きちんとフレーム単位で確認する目をもってほしい
Academy入学後、原島氏は同校のディレクターに自身のデモリール(作品集)を見せ、"3DCGアニメーションの基礎技術は修得済みなので、基本的な3DCGクラスの履修は免除してほしい"と交渉したという。「3DCGクラスは、MELスクリプトと、ピクサークラスだけにして、ドローイングクラスを山ほど履修したのです。手描きアニメーションも勉強しましたが、それ以上に、裸体や着衣の人体ドローイングに注力しました。絵から学べることはすごく多くて、とにかく絵が描けるようになりたかったのです。"見たものを、写実的に、そっくりそのまま描いた絵が良い絵だとは限らない"という考え方は、とくに勉強になりました」。
例えば、自分の陣取った場所からモデルを見ても、変なポーズにしかならない場合は、描き変えても良い。むしろ、描き変えた方が良いと教えられたことは衝撃だったという。「ハンマーで頭を殴られたような経験でした。アニメーションを付ける場合でも、例えばキャラクターにポーズ付けて、つぎのショットでカメラが逆方向に回り込んだとき、身体の向こう側から指先だけが中途半端に見えていたなら、それは隠してしまっても良いのです。噓をついていることにはなりますが、噓をついて良いのだと、そう教わったことですごく楽になりました」。
加えて、何が良いポーズなのか、どうしてこのポーズは良いのかを学べたことも大きな収穫だったと原島氏はふり返る。「ポーズの良し悪しを判断するとき、とくに重要なのが"ウエイト"という概念です。抽象的な概念ですが、ウエイトを感じるドローイングは、すごく魅力的で、アピールする力が強いのです」。現在の仕事でキャラクターにアニメーションを付ける際にも、ウエイトを感じるポーズになっているかどうかを、フレーム単位で意識しているという。「手描きアニメーションの場合、1枚、1枚、アニメーターが考えて描いていますよね。3DCGアニメーションの場合は、キーフレーム間をコンピュータが自動的に補間してくれます。ただし、補間結果にきちんと目を通して、ウエイトを感じるかを確認し、自分の理想とする画を追求してほしい。それが、3DCGアニメーションの醍醐味なのです」。
今回取材したワークショップで、原島氏はMayaを使ったバウンシングボール(床の上でバウンドするボール)のアニメーション制作を受講者たちに課した。ただし、GraphEditor、すなわち自動補間機能は使わず、全フレームを手付けするようにという条件が付随していたため、アマチュアはもちろん、プロとしてキャリアを重ねている受講者たちも苦戦していたのが印象的だった。「GraphEditorは素晴らしく便利な機能です。ただし、その機能を使った結果が、本当に自分の理想を反映したものになっているのか、きちんとフレーム単位で確認する目をもってほしい。その必要性を感じとってもらうことが、ワークショップの目的でした」。
ピクサーのアニメーターは、アニメーションをフレーム単位で解析できる訓練された目をもっている。Academyのピクサークラスで初めてその凄さに触れた瞬間、まさに"目から鱗が落ちた"と原島氏はふり返る。「ピクサークラスは、受講生のアニメーションの講評と、講義を中心に展開されます。ピクサークラスの先生は、受講生のアニメーションを1〜2回再生しただけで、その問題点と改善策をフレーム単位で指摘したのです。さらに、良い点もきちんと見て評価してくれました。今は、自分もそういうアニメーターでありたいと思っています」。
現在も、日本には3DCGアニメーションを体系的に学べるピクサークラスのような教育機関はない。ただし、海外の教育機関で学んだアニメーターが展開するオンラインのアニメーションスクールであれば、地球上のどこからでも受講可能だという。「世界初のオンラインのアニメーションスクールである、Animation Mentorを設立した3名は、全員がAcademy出身です。最近は、Anitoon Academia、Animation Aidなど、海外で学んだ日本人アニメーターによるスクールも充実してきました。私が学生だった時代よりは、3DCGアニメーションを学ぶ環境は充実してきたと思います」。
その一方、日本では、伝統的なセルアニメの手法と 3DCGアニメーションを融合させた、独自のアニメ表現が成熟の一途をたどっている。「日本のアニメは別方向に進化していて、アメリカでもすごくリスペクトされています」。そんな日本のアニメ制作の現場と、ピクサーのアニメ−ション制作の現場の大きなちがいは何か、インタビューの最後に伺ってみた。「私自身は日本で働いた経験がほとんどないので、友人たちから聞いた話を踏まえての回答になりますが、求められる質と量が大きくちがうのではと感じています。ピクサーでは、平均して週に56フレームのアニメーション制作が求められます。この量は、日本のアニメ制作の常識からすると圧倒的に少ないそうです」。
少ないから楽かというと、そんなことはないだろうと原島氏は語る。ピクサーでは、最後の20%のクオリティアップに、制作期間の半分を投入するという。この20%が必要とされない代わりに、圧倒的な物量が求められるのが日本のアニメ制作ではないかというのが、原島氏の考えだ。「同じ3DCGアニメーションではあるものの、求められることが全く違うのではないでしょうか。もしピクサーやDreamWorksのアニメーターを目指すなら、"残り20%の詰め方"の修得を目指す必要があります。わずかなスペーシングのちがい、ほんの少しの調整で、アニメーションの質は大きく変わります。それを知っているかどうかが、すごく重要なのです」。
TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充