規格外の超ハイエンドCPUの実力は?
バーチャルプロダクションを手掛けるsync.dev 岡田氏が
「AMD Ryzen Threadripper PRO」を検証
bysync.dev
AMDの最上位CPU「Ryzen Threadripper PRO」シリーズが、
2021年3月から単体製品として発売。
注目の規格外超ハイエンドCPUは、どれほどの可能性を秘めているのか。
その実力と魅力を探ってもらった。
AMDの最上位CPU「Ryzen Threadripper PRO」シリーズが、
2021年3月から単体製品として発売。
注目の規格外超ハイエンドCPUは、どれほどの可能性を秘めているのか。
その実力と魅力を探ってもらった。
(左)sync.dev 岡田太一氏
sync.dev
STUDで代表取締役を務める岡田太一氏が、新たな屋号として立ち上げたクリエイティブチーム。テレビCMやWeb広告などの映像制作を中心とするSTUDと異なり、3DCGなどのR&D に特化している点が大きな特徴。Unreal EngineやUnityをメインに、広告やインスタレーションアートなどの幅広い商品開発を行っている。
https://www.sync.dev/
GoogleやソニーのテレビCM、Webムービーなども手掛ける一方で映像制作会社STUDを設立するなど、映像業界で幅広い活躍を見せる岡田氏が、3DCGなどのR&D に特化したクリエイティブチームとして立ち上げたのがsync.dev。最近では、セットとグリーンバックを組み合わせた従来型のCG合成に加えて、高度なデジタルの技術や手法を用いて既存の撮影課題を解決する「バーチャルプロダクション」にも取り組んでいる。
このバーチャルプロダクションにおいて、sync.devが事業の1つとしてチャレンジしているのが「インカメラVFX」である。インカメラVFXは、大型のLEDディスプレイである「LEDウォール」やカメラトラッキング、リアルタイムエンジンを組み合わせた新たな撮影手法。LEDウォールに投影された背景用の3DCG映像と、スタジオ内の物理的なカメラや照明技術などを同期させて撮影することで、CGと実写をリアルタイムに組み合わせた映像を後処理することなく制作できる仕組みである。
インカメラVFXに限らず、バーチャルプロダクションの案件では、制作する3DCGの映像に高いクオリティが求められるほか、撮影時のリアルタイム性を実現するためにも、作業に使用するPCには超ハイエンドなスペックが必要となる。そこで岡田氏は、Unreal Engine 4やUnityをメインで利用するバーチャルプロダクション用の制作環境として、2019年に当時のハイエンドCPUであるAMDの「Ryzen Threadripper 2990WX」(32コア / 64スレッド / 3GHz / 最大ブースト・クロック4.2GHz)などを採用した数百万円レベルのモンスターマシンを自作で組み立てて導入した
(参照URL:https://cgworld.jp/interview/201907-STUD.html)。
そして今回、そのモンスターマシンのリプレイス的な位置づけとして、Ryzen Threadripper PROシリーズのCPUを採用した新たな超ハイエンドPCを、Ryzen Threadripper PROシリーズのコンシューマ発売に合わせて導入した。
岡田氏は経営者でもあるため、業務で利用するPC選びにおいて、数百万円レベルのモンスターマシンよりも「コストパフォーマンスに優れたPCの方が大事である」ことは重々承知している。ただ、一個人のクリエイターの立場からすると、最高のモノ作りを実現させたいという欲求から、PCのスペックには「常に‟More Power”を求めてしまう」とともに、「最上級のPCならどれほどの表現が可能か。その可能性を知りたい」と話す。
また、sync.devではバーチャルプロダクションをR&Dとして取り組んでいることから、PCのスペック不足が原因で「やりたかった表現方法や内容を諦めたくない」(岡田氏)という思いがある。そのため、経営者として会社の未来を見据える意味でも、一般的なコストパフォーマンスの概念を無視した「超ハイスペックなモンスターマシンも必要である」と岡田氏は考える。
このような背景や経緯を踏まえて、今回は岡田氏が新たに導入した「Ryzen Threadripper PRO 3995WX」と「Ryzen Threadripper PRO 3955WX」を搭載する超ハイスペックPCの実力を検証。ベンチマークを使った性能評価や実作業に準じた検証で性能を比較し、従来マシンを凌駕する優れた性能やRyzen Threadripper PROシリーズならではの利便性などを探った。
今回は、岡田氏が自作してsync.dev やSTUDに導入した4台のデスクトップPCを検証機として使用した。
検証機1は、Ryzen Threadripper PROシリーズのハイエンドモデルである64コア/128スレッドの「Ryzen Threadripper PRO 3995WX」をCPUに採用したPC。GPUにはワークステーション向けのモデル「NVIDIA RTX A6000」を搭載し、メモリは256GB(32GB×8)、ストレージはメイン用の2TB SSDとキャッシュ用の8TB(2TB SSD×4:RAID 0)を備える充実ぶりの構成内容だ。また、CPUが単体で約70万円、GPUが約60万円、そして全体価格も200万円を優に超えるとあって、別の意味でもモンスター級のPCである。
