5:グランドサーフィン
VR HMDを装着し、セイル型デバイスを両手で握って、室内でもウィンドサーフィンが楽しめるという作品。進行方向は現実と同じく、ゲーム内でながれる風の向きと帆の角度で変わる。マストに取り付けられた加速度センサで傾きが検出され、Wi-FiでVR HMDに値を送信。その内容に応じて加速度や向きが算出され、VR空間内でウィンドサーフィンが進むしくみだ。床はバネとアクチュエーターで上下に振動し、波を表現。速度が上がると扇風機の風力が増すだけでなく、マリン系の香水が塗布されていて、嗅覚も刺激されるなど、痒いところまで手が届くしくみになっている。岩や鯨を避けつつゴールを目指すという、エンターテインメント性の高い内容になっていた。
6:おかえり感覚
VR HMDを使用しつつ、体験のポイントが「HMDを外したときにある」というユニークな作品。体験者はVR HMDを装着し、リビング内で鍵を探していく。VR世界の方が上方向に130%ほど大きくつくられている点がミソで、鍵が見つかったところで指示に従い、VR HMDを外すと、自分の身長が伸びたような錯覚が得られる。制作者はこの感覚を「おかえり感覚」と呼び、作品の名前にもなっている。「会場に設置された部屋のセットの美しさ」、「錯覚を起こすための現実とVRの部屋の大きさの差」、「鍵探しゲーム」という3つの要素が巧みに融合しており、不思議な感覚に囚われる作品。
7:超・呼吸体験:VReath
体験者が呼吸することで、VR空間内で3種類のコンテンツが楽しめる作品。口の前にあるマイクで呼吸音を感知し、VR HMDの映像を変化させるとともに、腹部につけたエアコンプレッサの空気量を調整し、呼吸体験を増幅させるしくみだ。コンテンツは「バースデーケーキのロウソクの炎を消す」、「自分が掃除機になり、散らかった部屋を実際に吸引して片付ける」、「童話『三匹の子ぶた』の物語を、自分がオオカミになって体験する」というもので、連続して楽しめる。ふだん無意識のうちに行なっている「呼吸」を可視化させ、エンターテインメントに昇華させている点が興味深く感じられた。
8:Tabletop Arrietty
VR HMDの装着者とスマートフォンユーザーで同じ世界を共有し、最大4人まで対戦ゲームが楽しめる作品。VR MHDの装着者は小さい人間のArrietty、スマホユーザーは巨人という設定で、Arriettyは巨人たちのテーブルに隠されたアイテムを収集し、制限時間内での脱出を目指す。一方で巨人側は竜巻を起こすなどしてArriettyを妨害し、脱出を阻止すれば勝利だ。中央に360度カメラが設置されており、周囲の映像をVR HMDに取り込んでVR世界と融合させられる点がミソで、実際に巨人が自分を覗き込んでいるような印象を受ける点が秀逸だ。
9:悪い、やっぱつれぇわ、生理痛
EMS(Electric Muscle Stimulation)パッドを腹部に装着し、男性でも生理痛が疑似体験できるという挑戦的な作品。痛みだけでなく、太ももにベルチェ素子を内蔵した出血体験デバイスを装着することで、椅子から立ち上がった際の疑似出血感も再現されている。満員電車で立ったり、座席に座ったりする動作を3次元位置計測センサのPatriotで検出し、その値をUnityに渡すことで、シチュエーションにあわせた電気刺激や出血感を提示するしくみだ。展示スペースにあわせて、中央の体験者を挟み込むようにチームメンバーが左右に立ち、満員電車が再現されている。
10:渡し船教習所始めました
今回展示された中で、唯一ユース部門(20歳以下)で選出された作品。櫓を漕ぐプレイヤーと、棒で川底をついて方向を変えるプレイヤーが協力し、渡し船を操っていく。体験のクオリティはピカイチで、一般来場者の投票で選出される「観客大賞」に輝いたほど。会場でも友人同士や家族連れで楽しむ姿が多く見られた。手づくり感あふれる筐体も渡し船という題材とよくマッチしている。制作した立教池袋高等学校の数理研究部はIVRC常連校のひとつで、昨年度もビル火災から脱出するVR作品「ARCO-Avoid the Risks of CO-」で注目を集めている。
VR HMD時代のIVRC作品とは
このように出展された10作品のうち、実に9作品がVR HMDとゲームエンジンを使用するという、昨今の風潮を如実に反映する展示となった。また、これにともないプロジェクタを使用する作品が激減した結果、展示の省スペース化が進んだ。今後も技術進化に伴い(来年度はHoloLens 2などのMRデバイスを用いた作品も期待できる)、様々な可能性が広がっていきそうだ。PCを使用しない独立型VR HMDデバイス(=Oculus Go)を使用した作品が登場したのも、興味深く感じられた。
もっとも、IVRCで重視されるのは技術面や新規性だけではない。開発の敷居が下がったことで、作品のテーマ性が改めて問われる時代を迎えつつある。エコロジーがテーマの『きになるき』や、生理痛の疑似体験がテーマの『悪い、やっぱつれぇわ、生理痛』は好例だろう。「生理痛」制作チームからは「男性が生理痛について知るだけでなく、女性同士でも痛みのちがいについて知り、相互理解を深めることを制作の目的とした」という声も聞かれた。
テーマ設定は世界観のつくり込みにもつながる。感覚フィードバックがVR作品の必須要素であることは無論だが、世界観の存在は疑似体験をさらに深いものにしてくれる。冒頭で審査委員長の岩田氏のコメントを紹介したとおり、感覚フィードバックと世界観はVR作品の2大要素なのだ。もっとも世界観の創造は、制作者をとりまく日常と切り離すことはできない。「生理痛」の表現に満員電車というコンテキストをもってきたのも、日本社会ならではだろう。今後も日本ならではのVR作品を期待したい。