学生インタラクティブ作品のコンテスト「国際学生対抗バーチャルリアリティコンテスト(IVRC)2019」の、第27回決勝大会が11月16日(土)・17日(日)に開催された。総合優勝に輝いた「VR消防体験 -炎舞-」(筑波大学)をはじめ、個性豊かな10作品が並んだイベントの模様をレポートする。

TEXT&PHOTO_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

キーワードは「感覚フィードバック」と「世界観」

学生が企画・制作した手づくりインタラクティブ作品が並ぶ「国際学生対抗バーチャルリアリティコンテスト(IVRC)2019」(主催:日本バーチャルリアリティ学会IVRC実行委員会)。Windows3.1日本語版が発売された1993年にスタートし、今年で27回目を迎えるイベントだ。この決勝大会がテレコムセンタービル(東京都江東区)で11月16日(土)・17日(日)に開催され、消火活動を体験する「VR消防体験 -炎舞-」(筑波大学)が総合優勝に輝いた。

IVRCの特徴はその国際性だ。フランスで毎年3~4月に開催される欧州最大のVRイベント、Laval Virtualと提携を結び、2003年から相互に学生作品の招待参加を行なっている。また、総合優勝チームは副賞としてSIGGRAPHでの出展・渡航支援が受けられ、これまで少なくない作品が採択されている。他にIVRCは産官学連携で高度なモノづくり人材を育成する21世紀型の教育システムを形づくる試みでもあり、数多くの卒業生がゲームや3DCGの分野で活躍している。

今年は決勝大会がサイエンズアゴラ2019の会場内で、しかも週末に開催されたこともあり、会場内は親子連れなどの一般客で終始にぎわっていた。作品数は昨年度の15作品から10作品と減少したが、そのぶん作品のレベルは向上した印象で、来場者の投票で決まる観客大賞を何と高校生のチームが受賞したほど。審査委員長の岩田洋夫氏(筑波大学)も「感覚フィードバックと世界観を重視した作品が上位入賞をはたした。この2つがバーチャルリアリティの重要な本質であることが示された」と評した。

IVRCは例年、企画審査・予選大会・決勝大会と半年間のスパンで実施され、参加する学生は指導教官のサポートのもと、作品制作にいそしんでいく。今年も5月下旬に企画審査が行われ、100件以上の応募から23作品が絞り込まれた。その後、9月12日(木)・13日(金)に日本バーチャルリアリティ学会内で行われた予選大会で9作品を選出。フランスからの招待作品も含めた10作品が決勝大会に進んだ。以下、出展作品の概要について紹介していく(※)。

※動画は予選大会のもの。また、ユース部門(20歳以下)では予選大会は存在せず、9月の時点で本選となる

1:VR消防体験 -炎舞-

  • 総合優勝、ドスパラ賞、ソリッドレイ賞
    筑波大学システム情報工学研究科
    チーム名:CyberSpaceLab

これまで映像表示が中心だったVRの消火活動体験に、新たに力覚・温冷覚・風覚を加えて、総合的な消火活動訓練を可能とする作品。火災現場を再現したVR HMDの映像に加えて、消防用散水ホース型コントローラをDCモーターで後方に牽引することで、散水時の水噴流反力を表現。他にジャケットに紐をつけ、DCモーターで振動させることで強風を表現したり、顔にファンで温風を当てたりして、火災現場の臨場感を高めている。体験内容もチュートリアルから始まり、屋外・屋内と2段階の消火活動を行えるようにつくり込んだ。体験時の迫力はかなりのもので、映画『バックドラフト』を彷彿とさせるほど。チームメンバーに現役の消防士を父親にもつ者がおり、感想などをヒアリングしつつ、作品に反映させたと語っていた。

2:La Plume et La Lanterne

日本VR学会賞
パリ国立工芸学校
チーム名:Frenchie Kokonattsu

仏Laval Virtual 2019の学生部門で最優秀賞を獲得し、IVRC2019に招待出展された本作。ランタンをかざしながら絵本の世界を探索するという内容で、VR HMDを装着して実際に探索する側と、本型コントローラで仮想世界に介入する側に分かれて、2人1組で体験できる。『不思議の国のアリス』をモチーフとした内容で、VR HMD側は物語を主観的に体験。一方で本型コントローラには物語が記されており、第三者視点でストーリーを楽しむといった具合に、1つの物語を3つの視点で体験できる点もポイントだ。トレーラーを見ればわかるとおり、世界観のつくり込みが秀逸で、学生作品とは思えないほど。この点が高い評価を受けて受賞につながった。

3:昆虫体験かぶとりふと

川上記念特別賞
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科
チーム名:餅は餅屋

VR世界でカブトムシとなり、餌場をめぐって他のカブトムシと戦うという作品。バトルでは実際に頭部を動かし、カブトムシで特徴的な「角」を相手にぶつけたり、相手をひっくり返したりするようなアクションがとれる。頭部の左右ではCDが回転し、頭を振るたびに独特のフィードバックが返ってくる点も新鮮に感じられた。本作に顕彰された「川上記念特別賞」とは、IVRC第一回優勝チームに所属し、運営にも尽力したものの、惜しくも早逝した故・川上直樹氏を記念してつくられたもの。予選大会から大きく内容を変えた作品でもあり、「人を驚かせることが大好きで、学生らしい挑戦心を愛した」川上氏の精神を受け継ぐ作品ということで、受賞となった。

4:きになるき

Laval Virtual賞
東京大学 大学院情報理工学系研究科
チーム:チルドレン

自分自身が木となり、外界とのインタラクションを疑似体験できる作品。VR HMDを通して木の視点で外界を眺めつつ、スピーカーや左右の腕に装着したデバイスで触覚体験などが得られる。また、目の前の模型型デバイスを通して、第三者が木の枝に鳥や動物を止まらせることも可能だ。こうしたエコロジー的な視点が高く評価され、本作はLaval Virtual賞に輝いた。2020年度の招待作品として、フランスで展示される予定だ。

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5:グランドサーフィン

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5:グランドサーフィン

  • グリー賞、チームラボ賞
    大阪大学基礎工学部
    チーム:チーム鯖缶

VR HMDを装着し、セイル型デバイスを両手で握って、室内でもウィンドサーフィンが楽しめるという作品。進行方向は現実と同じく、ゲーム内でながれる風の向きと帆の角度で変わる。マストに取り付けられた加速度センサで傾きが検出され、Wi-FiでVR HMDに値を送信。その内容に応じて加速度や向きが算出され、VR空間内でウィンドサーフィンが進むしくみだ。床はバネとアクチュエーターで上下に振動し、波を表現。速度が上がると扇風機の風力が増すだけでなく、マリン系の香水が塗布されていて、嗅覚も刺激されるなど、痒いところまで手が届くしくみになっている。岩や鯨を避けつつゴールを目指すという、エンターテインメント性の高い内容になっていた。

6:おかえり感覚

  • Unity賞
    東京芸術大学 油絵科&関東学院大学 工学部
    チーム:チーズバーガーズ

VR HMDを使用しつつ、体験のポイントが「HMDを外したときにある」というユニークな作品。体験者はVR HMDを装着し、リビング内で鍵を探していく。VR世界の方が上方向に130%ほど大きくつくられている点がミソで、鍵が見つかったところで指示に従い、VR HMDを外すと、自分の身長が伸びたような錯覚が得られる。制作者はこの感覚を「おかえり感覚」と呼び、作品の名前にもなっている。「会場に設置された部屋のセットの美しさ」、「錯覚を起こすための現実とVRの部屋の大きさの差」、「鍵探しゲーム」という3つの要素が巧みに融合しており、不思議な感覚に囚われる作品。

7:超・呼吸体験:VReath

  • Unity賞
    慶應義塾大学 メディアデザイン研究科
    チーム:ららまる

体験者が呼吸することで、VR空間内で3種類のコンテンツが楽しめる作品。口の前にあるマイクで呼吸音を感知し、VR HMDの映像を変化させるとともに、腹部につけたエアコンプレッサの空気量を調整し、呼吸体験を増幅させるしくみだ。コンテンツは「バースデーケーキのロウソクの炎を消す」、「自分が掃除機になり、散らかった部屋を実際に吸引して片付ける」、「童話『三匹の子ぶた』の物語を、自分がオオカミになって体験する」というもので、連続して楽しめる。ふだん無意識のうちに行なっている「呼吸」を可視化させ、エンターテインメントに昇華させている点が興味深く感じられた。

8:Tabletop Arrietty

VR HMDの装着者とスマートフォンユーザーで同じ世界を共有し、最大4人まで対戦ゲームが楽しめる作品。VR MHDの装着者は小さい人間のArrietty、スマホユーザーは巨人という設定で、Arriettyは巨人たちのテーブルに隠されたアイテムを収集し、制限時間内での脱出を目指す。一方で巨人側は竜巻を起こすなどしてArriettyを妨害し、脱出を阻止すれば勝利だ。中央に360度カメラが設置されており、周囲の映像をVR HMDに取り込んでVR世界と融合させられる点がミソで、実際に巨人が自分を覗き込んでいるような印象を受ける点が秀逸だ。

9:悪い、やっぱつれぇわ、生理痛

  • 審査員特別賞
    甲南大学 知能情報学部
    チーム名:ふあふあ☆ゆーとぴあ

EMS(Electric Muscle Stimulation)パッドを腹部に装着し、男性でも生理痛が疑似体験できるという挑戦的な作品。痛みだけでなく、太ももにベルチェ素子を内蔵した出血体験デバイスを装着することで、椅子から立ち上がった際の疑似出血感も再現されている。満員電車で立ったり、座席に座ったりする動作を3次元位置計測センサのPatriotで検出し、その値をUnityに渡すことで、シチュエーションにあわせた電気刺激や出血感を提示するしくみだ。展示スペースにあわせて、中央の体験者を挟み込むようにチームメンバーが左右に立ち、満員電車が再現されている。

10:渡し船教習所始めました

  • 観客大賞
    立教池袋高等学校 数理研究部
    チーム名:かつぞう、かわをわたる
    ※ユース部門(20歳以下)

今回展示された中で、唯一ユース部門(20歳以下)で選出された作品。櫓を漕ぐプレイヤーと、棒で川底をついて方向を変えるプレイヤーが協力し、渡し船を操っていく。体験のクオリティはピカイチで、一般来場者の投票で選出される「観客大賞」に輝いたほど。会場でも友人同士や家族連れで楽しむ姿が多く見られた。手づくり感あふれる筐体も渡し船という題材とよくマッチしている。制作した立教池袋高等学校の数理研究部はIVRC常連校のひとつで、昨年度もビル火災から脱出するVR作品「ARCO-Avoid the Risks of CO-」で注目を集めている。

VR HMD時代のIVRC作品とは

このように出展された10作品のうち、実に9作品がVR HMDとゲームエンジンを使用するという、昨今の風潮を如実に反映する展示となった。また、これにともないプロジェクタを使用する作品が激減した結果、展示の省スペース化が進んだ。今後も技術進化に伴い(来年度はHoloLens 2などのMRデバイスを用いた作品も期待できる)、様々な可能性が広がっていきそうだ。PCを使用しない独立型VR HMDデバイス(=Oculus Go)を使用した作品が登場したのも、興味深く感じられた。

もっとも、IVRCで重視されるのは技術面や新規性だけではない。開発の敷居が下がったことで、作品のテーマ性が改めて問われる時代を迎えつつある。エコロジーがテーマの『きになるき』や、生理痛の疑似体験がテーマの『悪い、やっぱつれぇわ、生理痛』は好例だろう。「生理痛」制作チームからは「男性が生理痛について知るだけでなく、女性同士でも痛みのちがいについて知り、相互理解を深めることを制作の目的とした」という声も聞かれた。

テーマ設定は世界観のつくり込みにもつながる。感覚フィードバックがVR作品の必須要素であることは無論だが、世界観の存在は疑似体験をさらに深いものにしてくれる。冒頭で審査委員長の岩田氏のコメントを紹介したとおり、感覚フィードバックと世界観はVR作品の2大要素なのだ。もっとも世界観の創造は、制作者をとりまく日常と切り離すことはできない。「生理痛」の表現に満員電車というコンテキストをもってきたのも、日本社会ならではだろう。今後も日本ならではのVR作品を期待したい。