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    日本における3DCG・映像教育の現状と課題を探るため、本連載では、教育現場と制作現場の双方で活動している方々に話を聞いていく。今回は、株式会社ACW-DEEPの代表取締役で、日本におけるプリビズの普及に邁進する山口 聡氏である。プリビズ業務と並行して、群馬県の中央工科デザイン専門学校で3DCGを教える山口氏に、その講義の内容や、これまでに感じてきた課題などを伺った。

    スペシャリストを目指す学生にも、制作工程の全体像を伝える

    山口氏がアジア初のプリビズ(プリビジュアライゼーション/Previsualization)専門会社であるACW-DEEPを設立したのは2013年のこと。時を同じくして、中央工科デザイン専門学校での非常勤講師の仕事もはじめたと山口氏はふり返る。「3DCGコースを新設するので、講師をやってもらえないか」という打診が、知人の制作会社プロデューサー経由でもたらされたのだという。

    • 山口 聡/Satoshi Yamaguchi
    • 山口 聡/Satoshi Yamaguchi
      株式会社ACW-DEEP 代表取締役/プリビズ・スーパーバイザー&中央工科デザイン専門学校 3DCG講師。90年代、日立系企業にて業務用フライトシミュレータを開発しながら、CG技術のイロハを学ぶ。その後、97年に株式会社IMAGICA入社。モーションコントロールカメラシステム「MILO」を担当し、映画、CMなどの実写とCGとの合成業務に携わる。2000年にMILO用プリビズシステム「MILOBOT」を開発。2005年よりMILOBOTを汎用プリビズシステムに改良し、リアルタイムプリビズとして運用開始。映画やCMでプリビズ作業を担当。2011年末IMAGICA退職。2013年、アジア初のプリビズ専門会社である株式会社ACW-DEEPを設立し、現在に至る。Previsualization SocietyProfessional会員。Visual Effect Society会員。

    モーションコントロールカメラやプリビズの専門家としてキャリアを重ねてきたため、3DCGの各工程や技術は理解しているが、モデリングやアニメーションなどに長けているわけではないと語る山口氏。打診を受けた直後は、自分に教えられるかどうか不安だったそうだ。
    「3DCGやゲームクリエイターコースを選択しても、仕事としてその道を選ぶ学生は少数だから、いわゆる"一般教養"として3DCGを教えてほしいと依頼されたのです。だったら、プリプロからポスプロまで経験していて、3DCGや映像制作の全体像を理解している自分の方が、むしろ適任かもしれないと思い直しました」。

    とは言え、クラスのなかにはアニメ・ゲーム業界などへの就職を本気で目指す学生もいる。実際、昨年度はモデラーやアニメーターとして就職した人がいたそうだ。
    「そういうスペシャリストを目指す学生に対しても、制作工程の全体像を伝える必要があると考えています。全体を見渡せる広い視野をもっている人が増えれば、制作工程の各所で無駄な作業を省けるようになります。結果として各々が本来の仕事にいっそう集中できるようになり、映像の品質が向上するのです」。
    現在、山口氏が専門としているプリビズやヴァーチャルカメラも、制作工程の無駄を省き、クリエイティブな作業に注力するために用いられるもの。山口氏の仕事の哲学と教育の哲学は、根底でつながっていると言えそうだ。

    2015年度の山口氏の授業は、2年生を対象に週1回実施されている。年間の授業時間の合計は約120時間で、Autodsek MayaReallusion iCloneを使った実習が中心だ。
    「本気で3DCGのプロを目指すなら、この授業時間だけでは不十分です。意気込みのすごい学生は自宅にもMayaを導入して、四六時中制作していますね」。

    一方でクラスの中には、自分の目指す方向性をまだ決められない生徒もいる。
    「ゲームやアニメの制作会社は東京や横浜近郊に集中しているので、仕事がほしければ群馬を出て行く必要があります。でも"東京で暮らすのは無理"と思い込んでいる人が少なからずいますね。これは当校に限ったことではなく、首都圏近郊の県に共通する傾向のようです」。
    イベントや買い物などの機会に東京に出て行ける距離にあるから、東京で暮らす大変さがリアルに想像できてしまうのだという。「そう簡単に出て来れない地方出身者の方が、思いきって決断しやすいかもしれません」と、自身も地方出身者である山口氏は語る。

    「先生に聞く。」第2回・山口 聡先生01

    3DCGのことを、すごく簡単につくれる夢の技術だと誤解している人もいると、山口氏は続ける。「そういう人は、ボタンをポチッと押せばガンダムのようなロボットが出現すると思っています(苦笑)。"いやいや、立法体とか球体とか、プリミティブからつくるんだよ"と教えると、ビックリしますね」。

    例えば一般公開される映画のメイキング映像は、ある程度見映えの良い内容に編集されている。映画のレビューサイトでは、"3DCGを使ったら、こんなに簡単にできました"といった解説がなされている場合もある。それらの影響を受けて入学してきた学生が想像する3DCGと、現実の3DCGの間には大きなギャップがあるのだという。「3DCGだって、実写と同じか、それ以上に手間がかかる場合もあります。一朝一夕にできるものではありません。それを伝えることも、私の役割だと思っています」。

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    自分を表現できる力は、どの業界に行っても必要とされる

    様々なモチベーションの学生が混在するクラスなので、全員が授業について来られるよう、楽しくやることを大切にしていると山口氏は語る。
    「脱落者を出さないため、退屈させないために、実習中心の授業にしています。加えて、基本的なことしかやらせないようにもしています。ただし、高みを目指す学生が飽きてしまわないよう、手間をかけるほど良くなる課題を設定しています」。

    例えばモデリング実習の場合は、スイープやベベルといった便利な機能の使用を禁じているという。「3DCGの本質を理解してほしいので、最初のモデリングでは、ポリゴンの点や面の1つ1つを自分の手で編集することを必須にしています。ポリゴンとは何か、法線とは何かを座学で長々と語るよりは、実際にポリゴンを分割したり、ライトを置いてシェーディング結果を見たりしながら、体感することも重視していますね」。

    「先生に聞く。」第2回・山口 聡先生02

    また、モチーフには、コップや鉛筆といった実在する"固い"物体を選んでいるそうだ。
    「人間などの"柔らかい"ものをモデリングしたがる学生もいますが、すごく難易度が高いですから、たいていは完成しません。だから授業時間内でやらせることはありませんね。どうしてもつくりたい学生は、勝手に自主制作でつくって、完成したら見せに来てくれます(笑)」。

    アニメーション実習の場合は、山口氏がつくった簡素なロボットのポリゴンモデルを全員に配布し、それを使った映像を制作させるという。
    「企画書、絵コンテ、プリビズ、本制作からなる一連のながれを全員にやってもらいます。特にこだわって教えているのは見せ方ですね。学生たちは写真やイラストの制作には慣れているので、おさまりの良い静止画をつくることは得意なのです。でもカメラを動かすと、それが崩れていく人が多い」。
    こうやった方が観客に伝わりやすい、このカットを入れた方が気持ちが良いといったことを、学生の表現したいものを考慮しつつ、アドバイスしているという。

    • 山口 聡先生
    • 山口 聡先生

    中央工科デザイン専門学校における山口先生の授業風景

    さらに、完成した映像をクラス全員の前で発表することも必須にしているそうだ。
    「最初は自己紹介すら満足にできない人もいます。でも、自分を表現できる力は、どの業界に行っても必要とされます。3DCGよりも、むしろそちらの指導の方に力を入れています」。

    発表の際には、どんなに自分の作品が拙いと感じたとしても、いかに素晴らしいかを語るよう指導しているという。「大人になるということは、嘘をつくことだからと教えています(笑)。たいていの学生が、自分で自分を褒められなくて苦労するのですが、駄目出しはするなと言っています。同じように、他の人に対する駄目出しも禁じています。何故こうしたのかと責めるのではなく、こうしたら良いのではと、プラス志向の意見をいえるようになってほしいのです。その姿勢は、アーティストやデザイナーだけでなく、設計でも、営業でも、販売でも、どの職種でもプラスに働きますから」。

    「先生に聞く。」第2回・山口 聡先生03

    学校教育では、多様性に満ちた志向の、技術や知識レベルにバラツキのある学生を対象とする場合が多い。それに戸惑いつつも、全ての学生にとって価値のある授業を展開しようと試行錯誤を続けている山口氏。プリビズ・スーパーバイザーとしてだけでなく、講師としての活動にも、ひき続き注目していきたい。

    TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
    PHOTO_大沼洋平