<3>外国人クリエイター採用を支える移民制度
もっともジュニアアーティストだけでスタジオの急速な成長を支えることは不可能だ。そのため全世界から中途採用が積極的に行われている。実際、最初の12ヶ月でロンドンから90人のスタッフも移住している。ところが、ここでも興味深い事態が起きた。いち早く同社を退職してバンクーバーに移住し、現地のスタジオで働いていたスタッフが少なからずいたのだ。その一部は復職し、貴重な戦力になったという。
その後もカナダだけでなく、アメリカをはじめ世界中で(新卒・中途を問わず)採用が続いており、今や約6割のクリエイターが外国籍だという。これはバンクーバーの市民構成にも近く、英語を母国語にもたない市民の割合は、今や半数以上に及ぶほどだ。日本では日本語のネイティブスピーカーか、それに準じる者でなければ良いクリエイティブが発揮できないという考えが根強いが、こうした考えはカナダでは当てはまらないことになる。
Consider Canada City Alliance代表のマイケル・ダルチ氏
欧州やアメリカで排他主義が強まる一方で、カナダは戦略的な移民政策を採り続けている。総人口3,200万人のうち移民人口は780万人で、4人に1人が移民という計算だ。メディアツアーの冒頭、Consider Canada City Alliance(同団体は国内13の経済局の連合体で、都市間の調整役を担当)代表のマイケル・ダルチ氏は「人口面で見ればカナダは小国で、特にクリエイティブ産業では海外の才能が重要だ」と述べた。
※カナダの移民 統計データ(グローバルノート)
ただしカナダでも、企業が外国籍の社員を雇用する場合、カナダ人材技能開発省(HRSDC)から承認を得る必要がある。被雇用者側も連邦政府直下の移民局が発行する就労許可証(Work Permit)の取得が必要だ。就労許可証の年数は通常1年、長くても数年間の期限付きで、長期間働くためには就労許可証の延長手続きを行いつつ、永住権を取得するのが一般的。当然ながらカナダ人の採用については、こうした制約は存在しない。
一方で外国籍社員の雇用をサポートする制度も存在する。各州政府による移民推薦プログラムはその1つだ。州政府が設けた特定カテゴリーに属する人材を推薦するプログラムで、州政府が設けた項目に該当する人物は、審査の上で州政府管轄部署より推薦状が作成される。就労許可証の取得手続きを行う上で、この推薦状が役に立つというわけだ。これらは州政府による産業支援政策の一環として位置づけられている。
<4>クリエイターの家族まで対象となる支援制度
ダブル・ネガティブと並ぶVFXスタジオの雄、フレームストア
もっともゲーム・VFX分野ではスキルに対する属人性が高く、その分だけ外国籍社員に対する雇用の敷居が下がる。企業側も外国籍社員の雇用に積極的だ。モントリオールにスタジオを構えるフレームストアもその1つ。ダブル・ネガティブと同じくロンドンに本社を構えるVFXスタジオで、モントリオールスタジオは2005年に5名でスタートした。今や全世界27ヶ国・地域から500名が働くまでに成長し、外国籍の割合は47%に及ぶ。
モントリオールの人口は周辺部を含めると約380万人で、北米で15番目、カナダでは2番目となる(バンクーバーは8位)。住民の約7割弱がフランス語を第一言語とし、大半がフランス語と英語を理解する多文化都市だ。教育機関も充実しているが、採用担当者いわく「モントリオールだけでは人材が不足しており、国内外の人材をバランス良く雇用することが成長に不可欠」なのだという。
廃工場を改装して作られたUBIモントリオールスタジオ。この建物以外に市内で8棟のビルに分散している。他にUBIトロントなど、カナダ全体では4000人の社員数を誇る
『アサシン クリード』、『スプリンターセル』シリーズなどのゲーム開発で知られるUBIモントリオールも同様だ。1997年に50人でスタジオを創業し、20年で3,000人以上の社員数を抱えるまでに成長。地元のゲーム産業発展に大きく貢献した。同スタジオでCEOをつとめるヤニス・マラット氏は「これまで90タイトル以上のゲームを開発し、3億本以上を販売してきた」と胸を張る。
同社のゲームづくりを支えるのが、世界50ヶ国以上から集まったゲームクリエイターたちだ。ブラジル出身のプログラマー、アリーネ・クサノバイ氏もその一人で、現在は新作タイトルCGプログラミング、特にパーティクルシステムの開発に携わっている。モントリオールのコンコルディア大学出身で、2013年の夏期休暇でインターンを務めた後、VFXスタジオを経て2016年から同社に加わった。
学生時代から数えてモントリオールでの生活が6年になるというクサノバイ氏。在学中は学生ビザで滞在し、地元の音楽祭や映画祭、ウィンタースポーツ、ローカルイベントなどに親しんだ。卒業後もここで働くことを選び、個人で永住権を申請・取得したほどだ。「モントリオールは非常に活気に満ちた文化都市で、それに負けないくらいゲーム開発者コミュニティも活況です」と語る。
こうした外国人社員に対して会社のサポートも徹底している。その範囲は居住先の選定、フランス語の教育支援、就労許可証の発給支援など本人だけに留まらない。配偶者のモントリオールでの就業支援や大学進学支援など、家族も支援対象となる。社内に外国人ファミリーのコミュニティもあり、情報交換や相互支援などの草の根の活動も行われている。クサノバイ氏も「フランス語の語学学校の通学支援が業務で役に立った」と話した。
image courtesy of Ubisoft Entertainment.
UBIモントリオールスタジオの社内風景。パーティションがなく、全貌が見わたしやすいことと、高い天井が特徴だ
image courtesy of Ubisoft Entertainment.
外見からは想像もつかないお洒落な社内風景
<5>カナダと日本、コンテキストのちがいを超えて
カナダのゲーム・CG産業の歴史は1986年にモントリオールでSoftimageが設立されたことにさかのぼる。その後、1991年にバンクーバーのDistinctive Softwareをアメリカ企業のEAが買収し、EAカナダを設立。カリフォルニア州サンマテオ群に本社を構え、シアトルにもスタジオをもつEAにとって、バンクーバーは同じ西海岸の都市でもあり、進出は自然なながれだった。
これに対して1997年にはフランス企業のUBIもケベック州で最大の都市、モントリオールにスタジオを設立する。フランスとアメリカの両方の文化が混在するケベック州は、欧州企業であるUBIにとって最適だった。1990年代後半から2000年代にかけて、この両者を柱にカナダの東西でゲーム産業クラスタが成長していく。それを後押ししてきたのが州政府による誘致政策だ。
この産業誘致政策の背景にあるのが移民政策で、その背景にあるのがカナダの少子化・高齢化問題と、持続的な経済成長の必要性だ。これらがポジティブフィードバックを起こした結果、カナダは世界有数のゲーム・VFX大国にまで成長した。その結果、大手スタジオの人材供給は現地の教育機関と海外からの移民に支えられるまでになっている。これを支えるのが地域校との産学連携と入社後の人材教育システムだ。
その上で今回の取材では「阿吽の呼吸に頼らないクリエイティブと、それを可能にするシステムづくり」があると感じられた。良くも悪くも日本のクリエイティブは日本人という文化的均質性の高いクリエイターに支えられており、その土台となるのが日本語だ。だからこそ世界に類を見ないユニークなモノづくりができるともいえるが、逆にガラパゴスと揶揄される所以にもなっている。
その一方で世界中から優れた才能を集め、育成し、世界最高峰のクリエイティブを生み出していくシステムやノウハウを理解することは、日本企業にとっても有益だろう。世界の最新情報やトレンドを日本語という壁でフィルタリングし、自分たちの文化にあったやり方に組み入れていくスタイルは、これまでも日本のお家芸だった。特に産学連携のあり方については、大いに参考になるのではないだろうか。