<2>VRなど未成熟な領域こそ、契約書が欠かせない
――最近の著作権相談では、どのようなものが多いのですか?
照井:中国案件が急増していますね。中国は、国家戦略としてアニメ等のコンテンツ製作への投資に本当に積極的です。以前は、配信権を獲得するかたちでアニメ作品に関与することが多かったのですが、近頃は最初から出資するようになりました。そのため、中国企業とコンテンツビジネスを進める際の相談が増えています。あとは、VTuberに関する相談も増えました。こうした新しい分野に関する法律相談は、常にありますね。私の場合は、ハリウッド映画の契約締結案件なども受けることがあるのですが......これまでは主に実写化とアニメ化の2パターンでした。ですが、最近になって「3DCGは、実写とアニメのどちらなのか?」という議論が起きるようになりました。
――ハリウッド映画のVFX大作では、要素として実写よりも3DCGの方が多いものも増えましたね。
照井:少し前までは3DCGは自動的にアニメ、ということになっていた。それが、より精緻化されて3DCGが実写に近づいたことで「アニメのカテゴリのままで良いのか?」という議論が巻き起こっています。あくまでも個人的な予想ですが、これから映画化の権利は実写、アニメ、3DCGの3つに分かれる気がします。生身の人間と3DCGが共演するような作品も増えるはずなので、事はそう単純ではないかもしれませんけどね。
――3DCG創作を行う上で気をつけておきたいことはありますか?
照井:少し話が逸れるかもしれませんが、2Dのものを3Dにするという行為については、法律的には創作性を評価されないかもしれないということです。というのも、著作権が認められるためには"そこに創作性がある"と認められる必要があるのですが、著作権法上の創作性として"オリジナリティ"が重視される傾向は否めません。2Dを3Dに変えることは、識者からすると、多大な創作性が求められるという思いは理解できるのですが、その点を法廷で上手く説得できるのか......少なくとも現状では難しい気がします。
――日々、3DCGコンテンツの事例を取材している身としては複雑な思いです(苦笑)
照井:クリエイターの立場で考えないといけないのは、裁判所がどう判断するかわからない以上、自分たちが権利を確保するシステムをつくっていくことではないでしょうか。2Dを3Dにしていくのに、著作権は全て2D側に渡してしまうのか、3D側にきちんとお金が入るしくみをつくるのか。そうした取り決めを重ねていくことも大切だと思います。日本の法体系は、将来的な伸びしろを織り込んだ立法を原則として認めていません。つまり法律は、現状の後追いなんです。だからVRのような新しい分野こそ、「法律が守ってくれる」というようなマインドセットはいったん忘れて、自分たちで業界ルールをつくっていくべきだと思いますね。
――今後、インターネットの普及によって個人での発信も簡単になる一方、トラブルも増えてきますよね。これからのクリエイターは、自分たちの身をどう守っていけば良いのでしょうか?
照井:プロとして自分の創作活動によって生活の糧を得ているのであれば、自分の作品にどういった権利が発生するのか、また、どういった権利を主張できるのかはしっかり知っておくべきですよね。同様に、何かサービスを利用する場合も、その利用規約はしっかり読んでおいた方が良いにこしたことはありません。「著作者人格権の不行使に同意する」と書いてあったりする利用規約に、気軽に同意してしまわないように。個人であればあるほど、守ってくれる人も限られることでしょう。クリエイターたるもの創作行為に1分でも1秒でも多く時間を割きたいというのが本音だと思いますが、自分たちを守る作法を最低限は知っておくべきです。玉石混淆ではあるけれど、まずはインターネットで検索するだけでもそれなりの情報が見つかるはずなので。
――自分の著作物が著作権法でどういう扱いになるのかわからなかった場合は、どうすれば良いでしょうか? やはり、弁護士さんに相談するのが一番でしょうか?
照井:全国の弁護士会が実施する無料の相談会もありますが、知財専門の弁護士に応対してもらえるとはかぎらないので著作権法に関する具体的な相談であれば、例えば「弁護士知財ネット」(iplaw-net.com)を利用されるのも良いでしょう。1時間1万円くらいから相談に乗ってくれると思います。これも個人的な見解ですが、日本人はクリエイター志向で、プロデューサーをやろうとする人がまだ少ないと思います。ですが、ビジネスとして取り組むのであれば、数字に強い人とか法律的なことが得意な人も必要ですよね。豊潤に作品がある一方で、それを上手く活用するためのルールや人材の育成が今後さらに求められると思います。
――ちゃんとした知財的感覚を持ったエージェントや、プロデューサー的な人が増えていかないと、トラブルが増えていく一方である、と?
照井:現状としては、知り合いのクリエイター同士で「どうしてる?」といった情報交換に頼って対応される方が大半ではないでしょうか。それはつまり「実は赤信号なのに、よくわからずに渡ってしまっている」という危険と隣り合わせということです。そんなクリエイターたちの状況をしっかり把握できている法務や財務の専門家が増えるだけで、いろんなことが変わるんだろうなといつも思っています。もし裁判になった場合、最終的な拠り所はほとんど文書になります。要するに契約書なわけですが、逆に言えば契約書ほど自分の身を守るものはありません。3DCGのような現在も発展を続ける新しい分野におけるビジネスで、旧来型の"常識"的な考えを持ち込んでも、機能しない可能性が高い。そういうことすらも、契約書や権利書を作成することによって共通認識として確認していく、業界としてのルールをつくっていくことが必要な時代だと思います。二次元なり3DCGクリエイターなりモーションアクターなり、お互いがこれをルールにしようと思える部分を模索していくことが、これからの課題ではないでしょうか。
■広告イラストに対する著作権侵害差止等の請求が棄却された事例
大阪地方裁判所 第21民事部 平成21年3月26日判決言渡(平成19年(ワ)第7877号)
もともと不動産広告に掲載されていた左のイラストを見て、被告が描いたのが右のイラスト。右のイラストはパンフレットに掲載され、原告が「私のイラストと似ている」と訴えた。被告は事前に「あなたのキャラクターを真似して描きました」と謝罪のメールを送信しているが、判決は「著作権侵害ではない」であった。この場合は、"具体的な表現法が似ている"かどうかが争点だった。このイラストは"抽象的な部分が似ている"のであって、細かい部分がトレースされているわけではない、という判断によって裁判所は著作権侵害を認めなかった
■廃墟写真の複製権・翻案権侵害が否決された事例
知的財産高等裁判所 第2部 平成23年5月10日判決 平成23年(ネ)第10010号
廃墟を撮影し続けた写真家が廃墟写真集を発表した。その後、別のプロ写真家が、同じ廃墟の写真を撮って、同じように写真集にした。原告が訴えた結果、一審も二審も「著作権侵害ではない」という判決だった。建物写真の場合、同じところからほぼ同じ構図で撮れば、たいていは同じような写真になってしまう。建物自体は厳然としてそこにあるものであって、それを写した写真自体を著作権で保護してしまうと、後続の写真家が全て権利侵害となってしまう恐れがある。裁判所はそのような考慮の下、侵害ではないという判決を下したと考えられる