なお、岡田氏は現在、このPCを主にUnreal Engine 4の制作環境として利用中。コア数の多さから「ビルドが非常に速く、プレビューも品質をあげても迅速にチェックできる」ほか、「V-Rayのレンダリングも非常に速い」ことから、価格を考慮しても「満足度は高い」そうだ。
検証機2は、Ryzen Threadripper PROシリーズのエントリーモデルである16コア/32スレッドの「Ryzen Threadripper PRO 3955WX」をCPUに採用したPC。検証機1と比較すると、CPU以外ではメモリが64GB(8GB×8)で、ストレージもメイン用の2TB SSDのみに抑えられているが、GPUやマザーボードといった他のパーツは検証機1と共通。イベント会場などでリアルタイムCGを動かす際に利用するPCとして利用していることから、「GPUやCPUのクロック周波数を重視した」(岡田氏)モデルになっている。
ちなみに、検証機1と比較すれば価格は安いものの、マザーボードを含めたベースパーツが何気にしっかりしているため、全体では150万円程度になるとのこと。そのため、ゲームエンジンで使用するといえども、一般的なゲーミングPCとは一線を画す「用途に応じた性能や安定性を備えている」(岡田氏)。
検証機3は、2019年に岡田氏が導入した「Ryzen Threadripper 2990WX」搭載のモンスターマシンがベースとなっているPC。元から128GB(16GB×8)のメモリを備えるほか、GPUが「NVIDIA TITAN RTX」から最新のハイエンドモデル「NVIDIA Geforce RTX 3090」に強化されているため、CPUが1世代前のRyzen Threadripperであっても、作業には十分なスペックを備えているといえる。
検証機4は、CPUに8コア/16スレッドの「Ryzen 7 1700X」を搭載したPC。GPUこそ最新の上位モデルである「NVIDIA Geforce RTX 3080」を搭載しているが、CPU自体が2017年発売の古いモデルであるほか、メモリも64GB(16GB×4)となっており、他の検証機と比べると性能は決して高くない。そのため、位置づけとしてはあくまで参考用だが、一般的な市販のデスクトップPCと比較すれば、じつはなかなかの性能を備えたPCではある。
最後に、検証機1と検証機2に搭載されている「Ryzen Threadripper PRO」シリーズについて簡単に説明しておこう。Ryzen Threadripper PROは、従来のコンシューマ向けAMD製CPUとしては最上位に位置づけられていた「Ryzen Threadripper 3000」シリーズと同様に、コアアーキテクチャには「Zen 2」を採用。そのため、コア数やクロック周波数、キャッシュなどの性能は、基本的にRyzen Threadripper 3000シリーズに近しいものとなっている。
ただし、CPUソケットはSocket sWRX8、対応チップセットはAMD WRX80となるため、Ryzen Threadripper 3000シリーズとの互換性はなし。専用のマザーボードが必要となるため、CPUのみの買い替えを検討している人は注意が必要だ。
一方で、Ryzen Threadripper PROシリーズならではの特徴となっているのが「I/O性能の向上」で、例えばメモリチャネルが8チャネルに対応し、最大メモリ容量も従来の256GBから2TBに大幅アップ。さらに、PCI-Express 4.0の最大レーン数も64から128へと強化されるなど、拡張性がこれまで以上に高くなっている点は見逃せないポイントだ。イメージとしては、Ryzen Threadripperシリーズの性能に、AMDがサーバー向けに提供するCPU「EPYC」シリーズの特徴をプラスしたようなCPUに仕上がっている。
検証ではまず、純粋なCPU性能を測る「Cinebench R23」、V-Rayでのレンダリング性能を測定する「V-Ray Benchmark」、3DCGのレンダリング時間を計測する「Blender Benchmark」という3種類のベンチマークソフトを実施した。さらに、バーチャルプロダクションでの利用を踏まえたUnreal Engine 4のテストとして、やや大規模なMapのLighting Buildに要した時間を計測。それぞれの検証からCPU単体やPC全体のパフォーマンスをチェックした。
最初にCinebench R23の結果を見てみると、マルチコアのスコアは64コア/128スレッドを誇る検証機1のRyzen Threadripper Pro 3995WXが圧勝。Ryzen Threadripper 2990WXと比較して2倍以上の差がついている点は「想定通りの結果」(岡田氏)といえる。
その他も順位もCPUのスペックに準じたものとなったが、検証機2のRyzen Threadripper PRO 3955WXのスコアが、そのコア数とは裏腹に検証機3のRyzen Threadripper 2990WXの約8割に達した点は見逃せないポイント。この点について岡田氏は「IPC(Inter-Process Communication:プロセス間通信)の向上とともに、メモリの高速化やクロック周波数の増加などが影響しているのではないか」と考える。
