『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズ、『永遠の0』(2013)、『DESTINY 鎌倉ものがたり』(2017)などを手がけてきた山崎 貴監督、そして白組 調布スタジオが贈る映画『アルキメデスの大戦』。実写での撮影が困難な坊ノ岬沖海戦にて、戦艦大和が沈没するその瞬間を逃げることなく描ききるために、あらゆる資料を集め、撮影手法やVFXカットの割り振りなどの制作面も工夫された。ここでは、制作の全体像について話を聞いた。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 252(2019年8月号)からの転載となります。
TEXT_草皆健太郎 /Kentaro Kusakai(BOW)
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
映画『アルキメデスの大戦』7月26日(金)全国東宝系にて公開
原作:三田紀房『アルキメデスの大戦』
(講談社『ヤングマガジン』連載)
監督・脚本・VFX:山崎 貴
出演:菅田将暉、柄本 佑、浜辺美波、笑福亭鶴瓶、小林克也、小日向文世、國村 隼、橋爪 功、田中 泯、舘ひろし
制作プロダクション:ROBOT
VFX:白組
製作委員会:「アルキメデスの大戦」製作委員会
配給:東宝
archimedes-movie.jp
©2019「アルキメデスの大戦」製作委員会 ©三田紀房/講談
「戦艦大和」を徹底的に調べる
本作は、『甲子園へ行こう!』や『ドラゴン桜』の作者である三田紀房氏の漫画『アルキメデスの大戦』(講談社『ヤングマガジン』連載中)が原作となっている。あらすじは......日露戦争後「今後は航空機の時代になる」と空母の建造を主張する山本五十六と、「戦争は軍艦と大砲だ」と主張する嶋田繁太郎の覇権争いが起こっていた。嶋田が推す平山忠道造船中将設計による通称「平山案」の巨大戦艦(後の戦艦大和)の見積もりがあまりに過小だ、と疑った山本は、帝国大学を退学させられた数学の天才・櫂 直(かい ただし)を引き込み、平山案の見積もりを極秘裏に計算させ直すことで、見積もりの嘘を暴こうとする......というもの。観る前は「太平洋戦争もの」という印象だったが、かなりのサスペンス要素を含む作品となっていた。これまで白組 調布スタジオは数々の「大戦もの」映画をつくってきたが、それとはまた一線を画す作品となっている。
上段左から、VFXディレクター 渋谷紀世子氏(白組 調布スタジオ)、3DCGディレクター 髙橋正紀氏(白組 調布スタジオ)、シニア3DCGアーティスト 平 昌都氏(白組 調布スタジオ)、シニア3DCGアーティスト 松本 圭氏(白組 調布スタジオ)、下段左から、シニア3DCGアーティスト 植木孝行氏(白組 調布スタジオ)、Co.VFXディレクター 舟橋 奨氏(白組 調布スタジオ)、シニア3DCGアーティスト 早﨑達矢氏(白組 調布スタジオ)、コンポジター 大久保榮真氏(白組 調布スタジオ)
話の本筋としては、櫂がほとんど資料も軍艦の知識もないまま、数学を駆使して平山案の建造費に近づいていく、という一種の謎解きストーリーが展開されるわけだが、それに伴ってまわりの人物たちとのドラマや、戦争への葛藤と苦悩を描き、映画として非常に見応えがある。また、主人公・櫂役の菅田将暉氏と、櫂の世話役として配属する田中正二郎役の柄本 佑氏のかけ合いは絶妙で、もっと見ていたいと思わせる演技であった。最近の原作ありきの映画作品は、原作のイメージを重視して人物設定や話の展開を原作に忠実に描いているものが多いが、本作は「映画として面白く」リライトされている。櫂は原作ではクールで、いかにもエリート風かつ色男に描かれていたが、映画ではもっと奇人的な人物像になっており、原作の読者も目が離せない魅力があった。VFXによる画づくりのクオリティの高さも相まって、作品の世界観に没頭できる映画である。
