今回紹介する劇場アニメ『不思議の国でアリスと -Dive in Wonderland-』は、ルイス・キャロル原作の小説『不思議の国のアリス』を日本で初めて劇場アニメーション化した作品だ。就活に悩む大学生・安曇野りせが、亡き祖母が設立したテーマパークで出会ったアリスと共にワンダーランドを旅する冒険がくり広げられる。

記事の目次

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 327(2025年11月号)からの転載となります。

    独自の世界観で『不思議の国のアリス』をアニメ化

    劇場アニメ『不思議の国でアリスと -Dive in Wonderland-』の制作はピーエーワークスが担当。レイアウト用モデルデータや3Dプロップ、CG化されたキャラクター、カメラマップを利用したCG背景なども同社が手がけている。

    「私たちは作画アニメの制作会社にある3D部署なので、普段はモブキャラやモブ車といった作画の補助的な作業が多いのですが、本作ではメイン級のキャラクターを3DCGで表現しました。なかでもチェシャ猫は形状変化を伴う表現が必要なので、どのように表現するか、かなり検討を続けました」と3D監督の鈴木晴輝氏は語る。

    劇場アニメ『不思議の国でアリスと -Dive in Wonderland-』
    2025年8月29日(金)より上映
    原作:『不思議の国のアリス』( ルイス・キャロル)/監督:篠原俊哉/脚本:柿原優子/アニメーション制作:P.A.WORKS
    sh-anime.shochiku.co.jp/alicemovie
    ©「不思議の国でアリスと」製作委員会

    モデリング作業は2023年10月頃からスタートし、別作品と並行しつつ1年程度。約10名で行われた。また、アニメーション作業は2024年4月から動き出し、同年7月から本格的に作業が始まり、2025年6月まで続いたという。アニメーション作業は若手スタッフ4~5名に加え、経験度の高いスタッフ3~4名で対応している。

    左より、3Dアニメーター・森重柚香氏、3D監督・鈴木晴輝氏、3Dモデラー・井上佑紀氏(以上、ピーエーワークス)
    www.pa-works.jp

    作業には3ds MaxAfter Effects(以下、AE)を使用し、一部データのやりとりにBlenderも活用。鈴木氏は制作をふり返り「『不思議の国のアリス』という有名な作品に独自の世界観を加えるということで、全力で制作に臨みました。カートゥーン的な表現や水彩画調の背景など、普段の仕事とは異なる映像表現にチャレンジしています。また、主人公のりせの冒険を通して、心が晴れるような作品になればと思って制作しました。ぜひたくさんの方にご覧いただけたら嬉しいです」と語ってくれた。

    主人公のりせやアリスに加え、トランプ兵、チェシャ猫などを3DCGで表現

    本作では、作画では描画が難しかったりコストのかかる表現が必要なカットで、3DCGのキャラクターが利用されている。具体的にはトランプ兵たちとチェシャ猫がCGキャラクターとして作成されているほか、主人公のりせやアリスも使用カットは少ないものの、CGモデルが用意されている。

    りせのモデルは3Dモデラーの井上佑紀氏が担当。ほぼ修正なしで制作が進んだという。一方、アリスのモデルは3Dモデラーの熊澤朋香氏が担当し、キャラクター作画監督の関口可奈味氏に監修を受けながら制作が進められた。

    また、キャラクターモデルで特に難しかったのが51体登場するトランプ兵と形状変化が必要なチェシャ猫のモデルだ。トランプ兵のデザイン原案はレッドハウスが作成し、アニメーション用のキャラクターデザインはピーエーワークスの藤嶋未央氏が担当。カートゥーン的な動きを実現するため、細かなリグとそれに対応するためのトポロジーに注意してモデリングされている。

    また、チェシャ猫についても、煙のような形状変化の表現を探ることに非常に時間がかかり、最後まで試行錯誤したキャラクターだったという。

    主人公の大学生・安曇野りせ

    主人公の安曇野りせのモデル。りせのモデルは井上氏が担当。制作期間は約1週間だったという。

    「関口さんが描いた原画になるべく近づけるように意識してモデリングしていきました。特にりせのモデルを使用するカットでは、かなりカメラが引いた状態で使用されるので、画面内で小さく映ってもりせだとわかるように、モデルのシルエットには注意しています」(井上氏)。

    ▲安曇野りせのキャラクター設定画
    ▲3Dモデル。リグはBipedを使用し、補助ボーンを追加して関節部分などの変形が自然にできるようにセットアップされている。特に四つん這いになるポーズがあるため、自然なポーズがとれるようにリグが仕込まれている
    ▲モデルが使用される背景にりせのレンダリング画像を合成したもの。色彩のバランスなどを確認

    不思議の国に入り込んでしまった少女・アリス

    アリスのモデル。制作期間は約2週間ほどだという。モデル制作は熊澤氏が担当し、関口氏監修の下、非常にクオリティの高いモデルに仕上げられている。りせ同様、画面に対してあまり大きくは映らないこともあり、つくり込みは抑えてラインやパーツの省略をしながらシルエット優先で作成された。リグもりせ同様にBipedと補助ボーンでセットアップされている。

