海外のVFX業界での就職活動は、「デモリールでほぼ決まる」と言っても過言ではない。しかし最初のうちは、充実したデモリールをつくるのが難しい。そんなとき、オンラインのアニメーションスクールを利用してみるのも1つの方法だろう。実際にオンライン・スクールで学び、少しずつキャリアを積み重ねていった池田優子氏に、その体験談を伺った。
Artist's Profile
池田優子 / Yuko Ikeda(Senior Animator / Netflix Animation Studios)
熊本県出身。デジタルハリウッド卒業後、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現・ソニー・インタラクティブエンタテインメント)でCGデザイナーとしてキャリアをスタート。その後、スクウェア・エニックス、ポリゴン・ピクチュアズ、マーザ・アニメーションプラネット、オー・エル・エム・デジタルなどを経て、2016年にカナダのMainframe Studiosに入社。Framestore、Sony Pictures Imageworksを経て、2021年Animal Logicに移籍、その後、統合を経てNetflixの所属となり、現職。
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<1>オンラインスクールを活用し、デモリールを充実させる
――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。
図書館の本を大量に借りて読んだり、漫画、ゲーム、ジブリのアニメが大好きで、真似して絵を描いていました。将来の夢は「本が好きだから小説家」、「絵が好きだから挿絵画家や漫画家」でしたが、現実的な目標は定まっていませんでした。
父が建築の仕事をしていたので「店舗設計を学べたら」と思い、武蔵野美術大学短期大学部 空間演出デザイン科に入学。勉強するうちに設計やデザインは向いてないと実感し、「映像が学べる学校に入りたい」と、就職先を決めないまま卒業しました。
そんな頃、映画館で『ジュラシック・パーク』の恐竜の群れが草原を走るシーンに感動し、バイトで貯めたお金でデジタルハリウッドに入学しました。
――日本でお仕事をされていた頃の話をお聞かせください。
初めての仕事は、ゲーム『アークザラッドIII』のムービー制作でした。ジェネラリストとして、モデリング、リグ、アニメーション、背景、エフェクトと一通り担当し、中でもアニメーションが面白く、自分に向いていると感じ、スクウェア・エニックスのモーションチームに転職しました。
ゲーム制作では人型やモンスターなどの膨大なモーションが必要なので、モーションスキルがかなり鍛えられました。世界で人気のゲームを、才能豊かな面白い人たちと一緒につくるのは、とてもやりがいがあり、楽しかったです。
ゲーム『キングダムハーツ』に登場するディズニーキャラクターのアリエルを担当した際に、実際に、映画の『リトルマーメイド』をトレースしてみたところ、たった1コマのポーズでも指先まで美しく描かれていて、とても感動しました。その感動が忘れられず、DisneyやPIXARのような海外スタジオで働きたいと思い、当時、北米のTVシリーズを制作していたポリゴン・ピクチュアズに転職しました。
そこで、同じように海外での就業を目指していた福田憲人さん(現Automatik VFXのSenior Animator)から「iAnimate」という有名スタジオのアニメーターが教えてくれるオンライン・アニメーション・スクールの情報を聞き、すぐに始めることにしました。
現在はオンラインのアニメーション・スクールが多数あり、有名なのは「Animation Mentor」、「AnimSchool」、「iAnimate」などがあります。VFX系の動物やクリーチャーがメインのスクールや、日本人の方が運営されてるスクールもあり、オンラインで学ぶことで、日本にいながらデモリールをレベルアップできます。
クラスメイトと一緒にアニメーションをつくることで、制作過程やアイディアが参考になりますし、就職活動の情報交換をしたり、彼らのデモリールと比較して、自分が今どのレベルなのか客観的に判断でき、具体的な指標にもなりました。
――「iAnimate」では、具体的にどういった勉強をされたのですか?
「iAnimate」では週2日、レクチャーとアニメーションのレビューが行われました。
レクチャーでは、演技のメソッド、ポーズがもつ意味、演出の意図、2Dアニメーションの講義など。レビューでは、アニメーションのプランを決めるための、リファレンスビデオの制作も行いました。1つのアニメーションに3つ以上の異なる演技のリファレンスビデオの提出を求められ、「こういう演技で撮り直して」と何度も撮影し直すことがありました。
このときに海外の映画やドラマをたくさん観て、真似して演技の練習をしたことで、アイディアの引き出しが増えました。リファレンスだとプランの共有や変更もしやすいので、このときの経験が今でも役立っています。
クラスの内容は先生により異なるので、先生選びは重要でした。
とはいえ、英語はまったく理解できず、授業のレコーディングから英文に書き起こしていました。おかげでアニメーション用語が学べ、何よりも「先生やクラスメイトと話したい」という気持ちから、英語の勉強へのモチベーションにもつながりました。
――海外の映像業界での就職活動は、いかがだったでしょうか。
過去の仕事で作成したデモリールで応募しても反応が無かったので、就職したいスタジオのスタイルに合わせたデモリールが必要だと思い、「iAnimate」で作成したアニメーションを活用しました。
デモリール更新後、L.A.での語学留学中に、Sony Pictures Imageworks(以下、SPI)から面接の機会をいただきましたが、緊張し過ぎて話すことができず、落ちました。しかし「英語が話せれば受かるかも!」と大きな希望にもなりました。
その後の2年間は、どこからも連絡がなく心が折れかけましたが、マーザ・アニメーションプラネットに転職し、Earl Brawleyさん(現PIXARのSenior Animator)や水鳥直子さん(元Walt Disney Animation StudiosのAnimator)など、当時、海外での就業を目指していた同僚に出会え、技術的にも精神的にも大きな支えになりました。
面接に関しては、前述のSony Pictures Imageworksでの失敗を踏まえ、職務経歴と主な内容、その経験で得たもの、技術環境、主な強み、モチベーションやコミュニケーション能力、などを繰り返しシャドーイングして練習し、2016年に、カナダのRainmaker Entertainment(現・Mainframe Studios)からオファーをいただくことができました。
――その後、Framestoreに移籍されたそうですね。
VFX業界の方が、就労ビザを出してくれるスタジオの数が多いと考え、モントリオールにあるFramestoreに移籍しました。映画『パディントン2』に携わり、初めてのVFXで高いクオリティが求められ心配でしたが、リードに何度も相談することで、無事にやり遂げることができました。
クオリティの高い環境で働くと、上達が早いと感じます。それは良いものの見極めができてきて、自分のアニメーションにフィードバックができるからだと思います。アニメでも映画でも、自分が良いと感じた時に、細かく観察したり、何度も見て、良いものに沢山触れて感性を養うことも大切にしています。
――その次は、Sony Pictures Imageworksに移籍されたそうですね。当時のことを教えてください。
SPIでは、映画『スモールフット』のプロジェクトでEarlさんがリードを担当していて、カナダで一緒に働けたことがとても嬉しかったです。SPIでは『スパイダーマン:スパイダーバース』、『アングリーバード2』、『ミッチェル家とマシンの反乱』、『フェイフェイと月の冒険』、『ビーボ』、『モンスター・ホテル 変身ビームで大パニック!』、『ジェイコブと海の怪物』と、3年間で8タイトルに関わりました。
『フェイフェイと月の冒険』はアリエルのアニメーションを描いたGlen Keaneさんが監督で、水鳥さんもSPIに移籍してくるなど嬉しい期間でした。その後、EarlさんはPIXARへ、水鳥さんはDisneyに行き、夢を叶えています。
この業界は結構狭く、転職先で元同僚に再会することが多いので楽しいです。日頃からコミュニケーションを取り、良い関係性を築くことも大切にしています。
――カナダでの永住権の取得には、少しご苦労されたそうですが……。
そうですね。ここでカナダ ブリティッシュコロンビア州の永住権について、少し触れておきたいと思います。私がカナダに来たのは42歳だったので、カナダでの1年以上の就労で申請できるExpress Entryプログラムだけで永住権を取るのは、年齢の点から不可能でした。しかし夫がBCPNP(BC Provincial Nominee Program)という加点があるプログラムを会社にサポートしてもらい、そのおかげで取得することができました。BCPNPの申請条件は、無期限の契約、または1年以上の契約など、少し厳しいです。
コロナ禍以降に移民が増え、合格ラインの点数が上がったり、BCPNPの申請も以前より時間がかかると聞きました。永住権を取得するルールは毎年変わることが多いので、移民弁護士などに相談し最新の情報を元に準備すると良いです。

<2>「年齢を重ねても、どこかでアニメーションがつくれたら」
――現在の勤務先は、どんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。
元はAnimal Logicという『LEGO ムービー』や『ピーターラビット』などを制作したスタジオでしたが、現在は統合してNetflix Animation Studiosになりました。
勤務形態は、週3日スタジオ勤務、週2日在宅のハイブリッドです。
スタジオでは、定期的にイベントが開催されたり、朝食やランチが提供されたり、金曜は夕方からお酒が飲めたり、社内全体の雰囲気がとても良く、コミュニケーションとコラボレーションを大切にしているのだと感じます。
多国籍で経験豊富なスキルの高いアニメーターばかりで、誰にでも話しかけやすく、リードやスーパーバイザーは丁寧に接してくれて、快適に働ける環境はとてもありがたいです。
――最近参加された作品で、印象に残るエピソードはありますか?
