「アニメ×会計 〜アニメ制作会社における会計担当者の役割りと会計実務〜」と題した異色とも言えるセミナーが、2018年9月5日、アカツキのセミナールームにて実施された。登壇者は、長編映画『ペンギン・ハイウェイ』(2018)を制作したアニメ制作会社スタジオコロリド(以下、コロリド)取締役・宇田英男氏。そして、コロリド起業時から税理士として協力してきたアカウンティングフォース税理士法人代表社員・加瀬洋氏の2人だ。会場には、アニメ制作会社に関わる経営者、クリエイター、経理担当者など様々な顔ぶれが集まった。
セミナー内容は、資金調達、会計処理、税務処理など多岐に渡ったため、本記事は前後編に分けてお届けする。ぜひ、「もし、自分がアニメ制作会社を起業するなら?」という問いを思い浮かべながら読んでいただきたい。
・後編はこちらで公開しています。
TEXT_渡辺 由美子 / Yumiko Watanabe(@watanabe_yumiko)
EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
起業2年目で短編オリジナル劇場作品へ。コロリドの賭け
宇田氏は、大手電機メーカーを経て、アニメ制作会社に入社。いくつかの会社で制作管理を担当し、その後独立してコロリドを起業した。長く管理を担当してきた宇田氏。会計セミナーを開催した動機を、「アニメ業界は、アニメが好きで、アニメをつくりたいという純粋な動機で入ってきた人が多く、魅力があります。一方で、数字を根拠に物事を考えられる人は少ない気がします。会計や制作コストなどの数字を把握できる人が増えれば、業界はもっと良くなっていくと思います」と語る。
宇田氏と共に登壇し、会計専門知識を解説するのは、アカウンティングフォース税理士法人の加瀬氏だ。コンテンツ業界の会計業務に詳しい加瀬氏は、宇田氏がコロリドを起業したときから協力してきた盟友。セミナーは、コロリド起業時の苦労話をふり返るところから始まった。
▲【左】会場風景/【右】加瀬洋氏(左)と宇田英男氏(右)
・宇田英男氏プロフィール
スタジオコロリド取締役/ファウンダー。ジェノスタジオ取締役/管理担当。レヴォルト取締役/管理担当。1978年神奈川県出身。大学卒業後、大手電機メーカーに就職。その後アニメ制作会社2社で管理を経験し、2011年にスタジオコロリドを起業。2014年にツインエンジン、2015年にジェノスタジオの設立に参画。若手の人材育成とアニメの制作現場における環境の向上を目標に、会社経営や管理業務を行う。
・加瀬洋氏プロフィール
公認会計士 税理士。アカウンティングフォース税理士法人代表として、起業支援、会計・税務相談、会計・税務顧問を行なっている。コンテンツ業界に強く、ゲーム会社、アニメ制作会社などの顧客をもつ。東京都の創業支援施設東京コンテンツインキュベーションセンター(TCIC)で宇田氏と出会い、スタジオコロリド創業時の会社支援、会計顧問を務める。
コロリドはインキュベーションセンターの小さな部屋からスタートした会社。「コロリドは知名度のあるプロデューサーやアニメーターではなく、いち管理者の僕が立ち上げた会社なので、実績も営業力も資金力もありませんでした。なので最初はCMやPVなどの受託作品を堅実に手がけて、いずれは夢であるオリジナル作品をつくりたいと思っていました」(宇田氏)。
そこに石田祐康氏が入社した。後の『ペンギン・ハイウェイ』の監督だ。そこで転機が訪れたという。「このままCMなどの受託制作を続ければ、会社の経営はうまく回って安心。なのですが、やっぱり石田さんとつくる作品に賭けてみたい。オリジナル劇場作品という実績をつくりたいと思いました」(宇田氏)。
コロリドは、起業2年目で初の短編オリジナル劇場作品『陽なたのアオシグレ』(17分/2013年公開)を制作する。一番の課題は、資金調達だった。「アニメ業界のスタンダードな資金調達の方法は、いくつかの会社で『製作委員会』を組成することです。けれども僕はコロリド自身が権利をもつ形で作品をつくりたかったので、リスクを承知で、アニメ制作会社としては珍しいのですが、制作会社自らで資金調達を行うことにしました」(宇田氏)。
加瀬氏は、当時のことをふり返る。「オリジナル劇場作品の制作にはすごくお金がかかるし、ヒットしなかったときのリスクも大きい。『会社の実績や資金力が不十分ですから、受託制作をして会社の体力をつけることを優先しましょう』と宇田さんにアドバイスをしたのですが、全然聞いてもらえませんでした(苦笑)」(加瀬氏)。
「突っ込んでいけるタイミングだと思ったので、突っ込みました。僕の心の中で『石田さんの才能を埋もれさせたくない。オリジナル作品をつくりたい。石田さんを20代の間に劇場長編監督にしてあげたい』という気持ちの方が勝ってしまって。会社としては大きな賭けでした。......今ふり返ると、危ない橋を渡っていたなと思います」(宇田氏)。
初年度の売上は数百万円だったというコロリド。『陽なたのアオシグレ』がスマッシュヒットし、フジテレビと組んで制作した短編映画『台風のノルダ』(新井陽次郎監督/26分/2015年公開)で売上が急増。そして今年は初の長編映画『ペンギン・ハイウェイ』が話題を呼び、さらなる成長を続けている。
「なかなかできることではありません。『陽なたのアオシグレ』の制作後、そのまま終了のケースも十分考えられたんですが......宇田さんの実力と運はすごいなと思っています」(加瀬氏)。
アニメ制作会社による資金調達は難しいため、製作委員会が組成される
前述の通り『陽なたのアオシグレ』の制作時、コロリドは自社での資金調達にチャレンジした。だが、その方法では銀行などの融資を受ける難易度が高く、2作目以降は製作委員会を組成するようになった。アニメ業界における製作委員会とはどんなものだろうか。加瀬氏は、製作委員会が組成される理由と仕組みについて説明する。
「製作委員会が組成される背景には、アニメ制作は資金調達のハードルが高いという理由があります」(加瀬氏)。アニメ制作には莫大なお金がかかる。大勢のスタッフに支払う人件費、家賃などの固定費、そして作品を視聴者に届けるためのTV放送や映画配給の費用もかなりの額になる。製作委員会とは、その費用をまかなうために、いくつもの会社が合同で出資して、出た利益を出資割合(比率)に応じて分配する仕組みだ。共同出資には、資金が集まるメリットだけでなく、その作品がヒットしなかったときのリスクを分散する効果もある。
「複数の会社が合同で出資し、製作委員会に資金をプールしておく。"みんなの共通のお財布"というイメージです。そのお金を使って、アニメ制作会社に作品づくりを依頼します」(加瀬氏)。出資する会社は、そのアニメが世に出ることで原作が売れる、宣伝になるなど、直接的なメリットのある会社が多くを占める。映像、ゲーム、出版などの各種コンテンツを販売する会社に加え、テレビ局や広告代理店、さらにコンテンツの制作会社が出資者として参加することも多い。
「製作委員会のそのほかのメリットとして、作品を視聴者に届けるルートが確保できるという点があります。出資する会社は放送・配信、販売などの自社ルートをもっていて、宣伝も可能なのです」(加瀬氏)。アニメで得た利益は、出資した各社に出資額と同じ割合で分配されていく。アニメの場合は、作品の一次利用(テレビ放送・配信・劇場公開など)での利益に加え、ビデオ化、グッズ化などの二次利用での利益も多い。
製作委員会を取りまとめる会社は「幹事会社」と呼ばれ、出資した各社を束ね、利益分配や管理も担当することになる。『陽なたのアオシグレ』ではコロリドが自社で資金調達をし、利益分配や管理などの業務を宇田氏自らが担うことになった。「加瀬先生の会社にお任せしようにもお金がなかったので......自分でやったらすごく大変でした(苦笑)」(宇田氏)。例えばアニメの二次利用などで収入があった場合には、定期的に会計を締め、出資額に応じて利益を分配する業務が発生する。
加瀬氏が「製作委員会は、法律的には民法上の任意組合です。組合契約で、例えば「7年間、継続します」といった"契約上の縛り"を設けたりします」と言うと、宇田氏が「製作委員会が継続し、長く利益を上げてくれれば、それは自社の売上にもつながるので経営者としてはありがたい。でも、会計処理の観点から見ると結構難しいですよね」と返す。
どんな点が難しいのだろうか?
加瀬氏は語る。「実はここがアニメ業界の特徴で、会計ルールの裁量の余地が大きいと言いますか、未整備と思われる部分が多く、決算書作成に関する画一的なルールがありません。製作委員会に入ってきた収入や利益を、どう会計処理に落とし込むのか。幹事会社や出資会社、出資した組合員は、出た利益をどう自社に取り込むのか。そういったことを明確に示したルールがないのです」。
[[SplitPage]]会計ルールが未整備なために起こるリスク
ルールが未整備と感じる部分が多い上、上場する会社が少なく、公開されている情報量に限界がある点が、アニメ制作の会計、さらには会社経営にまつわる大きな困りごとのひとつなのだという。本記事の後編で詳しく説明するが、会計処理の決まったルールがないため、多くの会社が、自社でつくったルールにのっとって会計処理を行なっている。「困られている方も多いです。会計処理の対応を間違ってしまうと、赤字なのに税金を支払わなければならない場合もあり、会社経営にとって大きな打撃になります」(加瀬氏)。
さらに、「会計処理を間違い、変な決算書をつくってしまうと、会社の信用度が下がって資金調達がしづらくなり、会社存続をおびやかすリスクとなります」と加瀬氏は語る。
経理や管理に携わる人は、自社で採用した会計ルールを理解し、処理の背景を説明できるようにしておくことが必須だという。経理や管理といった業務は、会社の屋台骨を支え、会社存続の命運を左右するものである。そんなメッセージが当該業務以外の参加者にもひしひしと伝わってきた。
銀行融資とエクイティファイナンス、アニメ制作に向くのはどちらか
宇田氏は『陽なたのアオシグレ』の制作時、コロリド自らが制作・販売する"コロリドが幹事会社となる製作委員会方式"にチャレンジした。そのとき大きな課題となったのが資金調達だった。起業2年目で、まだ会社の実績が提示できなかったため苦労したと語る。
「会社の事業は、最初の一歩の立ち上げが本当に大変なんです。実績を提示できれば、資金調達のハードルも下がりますが、最初の段階ではそれが提示できません」(宇田氏)。会社が資金調達をする方法は2つある。ひとつは銀行からの融資(デットファイナンス)、もうひとつは株などを発行して投資家に出資を募るエクイティファイナンスだ。銀行は、アニメ制作会社への融資をどのように見ているのだろうか。
「アニメは資金調達が難しい産業です。アニメ作品をつくるということは、数ヶ月単位の人件費を払いつつ、ヒットするかどうかわからない商品をつくることを意味します。必要な金額が大きく、リクープ(回収)するまでの期間が長い。銀行にとっては、アニメは売上が伸びる材料が見えにくい、返済の予測がしづらい産業と言えます」(加瀬氏)。
資金調達の観点から見たアニメ業界の特徴は、「ハイリスク・ハイリターン」。ヒットするかどうかわからないアニメ制作は、安定した返済を求める銀行にとっては、リスキーな融資先にあたる。
「一方で、ハイリターン、すなわちヒットしたときの利益が大きいアニメ制作の資金調達は、出資に向いています。つまり、製作委員会を立ち上げて資金調達するといったエクイティファイナンスには向いていると言えます」(加瀬氏)。
エクイティファイナンスは、アニメ制作会社のシーズ時期には向かない
ただし「起業直後のシーズ(スタートアップ)時期は、エクイティファイナンスもハードルが高い」と加瀬氏は言う。
「ファイナンスの交渉テーブルにつき、ベンチャーキャピタルやエンジェルになってくれる会社から資金調達をしようにも、シーズ時期の何もない状態の会社は将来の不確実性が高く、成長のぶれ幅がすごく大きいため、会社の価値が割り引かれて評価されてしまいます」(加瀬氏)。アニメ制作会社は銀行融資に向かない。そして起業直後はエクイティファイナンスにも向かないのが現状だという。
「そういった産業でありつつも、融資を受けられる可能性はあります。ただし銀行に『ヒットしたら儲かります』と言っても、安心してはもらえません。銀行が安心する事業も併せて行い、会社全体としての"見せ方"を工夫する必要があります」(加瀬氏)。
銀行融資では、会社全体としての"見せ方"を工夫する
まずは、銀行が望む融資と返済の形を理解しておく必要があるという。「銀行は、お金を貸し付けている期間中に利息をもらい続けることで利益を得ます。そのため、銀行にとっての良い顧客は、急成長する会社ではなく、長く安定して返済を続けてくれる会社ということになります」(加瀬氏)。
アニメ業界のハイリスク・ハイリターンという特徴は、銀行が望むビジョンと合致しにくい。アニメがヒットしなかった場合にはお金を回収できないリスクがあり、ヒットしたとしても、銀行にとってメリットにならない場合がある。「一度に大きな利益が上がれば、その会社は繰り上げ返済をしてしまい、新たに借り入れをしなくなってしまうかもしれません。これでは銀行にとっての良客にはなり得ないのです」(加瀬氏)。長期安定返済が銀行の望む形。そのためアニメ制作会社が融資を申し込む際は、会社全体の事業のバランスを考え、提出する事業計画書の"見せ方"を工夫する必要があるという。
「事業計画書を見せるときに、『1年目と2年目は横ばいでも、3年目には大きく伸びますよ!』という見せ方をしてしまうと、銀行に『その勝負、もしヒットしなかったらどうするの?』という不安を与えてしまいます。だから、会社が行う事業を複数設け、事業リスクを分散させる必要があります。例えば、「『当社はオリジナル作品だけでなく、受託制作もやります。受託制作だけで、借り入れた金額の返済をまかなえます』と言える状態をつくるのです」(加瀬氏)。銀行から信頼されるのは、確実に利益が上がる「受託制作」。そのため、オリジナル開発と受託制作とのバランスを取ることが肝心だという。
その上で、「銀行には、『オリジナル作品で勝負もしますが、その勝負によって受託制作の利益を損なうことは基本的にありません』ときちんと伝える。申請時にそういった説明をすれば、融資してもらえる可能性は高くなります」(加瀬氏)。
ただし、宇田氏のケースは少し特殊だったという。「自社でアニメの権利者となり、数字をきちんと積んでいきたいと思ったのですが、そのビジネススキームを理解してくれる銀行はありませんでした」(宇田氏)。アニメ制作のビジネススキームに詳しい銀行担当者が相談にのってくれたが、その後の銀行全体による審査には通らなかったという話も飛び出した。「そもそも銀行融資は、製作委員会を組成したら必要ないのかもしれません。でもそのときは、新しい仕組みをつくるチャレンジをしたかったのです。加瀬先生と一緒にいくつもの銀行をまわったのですが、あのときは苦労の連続でした。失敗のたびに反省会をしていたことを今でも覚えています」(宇田氏)。
経営には、チャレンジと堅実な仕事の両輪が必要
起業2年目で、短編オリジナル劇場作品を、自社が権利者となって制作する。この宇田氏のチャレンジが、コロリドの実績につながった。
「加瀬先生からは、『ベースになる数字をつくって、着実に経営した方が良いんじゃないか』とよく言われました。でも石田さんが入社したときから『石田さんの名前が出ないアニメをつくってもらうよりも、いきなりオリジナル作品で勝負してもらった方がきっと良いな』という直感があったのです。だから最大限のリスクを取りました」(宇田氏)。
すると加瀬氏はこう返した。「先ほどまで『リスクは少なく』『着実に』とお話ししましたが、ちょっとちがうお話もさせてください。僕がある会社のコンサルティングをしていたとき、社長さんが『かなりの投資金額で、あるコンテンツの続編をつくりたい』と言われたのです。われわれは論理的に検討した上で反対したのですが、結局われわれの提言に反し、その続編制作は強行されました。そして、その続編はものすごくヒットしました。ヒットしなかったときのリスクを考えれば止めるべきなのですが、宇田さんも、その社長さんも、直感でビビッときて『勝負をかけるときだ』とリスクを取られたのです。一方で、リスクを取ったあげくダメになったケースも山ほどあるわけですが......。直感は、論理や合議制に勝るときがあります。そんなことも感じました」(加瀬氏)。
チャレンジとリスクは隣り合わせだ。リスクを取るチャレンジは、売れなかったときの損失を数字で把握できて、はじめて踏み切れると宇田氏。「無謀な賭けもしましたが、今では、やはりスタンダードに数字を積み上げることが大事だと思っています」(宇田氏)。
現在、コロリドのビジネスモデルは「1. 劇場長編作品の制作」「2. CM、PVの制作(受託制作)」の両輪で回っているという。
「アニメ制作会社がつくるものは、売上になる一方で、広告宣伝にもなります。だから受託制作であっても『それ自体がどれだけ成功したか』が圧倒的に大事です。コロリドさんの場合は、食品会社のアニメCMを手がけたら、そのCMを見たほかのメーカーから『うちでもつくってください』という打診がきたりしています。そのCMが大きな利益の源泉にならない場合であっても、全国のお茶の間にながれる広告宣伝となり、新たな仕事を呼び込む力になるのです」(加瀬氏)。
受託制作でも名前が出る仕事ならば、それが会社のブランド力になる。堅実な受託制作の積み重ねが『ペンギン・ハイウェイ』の成功につながったとも言えるだろう。コロリドに体力がついたことを機に、宇田氏は管理業務の経験を活かし、次のビジョンを実行中だという。「アニメ業界のクリエイターが、できるだけ安定した環境でものづくりに専念できる仕組みをつくりたいという思いを、起業時からもっていました」(宇田氏)。
前編は以上です。後編では「管理会計の重要性」や「会計処理と税務処理のちがい」について紹介します。ぜひお付き合いください。
・後編はこちらで公開しています。