製作委員会が組成される背景や、アニメ制作会社の資金調達について紹介した前編に続き、後編では「管理会計の重要性」や「会計処理と税務処理のちがい」について紹介したい。登壇者は、アニメ制作会社スタジオコロリド(以下、コロリド)取締役・宇田英男氏と、コロリド起業時から税理士として協力してきたアカウンティングフォース税理士法人代表社員・加瀬洋氏の2人だ。

宇田氏は大手電機メーカーを経て、アニメ制作会社に入社。いくつかの会社で制作管理を担当し、その後独立してコロリドを立ち上げた。起業2年目で短編オリジナル劇場作品『陽なたのアオシグレ』(17分/2013年公開)の制作にチャレンジする中で、スタートアップ時期ならではの苦労を味わった。管理の現場を多数経験してきたことから、アニメ制作を「数字」で把握・管理する重要性を感じている。

TEXT_渡辺 由美子 / Yumiko Watanabe(@watanabe_yumiko
EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)

アニメ1本の制作にかかる人件費・時間などを数字で把握する

宇田氏は、「アニメ業界のクリエイターが、できるだけ安定した環境でものづくりに専念できる仕組みをつくりたいという思いを、起業時からもっていました」と語る。アニメは、大勢のクリエイターに発注をして、数ヶ月から年単位の時間をかけて制作される。予想外のコストが発生しやすく、会社の体力を削るケースも多い。だからこそ、管理の必要性が高いのだという。

▲【左】会場風景/【右】加瀬洋氏(左)と宇田英男氏(右)


「アニメ業界ではなぜ数字がブレるのか。それは人がつくっているからです。スケジュールがきつくなってから人を増やしたりすると、予算に収まらないシチュエーションが出てきてしまう。そこが大変なのです」(宇田氏)。重要なのは、予算管理だという。「『この作品は利益がこれくらい見込めるから、これくらいのお金が使える』という予測を事前にしっかり立てることで、アニメの制作時に『どれくらいまでならコストを支払えるか、どこまでリスクを取って挑戦できるか』がわかります。今回はセミナーの参考用に、ある作品の売上や制作費などを試算した予算表をつくってみました」(宇田氏)。


紹介された予算表(上図)では、1年間を四半期に分け、売上・変動費・限界利益・固定費・労務費・経費・貢献利益・製造原価などの項目ごとに、過去の制作実績を基に数字が導き出され、利益と経費の合計が算出されていた。

「アニメの予算管理の基本は作品です。1本の作品に、どれくらいのお金が使われて、どれくらいの利益があるのか。この予算表は一例として作成しましたが、こうした表の形式も"業界の標準"ができればいいなと思っています」(宇田氏)。

アニメ制作の数字は、大きく「収入」と「コスト(支出)」に分解でき、「コスト」はさらに2種類に分解できる。ひとつは作品の制作に応じて変動する「変動費」。もうひとつは作品がなくても固定で発生する「固定費」だ。この「固定費」のほとんどは「販管費」(※1)に含まれることが多い。

※1 販管費:販売費、および一般管理費のこと。広告宣伝費、営業、経理担当者の給与など、作品をつくる直接費以外に必要となる費用のこと。

宇田氏は、アニメ産業は、ほかの産業と比べるとムダな部分が多いように感じていると語る。「利益やクオリティにつながらないことに人材と時間を費やすケースが多いです。スケジュールが悪化することで想定外の対応をしなくてはいけなくなり、結果的にクオリティも下がり、費用がかさむというケースがアニメ業界では多く発生しており、これがムダの生じる原因のひとつになっています。利益だけでなく、クオリティも数字に変換して把握することで、ムダを削ったり、どこに注力すればどれだけ効果を出せるかがわかったりします」(宇田氏)。

リソースの集中と選択をすることで、コストを削減するだけでなく、作品のクオリティも上げられると宇田氏。数字を把握するために必要なのが「管理会計」だ。

人件費がメインのアニメ業界で重要なのは「管理会計」

ここから、加瀬氏による管理会計の説明が始まった。「皆さんが経営的な視点で会社の会計業務を行う場合、中小企業であれば『財務会計』よりも『管理会計』が重要になってきます」(加瀬氏)。


会計には「財務会計」と「管理会計」の2種類がある。端的に言うと、会社全体の収入と支出を決算書の形で取引先、債権者、税務署といった外部に見せるのが財務会計だ。それに対し、社内業務を把握するために作成するのが管理会計だ。例えば、「会社全体でかかった人件費はいくら」というように会社全体の収支把握に用いるのが財務会計で、1プロジェクトあたりの人件費を算出するのが管理会計だ。管理会計の方がより自由度が高く、会社のニーズに合わせて、必要な情報を収集することを目的とする。

「管理会計では、実際の制作にかかった時間やコストを集計したりして、計画との比較や採算の良し悪しの評価を行うため、次のアクションに結びつけやすくなります。アニメ制作会社においては、管理会計が圧倒的に重要です。アニメ制作のコストの大半は人件費で、時間の経過と共に増えていくからこそ、増減をしっかりコントロールする必要があります」(加瀬氏)。

アニメ制作のスタッフは外注のフリーランスも多い。経営的な視点で見ると、クリエイターをどの時期に何人投入するかが思案のしどころで、その判断が会社の支出と作品のクオリティを左右するという。

時間あたりの利益の算出

加瀬氏が経営する会社では「1時間あたり、どれだけの利益を出しているか」を算出しているという。「アニメ制作会社においても、管理担当の方は、枚数であれ、進捗であれ『時間あたり〜』を指標とする数値の把握を心がけてもらえればと思います。その視点に欠ける会社経営は、危うい採算状態になりかねません。ただ、過度に目標数値をタイトに設定しすぎると、今度はスタッフのモチベーションや作品のクオリティがないがしろにされてしまうことがあるので、両方のバランスを取ることが求められると思います」(加瀬氏)。

すると、宇田氏が実際に計算した結果を語った。「突き詰めると、アニメは1枚1枚の絵の集合体。なので、TVアニメ1話の制作にかかる全コストを集計し、1枚の絵の制作に直接関わっているコストの割合を算出してみました」(宇田氏)。

それが以下のスライドだ。


「この予算配分はあくまで一例ですが、絵の制作に直接関わっているコストは全体の約50%という考え方ができます。アニメをつくる際には、制作進行が自動車で絵を回収するコストをはじめ、直接的な"絵づくり以外の費用"も相当な額になります。こういった制作工程を数字で理解することで、どの部分を改善すれば良いかという具体的な行動指針が見えてきます」(宇田氏)。アニメ制作にかかるコストの50%が"絵づくり以外の費用"だとわかったことが、宇田氏にとって大きな気づきとなった。その気づきを経て、より多くのリソースを絵づくりに集中させたいという思いで進めているのがアニメ制作の「デジタル化」だ。

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デジタル化によりムダを省き
働く人の報酬体系を変えたい

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デジタル化によりムダを省き、働く人の報酬体系を変えたい

「コロリドでは、作画部門のデジタル化を進めています。デジタル化で全ての問題が解決するわけではないですが、ムダな部分を削り、絵づくりにより多くのお金をかけられるようになれば、クオリティも高くなり、生産性が上がって、働く人の報酬体系も変えられるんじゃないかと思います」(宇田氏)。


今後は投資と回収、すなわち購入した機材を、どれくらい使えばどの程度の効果が得られるかについても数字化して検討したいという。

会計処理と税務処理でちがう、利益に対するスタンス

「予算管理」に加え、「会計処理と税務処理のちがい」も、本セミナーの重要なポイントとして解説された。会社は経営活動を開示するために決算書を作成する。では、会社の利益は大きく見せた方が良いのだろうか? そして費用(かかった経費)は少ない方が良いのだろうか? そこに、会計処理と税務処理のスタンスのちがいが最も大きく現れるという。

宇田氏は、会社経営者になってみて、初めて会計処理と税務処理のちがいを実感できたという。「僕はかつて電機メーカーの経営企画部門に所属していました。当時は、債権者(銀行・株主など)にメリットを提示できるので、計上する利益は大きい方が良いと考えていました。ところが利益を大きく計上すると、納める税金の額も増えてしまいます。そのことを経営者になってから実感しました。このとき、会計処理と税務処理はセットで学んだ方が良いと気づいたのです」(宇田氏)。

加瀬氏は、似ているように見えて、両者の考え方にはちがいがあると説明する。「会計処理と税務処理では、利益に対するスタンスがちがいます」(加瀬氏)。


「会社が資金調達をする場合には、『お金を出してくれる人』すなわち、株主・投資家や、銀行を代表する債権者に対して、通常は決算書を開示することになります。より多くの資金を調達するためには、決算書の利益は大きい方が望ましいのです」(加瀬氏)。そのため『会計』では、決算書の利益を実態より良く見せようという考えを抑制すべく、収益はなるべく小さく遅い時期に、費用はなるべく大きく早い時期に計上する方向で規制しています。

一方で、税務署に決算書を開示する場合、申告する利益(正確には税務上の所得)の額が大きいほど、納める税金の額も大きくなってしまう。「利益が小さいほど納税額は少額となるため、経営者にとってはありがたいのですが、これを規制しているのが『税法』です。そのため『税法』の考え方は『会計』と真逆です。『税法』では、決算書の利益を実態より悪く見せようという考えを抑制すべく、収益(税務上では益金)はなるべく大きく早い時期に計上し、費用(税務上では損金)はなるべく小さく遅い時期に計上する方向で規制しているのです」(加瀬氏)。

会計処理と税務処理とでは、利益に対するスタンスがちがうため、決算書の作成にはジレンマが発生するという。アニメ制作会社の場合、そのジレンマが顕著に現れるのがコンテンツの会計処理と税務処理のちがいだ。

コンテンツは、資産なのか費用なのか?

