいいのでは?
    ・卵は視認できないので、明日ネタと一緒に詰めた方がいいです。
    

    ▲神尾氏と角氏の「ポリッシング その1」に対する、直良氏のフィードバック


    遠景と左右の調整は悩んでいたところだったので、明日、フィードバックを参考に詰めていこうと思います。
    卵も、ちゃんと卵のシルエットを意識した割れ方にするよう気をつけつつ、再調整します。
    ネタも、思いついたら入れていこうと思います。
    

    ▲直良氏のフィードバックに対する、神尾氏と角氏の返答


    C:この時点で、「8月25日(19:00)完成」というデッドラインを突破して、「8月28日(~10:00)直良予備」のゾーンに突入しましたね。

    直良:はい。でも「卵の中は明確に描かず、光と空気で演出する」という方針まで絞り込めたので、後はディテールを詰めるだけになりました。「ここまで来たからには、私が引き取るのではなく、2人のがんばりに賭けよう。このままゴールしてもらおう」と決めました。

    C:あれだけアイデアを出して、最終的にたどり着いた結論が「光」ですか......。

    神尾:「光だけになったの? あれだけ苦労したのに、全ボツなの?」という、多少のショックが当時はありましたね。とはいえ、これだけの経験をした後なので、頭でも心でも納得していました。やっとディテールに入れるようになったので「空の青色は問題ないか? 透明感は出せているか?」といったことを考える段階へと、完全に意識が切り替わっていました。

    C:ショックと同時に、ディテールに入れる安堵感もあったのでしょうか。

    直良:安堵感と、それからタイムアタックですね(笑)。

    神尾:そうです。タイムアタックです(笑)。加えて、何か1個ミスをすると、鋭いフィードバックが返ってくるという緊張感もありました。「ここでオーバーレイを使っても大丈夫かな? 本当に大丈夫かな?」というように、1個1個おびえながらやっていましたね。でも、この段階まで来ると直良が優しくて「慌てるな坊主。ここまでやればいい」という感じで、導いてくれたんですよ(笑)。普通は、こんなに丁寧に教えてくれないと思います。

    C:問答無用で引き取った方が、手っ取り早いでしょうからね。

    :そう思います。ポリッシングに入ってからは私がポスプロを担当したので、神尾と同じ緊張感を味わいながら、タイムアタックをしていました。ポスプロのさじ加減ひとつで距離感やスケール感が台無しになってしまうことを、身をもって痛感しましたね。

    直良:ポスプロは、絵の生殺与奪をにぎっているんです。最後の最後に、絵を生かすも殺すもポスプロ次第。時間がないと、白く飛ばしたり、グラデーションをかけたりして、誤魔化してしまいがちなんです。その結果、遠景が空気遠近を越えて白く光ってしまい、距離感やスケール感を殺していたので「それではいけない」と引き戻しました。

    C:ここまで来ても、毅然とした態度で引き戻すのがすごいです。

    「噓」に説得力をもたせるため、どんなディテールを付加するか

    [8月27日の報告]
    9割方完成と考えてます。
    残りの時間で、中央下部の遠景の陰影を調整して、もう少しシルエットが見えるようにしたり、卵から出るエフェクトを微調整する予定です。
    

    ▲【上】神尾氏と角氏による「ポリッシング その2」(8月27日作成)。「卵を中心に視線誘導できる色味を探していました。描きかけのイメージで、厚塗りのブラシで卵の周辺をザクザク塗ってみたりと、いろいろ試しています。割れた卵の資料を探したのですが、時間がなくて焦りました」(神尾氏)/【下】神尾氏と角氏が記した進捗報告


    ザッと書きますね。自分の感想です。
    
    ・卵の巨大感がなく、どこらへんに浮いているのかわからない。
    ・割れたように見えないから、何も伝わってこない。
    
    ここからアドバイスです。
    
    ・外の世界のモノに色が少なく、ほとんど目に入らない。グレー過ぎ?
    ・遠景は、多分やっぱり空気遠近を理解できてないから、最遠景が発光してる(雲より白い建造物なの?)。
    ・後に座っている女の子の前髪が重いから、やっぱり後頭部に見える。
    

    ▲神尾氏と角氏の「ポリッシング その2」に対する、直良氏のフィードバック


    遠景部分、そうですね......。さらに調整してみます。
    卵も、もっと生まれる、中から出てくるってところを意識して詰めてみます。
    もろもろ、さらに詰めてみます。
    

    ▲直良氏のフィードバックに対する、神尾氏と角氏の返答


    C:神尾さんと角さんの進捗報告と、直良さんのフィードバックにかなりの温度差があって、読んでいるだけで冷や汗が出ますね。お2人は「9割方完成」と報告しているのに、直良さんは「卵の巨大感がない」「何も伝わってこない」などなど、かなり強めに引き戻している。

    :これは私の書き方が悪かったです。フォローしようとしたのに、マイナスに働いてしまいました(苦笑)。「残り時間は少ないし、既に最終工程だし、ゴールは近いです」と伝えたかったんですが、自分たちがやるべきことは、まだまだ残っていましたね。

    直良:このままだと絵が台無しになるから「何やってるの」という感じで、強めに引き戻しました。ただ、絵である以上、こういうふうに白く飛ばすやり方が「有り」な場合もあるんです。「ついていい噓」もあるので、判断が難しいところではあります。でも今回は2人にポスプロを経験してほしかったし、レンズフレアの効果を入れたりしているので、雑に仕上げてしまうと「だまし絵」くささが際立ってもったいないと思ったんです。

    [8月28日の報告]
    背景の遠近と、キャラクターを修正しました。卵の巨大感も調整しましたが、いかがでしょう?
    

