TEXT&PHOTO_小野憲史
3DCGは過去数十年間にわたって飛躍的な進化を続け、ゲーム体験の向上に多大な恩恵をもたらしてきた。そして今、新たにフォトスキャンやプロシージャルなコンテンツ生成、ニューラルネットワーク、VR、ARといった技術が登場し、急速に一般化しつつある。
それでは今後10年間でこれらの技術がどこまで進化し、ゲームのグラフィック表現に影響を与えていくのか。そして3DCGアーティストはどのような心構えで技術の進化に向き合っていくべきなのだろうか。
こうした挑戦的なセッションが、米サンフランシスコで開催されたゲーム開発者会議、GDC(Game Developers Conference)2017で3月1日(水)に行われた。登壇者は米ノーティドッグのアンドリュー・マキシモフ氏。『アンチャーテッド』シリーズで知られる、世界有数のAAAゲームスタジオでリードアーティストをつとめる人物だ。
▲アンドリュー・マキシモフ氏(ノーティドッグ)
<1>世界全体が巨大なデジタルスタジオになる
「Future of Digital Art Production」と題した本セッションで、マキシモフ氏はCG技術の進化とコモディティ化にともない、ますます多くの人々がCGを用いた創作活動を行うようになる一方で、ゲームの開発規模が小規模化していくと述べた。そしてCGアーティストといえども、技術的な素養がますます必要になると警鐘を鳴らした。
はじめにマキシモフ氏はCGを巡る今後の技術トレンドを次のように分析した。
・グラフィックの最適化と自動化がますます進むだろう
・現実世界のデジタルデータへの落とし込みが進むだろう
・あらゆるものが数値化され、シミュレーション可能になり、自動生成が進むだろう
・AIによるサポートや機械学習が進むだろう
マキシモフ氏は「黎明期はグラフィックの最適化をアーティスト自身が行っていた」と述べた。NES(海外版ファミコン)では全54色中で25色を使用でき、色の選定をアーティスト自身が行っていたのは、その好例だ。
▲NESではパレットでどの色を選ぶかが画づくりに大きく影響した
これが3DCG時代になり、最適化はプログラマーの仕事になった。ポリゴン数を抑えてリアルな質感を表現するために、ノーマルマップやシェーダーといった技術が開発され、CGアーティストはその枠の中で表現を行うようになっていった。
▲3DCGの技術的な制約は次第に過去のものになろうとしている
その一方で現実をキャプチャするという方法論が試され、徐々に浸透していった。最初期の技術がロトスコープで、アクションパズル『プリンスオブペルシャ』はその代表作だ。こうした技術はフェイスキャプチャを経てフォトスキャンへと進化し、今や人体やプロップ類、自然環境までリアルにキャプチャすることが可能になっている。
▲現実の俳優をフォトスキャンしてモデルを生成する手法も一般化している
現在はプロジェクト単位でキャプチャされているが、早晩こうしたデータは統合され、GoogleEarthのように、ネットワーク上で誰もが使えるものになっていく。マキシモフ氏は「近い将来、世界自体をまるごとデジタル化し、巨大なスタジオセットに活用できる時代が到来するだろう」と予測した。当然そこではコピー&ペーストも自由自在。現実世界をもとに、現実にない世界を創り出すことも可能というわけだ。
▲近い将来、現実世界全体が巨大なデジタルスタジオになる日がくる
その一方でシミュレーション技術を応用した、プロシージャルなコンテンツ制作も当たり前になってきた。草や木が生い茂るゲームステージを自動生成するなどの行為はAAAゲームでは一般的になり、フォトリアリスティックなキャラクターの表情までパラメータひとつで微細に修正可能になった。ニューラルネットワークと機械学習の進化もすさまじく、3Dモデルに対して自動的に色づけをすることも可能になった。人工知能がスマートフォンを通して人々の意思決定をサポートする時代も、すぐ目の前に近づいている。
▲フォトリアルなキャラクターの表情付けがパラメータひとつで可能な時代が到来
