TVアニメ『片田舎のおっさん、剣聖になる』でYAMATOWORKSが手がけた3DCGの剣撃アクションは、リアリティとケレン味を両立した動きに加え、キャラクターの感情を宿した豊かな表情芝居も秀逸だ。剣の一閃ごとにキャラクターの内面を映し出す、同社の高い技術力と表現力に迫る。なお、本記事は2回に分けてお届けする。
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アニメーターへの裁量と責任の付与を重視する制作体制
本作のカット制作は、YAMATOWORKSらしい自律性と職人性に貫かれた体制で進められた。メインツールはLightWaveとAfter Effects(以下、AE)で、アニメーターの総数は15名弱、そのうち約半数がコアスタッフとして継続的に参加した。各話250カット前後という構成の中で、3D演出陣が3Dカットを担当し、例えば第1話(38カット)、第10話(66カット)は森田氏、第6話(56カット)は佐々木 達也氏が演出を務めた。
各カットの制作は、同じアニメーターがレイアウト、アニメーション、AE上での調整を一貫して担当するスタイルが基本だが、キャラクターの素材をレンダリングし、AE上でセル素材をつくる作業だけはルックデヴ担当者が行う。
若手のアニメーターも例外ではなく、モブやセカンダリのみ任せるような分業ではなく、1カットを丸ごと最後まで担当することで様々な経験を積ませる。ディレクター陣がそのプロセスに伴走し、完成まで丁寧にフォローする体制が敷かれている。この運用方針の背景には、YAMATOWORKSが重視するアニメーターへの裁量と責任の付与がある。
ただアニメーションを付けるだけでなく、ほかセクションとの連携や最終アウトプットまで見据えた判断力を育成することが、教育方針の軸となっている。なお、フェイシャルはモーフターゲットとボーンで細かく調整しており、カメラアングルに応じて顔の形状を自動補正するしくみは採用していない。自動補正はアニメーターの自由度が下がる側面もあり、手付けの方が同社のスタイルに合致しているからだ。
剣撃アクションにおいては、リアルな西洋剣術を基軸にしつつ、映像的な迫力とのバランスが綿密に設計された。元請けのパッショーネとハヤブサフィルムからは西洋剣術のリファレンス映像などが提供され、とりわけロングソードの持ち方、ステップ、攻防のながれには細かい指摘が入った。剣技の達人であるベリルのキャラクター性を損なわないよう、戦い方のひとつひとつに注意が払われている。
例えば絵コンテには、「クルンプハウをする」といった西洋剣術の構えが専門用語で指定されていたほどである。ただし、現実の剣術を忠実に再現するだけでは地味になりすぎるため、迫力のあるカメラワークや、動きの緩急などで演出効果を高め、視聴者に訴求するケレン味を追求していった。
第1話・ヘンブリッツの回転斬り




レイアウト段階の動きはブロッキングに留めるのが一般的だが、本カットでは滑らかな動きや表情まで付けたテイク1を用意した。「当社の表現力や方向性を最初に出し惜しみなく伝えた方が、その後のやり取りが円滑に進む場合が多いので、特に最初期のカットはテイク1からつくり込むようにしています」(坂本氏)。
回転斬りの仮エフェクトも、坂本氏が1フレームずつデジタルペイントで表現している。この仮エフェクトを参考にして、後工程で作画のエフェクトが追加された。「仮エフェクトは依頼されたわけではありませんが、自分が目指している画を表現してみました。ただし時間をかけるわけにはいかないので、雰囲気が伝わる程度のものに留めています」(坂本氏)。
第6話・狂気に満ちたシュプールの猛攻


シュプールの猛攻がベリルに迫る第6話は、坂本氏が7割以上のカット制作を先行して進めた。坂本氏は3D空間上でカメラを固定し、キャラクターの移動と美術のスライドによって、カメラがキャラクターを追いかけているような視覚効果を実現するアプローチを多用する。これには、キャラクターの演技に集中でき、リテイク時の負荷を低減できるメリットがある。さらに、美術が大判になりすぎるのを防ぐことで、AE上でのレンダリングの負荷を減らし、フリッカーの発生を防ぐ効果もある。





本カットでは、絵コンテにはなかった狂気に満ちた表情を坂本氏が提案した。「シュプールであれば、暴れても許されるかなと思って出してみたら、気に入っていただけました。綺麗なだけではない、作画のような"崩し"を入れることを目指しています。どこまで崩して良いか判断が難しいし、説得力のある画づくりが必須になってきますね」(坂本氏)。


本作ではキャラクターの顔をクローズアップで映す場合も3Dを多用しており、変形時に発生した不自然な影やラインなどは、ルックデヴ担当者がAE上で丁寧に修正している。ルックデヴのコアスタッフは3名で、アセット制作時に撮影監督と打ち合わせを行い、ハイライトや髪のグラデーションなどの処理方針を確認した上で、各キャラクターのルックを開発している。
第1話と第6話の、ベリルの表情芝居の対比






第1話と第6話におけるベリルの表情芝居は、キャラクター性の幅を象徴的に示している。第1話ではヘンブリッツの攻撃を冷静に見極めつつ、余裕のある三枚目寄りの表情で受けながすが、第6話ではシュプールの実力に押され、緊張感のある本気の剣士の顔に変化する。剣撃を通じて感情の起伏を描く本作ならではの演出であり、ギャップがキャラクターの奥行きを際立たせている。
第8話・アリューシアの表情芝居
女性剣士のアリューシアの場合は、視聴者が期待する凛とした美しさを維持しつつ、只者ではない俊敏な動きと鋭い眼差しを表現している。
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月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.323(2025年7月号)
特集:『KEMURI』
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2025年6月10日
TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue
PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota