今、「ノートPCでの映像制作」が改めて注目されている。機動力と性能のバランスはもちろん、AI技術の発展がクリエイティブの現場に変革をもたらしているためだ。今回は、映画『ゴジラ-1.0』などのVFXにも携わった白組の若き実力派・三宅智之氏をゲストに迎え、聞き手の星子旋風脚氏と共に、実機を用いた制作デモを実施。AMD Ryzen™ AI搭載ノートPC 3機種とDaVinci Resolve Studioを使用し、本格的なカラーグレーディングやAI機能の検証を通じて、新時代の制作環境を俯瞰する。
プロフィール
三宅智之(みやけ・ともゆき)
株式会社白組所属。2000年生まれ、東京・池袋出身。小学生の頃から独学で映像制作を始め、「38912 DIGITAL」名義でSNSなどに作品を公開。2024年に早稲田大学卒業後、白組調布スタジオに入社。学生時代より『ゴジラ-1.0』『シン・仮面ライダー』『シン・ウルトラファイト』『絶絶絶絶対聖域』などの作品に参加。VFXとコンポジットの領域で若手トップクラスの技術を誇る。著書に『Hello VFX -BlenderとDaVinci Resolveではじめる実写合成-』(ボーンデジタル)。
X:@38912_DIGITAL
Amazon:www.amazon.co.jp/dp/4862466257
聞き手・星子 旋風脚 (ほしこ・せんぷうきゃく)
米国メリーランド州生まれ、慶應義塾大学総合政策学部卒。Merry Men Inc.代表。アニメーション監督、モーションデザイナー、脚本家。キャラクター主体のスタイライズドCGを主軸に、ポップでユーモラスなストーリーテリングで、複雑な内容も直感的に伝わる映像へ落とし込む。『Dr.プッツンコのたのしいCGラボ』やTVアニメ『SNSポリス』などを手がける。
X:@senpookyaku
“雰囲気のある画”をどうつくる? 光と影、そして空気を操る視点
星子 旋風脚氏(以下、星子):本日はよろしくお願いします。今回は「ノートPCだけでどこまで映像制作ができるのか」というテーマで、AMDのAMD Ryzen™ AI搭載PCを使って検証していきます。
三宅智之氏(以下、三宅):よろしくお願いします。
星子:本題に入る前に、まずは多くの若い読者が憧れる「映画のようなルック」や「MVのような空気感」についてお聞きしたいです。三宅さんが普段、雰囲気のある画づくりをする上で意識されている要素はどこにありますか?
三宅:“雰囲気”というのは言語化が難しい部分ですが、僕は画づくりの最終工程、コンポジットを担当しているので、そこには常にこだわりを持っています。
▲三宅氏の著書『Hello VFX -BlenderとDaVinci Resolveではじめる実写合成-』(ボーンデジタル)のPV無償ソフトで全部作れる。全部学べる。
— Miyake Tomoyuki / 三宅智之 (@38912_DIGITAL) June 1, 2025
拙著『 #HelloVFX 』が発売されます!
やさしくて楽しくて、でも理論に基づいたVFXの本を目指して書きました。
VFXアーティストを目指す方必読の書です。
▼ご予約はこちらからhttps://t.co/xohRPrrqeB#blender #DaVinciResolve
▼PVみて!乞うご期待! pic.twitter.com/rFQljCqwiB
三宅:雰囲気のある画を構成する要素は、大きく「色のない部分(レイアウト・明暗)」と「色のある部分」に分けられると考えています。特に重要なのが、光と影のバランスです。単にライトを当てて影ができるという物理現象だけでなく、空気中の粒子に光が分散して発生する現象まで含めて“雰囲気”が生まれます。
星子:光と影のバランス、そして空気感ですね。
三宅:はい。具体的な撮影テクニックで言うと「スモークを焚く」という手法があります。実際に撮影現場ではスモークを焚いて、光の筋(シャフト)を可視化したりしますよね。
三宅:要素分解すると、まず被写体という物体があり、そこに当たる照明がある。そして、その間を満たす空気があり、それを捉えるレンズとセンサーがある。この一連の過程の中にこそ、雰囲気が宿るのだと思います。
例えば、照明の前に黒い布(フラッグ)を打って影をコントロールしたり、レンズ特有のボケやフレアを意識したり。そういった物理的な現象の積み重ねが、最終的な画の説得力に繋がっていきます。
星子:なるほど。それらが組み合わさることで、私たちが感じる「エモい画」や「映画的なルック」が立ち上がってくる、と。
三宅:そうですね。その上で、作品のルックを考えるときに一番最初に向き合うべきは、「何を伝えたい画なのか」という主題です。例えば、今回のデモ用の素材を見てください。
三宅:元の映像(Raw撮影された状態)は全体的に暗い画ですし、窓の外のハイライトが強すぎて目線がそちらに行ってしまいます。ここから「何を主役にするか」を決めて、情報を整理していくのがカラーグレーディングの第一歩です。
星子:確かに、元の素材と完成形を見比べると全く違いますね。魔法のようです。
グレーディングは“演出” —— DaVinci Resolveで画に命を吹き込む
三宅:ここからはDaVinci Resolve Studioを使って、どうやって画をつくっていくか解説します。まず、窓の外が明るすぎて目立っているので、ここを少し飛ばし気味にしつつ、情報を整理します。
三宅:具体的には、一度全体を見てコントラストを整えた後、ハイライト部分をあえてなだらかに潰す(ロールオフさせる)処理をしています。これで「まぶしいけれど、情報量としては主張しすぎない」というバランスをつくります。
星子:あえて情報を捨てることで、視線を誘導するんですね。
三宅:次に色の整理です。例えば、襟元のオレンジ色が少し邪魔だと感じたら、そこだけ色を抜きます。DaVinci Resolveのクオリファイアー(Qualifier)を使えば、スポイトで色を選ぶだけで色相やゲインに応じた特定の領域を選択できます。彩度を落としつつ、周囲と馴染むように色味を微調整します。これで、画の中で悪目立ちしていた要素が落ち着き、スッキリします。
星子:漂白されたような感じになりますね。特定の色だけをサッと調整できるのは便利です。
三宅:そしてここからが主題の強調です。今回はキャラクター(人物)を際立たせたいので、顔の明るさを持ち上げます。ただ、単純な色選択だと肌の色と髪の毛の色が似ていて、両方選択されてしまうことがあります。
ここで活躍するのがAI機能の「AI Magic Mask」です。
星子:最近アップデートで話題になった機能ですね。
三宅:人物の顔をクリックするだけで、AIが自動的にエリアを認識してマスクをつくってくれます。しかも、動画を再生しても追従(トラッキング)してくれる。これを手作業でやろうと思ったら、1カットで1〜2時間はかかりますが、AIなら一瞬です。今回はAI Magic Maskとクオリファイアーを組み合わせて、肌の質感だけを抽出して明るくし、血色を良くしています。
星子:すごい精度ですね。手作業のロトスコープ作業から解放されるのは画期的です。
三宅:さらにベクトルスコープを見ながら、肌のトーン(スキントーン)が正しい色相ラインに乗るように微調整します。もちろん数値が全てではないですが、基準を知っておくと迷いが減ります。
三宅:そこからさらに演出を加えていきます。顔にスポットライトが当たっているようなマスクを切って明るくしたり、逆に背景の服の色味を少し転ばせて(色相を変えて)背景から浮き上がらせたり。
星子:かなりの手数が加えられているんですね。
三宅:仕上げに「質感」を足します。グロー(Glow)で光を滲ませたり、ハレーション(Halation)で明るい部分の縁をオレンジ色ににじませて、フィルム特有の現象を再現したり。
三宅:あと個人的に好きなのがフィルムグレイン(Film Grain)、つまり粒子感です。デジタルカメラで撮影した映像はデジタルのノイズが乗るので、一度ノイズ除去(De-Noise)でデジタル特有のノイズを消してから、その上にフィルムグレインを乗せるという処理をよくやります。
星子:デジタルのノイズを消して、フィルムのノイズを足す。一見矛盾しているようですが、それが「映画のようなルック」の正体なんですね。
三宅:そうなんです。こうした微細な処理の積み重ねで、画の説得力が変わります。カラーグレーディングには「正解」がありません。ただ、スタート地点としての「カラーマネジメント(正しい色管理)」はルールとして存在します。まずはそこをしっかり土台として学び、その上で「どういう雰囲気にしたいか」という好みの世界を追求していくのが良いと思います。
星子:悩みや迷いは尽きないものですか?
三宅:尽きないですね(笑)。でも、ものづくりにおいて「悩み、迷う時間」こそが一番楽しくて、重要な時間なんです。AIや高性能なPCを使って作業時間を短縮したいのは、楽をしたいからではなく、その浮いた時間で「もっと良くするにはどうすればいいか」を悩み抜きたいからなんです。
AMD Ryzen™ AIプロセッサが引き出す「待ち時間ゼロ」のポテンシャル
星子:今回はAMD Ryzen™ AIプロセッサを搭載した3機種を試していただきました。今回の検証で、特にAI機能とPC性能の関係性をどう感じましたか?
三宅:DaVinci Resolve StudioのAI機能を使って、処理速度の比較検証を行いました。1つ目は先ほど紹介した「AI Magic Mask」。人物を切り抜く処理です。結果は、今回検証した3モデルのうち、Entryモデルが約4分30秒かかったのに対し、MiddleとHighは約2分前後で完了しました。EntryモデルはCPUがAMD Ryzen™ AI 5なのに対し、Middle・HighモデルはAMD Ryzen™ AI 9なのでここの差が大きく出たのかもしれません。特にHighモデルはさらに数秒速く、dGPUの効果を感じました。
三宅:2つ目は「AI IntelliTrack」です。こちらはさらに顕著な差が出て、Entryモデルでは時間がかかった処理が、Middleモデルでは33秒、Highモデルはさらに速く、わずか16秒ほどで終わりました。
星子:16秒! それはもう待つという感覚すらないですね。
三宅:そうなんです。「とりあえずトラッキングしておこう」と気軽に試せるレベルです。このスピード感は、試行錯誤の回数に直結します。現状、Windows版のDaVinci ResolveではNPU(Neural Processing Unit)への完全対応はまだこれからのようですが、今回の検証の通り、AMD Ryzen™ AI搭載プロセッサ自体の基礎体力が高いので、GPUパワーと相まって非常に快適に動作しました。
星子:ここに今後、NPUの最適化が進んでくればさらに化ける可能性があると。
三宅:ええ。DaVinci ResolveはCPU、GPU両方を使用していますので、例えば、背景の切り抜きや音声認識といったAI処理をNPUが担当し、描画などの重い処理をGPUが担当する、といった分業ができるようになれば、マシン全体の負荷が下がり、さらに効率が上がるはずです。
AIノートPCというのは、単にAIが使えるだけでなく、そうした適材適所の処理によって、クリエイターがクリエイティブな作業に集中できる時間を増やしてくれる存在になっていくのだと思います。その将来性も含めて、AMD Ryzen™ AI搭載機には期待したいですね。
エントリーからハイエンドまで、ノートPCに今求められる条件とは
星子:ここからはハードウェアの話に移りましょう。現在の制作環境で、PCに求めるものは何でしょう?
三宅:僕の場合は、処理能力の高さですね。AI機能も増えており、求められる性能や使い道も多様化していますが、結局のところ処理能力の高さが作品制作に直結します。
ですので、PC選びでは直球でCPUやGPU、メモリを見て選ぶことが多いですね。DaVinci Resolveの場合はCPUも重要になりますし、AI機能を使うこともよくあるので、今回の検証ではAMD Ryzen™ AI 9のパワーを体感できたのも良かったです。
ただ、ノートPC選びという観点でいうと、最近は「軽さと機動性」も重要視しています。
重いレンダリングは自宅のデスクトップに任せて、外ではノートPCからリモートデスクトップで操作することも多いのですが、一方で、撮影現場でその場で合成やグレーディングをして確認したい場合は、ノートPC単体のパワーが必要になります。
なので、現場でサッと簡単な合成ができるような性能と、持ち運べる軽さを両立できたらベストですね。
星子:なるほど、持ち運ぶ前提のノートPCだからこその条件ですね。では、3モデルそれぞれの印象を伺っていきます。
【Entry】Acer Swift Go 14 AI(AMD Ryzen™ 5 340/メモリ16GB)
- CPU
AMD Ryzen™ AI 5 340
- OS
Windows 11 Home
- メモリ
16GB
- ストレージ
SSD 512GB
- GPU
AMD Radeon™ 840Mグラフィックス
- 重量
1.28kg
星子:まずはエントリー向けのAcer Swift Go 14 AIです。価格も抑えめですが、感触はいかがでしたか?
三宅:正直、「ここまで動くのか」と驚きました。今回デモで行なった僕の著書『Hello VFX -BlenderとDaVinci Resolveではじめる実写合成-』レベルのカラーグレーディングや合成なら、問題なく完走できました。もちろん、上位機種と並べて比較すれば処理の待ち時間は発生しますが、重すぎて動かないということはありませんでした。
それと、価格を聞いて「iPhoneより安いのか!」と衝撃を受けました(笑)※取材当時。この価格で、無料版のDaVinci Resolveを入れてここまで映像制作ができるなら、学生や初心者の最初の1台として非常に優秀です。重量も1.28kgと軽量なので、授業など日常的な持ち運びにも適していますし、まずはこれで基礎を学び、限界を感じたらステップアップすれば良いでしょう。
【Middle】ASUS Vivobook S14 OLED(AMD Ryzen™ AI 9 HX 370/メモリ32GB)
- CPU
AMD Ryzen™ AI 9 HX 370 12コア/24スレッド プロセッサ
- OS
Windows 11 Home
- メモリ
32GB
- ストレージ
SSD 1TB
- GPU
AMD Radeon™ グラフィックス
- 重量
1.3㎏
星子:続いてミドルレンジ、ASUS Vivobook S14 OLEDです。
三宅:個人的にはこれが「バランス最強」だと感じました。まず筐体が薄くて軽く、デザインも格好良い。それなのにスペックは非常に高く、動作もサクサクです。何よりOLED(有機EL)ディスプレイが素晴らしいですね。映像を扱う上で画面の綺麗さはモチベーションに直結しますし、色の確認もしやすい。
メモリが32GBあるのも大きいです。16GBだと複数のソフトを立ち上げると厳しくなりますが、32GBあればDaVinci ResolveとBlenderを同時に開いて行き来するようなマルチタスクも現実的になります。現場での仮合成やプレビュー確認など、セミプロのサブ機としても十分に戦力になる一台です。
【High】MSI Stealth A16 AI+(AMD Ryzen™ AI 9 HX 370/メモリ32GB/dGPU搭載)
- CPU
AMD Ryzen™ AI 9 HX 370
- OS
Windows 11 Pro
- メモリ
32GB LPDDR5X
- ストレージ
SSD 1TB(M.2 NVMe)
- GPU
NVIDIA® GeForce RTX™ 4070 Laptop GPU
- 重量
2.1kg
星子:最後にプロ・上級者向けのMSI Stealth A16 AI+です。こちらは外部GPU(ディスクリートGPU)を搭載しています。
三宅:圧倒的に速く、処理速度以外の面も含めかなり快適です。DaVinci Resolveの挙動が全体的に一段階軽くなったように思いますし、AI処理のスピードも段ちがいでした(後述)。画面も大きく作業しやすいですし、バッテリーも大容量なので、これならある程度の3DCGレンダリングや、高負荷なVFX作業も外出先で完結させられるポテンシャルがあります。
10年前の最強デスクトップよりもはるかに高性能なものが、ノートPCになったんだなと感慨深いです。「待ち時間を極限まで減らしたい」「妥協なくつくり込みたい」というプロフェッショナルなら高性能なこのクラスを選ぶべきですね。
「正解のない作業に没頭するために」テクノロジーが創作の自由を支える
星子:最後に、これから映像制作を始める人、あるいは機材選びに迷っている人へメッセージをお願いします。
三宅:機材選びのアドバイスとしては、「予算の許す限りスペックの高いものを買う」のが鉄則ですが、それ以上に「体に触れるものにお金をかける」ことを勧めたいです。椅子、キーボード、マウス。僕は中学生の頃、合わない椅子で作業し続けて体を痛めた経験があるので(笑)。僕自身のノートPC選びの観点に「軽さと機動性」をあげましたが、長くつくり続けるためにも、物理的な環境には惜しまず投資するのがお勧めです。
そして、これから映像をつくるあなたへ。ものづくりは「イメージ→具体化→絶望→修正」の繰り返しです。頭の中にある素晴らしいイメージを形にしようとして、実際につくってみたら全然ダメで落ち込む。これは誰でも、プロになっても経験することです。
でも、そこで諦めないでください。「絶望」は正しい工程の一部です。そこから悩み、迷い、修正を繰り返すことでしか、良いものは生まれません。
星子:その苦しい時間を乗り越えるために、PCの性能が助けになるわけですね。
三宅:その通りです。PCのスペックが低いと、単純な処理待ちで時間が奪われ、心が折れやすくなります。逆に、今回触ったAMD Ryzen™ AI搭載ノートPCのように、処理が速く、ストレスのない環境があれば、マスク切りなどの“正解のある作業”はAIとマシンパワーに任せて瞬時に終わらせることができます。そうして浮いた時間と体力を、一番大切な「悩み、迷う時間」に注ぎ込んでください。
「つくりたい」と思った衝動を、すぐに形にできる環境。それが今、ノートPCひとつで手に入るというのは、本当に素晴らしい時代だと思います。ぜひ、恐れずにたくさんつくって、たくさん迷ってください。
星子:その通りですね。本日はありがとうございました!
TEXT__kagaya(ハリんち)
EDIT_遠藤佳乃(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充