    ▲【上】神尾氏と角氏による「ポリッシング その3」(8月28日作成)/【下】神尾氏と角氏が記した進捗報告


    やっぱり気になるのは卵かなー、ほかはグッと良くなったけどね。
    

    ▲神尾氏と角氏の「ポリッシング その3」に対する、直良氏のフィードバック


    そうですね......卵、難しいです。もう少し巨大感をだしたいです。
    

    ▲直良氏のフィードバックに対する、神尾氏と角氏の返答


    C:28日になりましたが、依然として卵の距離感とスケール感の試行錯誤が続いていますね。

    直良:卵の上部を暗くし過ぎた結果、成層圏を突き抜けて打ち上がっている感じになっています。巨大にはなったんですが、巨大過ぎて、光源がわかりづらくもなっている。なので、また1回引き戻しました。

    ▲神尾氏と角氏による「ポリッシング その4」(8月28日作成)。「瓦礫だった中央下部の景色を直し、空に浮かんでいる卵の色も直しました。角と2人で休憩室からの景色を確認して、『この空に巨大な卵が浮かんでいたら、どう見えるんだろう』なんて想像しながら、遠近法の勉強をしたりもしました」(神尾氏)


    C:実際のところ、「巨大な卵」なんて誰も見たことがありません。それが浮かんだ空の「空気遠近を表現する」というのは、ハードルが高いですね。

    神尾:空気遠近は、絵を学んだ人なら誰でも知っている技法です。単純に街並みの空気遠近を表現するだけなら、ここまで苦労はしなかったと思います。ただ、そこに巨大な卵を浮かべた上でリアリティをもたせるのは難しかったです。

    • どこまで白くすればいいか、輪郭を光らせたら巨大感を消してしまわないか、卵のザラザラした質感はどこまで見せればいいか、質感がないと卵だとわからないんじゃないか......などなど、いろんなことを考えました。こちらを立てると、あちらが立たず、バランスをとるのが難しくて、かなりのパターンを試しました。


    直良:先ほども言ったように、絵である以上、「ついていい噓」もあるんです。「中から割れて、自発光している巨大な卵」は「噓」の最たるモノですよね。その「噓」に説得力をもたせるために、どんなディテールを付加すればいいか、どんな表現手段を選べばいいか、2人なりの答えを出してほしかったんです。

    C:ここまで来て、ようやくディテールにこだわるフェーズになったわけですね。そしてディテールもまた、コンセプトと同様に一筋縄ではいかない......。

    直良:そうなんですよね(笑)。

    次ページ:
    10を100にしようとすると
    言葉だけでは伝えきれない部分がある

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    10を100にしようとすると、言葉だけでは伝えきれない部分がある

    卵のエッジを光らせ過ぎちゃったけど、例えばこんな感じ。
    今の絵を自分がパッといじるなら......くらいに受け止めてください。
    未完成の部分は全然消化できてないしね。
    ちなみにアチコチいじってるんで、比べてみてください。
    

    ▲【上】直良氏による「修正」(8月28日作成)/【下】直良氏が記したコメント


    卵自体は、やはり元のままの卵がいい感じですかね。
    上記の感じで一度つくってみます。
    ありがとうございます!
    

    ▲直良氏のコメントに対する、神尾氏と角氏の返答


    C:そして、いよいよ直良さんが動きました。絵から音が聞こえてきそうなインパクトがありますね。「ドラマのあるアート」とはこういうことなのかと、目指すゴールが明確に伝わる「修正」です。

    神尾:すごいショックで、「格好良い......」と思いました。角と私がものすごく悩んでいたときに「ちょっとやってみた」くらいの感じで、パッとこの絵が出てきたんです。

    C:そのシチュエーションも含めて、ドラマがありますね(笑)。

    直良:手を入れられたこと自体は、ショックではなかったですか?

    神尾:手を入れられることへの抵抗はなく、素直に「有り難い」と感じました。直良には、ずっと前からこの絵が「見えて」いたのかと、びっくりしました。

    直良:コメントにも書いていますが、これは「自分がパッといじるなら」という一例です。ここまで来ると、言葉ではなく絵でキャッチボールしないと伝えきれないので、描いてみました。ちがいを1個1個見比べながら、どうして私がこういう手の入れ方をしたのか考えてほしいという思いもあって「アチコチいじってるんで、比べてみてください」ともコメントしています。

    C:つまり、ようやく、言葉ではなく絵で対話するフェーズになったということですか?

    直良:そうですね。そこにはたどり着いてくれました。コンセプトをビジュアルにする、つまり0を1にできれば、1を10にすることもできるだろうと思っていたんです。さらに、それを100にしようとすると、言葉だけでは伝えきれない部分が確実にあるはずです。例えば、魅力や、見た瞬間にハッとする感じ、腹に落ちる感じなどですね。正直、この段階まで来てくれるとは思っていなかったので、嬉しい誤算でした。2人を見くびっていましたね。ごめんなさい(笑)。

    ▲神尾氏と角氏による「完成画 パターンA」(8月28日作成)。「巨大な物体が空に浮かんでいる絵を探して、参考にしています。単純なはずの卵の陰影に何時間もてこずり、軽くパニック状態になりながらも完成しました」(神尾氏)


    ▲神尾氏と角氏による「完成画 パターンB」(8月28日作成)


    C:さて、最後の2枚です。パターンBで、また羽根が生えていますね......。

    :羽根は私が描きました。コンセプトを表現するにあたり「卵の中は明確に描かず、光と空気で演出する」という方針にしたことは、辛口に評価すると、多分80点くらいなんです。100点までいけなかった。

    • だから、ビジュアルアイデアについて、もう少しあがいてみたくて羽根を描きました。


    直良:今回は80点かもしれないけど、時間がないし、「光」を採用して進めた方がいいと頭では理解した。でも、最後の最後に、悔しくなって描いてみたといったところでしょう。

    :そうです。何かしらできるんじゃないかと思ったんですが、描いてみて「やっぱり要らないな」と思いました(笑)。

    「これは自分がつくった」と言えるタイトルを、1人1本はもつ

    C:2019年3月13日に公開された動画では、「完成画 パターンA」が動いていましたね。

    第4制作部から「この絵を動かしたい」という相談があり、ディライトグラフィックワークスの主導で制作しました。

    ▲2019年3月13日に公開された、新規ゲームプロジェクトの開発の方向性を紹介する動画。本記事で取り上げたコンセプトアートを基に制作された


    直良:この動画の主な目的はテックデモとそのアピールだったので、ディライトグラフィックワークスに任せました。また羽根が生えでもしたら、「ちょっと待て!!」という話になりますけどね(笑)。

    :あれだけやって、羽根が生えたら相当なショックですね(笑)。

    直良:2Dの絵を3DCGにして、違和感なく動かしてみせる。しかもそれを社外の人に発表するという経験は、ディライトグラフィックワークスにとって必要なことだったと思います。2年前の角や神尾と同様、いい経験になったでしょう。

    C:現在も角さんと神尾さんは、新規ゲームプロジェクトに携わっているのでしょうか?

    :鋭意開発中です。今年の3月にAnimeJapan 2019で発表した新規ゲームプロジェクトのコンセプトアートも2人で担当しましたが、以前のような五里霧中のつらさはなかったです。これをつくるときには「とりあえず絵を描いてみる」という始まり方にはならず、「コンセプトは何だ?」という会話から始めて、レイアウト・ポージング・線画・着彩・ポスプロなどの全工程で「何で祭り」を繰り返しました。

    ▲先の動画に続けて、2019年3月23日に公開された新規ゲームプロジェクトのティザームービー。1:22あたりで表示される女子高生のコンセプトアートは、角氏と神尾氏が手がけている


    神尾:このコンセプトアートに限らず、新規ゲームプロジェクトでは同じプロセスを経てビジュアルアイデアを練るようにしています。キャラクター1人をつくるにしても、徹底的に考えて、表情や仕草のひとつひとつをつくり込み、プレイヤーに共感していただけるキャラクターにしています。

    直良:今回お話したように、われわれは「ドラマのあるアート」をつくることに、すごく手間暇をかけています。表面的なデザインやビジュアルに留まるのではなく、コンセプトを徹底的に考え、確信を得た上で手を動かしたり、ディレクションをしたりする力が確実に養われていると思います。新規ゲームプロジェクトも、きっと魅力的なものに仕上がると期待しています。

    • ディライトアートワークスには現在10人のアーティストが所属しており、15人くらいまで集めたいと思っています。それ以上増やして、絵を生産する工場みたいにするのは嫌だし、お互いの顔を見ながら仕事をするなら、そのくらいの人数が限界だと思います。その上で、各々に「これが自分の代表作だ」と言えるタイトルをもってもらうことを目指しています。


    ただし「そのタイトルのキャラクターデザインをする」といった必須条件があるわけではなく、角と神尾のように、アートディレクターとメインのキャラクターデザイナーという役割分担をして、タイトルを盛り上げていく形でも構いません。自信をもって「このゲームの世界観は自分がつくった」「このゲームのキャラクターは自分が生み出した」と言えるようなタイトルを、少なくとも1人1本はもってもらうことを目標に、組織を強化していきたいです。

    C:アート制作の舞台裏を、ここまで詳細に開示していただける機会はそうそうありません。アーティストの仕事の苦楽が鮮明に伝わってくる取材でした。お話いただき、ありがとうございました。


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