効率的な撮影の提案とフルCGカットへの挑戦
シーン1を中心に、本作ではフルCGカットが多く登場する。「撮影が始まるまでに、絵コンテをもとにしたプリビズを髙橋正紀(3DCGディレクター)と植木孝行(シニア3DCGアーティスト)につくってもらい、撮影のためのプランや方法を何度も打ち合わせして検討していきました。それでも撮影不可能なカットがたくさんありまして......これはもう、シーン1の大半をフルCGでつくらなければならないなと覚悟を決めましたね」(渋谷氏)。
ほぼフルCGのシーン1だが、実写合成のカットも織り交ぜられている。以前から白組がVFXを担当する作品の撮影は、たいてい屋外で行われているという。これは、スタジオ照明だと影が微妙に二重になってしまい、細かなところでリアリティが損なわれるためで、なるべく自然光で撮影をするようにしているそうだ。ただ、当然ながら撮影時とそのシーンの天候が必ずしも合致するわけではなく、曇天のシーンでは巨大な黒い幕を吊るし、遮光して撮影している。
映画を観ている際にはまったく気にならなかったが、甲板のシーンは、甲板の一部と人物が触れる部分のみをセットとして組み、他の艦橋や主砲などは全てCGでつくられている。取材時に聞くまで気づかなかったが、大和と長門の甲板は同じセットで撮影されているそうだ。途中何度か出てくる機銃隊に関しては、実際に動く機銃座のセットを1つ作成し、いくつかのチームで入れ替わって複数回撮影することで、あらゆる機銃隊の シーンを表現しているという。劇中のシーンを見る限り、1セットのみの撮影だと筆者はわからなかった。当然ながら弾は実際には出ないので、その部分も合成である。印象に残るカットでは、発砲し、煙が出て、弾倉が減っていき、薬莢が下に転がる......という、一見気づかないような細かな演出まで、集中してつくり込んでいるそうだ。また、兵士が銃撃されて血糊が飛ぶシーンもあるのだが「血が付いているセットと、血が付いていないセットを用意して適宜撮影し、人物が爆発して飛び散った血はCGで足しています」(舟橋氏)とのこと。
大和と長門で共有されたセットの甲板
大和の甲板セット。隅々まで乗組員が整列している
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大和の甲板に設置された特設機銃座のセット。この三連装機銃のセットで艦内のあちらこちらにある機銃隊の実写シーンが撮影された -
長門の甲板。壁面の一部を組み替えることで、大和の甲板が長門の甲板に早変わりする。ひとつのセットが効率的に活用されている
実写撮影をしたカットもあるとはいえ、フルCGのカットが多く大変だったのでは? とお聞きしたところ「大変ですが、フルCGだと苦しい部分も上手く逃げることができるという利点もあるんですよ。監督OKが出ずに元に戻したカットもありましたが、調布スタジオのCGチームはジェネラリストが多いので、みんなどうやって良く見せようかとか、必要な要素は残しつつどう切り抜けるかとか、工夫してより良い画づくりを積極的にプレゼンしてくれました」と渋谷氏は話してくれた。実際、上手くいかないカットは次の日には全然ちがうカメラワークになっていて、それが採用となったこともあったそうだ。
ほかにも白組と言えば、ミニチュアの活用も気になる点だ。今回は合成素材としての扱いは少なく、物語の重要な舞台である会議室に持ち込まれる1/120の平山案の戦艦と、藤岡喜男氏による通称「藤岡案」の空母の模型が作成されている。
公開を前に「シーン1はCG的に時間をかけてつくったので、注目して観ていただきたいです。この映画は1回観た後にもう1回観たくなる構造なので、リピートして観ていただけたら嬉しいですね」と舟橋氏は話す。「これまでの作品では、混乱する甲板上の人物描写と立ちのぼる黒煙だけで、肝心の大和が沈む間際の表現があまりされていませんでした。それならば、実際に大和が沈んでいく様を逃げずにやってみようと挑戦したのが、5分半ほどあるシーン1です。"このシーンがあるからこそ、その後のストーリーで、櫂たちと時間を共にしたと感じられ、お話に入れました"と言われている方もいたので、ぜひ観ていただけたらと思います」と渋谷氏も自信を覗かせた。
傾斜した大和の表現
CG合成後
完成画。実写の素材を傾けて合成した。大きく傾いた艦体をリアルに表現できている
駐車場での撮影風景
山崎組と言えば駐車場での撮影というのはもうお馴染みになってきているが、今回は爆発シーンも撮影する必要があったため、大きな音を出しても撮影可能な駐車場を探したそうだ。結果、栃木県足利市の栗田美術館の駐車場で撮影されている
クレーンで徐々に釣り上げて甲板の傾斜角度をつけていく。乗組員だけでなく積荷や薬莢も甲板を転がり、水しぶきを浴びせて臨場感を高めている
映画『アルキメデスの大戦』におけるACESの導入
第1特集の『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』記事でも紹介しているが、昨今の白組はACESを用いたカラーマネジメントを採用している。ACESを使うという利点の中に「RRTを使える」ということがある。「シアターチェックを行なっているピクチャーエレメント(以下、PE)と社内のモニタで、同じ色で見られるのは良いですね。これまでのLUTは実写をベースに考えられていて、リニア化するものと作品のトーンを決定するものが一緒になっていたため、フルCGのときは使いにくかったんです。RRTベースのチェックでは、PEでもマットペイントを担当しているFudeでも社内でも、どこでも同様の色でチェックができるようになりました」と、早川胤男氏(システムエンジニア)。ACESの規格は映画用に開発されただけあって、リアルな光のふるまいを再現することができるため、フルCGであっても恩恵を受けられる。「RRTを使うことで、ニュートラルな画づくりが非常にしやすくなります。今回は全ての社内チェックでRRTを使っていて、PEでのシアターチェックもRRTで見ました。ニュートラルにつくった上でグレーディングする、というやり方はVFXをやる上で非常にやりやすいのです」と大久保榮真氏(コンポジター)も満足げに話す。今後、RRTを使ったACESのカラーマネジメントが、映像業界でのスタンダードになることに期待したい。
本作では、各セットの塗装の色をNix Pro Color Sensorで測定し、出力される色を調整している
Photoshop(左)とNUKE(右)の作業画面。比較して見ると、結果は同じとなる。例えばハイライトの色域で見えなかったものや、暗くてディテールが見えなかった暗部のものも、DCI-P3で見ると見えてくるなどして、想像以上に印象が変わる。コンポジターはもちろん、CG制作者やマットペインターも同様の環境で作業しないと、それぞれ想像しているものは同じでも、全てを足し合わせたときにちぐはぐになってしまうので、色の管理はとても重要だ