会計ルールが未整備なために起こるリスク
ルールが未整備と感じる部分が多い上、上場する会社が少なく、公開されている情報量に限界がある点が、アニメ制作の会計、さらには会社経営にまつわる大きな困りごとのひとつなのだという。本記事の後編で詳しく説明するが、会計処理の決まったルールがないため、多くの会社が、自社でつくったルールにのっとって会計処理を行なっている。「困られている方も多いです。会計処理の対応を間違ってしまうと、赤字なのに税金を支払わなければならない場合もあり、会社経営にとって大きな打撃になります」(加瀬氏)。
さらに、「会計処理を間違い、変な決算書をつくってしまうと、会社の信用度が下がって資金調達がしづらくなり、会社存続をおびやかすリスクとなります」と加瀬氏は語る。
経理や管理に携わる人は、自社で採用した会計ルールを理解し、処理の背景を説明できるようにしておくことが必須だという。経理や管理といった業務は、会社の屋台骨を支え、会社存続の命運を左右するものである。そんなメッセージが当該業務以外の参加者にもひしひしと伝わってきた。
銀行融資とエクイティファイナンス、アニメ制作に向くのはどちらか
宇田氏は『陽なたのアオシグレ』の制作時、コロリド自らが制作・販売する"コロリドが幹事会社となる製作委員会方式"にチャレンジした。そのとき大きな課題となったのが資金調達だった。起業2年目で、まだ会社の実績が提示できなかったため苦労したと語る。
「会社の事業は、最初の一歩の立ち上げが本当に大変なんです。実績を提示できれば、資金調達のハードルも下がりますが、最初の段階ではそれが提示できません」(宇田氏)。会社が資金調達をする方法は2つある。ひとつは銀行からの融資(デットファイナンス)、もうひとつは株などを発行して投資家に出資を募るエクイティファイナンスだ。銀行は、アニメ制作会社への融資をどのように見ているのだろうか。
「アニメは資金調達が難しい産業です。アニメ作品をつくるということは、数ヶ月単位の人件費を払いつつ、ヒットするかどうかわからない商品をつくることを意味します。必要な金額が大きく、リクープ(回収)するまでの期間が長い。銀行にとっては、アニメは売上が伸びる材料が見えにくい、返済の予測がしづらい産業と言えます」(加瀬氏)。
資金調達の観点から見たアニメ業界の特徴は、「ハイリスク・ハイリターン」。ヒットするかどうかわからないアニメ制作は、安定した返済を求める銀行にとっては、リスキーな融資先にあたる。
「一方で、ハイリターン、すなわちヒットしたときの利益が大きいアニメ制作の資金調達は、出資に向いています。つまり、製作委員会を立ち上げて資金調達するといったエクイティファイナンスには向いていると言えます」(加瀬氏)。
エクイティファイナンスは、アニメ制作会社のシーズ時期には向かない
ただし「起業直後のシーズ(スタートアップ)時期は、エクイティファイナンスもハードルが高い」と加瀬氏は言う。
「ファイナンスの交渉テーブルにつき、ベンチャーキャピタルやエンジェルになってくれる会社から資金調達をしようにも、シーズ時期の何もない状態の会社は将来の不確実性が高く、成長のぶれ幅がすごく大きいため、会社の価値が割り引かれて評価されてしまいます」(加瀬氏)。アニメ制作会社は銀行融資に向かない。そして起業直後はエクイティファイナンスにも向かないのが現状だという。
「そういった産業でありつつも、融資を受けられる可能性はあります。ただし銀行に『ヒットしたら儲かります』と言っても、安心してはもらえません。銀行が安心する事業も併せて行い、会社全体としての"見せ方"を工夫する必要があります」(加瀬氏)。
銀行融資では、会社全体としての"見せ方"を工夫する
まずは、銀行が望む融資と返済の形を理解しておく必要があるという。「銀行は、お金を貸し付けている期間中に利息をもらい続けることで利益を得ます。そのため、銀行にとっての良い顧客は、急成長する会社ではなく、長く安定して返済を続けてくれる会社ということになります」(加瀬氏)。
アニメ業界のハイリスク・ハイリターンという特徴は、銀行が望むビジョンと合致しにくい。アニメがヒットしなかった場合にはお金を回収できないリスクがあり、ヒットしたとしても、銀行にとってメリットにならない場合がある。「一度に大きな利益が上がれば、その会社は繰り上げ返済をしてしまい、新たに借り入れをしなくなってしまうかもしれません。これでは銀行にとっての良客にはなり得ないのです」(加瀬氏)。長期安定返済が銀行の望む形。そのためアニメ制作会社が融資を申し込む際は、会社全体の事業のバランスを考え、提出する事業計画書の"見せ方"を工夫する必要があるという。
