8月24日(水)から26日(金)の3日間にわたりパシフィコ横浜にて、日本最大のコンピュータエンタテインメント開発者向けカンファレンス「CEDEC2016」(コンピュータエンターテインメントデベロッパーズカンファレンス2016)が開催された。CEDECでは、既存のテレビゲームに当てはまらない新領域についても議論が交わされる。アカデミック・基盤技術系のセッション「新たなスポーツを創造するゲームデザイン」もそのひとつで、東京大学先端科学技術研究センターの稲見昌彦氏と、Unity Technologies Japanの簗瀬洋平氏が「超人スポーツ」の意義や実例について語った。
TEXT & PHOTO_小野憲史
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
<1>「人機一体」で新しいスポーツを創り出す「超人スポーツ」
「超人スポーツ」とは、いつでも、どこでも、誰でも楽しめる新たなスポーツを創造するための取り組みだ。身体・文化・技術を融合させ、人間と機械が融合した、人馬一体ならぬ「人機一体」スポーツを創造することを目的としている。
稲見氏は超人スポーツ協会の共同代表として、簗瀬氏も会員として、イベント・ハッカソン・シンポジウムなど、様々な活動を進めている。当面の目標として、2020年の東京五輪にあわせて超人五種競技の国際大会を開催することを掲げている。
8月26日(金)に催されたセッション「新たなスポーツを創造するためのゲームデザイン」の様子
稲見昌彦氏(東京大学 先端科学技術研究センター 教授)
稲見氏は、「技術と共に進化し続けるスポーツ」「すべての参加者がスポーツを楽しめる」「すべての観戦者がスポーツを楽しめる」という、「超人スポーツ三原則」を紹介した。2016年に岩手県で開催される「希望郷いわて国体・希望郷いわて大会」では、「岩手発超人スポーツ開発プロジェクト」も行われる予定だ。稲見氏は「地域の文化に根ざしたものや、ご当地スポーツなどが誕生するとおもしろい」と抱負を語った。
超人スポーツの"超人性"とは何か、既存のモータースポーツなどと何がちがうのか、関係者で熱心に議論が行われたという。その結果、「超人スポーツ3原則」が整理された。今では岩手県をはじめ、地域活性化などとも結びつきつつある
VR・AR・ロボティクスなどの技術と親和性の高い超人スポーツ。中でもVRは人間の身体感を変える技術だと稲見氏は語る。「Gender Swap」という研究は、その好例だ。VR HMDを装着した男女が、互いに相手の手と体が見えている状況下で体験を共有すると、次第に相手と体が交換した感じになってくることがわかった。小児の身体性を再現する「CHILDHOOD」という研究も同様で、VRを用いて子供の身体感覚を体験できる。稲見氏は「VRでは心を体を切り離してデザインできる」という。
VRを用いると性別や年齢(体格)などを超越した体験ができる。これは「肉体と精神を分離し、再統合できる」ことを意味している
これに対してARやロボティクスは人間の身体性を拡張させる「超身体」を提供する。他に技術を通して主観的な身体位置の分割・融合など、「分身・合体」感を提供することも可能だ。ポイントは技術革新でスポーツの概念を拡張できるということ。過去にも頭脳スポーツ、モータースポーツ、そしてe Sportsなどの概念が登場した。特にポップカルチャーと最新技術に強い日本から、こうした新しいスポーツの提案がおこなわれる意義は大きいという。
VRのお手本は現実にあり、優れたVR体験をデザインするには人間の研究が必須となる。ここから「脱身体・変身」といった可能性が広がっていった
もっとも、野球やサッカーといった伝統的なスポーツは長い歴史の中で自然発生的に生まれ、ゲームバランスが調整されてきた。これをゼロから作り出すには、ゲームデザイナーの知見が必要だ。技術革新でスポーツの道具やフィールドが拡張しても、それだけでは誰もが楽しめるスポーツにはならない。稲見氏は『ポケモンGO』のヒットなどで、ゲームがインドアからアウトドアに拡張しつつある中、ぜひ超人スポーツの発展にも力を貸してほしいと呼びかけた。
超人スポーツのグランドビジョン。荒唐無稽に感じられるかもしれないが、ライト兄弟が初飛行して約半年で人工衛星が登場したことを考えれば、十分現実感のある内容だ
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<2>「HOVER CROSS」におけるゲームデザインの改善
<2>「HOVER CROSS」におけるゲームデザインの改善
後半で登壇した簗瀬氏は、過去にゲームデザイナーとして『ワンダと巨像』『魔神と失われた王国』などの開発に携わってきた。現在はUnityのエバンジェリストとして活躍する一方で、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の研究員という側面も持つ。こうした経歴から、これまで「学会でゲームをデザインする」「飲み会をデザインする」など、様々な分野でゲームデザインを活用。「ゲームデザインとは万能の知見ではないか」と語った。
簗瀬洋平氏(Unity Technologies Japan、Product Evangelist / Education Lead)
そんな簗瀬氏がデザインした超人スポーツが「HOVER CROSS」だ。「新しいスポーツを作るには、道具・人・環境を変えるのがわかりやすい」とする簗瀬氏。オートバランサーを内蔵し、体重を傾けて進む「Hovertrax」と、ラクロスを組み合わせて誕生した。1対1で対戦し、先行・後攻に分かれる。フィールドの三方にはゴールがあり、攻撃側は両手に持ったスプーンにボールを入れて進行し、ゴールにボールを入れれば得点だ。防御側はこれを防ぐが、接触するとペナルティになる。
Hovertraxに乗って、フィールド内をクルクル、スイスイと移動する。スピード感があり、トリッキーなマニューバおあるなど、観ていても面白い
もっとも、初期案では先行・後攻の概念がなく、実際のラクロスのようにフィールドの両側にゴールがあるというものだった。しかし、テストプレイでは中央でプレイヤーが互いににらみ合い、小さなフェイントをかけあう展開に終始した。「すべるように移動」「クイックな発進と停止」「その場で回転」という、Hovertraxならではの超人感が得られなかったのだ。これにはHovertraxが高価で、2台程度しか調達できなかったことが背景にあった。また接触プレイによる危険性も指摘された。
ルールを変えると、人はそれに合わせて最適な行動を選択しようとする。それによって面白さが変わる。何度もルールを変えてテストプレイを重ねることが重要で、その点はデジタルゲームの開発とかわらない
そのため1on1のバスケットボールのように、先行・後攻に分かれてゴールを競い合う形式に改良された。また接触するとペナルティになるルールも追加された。しかし、これでもフェイントをかけあうという展開に変わりはなかった。そこで、より試合をダイナミックなものにするため、ゴールを3方向に設置することに。これによって「どのゴールから狙うかという駆け引き」「1度に2点入るかもしれない逆転要素」「コンスタントに1点は入る」という3つの効果が得られたのだ。
バスケットボールの1on1のスタイルから、複数のゴールが設置されたことで一発逆転の要素が加わり、よりスポーツとしての完成度が増した
このようにして誕生したHOVER CROSSでは、思いがけないスターも生まれた。登壇者の稲見昌彦氏だ。スポーツが苦手で、東京五輪も他人ごとのように思っていた稲見氏だったが、「HOVER CROSS」では連戦連勝で、誰にも負けたことがないという強者ぶりを発揮した。これには稲見氏が普段からHovertraxを愛用しており、体重移動のコツをマスターしていることが大きい。スターの存在が観戦を盛り上げるとして、梁瀬氏は稲見氏の試合強者ぶりを賞賛した。
最後に簗瀬氏はスポーツにおけるゲームデザインを「強い方が勝つ」「強さはルールで定義される」「技術と駆け引きのバランスが重要」という3点にまとめた。囲碁や将棋が頭脳スポーツとされるのは、まさに「強い方が勝つ」からで、ここが一般的なゲームとのちがいだ。この強さを定義するのは競技者の身体や道具などではなく、ルールだ。そしてHOVER CROSSで稲見氏が連戦連勝を続けられるのも、まさに「技術と駆け引きのバランス」に卓越しているからだと言える。
身体性・技術性・文化性。これらをクロスさせたところに超人スポーツは存在する。最先端の技術とポップカルチャーに強い、まさに日本ならではの競技だ
最後に簗瀬氏は学生時代の1997年に考案したという、「無重力下でおこなうボールゲーム」というアイディアを披露した。全長20mの円筒内がフィールドとなり、サッカーやハンドボールのようにボールを回しながら相手のゴールを狙う。壁から壁に飛び回り、味方と連携して空中で華麗にターンするなど、無重量下ならではの「超人感」もある。技術革新によって2020年にはこういった超人スポーツがデザインできるかもしれない。それができるのがゲームデザイナーとして講演を終えた。
映画『ハリー・ポッター』シリーズに登場する「クィディッチ」をはじめ、フィクションで様々な新スポーツが存在する。無重力化でプレイできるボールゲームが実際に楽しめるようになるのは、いつのことだろうか