記事の目次

    日本における3DCG・映像教育の現状と課題を探るため、本連載では、教育現場と制作現場の双方で活動している方々に話を聞いていく。第3回となる今回は、3DCGプロダクションのエヌ・デザインを母体とする、3DCGスクール アルケミーを紹介する。「優秀な人材の育成と輩出=人材不足の解消」という目的をかかげ、10年間にわたって人材を輩出し続けてきた同校の歩みを、株式会社エヌ・デザイン 代表取締役社長の野﨑宏二氏と、アルケミー 事務局長の大澤 司氏に語っていただいた。

    われわれの業界が活性化するためには、こういう学校が必要だと確信している

    アルケミーが設立されたのは2004年。映画『CASSHERN』(2004年公開)のVFXを手がけたことがきっかけだったと、野﨑氏はふり返る。「エヌ・デザインを設立したのが2001年で、『CASSHERN』の仕事に着手したのが2003年頃でした。最低でも30人は必要なプロジェクトだったのに、設立間もない社内には10人程度のスタッフしかいなかったのです(苦笑)」。
    "実制作未経験の学生でも良いから"と3DCGの教育機関にも声をかけ、何とか人を集めはしたものの、その後の制作は難航したという。「学生が培ってきた技術や意識と、制作現場のそれらとの間には、深い溝があったのです。それでも実制作を重ねていくなかで、徐々にその溝を埋めることができました。だったら、このやり方で人を育ててみようと紀里谷 和明監督がおっしゃったのです」(大澤氏)。

    当時も今も、"良い"人材の不足に多くの制作現場が頭を悩ませている。だったら人材を育成・輩出するところから始めようと、紀里谷氏の思いに野﨑氏が賛同したことでアルケミーは始動した。「2年くらい前から、ようやく安定して学生が集まるようになりました。最近は常時40〜50人が学んでいます。ようやく学校が認知されてきたからなのか、正直なところ風向きが変わった理由はわかりません。過去には学生数が10人未満という厳しい時代もありましたが、自分たちの教育スタイルやカリキュラムには絶対的な自信があったし、われわれの業界が活性化するためには、こういう学校が必要だという確信もあったので今日まで続けてこられました」(野﨑氏)。

    • 野﨑宏二/Koji Nozaki
    • 野﨑宏二/Koji Nozaki
      株式会社エヌ・デザイン 代表取締役社長/VFXスーパーバイザー。CGデザイナー・ディレクターとして活動した後、2001年にエヌ・デザインを設立。映画、ミュージックビデオ、ゲームムービー等、多方面でCGディレクター/VFXスーパーバイザーを務める一方、ショートムービーやミュージックビデオ等で監督としても活動中。目標は映画の本編を監督すること。映画『CASSHERN』(2004年公開)のVFXを手がけたことがきっかけで、同作の監督である紀里谷 和明氏と共に3DCGスクール アルケミーを設立。「優秀な人材の育成と輩出=人材不足の解消」という目的をかかげ、エヌ・デザインで培われた実践的なノウハウを後進に伝えている。

     

    • 大澤 司/Tsukasa Osawa
    • 大澤 司/Tsukasa Osawa
      有限会社アルケミー 事務局長。エヌ・デザインでCGデザイナーとして活動した後、3DCGスクール アルケミーの設立に参加。同校の運営、カリキュラムの制作、学生の指導など、多方面でその手腕を発揮。同校の中心的存在となっている。

    アルケミーは公的な認可を受けた"学校"ではない。エヌ・デザインの研修施設、あるいは私塾のようなものだと野﨑氏は語る。そのため、非常にユニークな教育スタイルで運営されている。学費は月謝制で、入学金などの追加費用は必要ない。入学時期も、在学期間も、卒業時期も決まっておらず、全て生徒の自主性に委ねられている。「熱量のある人には、1日でも早く卒業して制作現場に入っていただきたいと考えています。実際、やる気のある人は、半年〜8ヶ月くらいで力を付けて就職していきます。一方で、じっくり、こつこつ、自分のペースで1〜2年通った後に就職する人もいます」(大澤氏)。

    もちろん、なかには途中で就職を諦める人もいる。自発的な気持ちと行動がなければ、技術も意識も身に付かないと野﨑氏は釘を刺す。「基本的に、われわれは学生を"社会人"として扱います。手取り足取り教わるのではなく、与えられた課題に自力で取り組み、わからないところを先生たちに質問し、解決していく力を身に付けないことには、"ちゃんと仕事ができる人材"にはなれません」。

    「先生に聞く。」第3回・野﨑 宏二先生

    アルケミーのカリキュラムは、3つのステージとクライアントチェックコースに分かれている。ステージ1は、まったくの3DCG初心者が対象で、Mayaの基本操作と3DCG制作の基礎をハンズオン形式で学んでいく。ステージ2・3は、配布されたプリントを見ながら自分のペースで課題を制作していく。クライアントチェックコースは、エヌ・デザインのスタッフをクライアントに見立てて、1ヶ月という期間内に、仕事で求められるレベルのデータを作り、チェックと修正にも対応し、"納品"までを実践する。野﨑氏たちは当初、クライアントチェックコースをクリアできる力が"本当の即戦力"だと思っていたそうだ。ところが実際には、多くの人たちがステージ2・3の途中で就職先を見つけ、アルケミーを"卒業"しているという。

    クライアントチェックコースに合格した人は、過去10年間で10人くらいしかいません。その人たちは名だたるプロダクションに就職していきましたし、エヌ・デザインに入社した人もいます。なかには起業した人までいますね。でも、その前段階でも就職できる人は数多くいる。われわれが思っていた以上に、制作現場は人材不足だったのです(苦笑)」(野﨑氏)。

    [[SplitPage]]

    企業目線の率直なフィードバックを心がけている

    前述のステージ3に進んだ学生は、モデリング、アニメーション、エフェクト、コンポジットなどのスペシャリストコース、あるいはゼネラリストコースに分かれて課題を制作する。「なるべく少ない学費で、最短期間で、実践的なスキルだけを身に付けて就職したいという人には、何らかのスペシャリストを目指すよう勧めています」と大澤氏は語る。

    「先生に聞く。」第3回・大澤 司先生

    モデリングからコンポジットまで、全工程のスキルを身に付けたゼネラリストになろうとすると、必然的に学習期間は長くなる。そういうゼネラリストが必要とされる現場、例えば"CM制作に携わりたい"といった明確な目標がある学生は、腰を据えてゼネラリストを目指せば良い。そうではなく、なるべく早い就職を優先したいなら、1つの分野だけを極めた方が良いと野﨑氏も同意する。

    「CGデザイナーの募集に対して、全てが中途半端な5分のムービーを送ってこられても、採用担当としては何も注目するものがないのです。それよりは、3ヶ月がかりで必死にモデリングした、すごく完成度の高い静止画1枚の方が説得力があります。"ちょうどモデラーが足りないから、試しにアルバイトで採用してみようかな"という気持ちになるかもしれない。そうやって"アルバイトでも、プロジェクト契約でも、何でも良いから業界に滑り込め"と伝えています」。

    同様に、アニメーションのスペシャリストを目指すなら、モデルはすごく簡素で良いから、活き活きとしたアニメーションを追求すれば良い。そのようにして、学生たちが極めに極めた課題作品が、アルケミーのWebサイトには数多く掲載されている。「通学期間や勉強スタイルに関しては学生の自主性を重んじますが、進路の選び方に関しては、企業目線の率直なフィードバックを心がけています。ときには、本人がアニメーションをやりたいと希望しても、"アニメーションには向いていないから、まずはモデリングでの就職を目指してみてはどうか"といったアドバイスをすることもあります」(野﨑氏)。

    企業目線の率直なフィードバックは、課題制作においても徹底されている。アルケミーでは、学生に好きなものを、好きなようにつくらせることがないという。「"好きなもの"の場合、本人が納得すれば、そこがゴールになります。しかし、われわれの仕事のゴールは、クライアントが納得してくださるかどうかです。例えばモデリングなら、指示されたコップ1個、ペットボトル1本を、われわれプロが納得するレベルでつくれるようになることが、業界に入るための最低条件だと伝えています」(野﨑氏)。

    たび重なる細かいリテイクを素直に受け止め、仕事で求められる高いレベルのデータをつくれるようになれば、自然と業界への道が開けていくという。「ほとんどの学生は、アルケミーでつくった課題作品を使って就職活動をしています。就職活動用の自主制作をつくらなくても、プロレベルのクオリティを満たしていれば、ちゃんと評価されるのです」(大澤氏)。

    「先生に聞く。」第3回・野﨑宏二先生&大澤 司先生

    CGプロダクション経営の経験に裏打ちされた独自の教育スタイルを有するアルケミーは、他の3DCGの教育機関とは一線を画した存在だ。社会人を対象とする職業訓練校といっても良いだろう。世の中の変化のスピードが増し、社会人になった後も生涯学び続ける姿勢が重要視されるようになった昨今、アルケミーに期待される役割はさらに拡大していくだろうことが予想される。

    TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
    PHOTO_大沼洋平