「コンテンツには、売ってみるまでヒットするかどうかわからないという不確実性があります。それを決算書に記す場合、会計処理と税務処理とではスタンスがちがってくるのです」(加瀬氏)。


特に悩ましいのは、制作中の未公開作品の処理だ。公開後にヒットすれば利益が生じるが、そうでない場合もある。加瀬氏は、こうしたコンテンツは「会計上、将来の利益獲得が不確実なもの」に該当し、それに合った会計・税務の処理が求められると説明する。「簡単に言うと、将来の利益獲得が不確実なコンテンツは、『会計』上は、将来ヒットしない場合もあるため費用処理が求められます。けれども『税法』上は、将来ヒットする可能性があるため、費用(税務上でいう損金)として処理することは認められず、資産計上が求められるのです」(加瀬氏)。

宇田氏も「アニメは制作期間が長いので、どの会社も決算期をまたいだ制作途中の作品を抱えています。経営者の間では『この場合は、どういう処理をするのか?』という点がしばしば議論になるのです」と語る。

アニメの場合、特に劇場作品は制作期間が長く、利益が発生するまでの期間も長くなる。そのため、資産計上する時期と、経費として減価償却していく金額の割合や時期の判断が難しい。前編でも述べた通り、日本のアニメ業界は会計処理や税務処理の画一的なルールがないため、映画会社、アニメ制作会社などは、自社でつくったルールにのっとった処理を行なっていることが多いという。

「コンテンツを制作した年は制作費がかかってしまいますが、税務署の指導に従うと資産として計上することになり、税務申告書の加算調整(※2)という処理を求められます。その結果、決算書上は赤字なのに、税務申告書上では税金の支払いが発生するという事態が起きてしまうことがあります」(加瀬氏)。

※2 税務申告書の加算調整:会計処理の収益・費用と、税務処理の益金・損金の差を調整して、課税所得を計算すること。

コンテンツを抱えているだけで資産となり、費用として計上することが認められない。そして、納税額は、益金から損金を引いた所得を基に割り出される。それがコンテンツを抱えている会社の税務上のリスクになるという。「お金を払っているのに、税金を減らす効果がないということです。多額の制作費を投じていれば、資金に窮した状況になります。その上でその制作費は節税効果のある費用(税務上でいう損金)となり得ず、税金は払わなければならない事態が生じ得るのです。これがコンテンツ制作の会計・税務処理の非常に怖いところです」(加瀬氏)。

数字の把握は、リスクを取るときの味方になる

本セミナーは、最後に「まとめ」として以下のスライドが表示され、アニメ業界でビジネスをする人に向けた言葉で締めくくられた。


「皆さんが関わっているアニメのビジネスは、チャレンジングな部分があります。だから最初に予算表をつくることに加え、実際にアニメをつくった後で、事前に見積もった数字が予測通りだったのかを分析し、次の予算表づくりにフィードバックすることが大事です。この過程を面倒だと省いてしまうと、博打のようなリスクの取り方を続けることになります。逆に、過去の分析結果を新しい予算表づくりに反映させていくことで、回を重ねるごとに勝率を上げていくような戦い方ができると思います」(加瀬氏)。

宇田氏は最後に、アニメ制作会社を起業した理由と意義について語った。「勝ち続けることはできなくても、負けない仕組みをつくることはできる。そのツールが会計だと思います。コロリドは、作品の興収が思ったほど伸びなかったとしても会社が存続できる仕組みにしてあります。近年、日本のアニメ作品への関心と評価が国内外で高まっており、この産業はまだまだ伸びると信じています。アニメ産業がある国はハリウッドを除くと少ないですが、日本には成功している会社が複数あります。一方で、属人的な業界で参入障壁は高いからこそ、この業界で起業しようと思いました。これからアニメ制作会社を起業する人には、会計・税務の知識を基に適切なリスクを取りながら、チャレンジをしてほしいです。本セミナーを通して、会計とアニメ制作がどうつながっているかを体感してもらえたなら、嬉しく思います」(宇田氏)。