>   >  なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第1回:黎明期 1970~80年代)
なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第1回:黎明期 1970~80年代)

なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第1回:黎明期 1970~80年代)

<3>ユタ大学における人物CG表現の黎明

現在、ピクサー・アニメーション・スタジオとウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの社長を兼任するエドウィン・キャットマル/Edwin E. Catmullは、初めてリアルな人間の3DCG表現に取り組んだ人物のひとりでもある。彼は高校時代からディズニーのアニメーターになる夢を持っていたが、絵の才能がなかったことから、コンピュータでアニメーションを作成するアイデアを思い付いた。そしてユタ大学(University of Utah)の博士課程において、フレドリック・パーク(Fredric I. Parke)と共に、『Halftone Animation』【図3】と題された作品を、1972年に完成させた。ここに史上初の人間の頭部の3DCGアニメーションが登場する。

モデルはパーク夫人だったが、彼の子供が母親だと気付いたそうである。その後パークは、顔の3DCG表現を追及していく。彼が1974年に博士論文と共に発表した映像には、かなりリアルなスピーチ・シミュレーションが見られた。

ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題【その1:黎明編 1970~80年代】

【図3】「ハーフトーン・アニメーション」(Halftone Animation)
E. Catmull and F. Parke, University of Utah, 1972


<4>映画『未来世界』

なおこの「ハーフトーン・アニメーション」は、映画『未来世界』(Future World, 1976)において劇中のモニタ画面に流用されている。そしてこの映画には、もうひとつ重要な3DCGが登場していた。それは、主人公チャックを演ずるピーター・フォンダの頭部が、シェーディング画像で表現されるシーン(*6)【図4】で、これを手がけたのはインフォメーション・インターナショナル/Information International, Inc.(以下、トリプルアイ)だった。

ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題【その1:黎明編 1970~80年代】

【図4】『未来世界』よりピーター・フォンダの頭部3DCG
© 1976 AIP/The Aubrey Company

(*6)これは一般人が目にした初めてのフォトリアルな3DCGで、当時高校生だった筆者の人生を決定付けた映像でもあった。IMDbのデータでは、これもキャットマルとパークの仕事のように記載されているが誤りである。現在この映像は、トリプルアイの1976~79年のデモリールの5:53あたりから見られる。

このトリプルアイは、マイクロフィルム・レコーダーや印刷用コンピュ-タ合成システムを開発販売する会社だったが、3DCGアーティストのジョン・ウイットニー・シニア/John Whitney Sr.の作品『Matrix III』(1972年)に制作協力している。
そしてこのフィルムを、映画『ウエストワールド』(『Westworld』1973年・*7)の劇中モニター画面用として借りにいったのが、監督・脚本も務めていた小説家のマイケル・クライトン(Michael Crichton)だった。クライトンはこれに加えて、ロボットガンマンの主観映像の画像処理をトリプルアイに依頼する。この作業を担当したのが、ウイットニー・シニアの長男である、ジョン・ウイットニー・ジュニア/John H. Whitney Jr.だった。

(*7)『未来世界』は『ウエストワールド』の続編であるが、こちらにはクライトンは関係していない。なお現在『ウエストワールド』は、米国でテレビシリーズ版が製作されている。

ウイットニー・ジュニアは3DCGによる映画制作という野望を抱き、1976年にトリプルアイ内にエンターテインメント・テクノロジー・グループ/Entertainment Technology Gruopを結成した。そして、ユタ大出身者を仲間に加えて本格的な3DCGプロダクション業務を開始し、受注した最初の仕事がこの『未来世界』だったのである。

<5>映画『ルッカー』

当時ウイットニー・ジュニアは、「あと10~20年で人間とまったく見分けのつかないシミュレーションの俳優が登場するだろう」と考えており、雑誌のインタビューでロングショットにおける俳優の代役、あるいはすでに亡くなった俳優、さらにエイリアンや動物、大群集などを3DCGキャラクターに演じさせる可能性について述べている。このアイデアを聞いたクライトンは早速シナリオ化し、『ルッカー』(『Looker』1981年)というスリラー映画として監督することにした。

そのストーリーは「ある企業が、密かにテレビCMのモデルたちをヴァーチャル俳優にすり替えてしまい、その目から放たれる催眠光線で視聴者をコントロールする」というものだった。だが設定に無理があり過ぎるのと、クライマックスの演出があまりにも間が抜けていて、日本では未公開に終わっている。とはいえ随所に登場するギミックが素晴らしく、人間の全身をデータ化する3Dスキャナ(ポール・デベヴェック/Paul DebevecThe Light Stagesを連想させる)や、テレビスタジオと3DCGをリアルタイムで合成するヴァーチャルセット、瞳孔追跡による広告の効果分析など、今日では実現しているアイデアが数多く見られる。

今回も3DCGを担当したトリプルアイは、『未来世界』でピーター・フォンダをデジタイズしたのと同じ方法で、女優スーザン・ディを計測した。そして彼女がデータ化されていく過程(*8)【図5】を、ワイヤーフレームからテクスチャ・マッピングが施されるまでを表現している。特に眼球だけが動いているカットは面白い。

ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題【その1:黎明編 1970~80年代】

【図5】『ルッカー』よりスーザン・ディの頭部3DCG
© 1981 The Ladd Company/Warner Bros.

(*8)トリプルアイの1982年のデモリールの5:20秒あたりから見られる。

<6>『Adam Powers』と『トロン』

トリプルアイは1981年のSIGGRAPHに、『Adam Powers』あるいは『The Juggler』と名付けた、ジャグリングをする人物キャラクターの3DCG映像(*9)【図6】を発表した。これは、大道芸人の演技を複数のカメラで撮影し、そのモーションデータに基づいてシルクハットとタキシードを身に付けた3DCGキャラクターをアニメートした作品だった。

ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題【その1:黎明編 1970~80年代】

【図6】『Adam Powers』(The Juggler)© 1981 Information International, Inc.

(*9)やはりトリプルアイの1982年のデモリールの中で見られる。

このデモ映像に大きく反応したのが、ドナルド・クーシュナー/Donald Kushnerとスティーブン・リズバーガー/Steven Lisbergerという独立系アニメ制作者たちだった。
彼らはコンピュータ内の世界を舞台とした映画を企画しており、早速トリプルアイにパイロットフィルムの制作を依頼する。そしてこの計画にGOを出したのがウォルト・ディズニー・プロダクションで、映画『トロン』(『Tron』1982年)として結実する。この『トロン』に登場する人物キャラクターは、特殊な衣装を着た俳優を3DCG風にオプチカル処理したものだったが、MCPというラスボスは『Adam Powers』のフェイシャル・データをベースにしてモデリングされた3DCGキャラクターだった。

▶次ページ:
<7>NYIT/CGL

特集