「物理ベースっぽいけど、実際には噓」なライティング
C:ライティングはどなたが担当したのでしょう?
千葉:藤巻さんと相談しながら、僕が担当しました。最初の頃は「ホラーゲームだから、暗くすれば怖さを演出できるだろう」と考えていたのです。ところが藤巻さんと大格さんから「単純に暗くするだけじゃ、プレイヤーは何をすれば良いのかわからない」と指摘されたので、プレイヤーが迷いなく操作できる明るさを確保しつつ、怖さを演出できるようライティングを調整しました。ハイライトの位置も考えましたし、明るさと暗さのテンポも試行錯誤しましたね。Oculus Riftを通して見た場合と、ディスプレイモニタで見た場合とでは、画面の明るさが全然ちがう点にも悩まされました。
▲ゲーム内の背景
大格:ライティングも物理ベースが理想ではありましたが、全部のライトを物理ベースにすると、VRゲームとしてのパフォーマンスを維持できませんでした。加えて、必要な明るさも確保できなかったのです。そのため背景のテクスチャにライトを焼き付けたり、光源のない場所に「噓ライト」を置いて周囲をうっすら照らしたりしています。
千葉:「物理ベースっぽいけど、実際には噓」というライティングを目指したので、すごく難しかったです。何度もトライ&エラーを繰り返し、なんとか成立させました。アーティストは「こっちのライトの方が良い!」と言って処理負荷の重いライトを使いたがったのですが、「それは重くなるから止めてください」とプログラマーからNGを出されることも多かったですね(笑)。
藤巻:アーティストの皆さんは処理負荷に対する認識がちょっと甘かったので、理解と協力を得られるよう、結構がみがみ言わせていただきました(笑)。一方で、皆さんが表現したいものを最大限表現できるよう、プログラマーとして最大限の努力をするよう務めもしました。
C:よくチームが崩壊しませんでしたね。
藤巻:そうですね。
C:崩壊の危機はなかったんですか?
大格:なかったですね。今村さんはすごくアーティスト寄りで、藤巻さんはすごくプログラマー寄りの人なのです。その間に千葉さんや僕が入ることで、いい感じの緩衝材になっていたように思います。
今村:確かに色々言ったり言われたりはしましたが、お互いの仲が険悪になることは一切ありませんでした。VRゲームということもあって、グラフィックスの質を落とさざるを得ない部分はありましたが、今の自分たちがVRでできることはやりきったと思います。
▲【左】UE4上に配置したライト/【右】ライティングの参考例
▲ライティングの参考例。光源のない場所にも、周囲をうっすらと照らす「噓ライト」が置かれている。「ライティングは本当につらい作業でした。ゲームのパフォーマンスと見映えの両方に影響する要素なので、プログラムの観点に加え、アートの観点からもクオリティアップが求められました。VR空間内での移動を想定したライティング、リニアワークフローではない環境での作業、軽量化のためのライトの焼き付け、反射キャプチャー(※2)の配置など、とにかく苦しい要素が多かったです」(千葉氏)
※2 UE4の機能の1つ。配置した場所から一定範囲のキューブマップをキャプチャする
C:最後に『Gray』の制作を通して皆さんが得たものを教えていただけますか?
大格:学生のうちに、これほどしっかり役割分担がなされたチームで制作できたことはすごく貴重な経験でした。この経験のおかげで、別のチームで制作することになったとしても、どう進めれば正解にたどり着けるか見極められるようになったと思います。今回はUE4を使いましたが、今後はもっと低レベルなプログラミングを実践し、ゲームエンジンやAIをつくることにも挑戦したいです。
藤巻:チーム制作の経験が一番の財産になったと、僕も感じています。チーム内で役割分担をして、それぞれの得意分野でしっかり力を発揮し、最高に良いものをつくるという目標が達成できたことはすごく嬉しいです。僕が学んできたことを実際のゲーム制作に生かし、完成したゲームをTGS2017でお客様に遊んでいただくまでの一連のながれを実践できたことは、本当に貴重な経験でした。
小西:技術の面でも、考え方の面でも幅が広がったと思います。後は、逆境に立ち向かう、どんなことをしてでも成し遂げる精神を養えました。そして一番の収穫は、人の目を気にするようになれたことですね。
C:「人の目」というのは「ユーザーの評価」という意味ですか?
小西:それもありますし、ディレクターの理想をどう実現するかという意味でもですね。人に見てもらい、喜んでもらうことに対する意識が高まったと思います。
千葉:他の人の考える理想を実現するために、自分がどんな工夫や努力をするか......。自己表現ではない表現欲求がすごく身に付いたと感じています。後は、ゲームづくりを通して、つくり手の気持ちが少し理解できたように思います。『Gray』の制作を通して、ゲームづくりをしっかり体験できたことが、すごく良かったです。
今村:自分1人ではつくれなかったものが、皆の力を借りることで完成し、いい結果に終わったことがとても嬉しいです。自分の腕も上がったと感じます。ゲーム会社に入ったら、自分のつくりたいものはつくれないと思うので、学生のうちに制作できて良かったと思います。
C:将来アートディレクターになって、今度は仕事で自分の理想を表現できるようになると良いですね。
今村:そうですね。それを目指して、今後もゲームをつくっていきたいと思います。