画像・動画生成AIの登場から数年が経ち、企業での活用は「興味・関心」の段階から「実務への導入」へとシフトしつつある。しかし、著作権侵害や情報漏洩といったリスクへの懸念から、本格導入に二の足を踏む企業も少なくない。
本稿ではアドビの岩本 崇氏を迎え、商用でも安全に利用できるというアドビの画像・動画生成AI「Adobe Firefly」について、技術的進化から、企業が安心して導入できる安全性の仕組み、実際の活用事例、今後の展望まで詳しく話を訊いた。
岩本 崇(いわもと・たかし)
アドビ株式会社
Creative Cloud コミュニティ&プロダクト マーケティングマネージャー
<プロフィール>
2004年にアドビ システムズ社(現アドビ)に入社。以来、Illustrator、Photoshop、InDesignなどのデザインツールを一貫して担当し、印刷・デザイン市場へ最新製品の訴求を行う。現在はAdobe FontsやAdobe Fresco、Creative Cloudの新規サービスやモバイルアプリなど幅広い製品を担当。ユーザーコミュニティと向き合いながら、クリエイターの声を製品開発に繋げる役割も担っている。
X:@tiwamoto0718
■アドビのテクノロジーが生み出した生成AI「Firefly」
――まずは、アドビにおけるFireflyの立ち位置について教えてください。
岩本 崇氏(以下、岩本):アドビではFireflyのリリース以前から、「Adobe Sensei」という名称のAI機能を提供してきました。これは主に機械学習(ML)を活用したもので、例えば画像の切り抜きを自動化するなど、ユーザーの作業を支援する機能として搭載されていました。
そこから技術が飛躍的に進化し、“ゼロから”テキストプロンプトを使って新しい画像や動画を生み出せる生成AIの時代に入りました。この生成AI技術を搭載したモデル、およびWebブラウザで動作するサービスの総称としてブランディングされたのが「Adobe Firefly」です。
――岩本さんご自身は生成AIに関してどのような原体験をお持ちですか?
岩本:やはり、Photoshopに搭載された「生成拡張」や「生成塗りつぶし」を初めて触った時の衝撃。これは忘れられません。
岩本:見ての通り、この写真はもともと縦構図のものですが、これをWebバナーなどで使うために横構図にしたいとしましょう。その場合、左右の足りない情報を自然に描き足すのは、熟練のレタッチャーでも非常に時間と手間のかかる作業です。しかし、Fireflyの「生成拡張」を使えば、カンバスサイズを左右に広げて、テキストプロンプトを入力せず、「生成」ボタンを押すだけでそれが実現できます。
岩本:これまで数時間かかっていたような合成や修正作業が、わずか数秒、数クリックで完了してしまうようになりました。
これは単に楽ができるということ以上に、クリエイターがアイデアを形にする時間を増やせることを意味します。当社のシャンタヌ・ナラヤンCEOも常々、「AIは人々の能力を拡張するものであり、主役(パイロット)はあくまでクリエイターである」と語っていますが、まさにその“副操縦士”としての役割を体感した瞬間でした。
――企業がFireflyをワークフローに導入した場合のメリットは、どのような点にあると思いますか?
岩本:大きく分けて2つのメリットがあります。1つはPhotoshopやIllustratorといった日常的に使用しているツール内で、シームレスに生成AIが使えることによる、圧倒的な業務効率化です。
岩本:そしてもう1つ、法人のお客様にとって最も重要なのが、商用利用における安全性です。世の中には多くの生成AIツールがありますが、企業が業務で導入する際、最も懸念されるのは著作権侵害や情報漏洩のリスクです。Fireflyは、設計段階から「安心して商用利用できること」を前提に開発されています。
――法人向けのプランがあるのですね。
岩本:Adobe Firefly エンタープライズ版をご用意しています。これには、組織全体でのライセンス管理や、生成クレジットの共有などが含まれます。
岩本:また、万が一、Fireflyで生成したコンテンツが第三者の知的財産権を侵害したとして訴訟を起こされた場合でも、アドビが法的に補償する「IPインデムニフィケーション(知的財産権の補償)」が含まれるプランも用意しています(※一部条件あり)。これが、企業の皆様にFireflyを選んでいただいている大きな理由のひとつとなっています。
■安全性:企業が安心して生成AIを活用するために
――どのような仕組みで安全性を担保しているのでしょうか。
岩本:企業様が安心して生成AIを業務活用するために必要な要件は、大きく分けて「学習データの透明性」と「出力物の権利保護」の2点だと考えています。
まず学習データについてですが、Fireflyのモデルは、著作権の切れたコンテンツ、および使用許諾を得ているAdobe Stockの画像のみを学習データとして使用しています。インターネット上の画像を無断で収集して学習させることはしていません。
Adobe Stockのコントリビューター(素材提供者)の方々とは、学習に使用することを含めた契約を結んでおり、適切なプロセスを経た画像のみがAIのトレーニングに使われています。これにより、「生成された画像が、知らない誰かの権利を侵害しているのではないか」という不安を払拭しています。
――出典が明確なデータのみで学習しているため、クリーンな出力が可能だと。一方で、ユーザーデータが学習に利用される危険性は?
岩本:結論から申し上げますと、お客様がFireflyやCreative Cloudのツールで作成したコンテンツが、アドビの生成AIモデルの学習に使用されることはありません。これは法人・個人を問わず、明確にポリシーとして定めています。特に法人契約の場合、ここが担保されていることは、機密情報を扱う上で非常に重要なポイントになります。
――それは安心ですね。最近ではコンテンツ認証に関する取り組みを進められているとか。
岩本:はい。アドビはコンテンツ認証イニシアチブ(CAI)および技術標準化団体・C2PAを主導し、デジタルコンテンツの来歴を証明するコンテンツクレデンシャル(Content Credentials)機能を実装しています。
これは、いわばデジタルコンテンツの“成分表示ラベル”のようなものです。この画像が「いつ」「誰によって」「どのツールで」つくられたのか、そして「AIが使われているのかどうか」という情報を、改ざん困難なメタデータとして画像に埋め込むことができます。
――フェイクニュース対策でも注目の技術ですね。
岩本:おっしゃる通りです。さらに重要なのは、クリエイターが自分の作品に対して「学習に使わないでほしい(Do Not Train)」という意思表示をするタグを埋め込むこともできる点です。
「自分の作品が勝手にAIの学習に使われるのは嫌だ」というクリエイターの権利を守る仕組みと、「AIでつくられたものが正しくAI製であると識別できる」という社会的な透明性の両方を、技術の力で担保しようとしています。
――Fireflyの企業での導入状況はいかがでしょうか。
岩本:昨年の調査では、日本のビジネスパーソンの多くがすでに何らかの形で生成AIを使用しており、「使っていない」という回答はほぼゼロでした。特に画像生成AIに関しては、アイデア出しや、社内向け資料の挿絵などで活用が進んでいます。
最近では、「社内業務での生成AI利用は原則禁止だが、権利関係がクリアなAdobe Fireflyであれば利用OK」というルールを策定する企業様も増えてきました。特に外部に公開するコンテンツを制作する部署では、Firefly指定での運用が進んでいます。
――具体的な活用事例を教えてください。
岩本:直近ではゲーム業界などのエンタープライズ領域でも活用が進んでいます。このあたりについては、先日開催されたイベント「Adobe Firefly Meetup 2025 EXTRA #2 《ゲーム業界篇》」でも詳しく語られています。ぜひアーカイブをご覧いただきたいと思います。
また、その他にも面白い事例として、和歌山県和歌山市の観光PRキャンペーンがあります。これは関西万博に合わせて新大阪駅などで展開されたサイネージ広告なのですが、和歌山市の観光名所を擬人化したキャラクターのデザインにFireflyが活用されました。予算も時間も限られている中で、市の担当者がFireflyを使ってキャラクターの原案を作成し、それを元に地元のクリエイターが仕上げを行うというフローです。結果として、配布したカードも即座になくなるほどの反響があったそうです。
■今後の展望:クリエイターと共に歩むプラットフォームへ
――最後に、今後の展望についてお聞かせください。
岩本:現在、FireflyのWeb版やPhotoshopなどのアプリでは、アドビ独自のモデルだけでなく、他社の生成AIモデルも選択して利用できるようになっています。
クリエイターの皆さんは、用途や好みに応じて複数のAIツールを使い分けていらっしゃるのが実情です。それならば、アドビのツールを“ハブ”として、ツールを行き来することなく、ひとつの画面内で最適なモデルを選べるようにすべきだと考えました。
――生成AIの進化によって、クリエイターのワークフローは今後どう変わっていくでしょうか?
岩本:「ゼロからイチ」をつくるアイデア出しの段階ではAIが強力なパートナーとなり、その後の微調整や仕上げの段階では、クリエイターの感性とPhotoshopなど従来のツールの機能が重要になります。この一連のながれが分断されず、ひとつのフローとして統合されていくと考えています。
アドビは長年、クリエイターの皆さんに育てていただいた会社です。ですから、AIによってクリエイターを置き換えるのではなく、面倒な作業をAIに任せることで、クリエイターが本来注力すべき“創造的な時間を最大化”することを目指しています。
現在もProject Turntable(2Dのベクター画像を3Dのように回転させる機能)など、多くの実験的な機能をパブリックベータ版として公開しています。ぜひ、ユーザーの皆様にはこれらを試していただき、フィードバックをいただければと思います。皆さんの声と共に、ツールを進化させていきたいと考えています。
TEXT__kagaya(ハリんち)