V-Ray Benchmarkの結果も、傾向としてはCinebench R23と同様だ。Ryzen Threadripper 2990WXと比較して、Ryzen Threadripper Pro 3995WXが2倍以上の性能を見せるとともに、Ryzen Threadripper PRO 3955WXもかなり健闘したスコアを出している。
一方で、Blender BenchmarkではRyzen Threadripper Pro 3995WXの強さこそ変わらなかったが、Ryzen Threadripper PRO 3955WXの結果がRyzen Threadripper 2990WXに迫るだけでなく、一部では上回るケースも出現。「koro」のテストではRyzen Threadripper PRO 3955WXが「200秒」だったのに対してRyzen Threadripper 2990WXが「204秒」となり、僅差ながらも勝利する結果となった。
さらに、Unreal Engine 4のテストではRyzen Threadripper PRO 3955WXがRyzen Threadripper 2990WXを完全に上回り、「Preview」と「Production」の両方で検証機1>検証機2>検証機3>検証機4という結果となった。Ryzen Threadripper PRO 3955WXの結果がRyzen Threadripper 2990WXを上回ったことに対して、岡田氏はUnreal Engine 4のBuild処理に着目。Build処理ではシングルスレッド処理とマルチスレッド処理が複合することから「ここでもIPCの差が顕著に出たほか、メモリの転送速度の差も影響したのだろう」と考察した。
次に、CPUの基本的な処理性能以外の機能にも注目してみると、岡田氏がまず挙げたのは「PCI-Express 4.0の最大レーン数の拡張」だ。実際、岡田氏が利用するPCのPCI-Expressスロットには、GPU以外にもSSDのRAIDボードや40GbE NIC(ネットワークインターフェースカード)、複数のGPUを同期させるNVIDIA Quadro Syncボード、業務用の映像機器へのデータ転送に用いるSDI(Serial Digital Interface)など、一般ではあまり見られないさまざまな機材も取り付けられている。これらのインターフェースを「安心して利用できる環境を構築できる」という点は岡田氏にとって非常に重要な要素であり、「今回Ryzen Threadripper PROシリーズを導入した理由の1つ」だったそうだ。
また、メモリチャネルの増加についても岡田氏は「8チャンネルすべて使った方が速くなる」と理解しており、実際の使用感も含めて「少なからず恩恵を受けている」と感じている。一方で、メモリの最大容量については、さすがに現状ではコスト面やソフトウェア対応の問題もあり「2TBまで使い切るような状況にはない」(岡田氏)。ただ、そこまで対応したことに対しては「今後に向けての安心材料になる」と感じており、64GB×8=512GBへのアップグレードなら「すぐにでもあり得る話だ」と語った。
このほかにも、今回の検証で岡田氏がメリットに感じたのは「CPUの発熱」に関して。とくにRyzen Threadripper Pro 3995WXは、コア数をフルに稼働させた状態でも「80度を超えることなく、70度台で済んでいた」ことに驚くとともに、アイドル時も30度台で推移していたことに「とても効率がいい」と感じたという。また、Ryzen Threadripper Pro 3995WXを搭載したPCは水冷ではなく空冷ファンを採用しているが、当初の想定よりも「騒音が大きすぎなかった」ほか、熱による性能低下も感じなかったこから「安定性も高い」と評価した。
今回の検証結果から、岡田氏はRyzen Threadripper Pro 3995WXの「圧倒的な高性能」とRyzen Threadripper Pro 3955WXの「優れたコストパフォーマンス」を実感。純粋な処理性能に加えて、優れたI/O性能や熱設計にも満足度は高く好印象だったことから、総評として「絶対性能の3995WX」と「高効率の3955WX」と結論付けた。
さらに、Ryzen Threadripper Pro 3995WXの価格は約70万円、Ryzen Threadripper Pro 3955WXは約15万円となるため、通常の市販CPUと比べれば「(性能も含めて)一線を画している製品」ではあるが、岡田氏が比較対象としているのは「200~300万円クラスのターンキーソリューション」になるとのこと。それを踏まえれば「十分安い」ことに加えて、そのようなハイエンドクラスのCPUがコンシューマ向けに販売されたことで「自作PCへ自由に組み込むめるようになったのは大きな強みだ」と岡田氏は付け加える。
また、コンシューマ向けの一般的なAMD製CPUは「優れた性能とコストパフォーマンスの高さ」で注目を集めているが、最高の仕事道具を求めるCGデザイナーなどは超ハイスペックモデルにも「価値や魅力を感じる」と岡田氏は考える。それゆえに、性能や利便性を追求したRyzen Threadripper Proシリーズは非常に優れた製品であり、作品のクオリティアップや選択肢の広がりという意味でも「Ryzen Threadripper Proシリーズの存在意義は大きい」(岡田氏)。
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