2022年2月17日(木)に発売された『刀剣乱舞無双』は、刀剣育成シミュレーションゲーム『刀剣乱舞ONLINE』と「無双」シリーズとのコラボ作品だ。開発を担当したコーエーテクモゲームスから、ゼネラルプロデューサーの襟川芽衣氏とCGディレクターの猪瀬真由氏に話を聞いた。
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刀剣男士を“魅せる”ための細やかな気配り
『刀剣乱舞ONLINE(以下、刀剣乱舞)』は、プレイヤーが審神者(さにわ)となり、名だたる刀剣が戦士へと姿を変えた刀剣男士たちを従え、歴史改変を目論む時間遡行軍(じかんそこうぐん)と戦うPCブラウザ/スマートフォンアプリゲームである。リリース8周年を迎えた現在ではアニメや映画、舞台、ミュージカル等、幅広い展開を見せている。
「『刀剣乱舞』のような女性ファンが多い作品と『無双』シリーズのコラボは初めてでした。これまでの『無双』シリーズの中で最も華麗なアクションにしたいという思いの中、“魅せる”をコンセプトに開発してきました」と襟川氏は話す。
さらに、ビジュアルを魅せるためのコンセプトとして掲げたのが“華麗なる一閃”というキーワードだ。
「トゥーン調やフォトリアル調など、目標の画づくりに到達するまで様々な表現にチャレンジしました。『無双』シリーズにビジュアルを寄せてしまうと雄々しくなりすぎるので、最初の落とし込みまでにはかなり時間を要しました」と猪瀬氏。
原作ゲームの刀剣男士は複数のイラストレーターがデザインを手がけているため、元のデザインのテイストを残しつつ、頭身のバランス等を整えて世界観を統一する工程に非常に時間がかけられたという。
そのほか、原作ファンを意識した設計として、必殺技に加えて抜刀や納刀シーンも用意するなど、見せ場が多くなるように演出されている。さらに、バトルモーションは刀剣男士ごとに個性や刀種を活かしたものになっており、共有モーションはほとんどないという。
「今回登場する刀剣男士を十五振りに限定したからこそ実現したつくり込みと言えます」(襟川氏)。
それでは本作の華麗なビジュアルがどのようにつくられたのか紹介したい。
Point 01:原作ゲームの刀剣男士を立体として成立させるために
2D イラストの刀剣男士たちを3D モデルとして違和感なくつくり上げるためには、形状や質感、バランスにいたるまで細かな調整が必要だった。
バランス調整がくり返された刀剣男士のモデル
刀剣男士のモデルは、Mayaを使用してモデリングし細かい凹凸にはZBrushが使用されている。テクスチャ作成にはPhotoshopや3D-Coatが使用された。モデルに費やされているポリゴン数は三日月宗近(みかづきむねちか)で約5万ポリゴンで、当初予定されていたポリゴン数よりも多くなっているという。
形状の再現に意識が割かれた顔の造形
刀剣男士の頭部モデルの制作例だ。本作ではテクスチャの質感はリアル寄りにしつつ、形状は原作イラストに合わせてデフォルメを加え、細部まで再現していった。
公式の設定資料集を見ながら形状を調整していったが、角度によって目の配置などが変わってくるため、社内で頭部の三面図を用意し、それを基にバランスを細かく調整していったという。
しかし、完全にイラストを再現しようとすると立体として成立しなくなるため、カメラの角度に応じて顔の形状がシームレスに変化するようなしくみをつくって対応した。特に薬研藤四郎(やげんとうしろう)や一期一振は、原作イラストの独特なテイストを落とし込むのが難しかったという。
肌や髪を美しく見せるための工夫
本作の刀剣男士はリアル寄りのルックではあるが、陰影は原作イラストの印象に合わせて調整されている。
特に鼻の下に生成されるセルフシャドウは、表示されないようにメッシュを二重構造にして影が落ちない設定にしている。その他の陰影は法線転写用のメッシュを作成し、法線を転写して仕上げている。
刀剣の細かな装飾や刃文まで再現
刀剣男士たちの本体であり、戦いの際には武器として扱う刀剣も、原作イラストを基にモデリングされている。モデル制作にあたっては、実在する刀剣の資料を参考にしながら再現し、ひと振りずつ細部にこだわりながら進められたという。
刀剣専用のシェーダは使用していないが、刃文や切先など多様な反射のちがいによる質感は材質ごとのマテリアルを用意して、細かい部分まで再現している。また目貫や鍔などの装飾も、資料を基に忠実に再現されている。
アレンジが施された時間遡行軍
時間遡行軍として登場する敵キャラクターは、原作ではまがまがしい印象のデザインだが、『刀剣乱舞』のファンには女性が多いため、立体にした際に嫌悪感をおぼえない造形になるよう調整された。
また、変形するキャラクターが多いため、最初のうちにチェックモーションを作成し、動かしながら破綻がないようにモデリング作業が行われたという。
Point 02:刀剣男士の個性と「無双」シリーズの爽快感を両立するモーション
本作の刀剣男士は衣装も武器もそれぞれに異なり、個性豊かな攻撃を高速でくり出す。「無双」シリーズの核とも言える「爽快感」を生むためのモーションの工夫とは。
リグ構造
各刀剣男士のリグは、社内で独自に開発された汎用リグをベースとし、服装や装備に応じてキャラクターごとに個別にセットアップされている。
汎用リグはモーション作業時には操作しやすいリグに切り替えることができるようになっており、アニメーターの負担を軽減する工夫も施されている。
刀剣男士は和装が多いため、揺れものも多いが、基本的に衣装などの揺れものはClothシミュレーションで制御し、制御しきれないような構造のものは補助骨を追加して動かしている。
個性と刀種の特性を表現するバトルモーション
本作はフォトモードも用意されているため、刀剣男士のモーションは「指先まで美しく」をテーマに、それぞれのキャラクターの個性が反映されるような動きを意識しながら制作されている。やられモーションなどの一部の動きを除き、モーションはほぼ全てキャラクター固有だという。
特に通常攻撃のモーションは、刀剣男士ごとに歌仙兼定(かせんかねさだ)であれば「苛烈」、三日月宗近であれば「優雅」というようにキーワードを決めて制作された。手付けによるキーフレームアニメーションに加えてモーションキャプチャも併用されており、剣劇ができるアクター数名によって16体分のモーションを収録して利用しているという
細部まで手を抜かない表情付け
フェイシャルアニメーションではブレンドシェイプを使用せず、独自のフェイシャルリグが活用されている。これらのフェイシャルの形状変化は、Maya上でも実機上でも同じようにプレビューが可能だ。
フェイシャルモーションを作成する場合は、刀剣男士ごとに様々なアニメや公式の資料を集めて表情集を作成し、性格や特徴を活かした表情になるように意識したという。
また、複数の刀剣男士が登場するようなシーンでは、小さく映る刀剣男士にも手を抜かずに表情付けしているため、注意して観てほしいとのこと。
手法を使い分ける揺れもの制御
刀剣男士の衣装の揺れものは基本的にはClothシミュレーション、髪については揺れると思われる箇所に細かくボーンを入れ、それを揺らす方法で制御されている。本作は攻撃モーションのスピードが総じて速いため、揺れものの動きには苦労したキャラクターが多かったという。
特に山姥切国広(やまんばぎりくにひろ)などの大きな布を纏うようなキャラクターの場合はシミュレーションのみでの制御が難しく、モーションの途中でリセットをかけたり、一時的に風や重力などのパラメータを差し替えることで対応している。
髪の動きは、ひと束ごとに風の影響力を変更することができ、顔にかかる髪はあまり揺らさないといった指定が可能。長髪のキャラクターの場合はボーンを揺らす手法とClothシミュレーションを併用している。
Point 03:戦闘を鮮やかに彩る様々な演出
原作ゲームにある「真剣必殺」や「中傷」などの要素を上手く採り入れつつ、本作ならではの画づくりで“華麗なる一閃”を演出している。
絵コンテから緻密に設計された必殺技
通常攻撃や必殺技のエフェクトは、まず字コンテや作成されたモーションを確認しながら、刀剣男士の動きに合ったエフェクトの形状を考えてベースとなるルックを作成する。刀剣男士自体のルックや要素を上手く拾って、そのキャラクターらしい豪華なエフェクトになるように心がけられているという。
ベースのエフェクトが決まったら実際のキャラクターのモーションに合わせてみて、エフェクトの尺やサイズ、タイミング感を調整し、最終的には実機に反映させてエフェクトの発光度合いや色合い、動きが意図通りになっているか確認しながら制作されている。
必殺技のエフェクトはキャラクターの個性を特に押し出す必要があるので、三日月宗近であれば月のエフェクトが屈折表現で上手く波打って見えるように、鶴丸国永であれば鶴の羽をイメージしたエフェクトにするなどキャラクターの演出に合わせてブラッシュアップされている。
負傷状態を表現するエフェクト
負傷時のエフェクトは、通常状態のキャラクターモデルと、負傷状態のモデルを切り替えて使用している。飛び散る破片は破片用のテクスチャを作成し、自社製のエフェクトツールを使ってアニメーションを作成している。
大群感を表現する敵モーションの工夫
Point 04:作品世界に没入させる背景とライティング
本作では、本拠地となる「本丸」や歴史上の合戦場などがロケーションとして登場する。プレイ中の没入感を高めるため、細部まで趣向が凝らされている。
本丸をはじめとした背景の制作
設計資料を基におおまかな地形を作成し、仕様と景観の両面から問題がないかを開発チームと確認しながらステージ設計が進められた。CGの景観に合わせて仕様や遊びの部分に変更を加えることもあったという。背景のルックは、フォトリアルな表現ではなくアニメ背景的なテイストを目標に調整されている。
表現が単調にならないようマテリアルごとにマスクを適用し、異なるマテリアルをブレンドして質感を向上させているという。逆に経年劣化のある柱など、汚しを追加したい場合は接地部分やエッジに苔や砂などのマテリアルをブレンドして表現している。
ポストプロセス
背景はポストエフェクト処理で遠近感などが強調されている。使用されているポストエフェクトは、カラーグレーディング、アンビエントキューブマップ、ハイトフォグ、ブルーム、スカイドームなど。
画像は中遠景のカラーグレーディングを行うことで全体のバランスを調整し、ポストエフェクトで奥行き感のある空間を表現したものだ。
キャラクターの落ち影表現
地面に落ちる影は、カスケードシャドウマップを使ったソフトシャドウで表現されており、操作キャラクターとバディキャラクターの影は、個別のシャドウマップを使用して解像度を上げている。画像は影の中にキャラクターが立っている場合の例だ。
キャラクターの接地感を表現できるよう、ステージとキャラクターに個別のシャドウマップを使用することで、影の中に立っていてもキャラクターの影がわかる。
フォグの揺らぎ表現
特殊なポストエフェクトの例として、フォグの揺らぎ表現がある。背景にかかるフォグに対して揺らぎを設定することで動的な要素を追加し、動きのある画づくりを実現している。
CGWORLD 2022年4月号 vol.284
特集:実践!メタバース
判型:A4ワイド
総ページ数:128
発売日:2022年3月10日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_大河原浩一 / Kouichi Okawara(ビットプランクス)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)