<2>スペシャリストからゼネラリストの時代に
では、こうした技術の進化でゲーム産業はどのように変化していくだろうか。ここでマキシモフ氏は過去100年間でおきたハリウッド映画における制作スタイルの変化を引き合いに出した。20世紀初頭、映画制作はプロダクションワークで、1ショットを撮影するだけで、何十人ものスタッフの手が必要だった。しかし、今ではデジタルビデオを使用し、数人のチームで撮影できる。
▲過去100年間でハリウッドにおきたイノベーションと省力化
この傾向はゲーム業界においても当てはまるといい、マキシモフ氏は次のように変化をまとめた。
・制作コストが減少する
・チームが小規模になり、スペシャリストからゼネラリストへの移行が進む
・スタジオ独自の手法が減り、プロダクションの技法が均質化する
・フォトリアルは新たなフロンティア
・プロならではの専門技術に対するニーズが薄まるが、なくなるわけではない
▲技術は人々に力をさずける一方で、プロには厳しい時代になっていく
中でもマキシモフ氏が強調したのは「スペシャリストからゼネラリストへの移行」だ。そのためにはアーティスト自身が技術をより深く理解し、活用していく姿勢が求められる。テクニカルアーティスト的な素養を持つ人材が、ますます求められていくというわけだ。
その背景にあるのがアメリカ(中でもベイエリア)ならではの人件費の高騰と、それに伴う国際分業の進展だ。アセット制作が新興国に流れる中、生き残りのために、より上流工程のスキルが求められる......。そうした厳しい覚悟が感じられた。
マキシモフ氏の主張は決して目新しいものではないが、ゲーム業界でトップクラスに位置するノーティドッグのリードアーティストから説明されると、改めて重く感じられるものがあった。アジア圏におけるセルルックなCG表現が急速に上達を見せる中、日本の3DCGアーティストにとっても決して他人事ではないといえるだろう。
<3>AAAゲームに負けないインディゲームを10人でつくる
GDCではマキシモフ氏の分析を体現するかのような講演もあった。最終日の3月3日(金)に講演された、インディゲーム『ABZÛ』のビジュアルメイキング講演「Creating the Art of ABZÛ」だ。なお、本セッションは講演動画が無料で公開されているので、ぜひチェックしてみて欲しい。
http://www.gdcvault.com/play/1024409/Creating-the-Art-of-ABZU
▲マット・ナバ氏(Giant Squid Studios)
講演者のマット・ナバ氏は日本でも高い評価を受けたインディゲーム『風ノ旅人』(Thatgamecompany)でアートディレクターをつとめた人物。同作のリリース後に独立し、Giant Squid Studiosを立ち上げた。『ABZÛ』は同社の第一弾タイトルで、ダイバーとなって海底探索をしながら世界の謎を解いていくパズルアドベンチャーだ。開発にはゲームエンジンのUnreal Engine (UE) 4が使用されている。
▲映画『ファインディング・ニモ』の世界に入り込んだかのようなゲームだ
本作の最大の特徴は、透明感溢れる海中の表現と魚群のアニメーションだ。ゲーム中には約200種類の魚が登場し、画面中に常時1万匹が表示される。さらに大量の海藻群、間接光を多用した柔らかいライティング、フォグを多用したポストエフェクト、そして4K映像対応と、かなり処理負荷の高いゲームとなっている。
ゲーム業界では美麗なグラフィック=大規模チームと相場が決まっている。本作もさぞかし大量の3Dアーティストが活躍したと思いきや、「開発期間は3年で、開発チームは最大時でも10人。専任のアニメーターはいなかった」とあかされた。
省力化のポイントとなったのがMayaのインスタンス機能だ。個々の魚は約60個のスケルトンリグを持つ。そのため10000匹もの魚を個別にアニメーションさせた上で、毎フレームごとにレンダリングしていくのは現実的ではない。
一方で魚は種類が違っても同じスケルトンリグで記述できる。そのためスタティックメッシュでつくられた魚をインスタンスでコピーし、最小限のデータで処理負荷を抑えながら多彩な動きを可能にするようにしたという。なお、同様の工夫は海藻のアニメーションにも採用されている。
▲重要な役どころを担うサメのCGモデル
また、魚のアニメーションはロー・ヨー・ピッチ・シフトといった基本的な動きから、体をひねる、くねらせるといった多彩な動きまで、UE4のブレンドシェイプやブレンドスペース機能を活用することで表現している。
▲UE4で細かい魚のアニメーションがつけられている
▲右下のパラメータで複数の動きを選んでアニメーションを設定できる
地形もあらかじめいくつかのパターンをつくっておき、それらを組み合わせることで表現している。地形のテクスチャもPhotoshopのブラシ機能でいくつかのパターンをつくっておき、ペタペタとスタンプすることで簡易表現した。水中ならではのフォグ表現により、それほど粗が目立たないというわけだ。フォグは透明度の変化をサインカーブで調節し、よりリアルな感覚が得られるようにこだわっている。
▲事前に用意された地形パーツをくみあわせていく
これらの表現は、いずれもゲームエンジンやミドルウェアのサポートがあってのことだ。その上で舞台を海中に限定することで、いわば一点突破で既存のAAAタイトルに負けないグラフィックス表現をつくり出した。まさにインディならではのゲームだといえるだろう。
そして、こうしたタイトルがAAAゲームと並んで市場性を持つところに、今日のゲームビジネスのダイナミクスがある。こうした中でスタジオが生き残っていくには、3Dアーティスト自身がマルチスキル、特に技術面での素養を持つことが求められる。
『ABZÛ』の画面グラフィック
①作業がしやすいように効果が切られた、ノーマル状態のライティング
②全方向性ライトと志向性ライトを設定
③海中ならではのフォグを設定
④海面からの透過光を付加
AAAスタジオのノーティドッグと、インディゲームスタジオのGiant Squid Studios。スタジオの規模も、制作タイトルも、まったく異質だ。にもかかわらず、両スタジオの中心人物がアートの未来に対して同じような考えを持ち、すでに実戦していることに驚かされた。日本のゲーム業界でも参考になる知見だといえそうだ。