    「とても良い造りになったので、登場カットが少ないのはもったいなかったですね。普段の作業ではキャラクターモデリングはあまりないので、良い経験になりました」(井上氏)。

    ▲アリスのキャラクター設定画
    ▲3Dモデル
    ▲同じく、背景画像にアリスのレンダリング画像を合成したもの

    ハートの女王に仕えるトランプ兵

    トランプ兵はハート・ダイヤ・スペード・クローバーの4部隊51体が存在し、隊長兵と一般兵に分かれ、それぞれ剣や弓を装備している。作中のCGキャラクターの中で一番登場数が多くなることと、カートゥーン的な動きが求められていたため、なるべく自由度の高いリグやモデル構造になるようにモデリングされている。

    トランプの柄はマテリアルIDの切り替えで対応し、隊長兵の頭の旗のON/OFFはレイヤーを使って切り替えが行われている。トランプ兵はモデリングとセットアップを3D監督の鈴木氏が自ら担当しており、モデルとルックのクオリティコントロールができるように作業量を調整しながら制作を進めていったという。

    • ▲ピーエーワークスのデザイナー藤嶋氏が作成したモデリング用キャラターデザイン
    • ▲同じく、モデリング用キャラターデザインで弓兵と剣兵
    ▲トランプ兵の3Dモデル

    カートゥーン調のアニメーション付けをする工夫

    トランプ兵にはカートゥーン的な動きが求められていたので、アニメーターが動きを付けやすい構造を意識しながら、非常に自由度の高いリグがセットアップされている。関節ごとに大きく動かせるコントローラを配置し、その下層部にシルエット調整用のコントローラを配置。さらに、カートゥーン的な動きとして必須となるパーツの変形やスケール変換に対応するためのコントローラも用意されている。

    また、羽根や旗などの揺れものは手付けで動きを付けることを前提にコントローラにIKを設定し、先端のコントローラを動かせばアニメーションが作成できる構造にされている。

    • ▲顔のコントローラの例。兜のシルエットを調整するためのコントローラが配置されている
    • ▲手足の長さを調整するためのコントローラ
    • ▲胴体部分であるトランプの曲がり具合も容易に調整することができる
    • ▲剣の変形用のコントローラ
    ▲トランプ兵が登場するカットの一例。スクワッシュ&ストレッチなど、カートゥーン的な動きの要素が、自由度の高いリグのセットアップによって存分に表現されている
    ▲同じく、トランプ兵が登場するカットの一例。ワチャワチャとした可愛らしい動きをぜひ観てほしい

    常に形状が変化するチェシャ猫

    最後まで試行錯誤が続いたというチェシャ猫のモデル。登場回数は少ないが常に形状が変化するため、ワンカットごとの制作カロリーが非常に高いキャラクターだったという。基本形状は用意されているが、カットによってはコウモリ型やアメンボ型、魚型などに形状変化するため、カットごとに新規にモデルを起こすことも多くあった。アニメーション作業をしながら変形テストをするという試行錯誤が続いたため、リグ自体はBipedでスキニングを行なったシンプルな造りになっている。

    チェシャ猫のモデリングはトランプ兵同様、鈴木氏が行いセットアップも担当。なお、チェシャ猫はモヤモヤとした煙のような身体をしているが、この煙はボディをエミッタとしてパーティクルで生成している。

    AEで対応したチェシャ猫の変形

    チェシャ猫の変形カットの例。チェシャ猫のカットは、鈴木氏がコンポジットまで対応し、カットごとに素材の出し方や処理を工夫しながら篠原俊哉監督の要望に沿うように作業が進められたという。このカットでは、チェシャ猫が煙状になりつつ上に伸びていくという表現になっている。

    3ds Maxからは煙の3種類のマスク素材、ベース素材、ライン素材、立体感を出すための陰影素材を出力し、AEで煙の素材の上にラインや顔のパーツを合成している。煙の微妙な歪みや変形は AEのタービュレントディスプレイスや歪みのエフェクトを使用して調整し、ラフエッジエフェクトを使って輪郭にディテールが加えられている。チェシャ猫の表現は手法が固まるまで約1ヶ月の間、試行錯誤が続いたという。

    ▲AEで作成された形状変化の様子
    ▲完成カット
    ▲上記のほかにもチェシャ猫はカットによって様々な形に変化する。こちらはコウモリ型からアメンボ型へ変化する例。
    ▲魚型の例。これらもほんの一例だ。カットによって形状が異なるため、その都度モデリングを行い対応したという。ルックはレンダリング素材そのままだとペンキで塗ったような、のっぺりとした質感になってしまうこともあり、素材ごとにブラーをかけて、色が混じっているようなルックにすることで煙っぽさを出している。当初、煙のモヤモヤとした感じを不透明度のアニメーションで表現することも試みたが、監督から素材の切れ目が見えてしまうので、メタモルフォーゼ的に形状が変化するようにしてほしいという話があり、歪みやタービュランスディスプレイスエフェクトを使う手法に落ち着いたという

    (2)に続く。

    CGWORLD 2025年11月号 vol.327

    特集:空間CG
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2025年10月10日
    価格:1,540 円(税込)

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    TEXT_大河原浩一 / Hirokazu Okawara
    EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada