徳川家康の生涯を新たな視点で描いた、2023年の大河ドラマ『どうする家康』。これまで以上に磨きをかけた最新のバーチャルプロダクション技術を駆使している。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 297(2023年5月号)からの転載となります。

国内バーチャルプロダクションの礎を築いた大河ドラマ
NHKにて毎週日曜日に放送されている大河ドラマ『どうする家康』は、全面的にLEDウォールを用いたバーチャルプロダクション(以下、VP)が活用された、大河シリーズ初の作品だ。本作の演出統括を担当したNHKの加藤 拓氏はVPの導入についてこうふり返る。
「『マンダロリアン』で使用されたインカメラVFXの技術を知った時、大河ドラマというメジャーなコンテンツでこの新技術に挑戦するのは、映像表現の進化とつくり方の劇的な改革に非常に有効だろうと思ったんです」(加藤氏)。

大河ドラマ『どうする家康』
NHK大河ドラマ第62作。総合テレビ毎週日曜20時、NHK BSプレミアム&BS4K毎週日曜18時より放送中(BS4Kでは毎週日曜12時15分より先行放送)。
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しかし、企画当初はNHK内でもVPのノウハウや設備が十分になく、上手くいかない場面もあったという。「NHKでは1年半前からVPに取り組んでいますが、設備とノウハウに課題がありました。しかし、本作の始動にあたって日本VPのトップクラスのスキルを持つ皆さんに協力していただけたので、高いクオリティでの安定運用ができています。チームとしての連携も円滑で、非常に良い状態で撮影ができているのは本当にありがたいことです」(NHK VFXコーディネーター・石原 渉氏)。
これに対しVP/ポスプロコーディネーターのソニーPCL松岡祥吾氏は、「大河ドラマの依頼を受けた際は未知数で挑戦的だと感じましたが、NHKさんのDXへの取り組みや映像業界へ革新をもたらそうとしている姿勢に共感し、一緒にトライしていきたいと思い、ご一緒させていただきました」と話した。

2021年1月、後に本作品のインカメラVFXに加わるスタジオブロス、モデリングブロス、ソニーPCLの有志が集まり仮想大型ドラマVPプロジェクトをスタートさせていた。インナーテストでは、いくつかバーチャルセットが作られたという。
「当初から問題はfpsの担保、特にデジタルダブル(CGのエキストラ)が大きな課題でした。実際バーチャルセットにデジタルダブルを実装するとfpsが上がらない状況が続いたので、リアルタイム性の確保が技術的に一番大きな壁だったと思います。同年9月くらいにはデジタルダブルを100体入れても30fpsを保持するスキームが確立していました。本作のオファーを受ける半年くらい前のことです」(スタジオブロス VPプロデューサー・金子元隆氏)。
とはいえ、見えてきた部分も同時にあったという。「2022年2月頃には実践的なVP撮影のかたちが見えてきました。VPの良いところ悪いところを見据えて、最終的なクオリティや、VP撮影では何が重要なのかを話し合うことができました」(ソニーPCL テクニカルスーパーバイザー・石川智太郎氏)。

これに対してNHKの加藤氏は「2月に戦国時代の大軍勢が行軍したり合戦したりするシーンを皆で共有できたとき、様々な制約から解放され戦国の景色が変わったと感じました。『戦国』は世界に通用する面白さをもつ日本独自のエンターテインメントで、その世界観をグローバルスタンダードにアップデートする可能性が見えた瞬間だと思いました」と加えた。
LEDをはじめVPシステムを担当したヒビノ VFXプロデューサー・菊地茂則氏も「話数が進むにつれこれまでの戦場シーンで見られなかった世界が出てきたので、インカメラVFXの面白さを再実感しました。第5回の海辺のシーンは特に印象的で、実写映像を2.5次元化してナチュラルな雰囲気を出したりしています。とにかくいろいろなシチュエーションが出てくるので、アイデアを出して撮るのは楽しいです」と語った。
群衆表現やセットとの馴染み
また、本作は合戦時に最大で万単位の軍勢の描写を実現しており、これは世界的に見ても前例のない挑戦だったという。「群衆シミュレーションには2つのシステムを使用し、目立つ部分はAtoms Crowd、遠景はUnreal Engine(以下、UE)のパーティクルシステムを改造して作成しています。これまでの撮影では、人馬合わせて4,000体を超える合戦シーンを描写したこともあります。演出部の要望に応じて、できることを増やしていきました」(スタジオブロス VFXスーパーバイザー・田村耕一郎氏)。
「新しい技術を使うために、機材やソフトウェアのアップデートを続けながら撮影を進めていかなければならない点もなかなか大変でした。新しい機材やソフトウェアがバグを抱えていることがあるため、バグフィックスの要望などを問い合わせたりするのですが、『そこまで変態的な使われ方をすることを想定していなかった』のような返事がくることも(笑)。毎日が苦労の連続ですが、世界初の映像をこの現場でつくり上げているんだというワクワク感があります」(田村氏)。

