>   >  「災い転じて福と成す。」画龍・早野海兵が四半世紀にわたって、トップシーンで活躍し続けられる"理由"とは?
「災い転じて福と成す。」画龍・早野海兵が四半世紀にわたって、トップシーンで活躍し続けられる"理由"とは?

「災い転じて福と成す。」画龍・早野海兵が四半世紀にわたって、トップシーンで活躍し続けられる"理由"とは?

3DCG実制作だけでなく、アートディレクション&デザインワークまでワンストップで対応する「画龍」の創業者であり、25年以上にわたり日本の3DCGシーンをリードし続けている早野海兵氏。コンセプト・企画・デザインから映像制作の最終フィニッシュまで、ジャンルを問わず幅広い作品を発表。月刊「CGWORLD + digital video」の連載陣の中でも最古参であり、近年では教育活動にも力を入れている。しかし、そんな早野氏は自身のキャリアを「失敗の連続」だったと語る。その意味するところは何か? 過去・現在・未来を聞いた。

INTERVIEW_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

<1>ヤマト、ガンダム、そして『ウォール街』?

CGWORLD(以下、CGW):今さらな質問で本当に恐縮なんですが、(早野)海兵さんは、現在おいくつなのでしょうか?

画龍/早野海兵(以下、早野):1973年生まれなので、今年44歳ですね。

CGW:ええっ、そうなんですか!? CGWORLD連載陣の最古参でいらっしゃるので、もっと年上の方だとばかり思っていました。

早野:いやいや、そんなことはないですよ。確かにおじさんですけど(笑)。

CGW:ご出身はどちらになりますか?

早野:福島県郡山市です。

CGW:これもまた恐縮なんですが、海兵さんって本名ですよね? どういった由来なのでしょうか?

早野:これが全然わからないんですよ。父親に何度か聞いたことがあるんですが、いつもはぐらかされて......。あるときは「祖父が決めた」って言ってましたね。でも、祖父は鉄道会社に勤めていたので、そんなわけないだろうと。

CGW:確かに(笑)。

早野:また別のときは「海のように広くて、兵隊のように強い心を持つ人になってほしい」など、いかにもとってつけたような答えが返ってきたりも......。結局、真相がわからないまま父は逝ってしまいました。

CGW:ご両親はどのような方なのですか?

早野:父親は普通のサラリーマンでしたよ。母親も専業主婦ですね。ただ、母方の叔父が日本画の大家で、歌舞伎座の緞帳(どんちょう)とかを描いていたんですよ。その影響もあって幼稚園の頃から絵を習っていました。

CGW:それはすごいですね。そこが今の仕事の原点になるのでしょうか?

早野:習っていたのは絵画なので、CGとはあまりつながってないかもしれませんけど。

  • CGWORLD vol.228(2017年8月号)
  • CGWORLD vol.228(2017年8月号)では、早野海兵氏に表紙グラフィックを描き下ろしていただいた

CGW:どんなお子さんだったのですか?

早野:ファミコン世代でしたから、とにかくゲームが好きでした。MSXを買ってもらって、『イー・アル・カンフー』(1985)とか『メタルギア』(1987)とかをやり込んでいました。先の話になりますが新卒時の就職活動では、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE、現:ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE))と同時に、コナミコンピュータエンタテインメントジャパン(KCEジャパン、現:コナミデジタルエンタテインメント(KDE))にも内定をいただいていたんですよ。小島(秀夫)監督にも面接をしていただきました。

CGW:それは盛り上がりますね。

早野:子どもの頃に好きだったゲームのクリエイターじゃないですか。ちょうど『メタルギアソリッド』(1997)がブレイクする直前で、SCEとどっちに行くかギリギリまで悩みました。最終的にソフトウェアだけでなく、ハードウェアも開発していたSCEを選んだのですが、あのときにコナミを選んでいたら、またちがった人生だったかもしれませんね。

CGW:映像作品で影響を受けたものはありますか?

早野:僕らの世代なら定番の『宇宙戦艦ヤマト』、『機動戦士ガンダム』ですね。リアルタイムではありませんでしたが、再放送などでよく観ていました。だから、『リング・オブ・ガンダム』(2009)(※1)の制作に参加することになるとは夢にも思いませんでしたね。

※1:富野由悠季総監督によるガンダム30周年記念ショートフィルム、フルCGで制作された。

CGW:それもすごい話ですね。人生何がつながるかわかりません。

早野:あのときは富野由悠季監督が自分の隣に座って、つきっきりで演出されたんですよ。CGデザインの段階から「ガンダムのランドセルをもっと大きく」とか、細かく指示を出されて。

CGW:仕事冥利に尽きますね。ところで、以前に映画『ウォール街』(1987)にも刺激を受けたと聞きました。大物投資家と彼にあこがれる若手証券マンを描いた作品ですが、3DCGアートとは大分毛色がちがいませんか?

早野:中学生の頃に観て、衝撃を受けたんです。この映画で「投資家」という存在を知りました。実家が決して裕福ではなかったこともあって、若手証券マンのバド・フォックス(チャーリー・シーン)が知略を駆使して成り上がっていく姿に共感したんですよね。学校の勉強でも数学がわりと得意だったので、金融業界に憧れを抱きました。

映画『ウォール街』。デジタルアーティストが影響を受けた映画として挙げるのは異例ではないだろうか。しかし、今回のインタビューによって、アートと計数管理の双方に精通する早野氏独自の"強み"を垣間見た気がした

CGW:ですが、実際にはデジタルアーティストとしてご活躍中です。アート系の進路を選ばれたのはどうしてですか?

早野:絵を描くのは好きでしたし、母方の伯父の影響で絵を描く仕事を身近に感じていたことが大きいですね。両親の理解もありました。ただ、一番の理由は当時はまだ株や投資の情報が少なすぎて、職業としての道筋がわからなかったんですよ。

CGW:普通はアート系の仕事の方が反対されそうですけどね。

早野:本当ですね。高校時代は美大志望者向けの塾に通っていました。ただ、好きな画家やイラストレーターは特にありませんでした。ただひたすら、絵を描き続けることが幸せで、就職もまったく考えていませんでした。

CGW:純粋に絵を描くことが好きだというのは、一番の資質じゃないですか。

早野:いやー、今思えば勉強からの逃避行動だったのかもしれません(笑)。

kh2012 from kaihei hayano on Vimeo.
2012年に発表されたデモリール。いずれもCGWORLDの連載では静止画として披露されていたものだが、クオリティ損なわずに映像へと昇華されている


次ページ:
<2>人生を変えたCGとの出会い、そして修業時代

Profileプロフィール

早野海兵/Kaihei Hayano(画龍/Garyu)

早野海兵/Kaihei Hayano(画龍/Garyu)

株式会社画龍 代表取締役会長。CGゼネラリスト・アートディレクター・デザイナー。日本大学芸術学部卒後、ソニーミュージックエンタテインメント、リンクス(現IMAGICA)、ソニーコンピューターエンタテインメントを経て独立。フリーランスとして活動した後、2007年に株式会社画龍を設立。月刊「CGWORLD +digital video」誌にて「画龍点睛」連載中。講演やセミナーをはじめ、後進の育成にも熱心に取り組んでいる。

「早野海兵」公式サイト
kaihei.strikingly.com
「画龍」公式サイト
www.ga-ryu.co.jp

スペシャルインタビュー