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TV番組『チコちゃんに叱られる!』メイキング>>CGと着ぐるみの融合でクルクルと表情を変える5歳児キャラクター

TV番組『チコちゃんに叱られる!』メイキング>>CGと着ぐるみの融合でクルクルと表情を変える5歳児キャラクター

目線の配り方ひとつで、面白さが大きく変わる

トラッキング後はFBXデータをMayaにインポートし、セリフに合わせたリップシンク、感情表現の順番でフェイシャルアニメーションを付けていく。第1回の特別番組では全カットのリップシンクを中野氏がひとりで手付けしたが、このままでは負担が大きすぎると判断し、社内のプログラマーにツール開発を依頼した。クルトンツールと名付けられた本ツールは、チコちゃんのセリフを解析し、リップシンクのキーフレームを自動生成する機能を有している。「クルトンツールはチコちゃんのセリフの中から『あ・い・う・え・お』の母音を抽出し、各母音に即した口の動きを付けます。人が手付けしたものに比べれば精度は低いですが、一定レベルのリップシンクは自動的に生成できるため、スタッフの負担は軽減されました」(林氏)。加えて、クルトンツールにはAIによる学習機能も搭載されており、使うほどに精度が上がっていくという。「クルトンツールが生成したキーフレームに対する僕やスタッフの修正結果を通して、徐々に本作ならではのキーの打ち方を学習させています」(中野氏)。 

▲【左】クルトンツールの画面。WAV形式の音声データを入力すると、リップシンクのキーフレームが自動生成される/【右】クルトンツールが生成したキーフレームをMayaにインポートするためのウインドウ。何フレームおきにキーを打つのか、任意に選択できるようになっている


▲クルトンツールによって自動生成されたキーフレーム。「あ」「い・え」「う・お」の3種類のモーフターゲットに対して、9フレームおきにキーが打たれている


感情表現はチコちゃんというキャラクターのイメージを決定付ける重要な工程のため、初放送時からCG制作の舵取りを担ってきた中野氏と野口智美氏が担当している。「リップシンクもスタッフによって微妙にやり方がちがうため、野口と僕が修正し、統一感をもたせています。さらに眉毛、目、口の動きを細かく調整して様々な表情を付けていき、それが終わったらレンダリングを行います」(中野氏)。

本作にはチコちゃんが素朴なギモンを投げかけるスタジオコーナーに加え、チコちゃんと岡村隆史が会話をくり広げる縁側コーナーがある。後者はチコちゃんがほぼ出ずっぱりなのに加え、画面に大きく映るため、とりわけレンダリング時間を要するという。「縁側コーナーは会話劇なので、単純に喋っているだけでは面白くありません。だから表情や間の取り方をすごく大事にしています」(中野氏)。本作は全編を通して絵コンテなどの指示書がないため、チコちゃんの表情の多くはNHKアートに委ねられている。「番組演出の方々も思い入れがあるので、様々なアドバイスをくださいます。ただ、われわれのセンスもすごく問われており、目線の配り方ひとつで面白さが大きく変わります。感情表現は特に大事にしている工程だと言えますね」(中野氏)。もともと中野氏はバラエティ番組が大好きで、岡村隆史の出演番組も数多く見ているため、お笑いにまつわる豊富な引き出しをもっている。それが今の仕事に大きく役立っており、「まさに適任」と林氏は太鼓判を押す。

  • カメラの焦点距離、各種モーフターゲット、頭部モデルのスケールなどを操作できる特製ウインドウで、チコマドと名付けらている


▲【左】視線、目の瞳孔の大きさ、上まぶた、下まぶたなどを調整するチャネル ボックス/【右】眉の位置や形を調整するチャネル ボックス


▲「あ」のモーフターゲットの操作結果


▲【左】「い・え」のモーフターゲットの操作結果/【右】「う・お」のモーフターゲットの操作結果。母音は本来5種類あるが、チコちゃんはデフォルメキャラクターのため、3種類に簡略化されている


▲母音以外にも「ニヤリ」「怒る」「焦る」「うふ」など、様々な表情のモーフターゲットが用意されている


▲「眠い」のモーフターゲットを操作すると、口からヨダレが出るようにもなっている


▲【左】画面中央のNullオブジェクトを使い、視線を調整している/【右】眉の位置や形を調整している

インターレースに対応するため、59.94fpsでマスク処理を行う

マスクはsilhouetteで作成し、そのトラッキングにはMochaを使っている。silhouetteはマスク作成専用ソフトで、ある程度の自動生成が可能なため作業を効率化できたという。「最初の1フレーム目のマスクを設定すれば、それ以降のマスクは自動生成されます。とはいえチコちゃんが大きく動いたりすると破綻するため、その都度修正していきます」(中野氏)。

▲チコちゃんの頭部モデルは着ぐるみの頭部よりひとまわり大きく設定されているため、頭部モデルから着ぐるみの頭部がはみ出すことはない。ただし肩の上端が隠れてしまったり、頭部モデルの底や穴が見えたりといった問題が発生するため、多くのカットでマスク処理が必要となる。【左】番組映像をsilhouetteに表示し、マスクを作成している/【右】マスク


▲【左】マスク適用前/【右】マスク適用後(紫色の領域がマスク適用範囲)


▲同じくマスク適用後


▲チコちゃんの手が頭部モデルの前にくる場合にもマスク処理が必要となる。silhouetteのマスクはスプライン曲線で作成するため変形が容易なのに加え、モーションブラーも適用できる。【左】マスク適用前/【右】マスク適用後


▲【左】モーションブラー適用前のマスク(紫色の領域がマスク適用範囲)/【右】モーションブラー適用後のマスク


▲前述のマスク(モーションブラー有り)適用後


コンポジットはAfter Effectsを使っており、あらかじめ作成してあるスタジオコーナーと縁側コーナーのベースコンポに各カットの素材を適用すれば、基本的な画づくりは完了する。「コーナーや収録条件によってライティングと色味は微妙に変わりますが、Mayaの設定は変えておらず、調整はAfter Effectsで行なっています。レギュラー番組の放送ペースに合わせるためには、わりきって可能な範囲で簡略化することも必要だと考えています」(林氏)。

▲基本的にチコちゃんの体に落ちる影は収録時のものがそのまま使われているが、しばらくの間、手が頭部の前にある場合には、コンポジット段階で擬似的な影が落とされる。【左】影を落とす前/【右】影を落とした後


▲影を落とした後の全身。手のマスクを使い、After Effects上でドロップシャドウによる影を落としている


なおトラッキングにNUKE、コンポジットにAfter Effectsを使った大きな要因は、本作の番組映像が60iのインターレースで収録されていたことだという。「トラッキングと同様、コンポジットもNUKEでやれないか検討したのですが、NUKEはインターレース映像のコンポジットに向いていないため、After Effectsを選択しました」(林氏)。「実は、一番苦労したのがインターレースへの対応でした。TVのバラエティ番組の場合、昔も今もインターレースが主流です。プログレッシブにできないか収録スタッフに相談してはみましたが、スタジオにはインターレースのカメラしかなく、視聴者が見慣れている映像でもあるので、インターレースに対応してほしいと言われました」(中野氏)。そのため本作は30fpsでトラッキングし、60fpsでアニメーション、59.94fpsでマスク処理を行い、コンポジット段階でインターレースに変換するという作業を経て制作されている。「フレーム数が倍になれば作業負担も倍になるので、できれば29.97fpsで作業を進めたかったのですが、29.97fpsでマスク処理をすると速い動きのカットでは走査線によるちらつきが出てしまうことがわかり、59.94fpsを選択しました」(中野氏)。

本作は以上の工程を経て制作されているわけだが、いずれはリアルタイムにも対応したいと両氏は語る。「ぜひ、チコちゃんを生放送番組に出演させたいです」(中野氏)。「それを実現するにはどんな技術革新が必要なのか、常に考えています」(林氏)。3回の特別番組を経て、レギュラー番組への対応を成し遂げたNHKアートは、すでに次の目標を定めているようだ。チコちゃんの今後の進化にも大いに期待したい。



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