本作では群衆表現だけでなく、セットとの馴染みについても群を抜いている。「通常のドラマ撮影に比べUEの調整分作業時間が増えるため、例えば地形の起伏や色味などを短時間で調整するためのシーン構築や現場フローについて、美術部と協力しながらつくり上げることで、迅速な対応を実現できました」(田村氏)。
ライティングに関しても、照明部との連携が非常に重要だという。「演技空間としてのセットの照明に追従するように、UE空間のライティングとマテリアルを調整しています。そしてカメラの撮像に応じた被写界深度の調節やLEDの輝度・色温度などの調整を加えて、インカメラVFXのコンポジットをオンセットで行なっています。リアル空間とバーチャル空間をひとつなぎに見せるため、UEのライティング、マテリアル、カメラの調整とLEDの調整をどう動かしていくか考えながら、照明・撮影・演出各部とコミュケーションし、オンセットでのVPの最善のかたちを追求しています」(石川氏)。

結果として、国内で最も先進的でクオリティの高いVPが実現している。「VP技術を使うことによる最も大きな変化は、従来のオープンセットで表現できなかった空気感や背景、文化の変化などをよりドラマチックに表現できるようになったことだと思います。例えば家康と秀吉の対立において、単なる人間ドラマだけでなく文化が変化していく様子を大きなスケールで見せていくことも可能になりました」とNHKの美術統括・山田崇臣氏は語る。
ヒビノのVFXスーパーバイザー・日野恵夢氏は、現状のVPに対して感じている課題について語った。「LEDとCGの解像感についてはまだ改善が必要で、特にLEDの解像度や再生できる解像度について技術的な革新が求められると感じています」(日野氏)。
グリーンバックとの併用
もちろん、全てのVFXがVPで行われたわけではなく、必要に応じて従来のグリーンバック合成も使われている。「ポスプロスタッフで、効率やコストを検討しながらVP撮影とグリーンバック撮影を選択していきました。中でもNHK名古屋放送局のスタジオで撮影した丸根砦のシーンは正面をVP、逆面をグリーンバックで撮影したため大変でした。LEDで全面囲まれていれば良いのですが、正面はVP撮りきり、逆方向はグリーンバックとなり、UEシーンを後レンダリングして合成しています」(NHK VFXディレクター・松永孝治氏)。
大河ドラマという大きな枠組みの中での挑戦となった本作。国内のVP技術の礎であり、常に最先端の実験場としての役割も担っていた。

<1>VPとグリーンバックを併用したカット制作
現場全員で確認できるVPのメリットと課題
VFXが多用されている本作の中でも、清須城のシーンではいろいろなことにトライしているという。
VFXディレクターの松永氏は「清須城のシーンは、技術的な挑戦をしているシーンでもあります。正面の建物と地面だけを美術セットで組み、あとは3面グリーンバックで撮影しているのですが、特徴点がなく視差も少なかったのでトラッキングができないのではないかという問題がありました。ただ、VPスタジオでの撮影でRedSpyにより位置情報が取れるため、それをトライしてみようということになりました。また、広大な清須城を再現するため、美術セットの石段や地面をスマホでLiDAR撮影し、そのデータでエクステンションしています。当初、周りの建物や塀などもUEレンダリングを考えていましたが、クオリティをさらに上げるためにMayaでのレンダリングに切り替えました」と語った。
初の試みということで念のためマーカーもかなりの数貼っていたというが、結果的に想定通りカメラデータを取ることができたため、マーカーは使わずに済んでいる。

