<2>「HOVER CROSS」におけるゲームデザインの改善
後半で登壇した簗瀬氏は、過去にゲームデザイナーとして『ワンダと巨像』『魔神と失われた王国』などの開発に携わってきた。現在はUnityのエバンジェリストとして活躍する一方で、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の研究員という側面も持つ。こうした経歴から、これまで「学会でゲームをデザインする」「飲み会をデザインする」など、様々な分野でゲームデザインを活用。「ゲームデザインとは万能の知見ではないか」と語った。
簗瀬洋平氏(Unity Technologies Japan、Product Evangelist / Education Lead)
そんな簗瀬氏がデザインした超人スポーツが「HOVER CROSS」だ。「新しいスポーツを作るには、道具・人・環境を変えるのがわかりやすい」とする簗瀬氏。オートバランサーを内蔵し、体重を傾けて進む「Hovertrax」と、ラクロスを組み合わせて誕生した。1対1で対戦し、先行・後攻に分かれる。フィールドの三方にはゴールがあり、攻撃側は両手に持ったスプーンにボールを入れて進行し、ゴールにボールを入れれば得点だ。防御側はこれを防ぐが、接触するとペナルティになる。
Hovertraxに乗って、フィールド内をクルクル、スイスイと移動する。スピード感があり、トリッキーなマニューバおあるなど、観ていても面白い
もっとも、初期案では先行・後攻の概念がなく、実際のラクロスのようにフィールドの両側にゴールがあるというものだった。しかし、テストプレイでは中央でプレイヤーが互いににらみ合い、小さなフェイントをかけあう展開に終始した。「すべるように移動」「クイックな発進と停止」「その場で回転」という、Hovertraxならではの超人感が得られなかったのだ。これにはHovertraxが高価で、2台程度しか調達できなかったことが背景にあった。また接触プレイによる危険性も指摘された。
ルールを変えると、人はそれに合わせて最適な行動を選択しようとする。それによって面白さが変わる。何度もルールを変えてテストプレイを重ねることが重要で、その点はデジタルゲームの開発とかわらない
そのため1on1のバスケットボールのように、先行・後攻に分かれてゴールを競い合う形式に改良された。また接触するとペナルティになるルールも追加された。しかし、これでもフェイントをかけあうという展開に変わりはなかった。そこで、より試合をダイナミックなものにするため、ゴールを3方向に設置することに。これによって「どのゴールから狙うかという駆け引き」「1度に2点入るかもしれない逆転要素」「コンスタントに1点は入る」という3つの効果が得られたのだ。
バスケットボールの1on1のスタイルから、複数のゴールが設置されたことで一発逆転の要素が加わり、よりスポーツとしての完成度が増した
このようにして誕生したHOVER CROSSでは、思いがけないスターも生まれた。登壇者の稲見昌彦氏だ。スポーツが苦手で、東京五輪も他人ごとのように思っていた稲見氏だったが、「HOVER CROSS」では連戦連勝で、誰にも負けたことがないという強者ぶりを発揮した。これには稲見氏が普段からHovertraxを愛用しており、体重移動のコツをマスターしていることが大きい。スターの存在が観戦を盛り上げるとして、梁瀬氏は稲見氏の試合強者ぶりを賞賛した。
最後に簗瀬氏はスポーツにおけるゲームデザインを「強い方が勝つ」「強さはルールで定義される」「技術と駆け引きのバランスが重要」という3点にまとめた。囲碁や将棋が頭脳スポーツとされるのは、まさに「強い方が勝つ」からで、ここが一般的なゲームとのちがいだ。この強さを定義するのは競技者の身体や道具などではなく、ルールだ。そしてHOVER CROSSで稲見氏が連戦連勝を続けられるのも、まさに「技術と駆け引きのバランス」に卓越しているからだと言える。
身体性・技術性・文化性。これらをクロスさせたところに超人スポーツは存在する。最先端の技術とポップカルチャーに強い、まさに日本ならではの競技だ
最後に簗瀬氏は学生時代の1997年に考案したという、「無重力下でおこなうボールゲーム」というアイディアを披露した。全長20mの円筒内がフィールドとなり、サッカーやハンドボールのようにボールを回しながら相手のゴールを狙う。壁から壁に飛び回り、味方と連携して空中で華麗にターンするなど、無重量下ならではの「超人感」もある。技術革新によって2020年にはこういった超人スポーツがデザインできるかもしれない。それができるのがゲームデザイナーとして講演を終えた。
映画『ハリー・ポッター』シリーズに登場する「クィディッチ」をはじめ、フィクションで様々な新スポーツが存在する。無重力化でプレイできるボールゲームが実際に楽しめるようになるのは、いつのことだろうか