上段左から、シニア3DCGアーティスト 田口工亮氏(白組 調布スタジオ)、3DCGアーティスト 山口拓洋氏(白組 調布スタジオ)、3DCGアーティスト 長谷川界斗氏(白組 調布スタジオ)、エフェクトアーティスト 古川泰行氏(フリーランス)、下段左から、コンポジター 松元 遼氏(フリーランス)、コンポジター 野島達司氏(白組 調布スタジオ)、コンポジター 江村美香氏(白組 調布スタジオ)
本作の物語的な主役は「大和」だが、大和は未だにわからない部分が多く、大和を題材としたこれまでの作品でも、はっきりとその最期が描かれることはあまりなかった。それゆえに、今回は時代考証に関してもかなり踏み込んで行われている。「当時、大和に乗艦していて助かった方は乗務員約3,000人のうち300人弱だったそうです。海上から見ていた方の証言では、沈むときに大和の近くにいた方は一緒に海へ飲まれてしまったとありました。また、早めに大和から脱出した方が、立ちのぼる巨大な黒煙を目撃したという証言もされています。秘密裏に造船されていたことから大和の資料は少なく、お披露目もあまりしていませんでしたし、戦場での活躍もほぼないまま沈んでしまったので、資料収集は大変でした」(VFXディレクター・渋谷紀世子氏)。それでも似たような状況の別の戦艦の資料から類推したり、美術部や演出部が撮影のためにいろいろ集めてくれた資料を研究したりしたそうだ。その際に集められた資料は、ダンボール10箱分もあったとのこと。それらの資料を基に、VFX作業が進められる。
上段左から、ミニチュアメーカー 元内義則氏(GEN MODELS)、エフェクトアーティスト 風巻 誠氏(フリーランス)、エフェクトアーティスト 安藤隼也氏(フリーランス)、コンポジター 小髙慶人氏(白組 調布スタジオ)、下段左から、システムエンジニア 早川胤男氏(白組 調布スタジオ)、マットペインター 江場左知子氏(Fude)、マットペインター 白浜武之氏(Fude)
集められた戦艦大和の資料
制作のために集められた大和の資料の数々。大和以外の資料ももちろんあるが、少ないと言われる大和の資料集めはかなり大変だっただろう。原作の軍事監修もされている後藤一信氏のアドバイスをもらうなどして、本編の大和がつくり上げられた
制作体制を整え、計画的に作業を進める
具体的な制作については、『DESTINY 鎌倉ものがたり』を制作していた2017年頃にプロット作業を開始、ロケハンは2018年5月頃から始め、7月9日(月)にクランクイン、その後2ヶ月半の撮影期間を経て、2018年内はコンポジットスタッフ3名ほどでVFX制作を進めたという。2019年の年明けからは『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』に携わっていたスタッフらも加わり、5月までVFX作業は続いた。
本作のVFXはおおまかに、作品冒頭の戦艦大和の戦闘が描かれるシーン1「坊ノ岬沖海戦」と、それ以外のカットの2種類に分類できる。特にシーン1では、過去にも様々な映像作品で大和の戦闘シーンは描かれてきたが、ここまで魅せられるのは初めて......と思えるほど大迫力の海戦を見事に描ききった。「VFXが関わるのは全部で200カットほどあり、100カットがシーン1で、残りの100カットが、細々としたVFXカットです。絵コンテをつくる前段階、まだ台本もないコピー稿の頃に山崎 貴監督と話したとき、今回はシーン1に総力をかけなければならないので、なるべく撮れるものは実際に撮影してVFXカットを極力減らし、シーン1に注力しようということになりました。そこでVFXカットになりやすい自動車の車窓や、ちょっとした列車の窓外も、ほぼ撮りきりにしています」(渋谷氏)。舟橋 奨氏(Co.VFXディレクター)は「3人で作業していた2018年中に、シーン1以外のカットをどれだけ終わらせられるかで、この映画のクオリティが変わってくると思っていました。予定通り約半分のカットを去年のうちに終わらせることができ、2019年に入ってからはシーン1に集中して力を注ぐことができました。ただ最初の頃は必要なCGの素材がなかなか揃わなかったり、目指す画が決まらなかったりして苦労しましたね」と話す。今回は1カットにつき、CG・エフェクト・コンポジットの3人体制が採られたが、シーン1はCGの素材数が多く、CGとエフェクトは別チームだったため、1カットずつ素材が上がってくるわけではなく、大和の素材はあるがエフェクト素材がないとか、先に飛行機の素材が届いたとか、いろいろ大変だったようだ。また、大和の質感に悩んだり、これまで実写素材を使っていた海をフルCGでつくったり、作業量も大幅に増えたため、順調なスタートとはいかなかったようだが、最終的な画が見えてくるとスムーズに進みだしたそうだ。
撮れるものは撮る精神
映画の中で会話するシーンが非常に多いため、絵柄をなるべく変えたいという意図から自動車での移動シーンがたびたび登場するのだが、VFXカットを減らすべく、なるべく窓外ごと撮りきりで撮影できるロケーションを探して撮影された。「3つのコーナーをぐるっと回って撮影しています」(渋谷氏)
山本たちが乗る自動車。別の自動車でけん引して撮影する
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効率的な撮影の提案とフルCGカットへの挑戦
シーン1を中心に、本作ではフルCGカットが多く登場する。「撮影が始まるまでに、絵コンテをもとにしたプリビズを髙橋正紀(3DCGディレクター)と植木孝行(シニア3DCGアーティスト)につくってもらい、撮影のためのプランや方法を何度も打ち合わせして検討していきました。それでも撮影不可能なカットがたくさんありまして......これはもう、シーン1の大半をフルCGでつくらなければならないなと覚悟を決めましたね」(渋谷氏)。
ほぼフルCGのシーン1だが、実写合成のカットも織り交ぜられている。以前から白組がVFXを担当する作品の撮影は、たいてい屋外で行われているという。これは、スタジオ照明だと影が微妙に二重になってしまい、細かなところでリアリティが損なわれるためで、なるべく自然光で撮影をするようにしているそうだ。ただ、当然ながら撮影時とそのシーンの天候が必ずしも合致するわけではなく、曇天のシーンでは巨大な黒い幕を吊るし、遮光して撮影している。
映画を観ている際にはまったく気にならなかったが、甲板のシーンは、甲板の一部と人物が触れる部分のみをセットとして組み、他の艦橋や主砲などは全てCGでつくられている。取材時に聞くまで気づかなかったが、大和と長門の甲板は同じセットで撮影されているそうだ。途中何度か出てくる機銃隊に関しては、実際に動く機銃座のセットを1つ作成し、いくつかのチームで入れ替わって複数回撮影することで、あらゆる機銃隊の シーンを表現しているという。劇中のシーンを見る限り、1セットのみの撮影だと筆者はわからなかった。当然ながら弾は実際には出ないので、その部分も合成である。印象に残るカットでは、発砲し、煙が出て、弾倉が減っていき、薬莢が下に転がる......という、一見気づかないような細かな演出まで、集中してつくり込んでいるそうだ。また、兵士が銃撃されて血糊が飛ぶシーンもあるのだが「血が付いているセットと、血が付いていないセットを用意して適宜撮影し、人物が爆発して飛び散った血はCGで足しています」(舟橋氏)とのこと。
大和と長門で共有されたセットの甲板
大和の甲板セット。隅々まで乗組員が整列している
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大和の甲板に設置された特設機銃座のセット。この三連装機銃のセットで艦内のあちらこちらにある機銃隊の実写シーンが撮影された -
長門の甲板。壁面の一部を組み替えることで、大和の甲板が長門の甲板に早変わりする。ひとつのセットが効率的に活用されている
実写撮影をしたカットもあるとはいえ、フルCGのカットが多く大変だったのでは? とお聞きしたところ「大変ですが、フルCGだと苦しい部分も上手く逃げることができるという利点もあるんですよ。監督OKが出ずに元に戻したカットもありましたが、調布スタジオのCGチームはジェネラリストが多いので、みんなどうやって良く見せようかとか、必要な要素は残しつつどう切り抜けるかとか、工夫してより良い画づくりを積極的にプレゼンしてくれました」と渋谷氏は話してくれた。実際、上手くいかないカットは次の日には全然ちがうカメラワークになっていて、それが採用となったこともあったそうだ。
ほかにも白組と言えば、ミニチュアの活用も気になる点だ。今回は合成素材としての扱いは少なく、物語の重要な舞台である会議室に持ち込まれる1/120の平山案の戦艦と、藤岡喜男氏による通称「藤岡案」の空母の模型が作成されている。
公開を前に「シーン1はCG的に時間をかけてつくったので、注目して観ていただきたいです。この映画は1回観た後にもう1回観たくなる構造なので、リピートして観ていただけたら嬉しいですね」と舟橋氏は話す。「これまでの作品では、混乱する甲板上の人物描写と立ちのぼる黒煙だけで、肝心の大和が沈む間際の表現があまりされていませんでした。それならば、実際に大和が沈んでいく様を逃げずにやってみようと挑戦したのが、5分半ほどあるシーン1です。"このシーンがあるからこそ、その後のストーリーで、櫂たちと時間を共にしたと感じられ、お話に入れました"と言われている方もいたので、ぜひ観ていただけたらと思います」と渋谷氏も自信を覗かせた。
傾斜した大和の表現
CG合成後
完成画。実写の素材を傾けて合成した。大きく傾いた艦体をリアルに表現できている
駐車場での撮影風景
山崎組と言えば駐車場での撮影というのはもうお馴染みになってきているが、今回は爆発シーンも撮影する必要があったため、大きな音を出しても撮影可能な駐車場を探したそうだ。結果、栃木県足利市の栗田美術館の駐車場で撮影されている
クレーンで徐々に釣り上げて甲板の傾斜角度をつけていく。乗組員だけでなく積荷や薬莢も甲板を転がり、水しぶきを浴びせて臨場感を高めている
映画『アルキメデスの大戦』におけるACESの導入
第1特集の『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』記事でも紹介しているが、昨今の白組はACESを用いたカラーマネジメントを採用している。ACESを使うという利点の中に「RRTを使える」ということがある。「シアターチェックを行なっているピクチャーエレメント(以下、PE)と社内のモニタで、同じ色で見られるのは良いですね。これまでのLUTは実写をベースに考えられていて、リニア化するものと作品のトーンを決定するものが一緒になっていたため、フルCGのときは使いにくかったんです。RRTベースのチェックでは、PEでもマットペイントを担当しているFudeでも社内でも、どこでも同様の色でチェックができるようになりました」と、早川胤男氏(システムエンジニア)。ACESの規格は映画用に開発されただけあって、リアルな光のふるまいを再現することができるため、フルCGであっても恩恵を受けられる。「RRTを使うことで、ニュートラルな画づくりが非常にしやすくなります。今回は全ての社内チェックでRRTを使っていて、PEでのシアターチェックもRRTで見ました。ニュートラルにつくった上でグレーディングする、というやり方はVFXをやる上で非常にやりやすいのです」と大久保榮真氏(コンポジター)も満足げに話す。今後、RRTを使ったACESのカラーマネジメントが、映像業界でのスタンダードになることに期待したい。
本作では、各セットの塗装の色をNix Pro Color Sensorで測定し、出力される色を調整している
Photoshop(左)とNUKE(右)の作業画面。比較して見ると、結果は同じとなる。例えばハイライトの色域で見えなかったものや、暗くてディテールが見えなかった暗部のものも、DCI-P3で見ると見えてくるなどして、想像以上に印象が変わる。コンポジターはもちろん、CG制作者やマットペインターも同様の環境で作業しないと、それぞれ想像しているものは同じでも、全てを足し合わせたときにちぐはぐになってしまうので、色の管理はとても重要だ