なにより驚異的なのは、こうした一昔前なら大手スタジオが多額の研究開発費を費やし、内製ツールとして開発していた機能が、商業ミドルウェアやゲームエンジンにどんどん統合され、無料で使用できるようになっていることだ。こうした傾向は今後も続いていき、近い将来誰もがフォトリアルなCG技術を用いて、さまざまな創作活動を行うことが可能になっていくだろう。
「これはパンドラの箱のようなものだ」マキシモフ氏は語った。それまで3DCGアーティストが独占していた技術が、どんどんコモディティ化していくからだ。そして、この傾向は誰にも止められず、ますます加速していく。その結果、最後に残るものは何か......。マキシモフ氏は「あらゆることに対する『関心』だ」と述べた。「関心こそがアート生成における最も根源的なもの」というわけだ。
▲関心こそがアートの1stステップ
世界全体が巨大なデジタルスタジオになり、カット&ペーストや細部の調整が自由自在になった時代で、3DCGアーティストとしての姿勢がより求められていく......マキシモフ氏はこのように分析する。関心度についても、「世界への関心(場所・雰囲気など)」「地域への関心(より限定された場所、空間)」「オブジェクトレベルでの関心(構造、色など)」という三段階があるとする。
ツールやミドルウェアが高度に洗練されていく一方で、誰でも使えるものになっていくということは、3DCGアーティストの仕事がツールを使うことから、ツールで表現することに、ますます比重が移っていくということだ。そこで重要なのが世界に対する関心の持ち方。言い替えれば、現実のどこに意味を見いだし、作品に結実させていくかだ。「アートの創造とは、意味づけのプロセスだ」とマキシモフ氏は言い切った。
▶︎次ページ:<2>スペシャリストからゼネラリストの時代に [[splitpage]]<2>スペシャリストからゼネラリストの時代に
では、こうした技術の進化でゲーム産業はどのように変化していくだろうか。ここでマキシモフ氏は過去100年間でおきたハリウッド映画における制作スタイルの変化を引き合いに出した。20世紀初頭、映画制作はプロダクションワークで、1ショットを撮影するだけで、何十人ものスタッフの手が必要だった。しかし、今ではデジタルビデオを使用し、数人のチームで撮影できる。
▲過去100年間でハリウッドにおきたイノベーションと省力化
この傾向はゲーム業界においても当てはまるといい、マキシモフ氏は次のように変化をまとめた。
・制作コストが減少する
・チームが小規模になり、スペシャリストからゼネラリストへの移行が進む
・スタジオ独自の手法が減り、プロダクションの技法が均質化する
・フォトリアルは新たなフロンティア
・プロならではの専門技術に対するニーズが薄まるが、なくなるわけではない
▲技術は人々に力をさずける一方で、プロには厳しい時代になっていく
中でもマキシモフ氏が強調したのは「スペシャリストからゼネラリストへの移行」だ。そのためにはアーティスト自身が技術をより深く理解し、活用していく姿勢が求められる。テクニカルアーティスト的な素養を持つ人材が、ますます求められていくというわけだ。
その背景にあるのがアメリカ(中でもベイエリア)ならではの人件費の高騰と、それに伴う国際分業の進展だ。アセット制作が新興国に流れる中、生き残りのために、より上流工程のスキルが求められる......。そうした厳しい覚悟が感じられた。
マキシモフ氏の主張は決して目新しいものではないが、ゲーム業界でトップクラスに位置するノーティドッグのリードアーティストから説明されると、改めて重く感じられるものがあった。アジア圏におけるセルルックなCG表現が急速に上達を見せる中、日本の3DCGアーティストにとっても決して他人事ではないといえるだろう。
<3>AAAゲームに負けないインディゲームを10人でつくる
GDCではマキシモフ氏の分析を体現するかのような講演もあった。最終日の3月3日(金)に講演された、インディゲーム『ABZÛ』のビジュアルメイキング講演「Creating the Art of ABZÛ」だ。なお、本セッションは講演動画が無料で公開されているので、ぜひチェックしてみて欲しい。
http://www.gdcvault.com/play/1024409/Creating-the-Art-of-ABZU
▲マット・ナバ氏(Giant Squid Studios)
講演者のマット・ナバ氏は日本でも高い評価を受けたインディゲーム『風ノ旅人』(Thatgamecompany)でアートディレクターをつとめた人物。同作のリリース後に独立し、Giant Squid Studiosを立ち上げた。『ABZÛ』は同社の第一弾タイトルで、ダイバーとなって海底探索をしながら世界の謎を解いていくパズルアドベンチャーだ。開発にはゲームエンジンのUnreal Engine (UE) 4が使用されている。
▲映画『ファインディング・ニモ』の世界に入り込んだかのようなゲームだ
本作の最大の特徴は、透明感溢れる海中の表現と魚群のアニメーションだ。ゲーム中には約200種類の魚が登場し、画面中に常時1万匹が表示される。さらに大量の海藻群、間接光を多用した柔らかいライティング、フォグを多用したポストエフェクト、そして4K映像対応と、かなり処理負荷の高いゲームとなっている。
ゲーム業界では美麗なグラフィック=大規模チームと相場が決まっている。本作もさぞかし大量の3Dアーティストが活躍したと思いきや、「開発期間は3年で、開発チームは最大時でも10人。専任のアニメーターはいなかった」とあかされた。
省力化のポイントとなったのがMayaのインスタンス機能だ。個々の魚は約60個のスケルトンリグを持つ。そのため10000匹もの魚を個別にアニメーションさせた上で、毎フレームごとにレンダリングしていくのは現実的ではない。
一方で魚は種類が違っても同じスケルトンリグで記述できる。そのためスタティックメッシュでつくられた魚をインスタンスでコピーし、最小限のデータで処理負荷を抑えながら多彩な動きを可能にするようにしたという。なお、同様の工夫は海藻のアニメーションにも採用されている。
▲重要な役どころを担うサメのCGモデル
また、魚のアニメーションはロー・ヨー・ピッチ・シフトといった基本的な動きから、体をひねる、くねらせるといった多彩な動きまで、UE4のブレンドシェイプやブレンドスペース機能を活用することで表現している。
▲UE4で細かい魚のアニメーションがつけられている
▲右下のパラメータで複数の動きを選んでアニメーションを設定できる
地形もあらかじめいくつかのパターンをつくっておき、それらを組み合わせることで表現している。地形のテクスチャもPhotoshopのブラシ機能でいくつかのパターンをつくっておき、ペタペタとスタンプすることで簡易表現した。水中ならではのフォグ表現により、それほど粗が目立たないというわけだ。フォグは透明度の変化をサインカーブで調節し、よりリアルな感覚が得られるようにこだわっている。
▲事前に用意された地形パーツをくみあわせていく
これらの表現は、いずれもゲームエンジンやミドルウェアのサポートがあってのことだ。その上で舞台を海中に限定することで、いわば一点突破で既存のAAAタイトルに負けないグラフィックス表現をつくり出した。まさにインディならではのゲームだといえるだろう。
そして、こうしたタイトルがAAAゲームと並んで市場性を持つところに、今日のゲームビジネスのダイナミクスがある。こうした中でスタジオが生き残っていくには、3Dアーティスト自身がマルチスキル、特に技術面での素養を持つことが求められる。
『ABZÛ』の画面グラフィック
①作業がしやすいように効果が切られた、ノーマル状態のライティング
②全方向性ライトと志向性ライトを設定
③海中ならではのフォグを設定
④海面からの透過光を付加
AAAスタジオのノーティドッグと、インディゲームスタジオのGiant Squid Studios。スタジオの規模も、制作タイトルも、まったく異質だ。にもかかわらず、両スタジオの中心人物がアートの未来に対して同じような考えを持ち、すでに実戦していることに驚かされた。日本のゲーム業界でも参考になる知見だといえそうだ。