最近参加したのは、2023年11月にNetflixで配信された『レオ』という作品で、公開から28日間で93カ国中80カ国で1位を獲得し、Netflixのグローバルトップ10に10週間ランクインしました。
プロジェクトの初期段階から参加し、アニメーションのスタイルを決めるデベロップメントを経験しました。それまでは、すでに決まったスタイルに従ってアニメーションを作成することが多かったので、貴重な経験でした。
3人の監督の1人、Robert Smigelさんは、『モンスター・ホテル』の脚本も共同執筆された脚本家で、コメディアンでもあるので、『レオ』にはジョークが随所に散りばめてあります。
作中に、ミアという女の子を慰める歌が出てくるのですが、その歌詞が『Don't cry. It's lazy and dumb.』 (泣かないで。だるいし、ばかげてるよ、のような意味)で、初めて聴いたときは、英語を聞き違えたかと思いました。歌詞に反してレオの歌声はとても優しく、人間味が溢れるメッセージが、世界中で人気になった理由なのかなと思います。ちなみに日本語訳では、優しい歌詞になっていました(笑)。
――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。
アニメーターは「キャラクターを選ばない俳優」のようで、ロンドンの熊のパディントン、NYのスパイダーマンのマイルズ、フロリダのおじいちゃんトカゲなど、タイトルごとに世界観やキャラクターが変わり、どんな動きをするのか、リサーチ・分析・想像するのが楽しいです。キャラクターが生き生き動き出したときは、何度も観返してしまうほど嬉しいです。
CGを学び始めた29年前は、いつまでこの仕事ができるのだろうと考えていましたが、まだ働けそうです(笑)。 今後はAIの影響も出てくるとは思いますが、佐藤篤司さんのように、年齢を重ねても、どこかでアニメーションが作れたら良いなと思っています。
――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?
英語の勉強自体が苦手なので、まずは英語が話せる同僚と短い会話を毎日続けるところから始めました。
単語が覚えられず、発音にも苦労したので「英語フレーズアプリ」と「英単語帳アプリ」をスマホに入れて、通勤時に小声で繰り返しシャドーイングしました。何度も声に出すことで、実際の会話で無意識に口から出てくるようになります。
語学留学やTOEICのようなテスト勉強も効果がありました。習得には時間がかかるので、同じ趣味の友人を見つけるなど、楽しみながら成長を実感できる環境を作れると、継続しやすいと思います。
――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。
海外就労は「運とタイミングが重要」という話はよく耳にすると思いますが、本当にその通りで、2025年5月現在、いまだに2023年のハリウッドのストライキの影響が大きく、ここ数年VFX業界全体でレイオフが続き、以前よりもオファーを得るのが難しい時期だと感じています。
しかしレイオフの後には雇用のタイミングがあるはずです。2025年4月からカナダのワーキングホリデーが最長2年間に延長という良いニュースもありました。
LinkedInを使い、現地の同業者やリクルーターをフォローしたり、メッセージをして情報を集めること。デモリールは求められるクオリティを分析し、完璧でなくても真似でもいいので、1つずつ課題を終わらせること。その積み重ねが大切だと思います。

【ビザ取得のキーワード】
①デジタルハリウッドを卒業
②スクウェア・エニックス、ポリゴン・ピクチュアズ、マーザなど国内スタジオで経験を積む
③バンクーバーのMainframe StudiosにてカナダのLMIA就労ビザを取得
④カナダ永住権を取得
あなたの海外就業体験を聞かせてください。インタビュー希望者募集中!
連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。
ご自身のキャリア、学生時代、そして現在のお仕事を確立されるまでの就職体験について。お話をしてみたい方は、CGWORLD編集部までご連絡ください。たくさんのご応募をお待ちしてます!(CGWORLD編集部)
TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada