カナダ投資局主催のメディアツアーレポート第2弾。前回の記事ではバンクーバーフィルムスクール(VFS)とシェリダン・カレッジの最新動向を中心に、カナダのゲーム・映像業界における人材教育について紹介した。続編となる本記事では、VFXスタジオやゲーム会社の取材を通して、同じトピックを産業側から深掘りしてみたい。
TEXT & PHOTO_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada
モントリオールのオートデスク本社。1986年に設立されたSoftimageに源流を発する、カナダのゲーム・VFX産業を代表するスタジオだ。創設者はアニメータ出身のダニエル・ラングロイス氏で、アートとテクノロジーが融合した形だ
<1>VFXスタジオの雄がバンクーバーに進出した理由
ダブル・ネガティブは1988年にロンドンで創業したVFXスタジオだ。『ピッチブラック』(2000年)を皮切りにハリウッドの大作映画で視覚効果を手がけてきた。アカデミー賞で視覚効果賞を3度受賞(『インセプション』(2010年)、『インターステラー』(2014年)、『エクス・マキナ』(2015年))するなど、華々しい成果をあげている。
これに伴い規模も拡大し、2009年のシンガポールスタジオ開設を皮切りに(2016年に閉鎖)、バンクーバー、ムンバイにスタジオを開設。2015年に進出したテレビドラマ事業支援のため、2017年にはロサンゼルスにもオフィスを開設した。創業時はわずか30名だったスタッフが、現在は約2,500人を数える、ヨーロッパで最大級のVFXスタジオに成長したのだ。
バンクーバー市内に位置するダブル・ネガティブのバンクーバースタジオ。最大3ヶ所に分かれていたスタジオが新たに一ヶ所にまとめられ、機能的になった。建物は二階建てで、プロジェクトごとに10人前後の小部屋に分かれていた
ロビーで受付を行うメディアツアー一行。受付カウンター奥にはコーヒーカウンターがある
ダブル・ネガティブ社歴(抜粋)
1998年 ロンドンで創業(スタッフ数1,100名)
2009年 シンガポール、シンガポールスタジオ開設(2016年閉鎖)
2014年 カナダ、バンクーバースタジオ開設(スタッフ数530人)
2016年 タイ、ムンバイスタジオ開設(スタッフ数800人)
2017年 アメリカ、ロサンゼルスオフィス開設(スタッフ数10人)
※スタッフ数は取材時(2017年3月)現在
この中でもハリウッドに近く、グループの戦略的拠点として位置づけられているのがバンクーバースタジオだ。同社でクリエイティブを統括するルパート・ポーター氏(Head of Production)は「はじめにロンドンから20名のスタッフがバンクーバーに移住し、スタジオの立ち上げに参加した。自分もその一人で、もともとロンドンでプロデューサーをしていた」と自己紹介した。
同社は北米にスタジオを構えるにあたり、バンクーバー以外にさまざまなオプションを検討したという。ブリティッシュコロンビア(BC)州政府による、クリエイティブ産業に対する税制控除は理由のひとつとなった。自然環境や低い犯罪率といった、暮らしやすさも重要な要素だ。そのうえで決め手となったのが、ハリウッドとの時差がないことだった。これが他の都市に対する優位性になったという。
2016年に入ると『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』を皮切りに、バンクーバースタジオが制作に参加した作品が続々と公開され始めた。後述するUBIモントリオールスタジオ制作のゲーム『アサシン クリード』の映画版もその1つだ。ポーター氏は「ちょうど『ワイルド・スピード ICE BREAK』の仕事が終わったばかりだ」と話し、現在制作中のタイトルとして下記をあげた。
・『ブレードランナー2049』
・『ワンダーウーマン』
・『The Mummy』
・『パシフィックリム2』
・『AnnihilationAnnihilation』
・『メグ/Meg』
ロビーから制作ルームに連なる廊下には最新のデモリールが大型モニターにずらり
3回におよぶアカデミー賞(視覚効果部門)をはじめ、数々のノミネート作品を手がけてきた
<2>産学連携を通して地元の教育機関から人材を採用
このように、わずか20名でスタートしたスタジオが数年間で530人にまで成長した背景には、グループ全体での積極的な人材採用戦略がある。シーグラフやVFXをはじめ、世界中の主要イベントでキャリアブースを出展するなどは、その一例だ。その中心人物がシニアリクルーターのアリス・タックスフォード氏だ。2010年に入社後、ロンドン・シンガポール・バンクーバーで人材採用に係わってきた。
もっともバンクーバーにスタジオを構えた当初は、同社としてもカナダのどこにどのような学校があり、学生のレベルがどの程度なのか、詳細について理解していなかった。そこで市経済局などの支援をもとに、国中の大学や専門学校を訪問し、教育関係者と議論をしながら、独自のコネクションをつくり上げていった。その結果、イギリスの教育機関よりも先進的な内容に、改めて驚かされたという。
これにあわせて会社側でも学生向けのイベントを次々に開催していった。ジョブフェア、卒業制作展への参加、ポートフォリオのレビューイベントなどで、その数は2年間で100件近くにも及んだという。現在も学生むけのスタジオツアーを積極的に受け入れ中だ。中学・高校生といった、より若い世代に対してCGに関心をもってもらうための活動を行う「次世代チーム」も存在する。
「弊社のような企業は、これからCG業界に足を踏み入れようとする学生にとって、しばしば威圧的な存在に思われがちです。そのため、こうしたイベントを通して、より親しみをもってもらうようにつとめています。そこで学生はスーパーバイザーや人事担当者と直接会って話をし、面接のコツやデモリールに何を入れたら良いかといった、生の情報を聞くことができるのです」(タックスフォード氏)。
学生向けのQ&Aが充実の同社公式サイト
アーティストだけでなく、エンジニアの採用にもつとめている。BC州の名門校として知られるサイモンフレイザー大学やブリティッシュコロンビア大学は、まっさきに向かった学校の1つだ。他にモントリオール(ケベック州)のマギル大学や、トロント(オンタリオ州)のウォータールー大学など、さまざまな大学の理工系コースに足を運んだという。
もっとも日本と同じく、コンピュータサイエンスを学ぶ学生にとってCGプロダクションは(ダブル・ネガティブといえども)、それほどメジャーな職場ではない。そのため社内インフラやエンジニアリングについて説明する「プロダクション・オープン・デイ」を企画し、多くの学校関係者や学生を招待するなどの取り組みが行われた。学生に対して存在を知ってもらうことから始めたというわけだ。
そのほか同社では社員が教育機関で講師やメンターを行うことも奨励している。VFXスーパーバイザーで、『スター・トレック BEYOND』などの制作にも携わったピーター・ボウマー氏もまた、地元の学校で講師を担当する一人だ。VFSにもメンターを5名派遣している。こうした取り組みの結果、地元の学校から45名のジュニアアーティストを採用するまでにいたっている。
また、同社ではアシスタント業務を中心に行うランナーを振り出しに、ジュニア、シニア、スーパーバイザーといった役職が用意されている。社内には研修施設も完備されており、社内勉強会を通して定期的にトレーニングが行われている。最新ツールやプラグイン、内製ツールへの対応などが目的だ。メディアツアーで案内されたエリアでは、プロジェクトごとに10人前後の小部屋に分かれており、各ショットが分担作業で進められていた。
もっとも同社は他の欧米企業と同じように、いわゆる新卒採用の制度がない。業務の進行に合わせて人材が必要なときに、必要なだけ採用されるしくみだ。タックスフォード氏は「応募者の才能だけでなく、社内の空席に応じて採用せざるを得ない点が非常に残念です」とあかした。今や学生からの問い合わせは世界規模に及び、その一端は公式サイトのQ&Aからも読み取ることができる。
[[SplitPage]]<3>外国人クリエイター採用を支える移民制度
もっともジュニアアーティストだけでスタジオの急速な成長を支えることは不可能だ。そのため全世界から中途採用が積極的に行われている。実際、最初の12ヶ月でロンドンから90人のスタッフも移住している。ところが、ここでも興味深い事態が起きた。いち早く同社を退職してバンクーバーに移住し、現地のスタジオで働いていたスタッフが少なからずいたのだ。その一部は復職し、貴重な戦力になったという。
その後もカナダだけでなく、アメリカをはじめ世界中で(新卒・中途を問わず)採用が続いており、今や約6割のクリエイターが外国籍だという。これはバンクーバーの市民構成にも近く、英語を母国語にもたない市民の割合は、今や半数以上に及ぶほどだ。日本では日本語のネイティブスピーカーか、それに準じる者でなければ良いクリエイティブが発揮できないという考えが根強いが、こうした考えはカナダでは当てはまらないことになる。
Consider Canada City Alliance代表のマイケル・ダルチ氏
欧州やアメリカで排他主義が強まる一方で、カナダは戦略的な移民政策を採り続けている。総人口3,200万人のうち移民人口は780万人で、4人に1人が移民という計算だ。メディアツアーの冒頭、Consider Canada City Alliance(同団体は国内13の経済局の連合体で、都市間の調整役を担当)代表のマイケル・ダルチ氏は「人口面で見ればカナダは小国で、特にクリエイティブ産業では海外の才能が重要だ」と述べた。
※カナダの移民 統計データ(グローバルノート)
ただしカナダでも、企業が外国籍の社員を雇用する場合、カナダ人材技能開発省(HRSDC)から承認を得る必要がある。被雇用者側も連邦政府直下の移民局が発行する就労許可証(Work Permit)の取得が必要だ。就労許可証の年数は通常1年、長くても数年間の期限付きで、長期間働くためには就労許可証の延長手続きを行いつつ、永住権を取得するのが一般的。当然ながらカナダ人の採用については、こうした制約は存在しない。
一方で外国籍社員の雇用をサポートする制度も存在する。各州政府による移民推薦プログラムはその1つだ。州政府が設けた特定カテゴリーに属する人材を推薦するプログラムで、州政府が設けた項目に該当する人物は、審査の上で州政府管轄部署より推薦状が作成される。就労許可証の取得手続きを行う上で、この推薦状が役に立つというわけだ。これらは州政府による産業支援政策の一環として位置づけられている。
<4>クリエイターの家族まで対象となる支援制度
ダブル・ネガティブと並ぶVFXスタジオの雄、フレームストア
もっともゲーム・VFX分野ではスキルに対する属人性が高く、その分だけ外国籍社員に対する雇用の敷居が下がる。企業側も外国籍社員の雇用に積極的だ。モントリオールにスタジオを構えるフレームストアもその1つ。ダブル・ネガティブと同じくロンドンに本社を構えるVFXスタジオで、モントリオールスタジオは2005年に5名でスタートした。今や全世界27ヶ国・地域から500名が働くまでに成長し、外国籍の割合は47%に及ぶ。
モントリオールの人口は周辺部を含めると約380万人で、北米で15番目、カナダでは2番目となる(バンクーバーは8位)。住民の約7割弱がフランス語を第一言語とし、大半がフランス語と英語を理解する多文化都市だ。教育機関も充実しているが、採用担当者いわく「モントリオールだけでは人材が不足しており、国内外の人材をバランス良く雇用することが成長に不可欠」なのだという。
廃工場を改装して作られたUBIモントリオールスタジオ。この建物以外に市内で8棟のビルに分散している。他にUBIトロントなど、カナダ全体では4000人の社員数を誇る
『アサシン クリード』、『スプリンターセル』シリーズなどのゲーム開発で知られるUBIモントリオールも同様だ。1997年に50人でスタジオを創業し、20年で3,000人以上の社員数を抱えるまでに成長。地元のゲーム産業発展に大きく貢献した。同スタジオでCEOをつとめるヤニス・マラット氏は「これまで90タイトル以上のゲームを開発し、3億本以上を販売してきた」と胸を張る。
同社のゲームづくりを支えるのが、世界50ヶ国以上から集まったゲームクリエイターたちだ。ブラジル出身のプログラマー、アリーネ・クサノバイ氏もその一人で、現在は新作タイトルCGプログラミング、特にパーティクルシステムの開発に携わっている。モントリオールのコンコルディア大学出身で、2013年の夏期休暇でインターンを務めた後、VFXスタジオを経て2016年から同社に加わった。
学生時代から数えてモントリオールでの生活が6年になるというクサノバイ氏。在学中は学生ビザで滞在し、地元の音楽祭や映画祭、ウィンタースポーツ、ローカルイベントなどに親しんだ。卒業後もここで働くことを選び、個人で永住権を申請・取得したほどだ。「モントリオールは非常に活気に満ちた文化都市で、それに負けないくらいゲーム開発者コミュニティも活況です」と語る。
こうした外国人社員に対して会社のサポートも徹底している。その範囲は居住先の選定、フランス語の教育支援、就労許可証の発給支援など本人だけに留まらない。配偶者のモントリオールでの就業支援や大学進学支援など、家族も支援対象となる。社内に外国人ファミリーのコミュニティもあり、情報交換や相互支援などの草の根の活動も行われている。クサノバイ氏も「フランス語の語学学校の通学支援が業務で役に立った」と話した。
image courtesy of Ubisoft Entertainment.
UBIモントリオールスタジオの社内風景。パーティションがなく、全貌が見わたしやすいことと、高い天井が特徴だ
image courtesy of Ubisoft Entertainment.
外見からは想像もつかないお洒落な社内風景
<5>カナダと日本、コンテキストのちがいを超えて
カナダのゲーム・CG産業の歴史は1986年にモントリオールでSoftimageが設立されたことにさかのぼる。その後、1991年にバンクーバーのDistinctive Softwareをアメリカ企業のEAが買収し、EAカナダを設立。カリフォルニア州サンマテオ群に本社を構え、シアトルにもスタジオをもつEAにとって、バンクーバーは同じ西海岸の都市でもあり、進出は自然なながれだった。
これに対して1997年にはフランス企業のUBIもケベック州で最大の都市、モントリオールにスタジオを設立する。フランスとアメリカの両方の文化が混在するケベック州は、欧州企業であるUBIにとって最適だった。1990年代後半から2000年代にかけて、この両者を柱にカナダの東西でゲーム産業クラスタが成長していく。それを後押ししてきたのが州政府による誘致政策だ。
この産業誘致政策の背景にあるのが移民政策で、その背景にあるのがカナダの少子化・高齢化問題と、持続的な経済成長の必要性だ。これらがポジティブフィードバックを起こした結果、カナダは世界有数のゲーム・VFX大国にまで成長した。その結果、大手スタジオの人材供給は現地の教育機関と海外からの移民に支えられるまでになっている。これを支えるのが地域校との産学連携と入社後の人材教育システムだ。
その上で今回の取材では「阿吽の呼吸に頼らないクリエイティブと、それを可能にするシステムづくり」があると感じられた。良くも悪くも日本のクリエイティブは日本人という文化的均質性の高いクリエイターに支えられており、その土台となるのが日本語だ。だからこそ世界に類を見ないユニークなモノづくりができるともいえるが、逆にガラパゴスと揶揄される所以にもなっている。
その一方で世界中から優れた才能を集め、育成し、世界最高峰のクリエイティブを生み出していくシステムやノウハウを理解することは、日本企業にとっても有益だろう。世界の最新情報やトレンドを日本語という壁でフィルタリングし、自分たちの文化にあったやり方に組み入れていくスタイルは、これまでも日本のお家芸だった。特に産学連携のあり方については、大いに参考になるのではないだろうか。