また、CGの“リアルさ”の表現には苦戦したという。「何をもってリアルとするのかがなかなか難しく、落とし込むのに時間がかかりました。インカメラでつくる場合は撮影前に多くの作業を全て準備しておかなければならず、1シーンしかなかったり数カットしかなかったりするとスケジュール的に厳しくなることが多いです。その際は、ポスプロ側でVFXを担当することになります。丸根砦のシーンの一部の背景はMayaのプリレンダーでも描いていますが、何を基準にしたらいいのか難しいところでした」(松永氏)。
一方、VPは現場全員で馴染みを確認することができるメリットがあったという。「グリーンバックにならざるをえない場面もありますが、グリーンバックだとやはりどんな完成画になるのかが現場ではわかりにくいので、カメラマンも構図を決めにくいですし、役者も想像するところが増えて演じることが難しくなる。その点、VPはメインカメラを見れば一発で完成画がわかりますし、撮影現場の皆で共有できるのではドラマのつくり方が変わるなと改めて思いました」(松永氏)。
第15回になると、ノウハウが溜まってきたことで上手い見せ方ができるようになってきたという。「理想は全てVPでみんなで見ながらつくっていくところだなとは思いつつ、決められたスケジュールの中でここはポスプロの方がクオリティを上げられるなという判断は話数を追うごとに正確になってきたと思います」(松永氏)。
バーチャルプロダクションの撮影風景と完成映像

T-1スタジオのバックヤード

町中のVP撮影風景


第5回海辺のシーン



バーチャルプロダクションをポストプロダクションで拡張
ポスプロ側のVFX処理
そのほかポスプロ側のVFXで処理されたシーン。
群衆シミュレーション
スタジオブロスによるAtomsを用いたUE上での群衆シミュレーション。
LiDARスキャン
一部Scaniverseを用いたLiDARスキャンも行われた。
column 角川大映スタジオでの大規模合戦
筆者は、角川大映スタジオで行われた本作の撮影現場を見学する機会をいただいた。27m×6mの巨大LEDパネルを設置したVPセットでは、第15回以降全ての大規模合戦シーンで使用される汎用素材の撮影が行われた。この素材は、今後のNHKの番組でも長期的に利用することも視野に入れた取り組みだという。このLEDウォールはその巨大さだけでなく、美術セットとも驚くほど馴染んでおり、セットとLEDの境が一見分からないレベルの精度だった。
また、兵隊役のエキストラや馬を乗せた巨大なターンテーブルを使用して、セットごと回転させることで回り込むカメラワークを実現したシーンも見学した。NHK制作統括・村山峻平氏は、現在までにVP撮影を実施したスタジオは複数あり、広さや奥行き、天井高などスタジオの特徴に合わせてVP撮影の可能性を試行錯誤しながら、順次撮影を進めてきたという。
「『どうする家康』の撮影は、NHK名古屋放送局のスタジオから始まり、緑山スタジオや角川大映スタジオ、そしてNHK渋谷放送センターへと移動し、複雑なスケジュールをこなしています。撮影の一番最初に、皆さんと名古屋で2ヶ月間過ごしたことで人間関係が深まり、遠慮せず本気で取り組めるチームを実現できました」と語っている。
NHKの技術開発への熱意と国内VPのトップ企業の切磋琢磨により、新しい技術の本質と未来を見据えたハイクオリティなVP現場が実現していた。

角川大映スタジオ
角川大映スタジオには縦6メートル、横27メートルの非常に巨大なLEDウォールが設置されている。

LEDパネルの細部

巨大ターンテーブルの様子


第15回ロケ撮影



CGWORLD vol.297(2023年5月号)
特集:超こだわりのルック開発
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2023年4月10日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_三宅智之(38912 DIGITAL)
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada