世界的な人気を誇る『ソニック』シリーズを筆頭に数々のヒットタイトルを世に送り出してきたセガ・ソニックチーム。近年、ゲームの大規模化・高品質化に伴い、開発現場で求められるPCスペックは高騰し続けている。特に4K/8Kアセットの扱いや、広大なオープンワールドの生成、複雑なシミュレーションは、制作環境に極度の負荷をかける。
今回、同チームのデザインセクションマネージャーを務める阿部浩之氏に、AMDのハイエンドGPU「AMD Radeon™ PRO W7900」を導入・検証した背景と、それによって得られた具体的な成果について詳しく伺った。次世代の開発環境に求められる“真の性能”とは。
株式会社セガ JA Studios 第1事業本部 第2事業部
デザインセクションマネージャー 兼 リードキャラクターアニメーター
2002年にアニメーターとしてセガに入社。『バーチャストライカー4』をはじめ、『プロサッカークラブをつくろう!』シリーズや『マリオ&ソニック』シリーズなど、スポーツ系タイトルに多く携わる。2010年よりリードキャラクターアニメーターとしてソニックチームに合流し、『ソニック ロストワールド』から『ソニックフロンティア』に至るまで、複数のタイトルでリードキャラクターアニメーターを務める。2018年からはデザインセクションマネージャーを兼任。現在はマネジメント業務をメインとしながら、チームマネジメント、クオリティチェック、制作フロー管理などを担当 。その一環として、デザイン制作環境の改善や制作フローの最適化による生産性向上にも注力している。
マネージャーとして挑む「業務環境の改善」
CGWORLD編集部(以下、CGW):本日はよろしくお願いします。まずは阿部さんご本人について伺います。
阿部浩之氏(以下、阿部):私はアニメーター出身で、2018年からはデザインセクションのマネージャーも兼任するようになりました 。ここ2、3年は管理業務がメインで、プロジェクトの人員管理などに携わることが増えました。以前は実作業も担当していましたが、今では自分でアニメーションをつくる機会はほぼなくなりましたね。ただ、協力会社さんの制作物チェックなどで3DCGソフトを使うことはあります。
CGW:管理業務と並行して業務環境の改善にも取り組んでいるとか。
阿部:はい。機材の管理や、制作フローの効率化に取り組んでいます。特にソニックのようなキャラクターは、リアルな人間とは違う誇張表現が求められるため、モーションキャプチャなどのツールで効率化するのが難しい領域です。基本的にはアニメーターのマンパワーに頼る部分が大きいので、なんとかこの部分の効率を少しでも良くしたいと考えていました。
CGW:その環境改善が、今回の機材検証に繋がったと。
阿部:そうです。ここ数年求められるクオリティが上がり、標準のPCではマシンパワーが足りず、想定した表現ができなかったり、プレビューやレンダリングに膨大な時間がかかったりするケースが増えてきました。
特に直近のプロジェクトでは、パブリシティ用の動画や画像を4Kで用意する必要があり、従来のPCではパワー不足で処理落ちが発生したり、レンダリングが途中で止まってしまったりと、非常に効率が悪かったのです。
また、新しいプロジェクトに向けて広大なマップをHoudiniなどで自動生成する際も、シミュレーション結果がプレビューと実機で異なるといった問題が起きていました。これは多くの場合、メモリ不足が原因です。こうした課題をハイスペックな機材、特にGPUで解決できないかと考えたのが始まりです。
CGW:ソニックチームの標準PCはどういったスペックですか?
阿部:CPUはIntel Core i9-13900、メモリは64GBです。GPUは検証時期から少し入れ替わりがあり、現在はNVIDIA GeForce RTX 4060 Tiがメイン。Maya、Substance 3D、MotionBuilder、Houdini、内製ツールなどのDCCツールや実機を動かすぶんには過不足のない、ミドルレンジの構成です。
CGW:現場の皆さんから「もっと高性能なPCを」という声は?
阿部:あまり出てこなかったんですが、こちらからヒアリングしたら、「実はレンダリングにすごく時間がかかっている」という声が出てきました。今回導入したAMD Radeon™ PRO W7900のような1枚50〜60万円もする機材は、現場から「入れたいです」と申請しても、そう簡単に承認が下りるものではない。そう思って、みんな遠慮していたんですね。
CGW:なるほど。そこでマネージャーである阿部さんが動いたのですね。
阿部:はい。たまたまパブリシティチームが大変だという話を聞いてヒアリングしたところ、「ぜひ検証したい」というながれになりました。ちょうどその頃AMDの方にご相談する機会があり、こちらのニーズをお話ししたところ、様々な検証機材を柔軟に貸し出していただけることになりました。
業務環境を見直すうえで、単一ベンダーに依存しすぎないほうが長期的には安定するんじゃないか、という考えももともとあったので、AMDさんのGPUを試すこと自体は以前から頭の片隅にはあったんです。CPUはすでに AMD Ryzen™ プロセッサや AMD Ryzen™ Threadripper™ プロセッサを導入していて、そこでは十分な手応えも感じていましたし。
とはいえ、GPUについてはこれまで AMD Radeon™ グラフィックスを使ったことがなかったので、「自分たちのワークフローで本当に問題なく動くのか?」という不安は正直少しありました。だからこそ、こうして腰を据えて検証できたのは、いろんな意味で大きかったですね。
CPU:AMD Ryzen™ Threadripper™ PRO 7975WX
GPU:AMD Radeon™ PRO W7900
メモリ:256GB
CGW:今回の検証の最大の目的は?
阿部:「ハイスペックな機材に変えることで、本当にクオリティと業務効率が上がるのか」を確かめること。そして何より、高価な機材を購入申請する際の「明確な理由」をつくることでした。実際に検証し、「これだけの効果が出た」という定量的・定性的なデータを揃えることで、初めて導入が現実になります。今回の検証は、その導入のきっかけづくりとして非常に重要でした。
CGW:検証はどのようなチームで行ったのですか?
阿部:大きく2つのチームで検証しました。ひとつは、デザイナーたちが新しいプロジェクトに向けてHoudiniでのマップ生成やシミュレーションなど、技術的な検証を行う「R&Dチーム」。もうひとつは、先ほどお話しした『ソニックレーシング クロスワールド』の4K動画キャプチャなどを担当する「パブリシティチーム」です。
検証1 R&D:次世代の大規模マップ生成に耐えうるか
CGW:まずはR&Dチームの検証内容から伺っていきます。
阿部:Houdiniによるハイトフィールド処理の比較を行いました。ソニックチームでは、『ソニックフロンティア』で初めてオープンワールド的なマップをつくりましたが、あれでも広さは4km四方ぐらいで、他社AAAタイトルと比べるとかなり狭い。ですので、今後われわれもそうした広大なマップを自動生成する可能性を視野にいれて、どこまでの負荷に耐えられるかを検証しました。
CGW:検証機(AMD Radeon™ PRO W7900)と、NVIDIA GeForce RTX 4090を搭載した比較機でのテストですね 。処理速度はいかがでしたか?
阿部:解像度8,192ピクセル四方の地形データに対してノード加工を施すテストでは、処理時間はW7900が48.980秒、RTX 4090が48.972秒と、ほぼ同等でした。速度だけ見ればRTX 4090がわずかに速いという結果です。
CGW:なるほど。あまり変わらなかったと。
阿部:しかし、次の「対応可能な最大サイズ」の検証で決定的な差が出ました。解像度を基準(8,192)の2倍(16,384)、3倍(24,576)と引き上げて4倍(32,768)にした途端、RTX 4090は「メモリ不足」で処理が停止してしまったんです。
CGW:最大サイズ32,768に分かれ目があったと。
阿部:はい。W7900はこの4倍サイズでも安定して処理を完了できました。RTX 4090はコンシューマ向けハイエンドとして非常に高速ですが、24GBのVRAM容量がネックになってしまったようです。今後、より高解像度で広大な地形生成を行う上では、純粋な処理速度以上に、RTX 4090の2倍となる48GBの大容量VRAMを搭載するAMD Radeon™ PRO W7900の優位性がはっきりと出たんです。非常に興味深い結果でした。
検証2 R&D:実務環境での「安定性」とマルチタスク性能
CGW:次は複数のアプリケーションを同時起動させた、実作業に近い検証ですね。
阿部:実際の業務では、シミュレーションを走らせながら別の作業をするなど、複数のツールを同時に使うのが当たり前です。そこで、Houdini単体、Houdini+Unreal Engine (City サンプル)、さらにUEのビルド済みEXEファイル(高負荷処理)を追加した3パターンで、ハイトフィールド描画までの時間を比較しました。
CGW:結果はいかがでしたか?
阿部:時間だけを見ると、興味深いことにRTX 4090の方が速いんです。特に高負荷な「C」のパターンでも、RTX 4090は57.265秒、W7900は81.053秒でした。しかし、RTX 4090は最も負荷が高い状況で、実機のEXE側を操作すると描画遅延が発生したり、不安定になったりする挙動が見られました。おそらくHoudiniとのメモリの食い合いが起きたのだと思いますが、タイミングによってはクラッシュしてしまうこともありました。
CGW:高速ではあっても不安定だったと。
阿部:その通りです。対してW7900は、時間はかかっているものの、最も高負荷な環境下でも描画遅延やクラッシュは一切発生せず、非常に安定していました。実務では、処理速度が少し速いことよりも、クラッシュせずに安定して作業を続けられることの方が何倍も重要です。この安定性こそ、プロ向けGPUの真価だと感じました。
検証3 パブリシティ:4K動画キャプチャの「やり直し」をゼロに
発売元 :セガ
開発元 :ソニックチーム
リリース:発売中
対応機種:PlayStation®5/PlayStation®4/Nintendo Switch™ 2/Nintendo Switch™/Xbox Series X|S/Xbox One/Steam/Epic Games
sonic.sega.jp/SonicRacingCrossWorlds
CGW:続いてはパブリシティチームでの検証です。『ソニックレーシング クロスワールド』の動画キャプチャ業務ですね 。
阿部:はい。メディアやSNSに公開するための4Kゲーム動画をキャプチャする業務です。
CGW:従来の環境(RTX 3060や4060 Ti)では、どのような課題があったのでしょうか?
阿部:まず、4Kでキャプチャすると処理が追いつかず、非常に時間がかかる。負荷が重いシーンではメモリ不足などでキャプチャが途中で止まってしまう。夜にレンダリングを開始して退社したのに、朝出社したら止まっていたなんてことも頻繁にありました。そして最も深刻だったのが、録画はできていても、再生するとカクカクとした「処理落ち」が発生していたことです。これでは製品として使えず、全て撮り直しになります。
CGW:AMD Radeon™ PRO W7900を導入してどうでしたか?
阿部:劇的に改善しました。高解像度の環境下でも、長時間収録で処理落ちや中断が一切発生しなくなり、スムーズに作業できるようになったんです。ここで重要なのは、速くなったことよりも、「やり直しが発生しなくなった」ことです。失敗して何度も作業を繰り返す時間がゼロになった。業務効率化として最も大きな成果です。
CGW:動画以外の作業でも効果はありましたか?
阿部:はい。同じ機材で4Kの2D画像素材もレンダリングしていますが、こちらもレンダリング時間が短縮されただけでなく、ドット抜けや粗さのない、クオリティの高い画像を安定して出力できるようになりました。
CGW:現場のデザイナーさんたちの反応は?
阿部:「すごく良いです! あと2、3台欲しい!」と言われました(笑)。この1台をみんなが使いたがって、キャプチャ作業の順番待ちが発生するようになってしまったんです。それだけ圧倒的に快適だったということですね。
コストパフォーマンスに優れる「AMD Radeon™ AI PRO R9700」の可能性と今後の展望
CGW:今回、「AMD Radeon™ AI PRO R9700」も検証していただきました。 ※実機はASRock製の「AMD Radeon™ AI PRO R9700 Creator 32GB」
阿部:はい。W7900の素晴らしさはわかったものの、なにぶん高価です。そこで、もう少し導入のハードルを下げつつ、高い性能を発揮できる選択肢として、Radeon™ AI PRO R9700も同じパブリシティチームで検証しました。
CGW:結果はいかがでしたか?
阿部:まだ検証途中ですが、非常にコストパフォーマンスが高いと感じています。例えば、Unreal Engineのレイトレーシングを使った4Kサイズのレンダリングテストを、標準機のひとつであるRTX 3060と比較したところ、RTX 3060が14分46秒かかったのに対し、R9700は5分20秒で完了しました。約3分の1の時間に短縮できており、費用対効果は絶大です。
また、RTX 5060 Tiとの比較も行なっています。価格帯もスペックも異なるクラスのGPUではありますが、今回の検証環境ではR9700の方がレンダリング速度に優れ、約1分ほど短縮されました。この差はプロダクション用途では大きなアドバンテージと言えます。
一方で、フロントガラスの半透明部分の描画などパストレーシングの収束性に関しては、RTX 5060 Tiの方がやや安定している印象もありました。今後のドライバ更新などで、R9700側の品質・安定性がどこまで向上してくるかに期待したいところです。
AMD Radeon™ AI PRO R9700(左)とRTX 5060 Ti(右)での撮影結果の比較。デノイズ機能をオンにした状態での再検証を行なったところ、車体側面のグラデーション処理や溝部分などのパーツに差異が見られた。
CGW:今後の展望についてお聞かせください。
阿部:AMD Radeon™ PRO W7900は、高解像度の地形処理や高負荷なシミュレーションなど、メモリ不足を気にせず作業できる点で、非常に有力な選択肢だと評価しています。AMD Radeon™ AI PRO R9700は、パブリシティ業務のように、明確に処理負荷が高い作業への導入で大きなコストメリットが出せそうです。
こうした結果を踏まえても、AMD Radeon™ グラフィックス 製品は、今後の導入機材の候補の一つとして、検討していける製品だと思っています。
ですので今後は、これらのグラフィックボードを、AI関連の検証や、内製エンジンとの相性やDCCツールの検証など、TAチームのワークフローにも組み込んで、さらに深く、実務に沿った活用の検証を進めたいですね。
ハイスペックな機材は、次世代の開発の原動力です。今回、AMDさんのご協力のおかげで、クオリティと安定性の両面で大きな効果を実証できました。今後は開発効率化や新たな表現手法の創出など、幅広く活用していきたいと考えています。
CGW:有意義な検証となりましたね。今後の作品制作に活かされることを期待しています。本日はありがとうございました。
TEXT__kagaya(ハリんち)
PHOTO_大沼洋平
EDIT_遠藤佳乃(CGWORLD)