「事業計画書を見せるときに、『1年目と2年目は横ばいでも、3年目には大きく伸びますよ!』という見せ方をしてしまうと、銀行に『その勝負、もしヒットしなかったらどうするの?』という不安を与えてしまいます。だから、会社が行う事業を複数設け、事業リスクを分散させる必要があります。例えば、「『当社はオリジナル作品だけでなく、受託制作もやります。受託制作だけで、借り入れた金額の返済をまかなえます』と言える状態をつくるのです」(加瀬氏)。銀行から信頼されるのは、確実に利益が上がる「受託制作」。そのため、オリジナル開発と受託制作とのバランスを取ることが肝心だという。
その上で、「銀行には、『オリジナル作品で勝負もしますが、その勝負によって受託制作の利益を損なうことは基本的にありません』ときちんと伝える。申請時にそういった説明をすれば、融資してもらえる可能性は高くなります」(加瀬氏)。
ただし、宇田氏のケースは少し特殊だったという。「自社でアニメの権利者となり、数字をきちんと積んでいきたいと思ったのですが、そのビジネススキームを理解してくれる銀行はありませんでした」(宇田氏)。アニメ制作のビジネススキームに詳しい銀行担当者が相談にのってくれたが、その後の銀行全体による審査には通らなかったという話も飛び出した。「そもそも銀行融資は、製作委員会を組成したら必要ないのかもしれません。でもそのときは、新しい仕組みをつくるチャレンジをしたかったのです。加瀬先生と一緒にいくつもの銀行をまわったのですが、あのときは苦労の連続でした。失敗のたびに反省会をしていたことを今でも覚えています」(宇田氏)。
経営には、チャレンジと堅実な仕事の両輪が必要
起業2年目で、短編オリジナル劇場作品を、自社が権利者となって制作する。この宇田氏のチャレンジが、コロリドの実績につながった。
「加瀬先生からは、『ベースになる数字をつくって、着実に経営した方が良いんじゃないか』とよく言われました。でも石田さんが入社したときから『石田さんの名前が出ないアニメをつくってもらうよりも、いきなりオリジナル作品で勝負してもらった方がきっと良いな』という直感があったのです。だから最大限のリスクを取りました」(宇田氏)。
すると加瀬氏はこう返した。「先ほどまで『リスクは少なく』『着実に』とお話ししましたが、ちょっとちがうお話もさせてください。僕がある会社のコンサルティングをしていたとき、社長さんが『かなりの投資金額で、あるコンテンツの続編をつくりたい』と言われたのです。われわれは論理的に検討した上で反対したのですが、結局われわれの提言に反し、その続編制作は強行されました。そして、その続編はものすごくヒットしました。ヒットしなかったときのリスクを考えれば止めるべきなのですが、宇田さんも、その社長さんも、直感でビビッときて『勝負をかけるときだ』とリスクを取られたのです。一方で、リスクを取ったあげくダメになったケースも山ほどあるわけですが......。直感は、論理や合議制に勝るときがあります。そんなことも感じました」(加瀬氏)。
チャレンジとリスクは隣り合わせだ。リスクを取るチャレンジは、売れなかったときの損失を数字で把握できて、はじめて踏み切れると宇田氏。「無謀な賭けもしましたが、今では、やはりスタンダードに数字を積み上げることが大事だと思っています」(宇田氏)。
現在、コロリドのビジネスモデルは「1. 劇場長編作品の制作」「2. CM、PVの制作(受託制作)」の両輪で回っているという。
「アニメ制作会社がつくるものは、売上になる一方で、広告宣伝にもなります。だから受託制作であっても『それ自体がどれだけ成功したか』が圧倒的に大事です。コロリドさんの場合は、食品会社のアニメCMを手がけたら、そのCMを見たほかのメーカーから『うちでもつくってください』という打診がきたりしています。そのCMが大きな利益の源泉にならない場合であっても、全国のお茶の間にながれる広告宣伝となり、新たな仕事を呼び込む力になるのです」(加瀬氏)。
受託制作でも名前が出る仕事ならば、それが会社のブランド力になる。堅実な受託制作の積み重ねが『ペンギン・ハイウェイ』の成功につながったとも言えるだろう。コロリドに体力がついたことを機に、宇田氏は管理業務の経験を活かし、次のビジョンを実行中だという。「アニメ業界のクリエイターが、できるだけ安定した環境でものづくりに専念できる仕組みをつくりたいという思いを、起業時からもっていました」(宇田氏)。
前編は以上です。後編では「管理会計の重要性」や「会計処理と税務処理のちがい」について紹介します。ぜひお付き合いください。
・後編はこちらで公開しています。